メアリー・スーの破り方
「あ―――つかささんッ」
「メリーさんと話しているんだろう? それは結構だが、視えない僕にすれば君は心に問題があるとしか思えない。非常にね。実際、正常ではないのだろうが―――何にせよ抱擁し合っている二人を邪魔出来る程僕も無粋ではなくてね。分かった事があるから伝えたかったんだが、もう少し抱き合いたいならそう言ってくれたまえよ。他人様は大人しく退散するから」
「い、いや いいです。恥ずかしいし」
「君がメリーさんと抱き合っている姿は視えていないから安心したまえ。僕に見えるのはパントマイムの凄まじく上手い高校生だから」
「それが恥ずかしいんですよ! って茜さん! ちょっと離してください!」
『―――おっと失礼。君を抱きしめていると体温を感じるものでね』
「何も理由になってないですよ! 恥ずかしいので勘弁してください!」
「パントマイムが上手だなあ」
「ほら~話がややこしくなる! 先生も何で視えないんですか!」
「挙句八つ当たりかい。まあ何でもいいけどさ―――本題に入れなさそうだ。強引にでも話に入らせてもらおう。幸音君が目覚めた」
茜さんがようやく離してくれたので、俺は改めてつかささんに向き合って、話を聞く姿勢を見せる。
「え? ほんとですか?」
それは良かった。一人だけ様子が違うものだからてっきり何かされたのだと思っていた。先生曰く気絶しただけだそうだが、人間は気絶するとあそこまで無防備になってしまうものなのか。漫画的表現しか知らないので、正直吃驚した。
「ただ、君から話を聞いた所によると、メアリの影響を一度でも受けた人間は決して元には戻らないそうじゃないか。さて、では檜木君、一つ問うてみるとしようか。幸音君はメアリの影響を受けたか否か、どちらだと思う?」
それは二択、なのだろうか。
メアリは本部近くに居た。幸音さんは負傷者を本部に移動させた結果あそこに居た。その負傷者は校庭で公開処刑されているが、それもまた彼女があそこに居た証明になる。少しでも関わった奴は俺を除けば例外なく信者となっている点からも、認めたくないが彼女が影響を受けていない可能性は…………
「受けてるでしょうね。普通に考えたら」
「うん。僕もそう考えた―――ああ、幸音君がどうして気絶していたのかと問われれば、それは僕がちょっと面白い薬を持たせていたからなのだからそっちは影響とは全く関係ないよ」
「え? あれってつかさ先生のせいなんですか?」
「―――うん。言いたい事はあるだろうがまあ聞けよ。君が言うにはメアリの影響は絶対に取り除けないそうだが、僕はどうにもそれを信じられなかった」
「……具体的には何処が信じられないんですか?」
「何もかも、だ。君の事は勿論信用している。患者だからね。だが世の中に絶対はない。人間の持ちうる力に限らず、古今東西あらゆる神々、逸話には弱点や抜け穴が存在するものだ。不可能とは即ち未知だ。知らないから方法が無いように見えるだけ。逆は無い。だから一つ仮説を立てる事にした」
『へえ』
つかささんはお尻に土がつくのを嫌がり、近くの木に背中を預ける。偶然だろうが、彼は茜さんの方を向いていた。
「いや、厳密には一つではないのだが、直ぐにでも検証出来そうだったのがそれくらいなものでね。つまる所それというのが『影響を受けた直後に意識が喪失したら』というシチュエーションだ。幸音君には「何か少しでも異変を感じたら直ぐに薬を飲んで気を失え」と言ってある」
「さらっと言ってますけど中々酷い要求ですねそれ」
「自分で言うのも何だが、僕は外道だからね。うっかり麻酔を使い忘れたまま腹を掻っ捌いた事も……話がズレそうだな。うん、とにかく幸音君は気絶した。つまり本人は異変を感じたんだ。それがどういう異変かは分からないが」
「それで、目覚めた時には信者になっていたと」
「いいや、元に戻っていたよ」
今までメアリの事など知らず、狭い世界の中で生きていたつかささんにとってはあっさり告げても問題ない話なのだろうが、俺からすればこのメアリ一色の世界に突然光明が差したみたいで、何と言葉を返したら良いか分からなかった。
「……え、え? え、え、え…………ええ? ほ、本当に信者になってないんですか?」
「信じられないなら後で会ってみたまえ。本当だぞ?」
「―――一応聞きたいんですけど、もしも幸音さんが戻ってこなかったらどうするつもりだったんですか?」
「この仮説を検証する前に幸音君からは承諾書を貰っている。もし戻らなかったなら、その時は薬殺して脳を調べるつもりだった。むしろ僕としてはそちらを期待していたのだが…………ああいや、残念とは言うまいよ。彼女には世話になっている。元通りならそれに越した事は無いんだ。グフフ」
つかささんの瞳に光が入る。頭蓋骨を開いて脳を調べる行為を嬉々として語り、あまつさえそれが出来なくなった事を惜しむなど到底正気とは言い難いが、これでも信者よりは遥かにまともな脳みそをしている、と俺は思う。
ただこんな状況でも無ければ俺は先生と関わりたくなくなった。特に理由は無いが、単純にドン引きしている。
「まあともかく戻ってきた。しかしこれだけでは君の話と食い違うじゃないか。気絶させたなどと物騒に言ったが、人間は誰しも一度は意識を喪う」
『分かり辛い言い回しだが、彼は睡眠の事を言っているのだろうね。人間に限らず、生物は殆ど睡眠を必要としている。意識を喪うだけで影響が消えるなら、少年の周りにはもっと味方が居るだろう』
つかささんは存外に説明が下手くそなので、補足してくれるのは素直に助かる。しかも彼女の声は俺にしか聞こえないので、会話のテンポを損ねる事もない。
「何が言いたいんですか?」
「メアリの影響力には即効性が無い。もしくは蓄積するんじゃないかと考えた。蓄積が少ない内に意識が失われ、干渉されなくなったから幸音君は元に戻ったのだろう。因みに本人はメアリの声を聴いた時に全身の気怠さが吹き飛び、何だか気持ち良くなってテンションがあがってきて、姿を見た時にはふわふわとした多幸感が身体を包み込んだらしい」
「俺とは真逆ですね」
因みに俺はメアリの声を聴いた時に全身が気怠くなり、何だか気分が悪くなってテンションが沈み、姿を見た日には突き刺さる不快感が身体を包み込む。ただ、蓄積されるというのは案外本当かもしれない。俺だって彼女を一目見た時から嫌悪感を抱いた訳ではなく、長年の行動から嫌悪するようになったのだから。
「ていうか本人はどうしたんですか?」
「幸音君に公開処刑を見せる訳にはいかないからなあ。教室で待機してもらっている。さて檜木君。この結果から何を考える」
「そうですね…………」
影響力に即効性はなく、蓄積する。
切っ掛けの段階でこれ以上蓄積しないように蓋をしてしまえば効力は消滅する。
メアリの完璧性を崩すには十分すぎるが、これでどうやって彼女を打倒しろというのだろう。結局の所、これは緊急回避に過ぎない。普段メアリと関わらない奴がするのなら効果は見込めるが、例えば俺みたいに同じクラスに居る奴は、その場は回避出来てもいつか躱せなくなる。まともな生活を送ろうというのなら、日に何度も気絶はしていられないのだ。
「…………何も」
「おいおい、しっかりしてくれたまえよ! メアリの影響力の仕組みを破るカギは君にあるんだぞッ?」
「俺に?」
「君は普通の青年だ。神様や幽霊と言った不可思議な存在が見える事を除けばね。僕や幸音君は単に干渉されていないからであって、現状、君だけがメアリの干渉を受けながら正気を保てている。いやはや、幽霊や神様が見えるなど全く以て非科学的な話だが、科学とは我々人間の既知領域に過ぎない。五百年程前、人間は如何なる手段を以てしても空を飛べるとは思っていなかったようにね。それに非科学的というのなら、メアリの影響力も非科学的だ。僕はね、こう考えているんだよ檜木君。君の所謂『視る力』は、メアリの影響力と全く同じ次元にあるのではないかと」
「………………」
―――『もっと を視て』
逃げ帰る直前、メアリが言い残した言葉が引っかかる。何故か言葉の一部が聞き取れなかった(しっかり発音していたとは思う)が、あれは何を言いたかったのだろうか。
「そのような力を持っていない僕には考察する事しか出来ないが、君は何か視ているのではないか? 常人には視えない、認識の許されない何かを視ているから、君だけが正気を保てているのでは、と。どうかな、心当たりはあるかい?」
茜さんと顔を見合わせる。彼女曰く、俺の力は『形を与える力』。それとメアリとどう関係するのだろうか。茜さんに俺の力が有効だったのは、彼女が不安定な存在だったからである。一方でメアリは可視の存在だ。それに生きている。これ以上なく存在は安定していると言っても過言ではない。
ではつかささんの考察が間違っているのかと言われると、そうとも言い切れない。俺と他の人との相違点はそれくらいしかないからだ。問題は結論の出し方が消去法のせいで、説得力を持たせられない事である。
「…………いや、特には。メアリ以外には何も見えませんし。でも……」
「でも?」
「………………やめときます。こじつけみたいになりそうで、ちょっと」
結論を出すには早すぎる。証拠も揃っていない内に犯人を捜す探偵じゃあるまいし、下手にそんな事をすればつかささん達をも危険にさらしかねない。
会場に戻る気も起きなかったので、人倒しが終わるまで俺達は校舎裏で暇を潰した。
最近やる気が減退してました。




