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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 03 群痛殺人

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彼岸の先に真実眠る

 昼じゃなかった。

 何かが見える。

 俺はそれを知っている。その美貌、その慈愛を知っている。三途の川の向こう側に控える女性は俺を見て静かに微笑んだ。気味が悪い。目を奪われる。不愉快だ。愛おしい。見惚れる。尽くしたくなる。人間じゃない。異常だ。バグだ。不滅だ。邪悪だ。

 

 ―――あの山で彼女と出会ったのは偶然だった。


 檜木創太は何も知らぬ一般人。ただ不可視の存在が視えるだけ。特別な血筋も無ければ視える以上の特殊能力も無い。勉強も運動も頑張れば人並み以上に出来るだけの高校生。甘めに評価してようやく秀才程度だ。どっかのクソ野郎みたいに何もかも世界レベルにこなせる奴とは次元が違う。低すぎるという意味で。

 

 ―――アイツと同じ町に生まれたのも偶然だった。


 そんな俺が、俺だけが知っている気がする。或は俺にしか視えないのかもしれない。神様と同じで、幽霊と同じで、怪異と同じで。


 ―――もし、どちらかが必然・・だったとしたら?


 川を跨いで女性は再び微笑む。だがその表情は仮面の如く張り付いており、どうしてそれを『微笑む』と表現したのか、自分でも良く分からない。だが確かに微笑んでいる。何故なのかは分からない。俺をあざ笑っているのか? それとも……


 



 もっと ツキハミ を視て。

 

 



 



 





「…………ん、んん。ん……?」

 意識が戻ったと思えば、俺の身体はどこぞの病院のベッドに横たわっていた。直前の景色が校庭だったので、全く記憶が繋がらない。そもそもどうして俺は校庭に居たのだろう。昨日は体育祭を見て、普通に帰って眠って―――朝、叩き起こされて。メアリに。

「おはよう。いや、こんばんはなのかそれともこんにちはなのか分からないが、気分はどうかな?」

 意識の覚醒に気付いたらしく、つかさ先生が声を掛けてきた。隣の空きベッドに腰掛けて気楽そうに構えているが、かなり息が荒い。見た目に反して余裕は無さそうだ。目の隈も一層深くなっている……気がする。

「―――梧つかさ先生、ですよね」

「僕の見た目が一般人Aにでも見えると? もし僕みたいな奴が普遍的になってしまえばこの世は終わりだ。きっとブラック企業ばかりで碌に休みも睡眠も取れず疲れていくばかりなんだろうなあと心底同情するよ」

「…………何かの間違いで安楽死にサインしちゃいましたか、俺」

「そうあって欲しいものだが、現実は上手くいかないねえ! ……失礼。もしかして何も覚えていないのかな?」

「……いや、覚えてない訳じゃ……思い出せないだけですよ」

「それを忘れてるって言うんだ。だが思い出さない方がいいかもな。以前発狂した時と言い、君の精神は自己防衛の為に記憶を喪失させる傾向にある。まあ今回は……どちらかと言えば外的要因なのだろうがね」

 何を言っているのかよく分からないが、つかささんが露骨に話をボカしている事はよく分かった。彼なりの気遣いなのだろうが、如何せん本当に記憶が抜け落ちているので、俺としては意地悪されているみたいで良い気持ちはしない。今度は語気を強めて尋ねる。

「―――教えてくださいッ。何があったんですか?」

「…………本当に、聞くんだね? 言っておくが僕も直接この目で見た訳ではないよ。メアリ対策はまだ発展の途上にある。この素晴らしき機器の下、真実を知った」

 えらくもったいぶった言い回しの末に出てきた機器は、何の変哲も無い薄型携帯だった。特別なギミックが仕込まれているのかと思いきや、そんなものはない。更に言えば携帯の色もどちらかと言えば可愛らしい色であり、つかさ先生のイメージに合わない。というか清華の持っている携帯と似ている。

「どんだけふざけてても信じます。だから話してください」

「君があれを信じられても僕は未だに信じられないよ。仮にも僕は医者だからね。あんな医者いらずな真似をされると、違法とか合法とか関係なしに医者という職業が駆逐されるのではないか、とも思えてならない―――」 

 重苦しい溜息を吐いたと同時に幸音さんが入室。何故かつかささんに薬を処方。彼が摂取したのを見届けて、退室した。

「君は頭のイカれた奴等の集団自殺を何とか止めようとした。生徒六〇数名と、教師一五名の自殺をね。だが止めようと走り出したのが運の尽きだった。投身自殺の雨が続く最中に君は駆け寄ろうとして、直撃。想定しうる限り最悪の角度で君は成人男性の体重を喰らい、即死した……かは分からないが、協力者によれば『首が終わってる』らしいから、良くても頚髄損傷か。まあともかく君は致命傷を負ってしまった訳だ」

「頚髄……って?」

「脊髄の一番上。脊髄っていうのは神経の束なんだが……早い話が傷ついちゃいけない場所だ。万が一生き延びる事が出来ても一生不自由を強いられる。損傷具合にもよるがね。まあもしそうなっても僕の病院なら安楽死させる事が出来るからそこは心配しなくていいんだが……話が逸れた。動かなくなってしまった君を見て流石のメアリも動揺を隠せなかったのか、屋上から飛び降りた後急いで君に駆け寄ったそうだよ」

 さらっと流しているが、誰にでも出来る事ではない。訓練された軍人じゃあるまいし、高所からの受け身は素人にしてみればリスクが高すぎる。何の心得も経験も自信もない素人が高所から飛び降りても受け身は取れない。何故なら本能として筋肉が強張ってしまうから。感覚としては喧嘩慣れしていない人が顔に対する攻撃に思わず目を瞑る感覚である。

 何故かと言われたら脳―――正確には現実を一足先に体感した脳が攻撃を受けているからだ。高所落下も同じ。先に飛び降りて死んでいるから、受け身なんてとれない。

「―――あいつは飛び降りても大丈夫だったんですね」

「らしいね。だが問題は次からだ。先に結論を言っておくと今の君は傷一つない健康体だ。意識が戻らなかったから休ませているだけで退院しようと思えばいつでもできる状態にある」

「…………先生が頚髄を治したって事ですか?」

「おいおい。話の脈絡を考えたまえよ。治療したのはメアリだ」

 腹立たしそうにつかささんが呟く。損な感情など沸き起こる前に、俺は言葉を失ってしまった。

「君の首をそっと触っただけで完璧に直してしまったそうじゃないか。直接この目で見た訳ではないが、協力者が協力者。信用出来る情報だ。いやあ驚いたし、腹が立ったね。ほぼ死者蘇生に近い事をやってのけてしまったんだよ彼女は」

「ちょ―――ちょっとちょっと! いや、いやいやいや! 確かにアイツは何でも出来ますけど、そんな。幾ら何でも非現実的すぎ―――!」

「非現実と言うなら、彼女を嫌う人間が君以外に現れないのも、彼女の言葉が絶対に正しいと信じられることも、実際に法を捻じ曲げ命を軽んずる行為が赦される事も、全て非現実的だ。まるで神様みたいじゃないか……この世の不条理だよ。己が権能を振り回して、他人様を良い様に扱って、その癖勝手に事態を収拾させて。君が戦っている相手は神みたいな人間ではないらしいよ。正真正銘の神様と言ってもいいかもしれない」

 それはそうだ。つかささんの言い分は通っている。今まで俺が彼に話したメアリの所業は、至極一般的、人類史的に考えて非現実極まりないエピソードばかりだ。俺はそんな非現実に散々悩まされ、散々傷つけられた。今更どんな非現実が来ても、『メアリはやるだろう』というつもりでいた。

 だが限度があるだろう。手で触れただけで治した? 病気やケガがそんな簡単な方法で直るのなら確かに医者要らずだ。つかささんが複雑な表情を浮かべるのも良く分かる。

 だが。

「あんな奴が神様なんて冗談じゃない! 俺は本物を知ってるんです!」

「―――神にも色々な種類が居るだろう。善神が居て邪神が居て豊穣神が居て土着神が居て創造神が居て破壊神が居て。僕は全ての神が嫌いだが、もしかすると、本物の神様が人間社会に溶け込もうとするとああなるのかもしれないね。全く、ふざけてる」

 ああ、ふざけている。助けてもらったとはいえ、俺は感謝するつもりなんて毛頭ない。微塵たりともアイツを良い奴などと思ったつもりはない。ずっと嫌いだ。ずっとずっと嫌いだ。虫唾が走る。寒気がする。俺を助けて恩を着せたつもりだろうか。他の奴等は当然の様に見殺しだろうに。

「……所でその協力者、良く無事でしたね」

「ん?」

「俺達に協力するって事は一応『正常』なんでしょうけど。実際にその瞬間を見たって事は、メアリの事も見た筈。それでも俺達に協力してるんですか?」

「僕達、というよりは、彼女、だな」

「はあ?」

 つかささんはベッドから腰を上げると、足早に部屋を出て行った。


「そういえば『メアリを打倒するにはどうしたらいいですか』って。以前幸音君に伝言させたね。心の整理が済んだら診察室に来なよ。回答しよう」


 そう言い残して。


 

 

  

 少しずつ、確信へ。

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