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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 03 群痛殺人

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持たざる者の独白

 ―――酷い。

 こんなものは只の公開処刑だ。見るに堪えないのが本音だが、他の人達は嬉々としてこの公開処刑に魅入っている。目を逸らしたら私まで兄貴と同類だと思われかねない。私は兄貴とは違う。少なくとも周りから見れば私は私のままで良くて、何も変わらない方が正しいの。


「グブッ! バへ―――ッ! …………ゴホぉ……!」

「やめ…………やめるな…………! メアリちゃんが……見てる…………!」

「……………………ァ」


 嬲り殺しにされている男性達の顔には、怒りもなければ悲しみもない。国語は苦手で、感情を読み取る事が苦手と先生に言われた私だけど、そんな私でも容易く分かってしまうくらい、あの人達は喜んでいた。自分が殺されかかっているのに、まるでそれが正しい事と信じて疑っていないみたいだ。兄貴を殺しかけていた時の私も、こんな感じだったのかな。同じ状況に置かれたら、同じ表情を浮かべたのかな。

 当のメアリさんがどう思っているかは知りたいものの、私は彼女を極力視界に入れたくない。兄貴とも他の人達とも永久にわかり合えないこの地獄から逃れたいとは思うけれど、もう一度同じ状態になるのは嫌だ。同族嫌悪と言われればそれまでだけど、私は彼らみたいになりたくないし、今は違う。だからメアリさんの方へ視線は動かせない。あの人と出会ってから私はおかしくなったのだから。

「ねえ清華! 見てよあの男! 鼻血垂らして白目剥いてる! きゃははははは!」

「う、うん! そうよね! おかしいよね! あはは……………ははは」

 隣の子は無二の親友である綾子ちゃん。隣町に住む親戚の家に遊びに行った時にたまたま見掛けた中学生に一目ぼれしちゃって、今は自分磨きの最中をしているそうな。曰く『学校のどんな子よりもスタイルが良くて、綺麗で、見てたら今の自分がとてもブスに思えてきた』らしい。悪い子ではないし、実際私とも仲が良いんだけど…………もし私が兄貴と同じ状態にあるって知ったら、きっと縁を切るんだろう。昔の私ならそうする。

「ねえそうだ清華! アンタのお兄さん連れてきてさ、私達でリンチしない? アンタのお兄さん何だか性犯罪者っぽいし、アンタも性的な目で見てそうだしさ……私心配なんだよね。清華がいつ襲われるか不安で仕方なくてさ。ね、名案じゃない? 殺しちゃおうよ!」

「い、いいねいいね! でもさ、メアリさんが止めに来ると思うよ、私。メアリさん、仲良くなれるって信じてるみたいだし!」

「うーん。メアリさんの言う事だから間違いないんだろうけどさ……やっぱり心配! 清華、今日から私の家に泊まらないッ? ゲームとかし放題だよ!」

「う、うん。後で予定見ておくねッ!」

 悪い子ではない。

 悪い子ではないが、それはそれとして兄貴を人間扱いしていない。じゃあ綾子が悪い子なのかって言うと、それも違う。メアリさん以外の人間は全員そうなっている。兄貴にだって人権はあるが、それはメアリさんが特に気にかけているからというだけだ。兄貴個人は何も持っていない。もしメアリさんが興味を失いでもした日には、間違いなく兄貴は殺される。

 そして私に兄貴を守る事は出来ない。罪悪感と命の価値は全く別の話だ。許される為と正当化しようと、自分の命を捨てる気にはならない。私の過ちは命一つで償えるものではないから。

「ほらーもっとやれえええええ! 殴りが甘いんじゃないのー? もっとこう、顔面をぐしゃぐしゃにして、睾丸潰して、指も折って! ほらほらほら!」

 こうして異常性を目の当たりにする度に、私は幾つもの事を決まって疑う。

 兄貴はどうしてこの状態のまま生き続けられたのか。

 そして私や兄貴の見る世界は、本当に正しいのか。

 間違っているのは私達の方で、異常と唾棄している変化は、正常なのではないか。

 勿論、メアリさんと出会うまでこんな事は無かった。でも私や兄貴以外に例外が居ないと思うと、どうしても異常だと思えなくなってくる。間違っているのは自分じゃないかと凹んでしまう。

 私は間違えるのが怖い。出来る事なら間違えたくない。人間は間違えて成長する生き物だと知ってはいても、それを実践するのは非常に難しい。完璧になろうとは思わない。でも失敗はしたくない。些細な事一つ―――言動一つ誤っても、それをまるで鬼の首を取ったように騒ぎ立てる人間は必ず居る。それは何処か遠くの話ではなく、凄く身近な話だ。

 学校の授業で先生に指され、答えられない。するとクラス全体が笑いだし、「アイツは馬鹿だ」「授業を聞いてない」だと陰口を叩く。休み時間も「寝てただろ?」と弄られる。間違えただけなのに、それがあり得ない事だと言いたげに。だから私は間違う事は恥ずべきなのだと考えるようになった。間違うべきではないのだと考えるようになった。


 間違えたくないから、メアリさんの行動全てを肯定するようになった。


 それが何よりの間違いとも知らずに。

「あ、そうそう! メアリさんで急に思い出したんだけどさ。どうして清華の兄貴に親身になるんだろうね」

「え……それは、メアリさんは全人類と分かり合えるって信じてるからじゃないの?」

「あ、そうなんだ! へえ~メアリさんってほんっとうに凄いなあ! あんなゴミとも分かり合えるって信じられるなんて―――皮肉じゃなくてさ。心の底から優しい人ってああいうのを言うんだろうね!」

「…………そうだね」

「でもでも、何か女の勘が働くんだよね?」

「女の勘?」

「メアリさんって何処でも話題になるし、誰とでも仲良くなるじゃん? でもさ、清華ん家以外にお邪魔した事ないっぽいんだよねー」

「え!? そうなのッ?」

「でも清華に絡みに来る訳じゃないし、ほら。今も清華の兄貴となんかやってるでしょ? 好きとはまた違うだろうけど、なんか違う感情、持ってそうだよね~何となく」

 気になる子にはついついちょっかいをかけてしまいたくなる事が、男子にはあるらしい。メアリさんはれっきとした女性だけれど。


 もしかして、そういう事なのかな?





 

 

  







「茜さああああああああああん!」

 校舎裏まで逃走したはいいが、怒りの捌け口が見つからない。つかささんの姿が見えなかったので、俺は消去法で茜さんに抱き付いた。傍から見れば達人級のパントマイムであろう。

「おやおや、どうしたんだい少年? 仮にも高校生だろうに、赤子みたいだ」

「はあ…………スーハー。スー…………ああ、茜さんの臭いだ」

「精々血の臭いしかしないと思うが。ハッキリ言って気持ち悪いよ少年。だが君がそこまでなってしまうくらいだ、余程ストレスを抱えていると見た。満足するまで臭いなど嗅げばいい。減るもんじゃない。しかしあれだね……私も同行しておいた方が良かったね」 

 普通の人間であればメアリの影響を受けるのだが、命様や茜さんの様な不可視の存在はメアリの影響を一切受けない事が判明している。俺もすっかり忘れていたが、確かにそうだ。だが責めるつもりはない。あの状況で茜さんが居たら、もっとややこしい状況になっていたのは想像に難くないからだ。

 具体的に言おう。心のオアシスを求める俺は、確実にメアリそっちのけで茜さんと会話する。するとメアリが「そこに幽霊が居るの!?」と言い出し、余計に食いついてくる。この場を凌げたとしても、今以上に「肝試し行こうよ!」だの「心霊スポット行こうよ」だの「呪いの場所行こうよ!」だの言いかねない。     

 結果的にはついてこないでくれて助かったのだ。文句を言う筋合いはないだろう。むしろ己が影響を受けない事をすっかり忘れていたその記憶力に感謝するべきだ。

「茜さん…………俺、アイツと約束したのに…………アイツに破られたんです!」

「破られた? 完璧とは程遠い行為だが、どの様に?」

「……アイツに体育祭が終わったら死ねって約束を振ったんです。破ったら完璧なんて嘘だし、破らなきゃアイツが消えて得だし。でもアイツ―――あの野郎! 体育祭を一生終わらせないようにしたんですよ! 毎日体育祭にして、他の奴らの人生なんてお構いなしにスケジュール変えやがったんです! 信じられますか!?」

「成程、トンチみたいだね」

「感心しないでください! しかも…………アイツに、ファースト・キスまで奪われて……つかさ先生に言われた通り戻ったら踏んだり蹴ったりですよ!」

 ふざけるなと言うかもしれないが、百歩譲って約束を破ったのはまだ許容出来る。人生をエンジョイしたいであろうアイツが自死の条件を呑める筈がないと考えていたからだ。だがキスはどうしても許容出来ない。誰がどう考えてもあそこでキスする必要は無かった。そもそもキスされたくないのだが、するにしても額とか頬とか選択肢はあっただろう。

 何故口なんだ!?

 茜さんは如何ともしがたい表情で、俺の背中を擦っていた。

「それは…………何とも不幸な………………ううん。今更だが、君は運に見放されているな」

「俺の…………俺は………………命様と、したかった……のに…………!」

 檜木創太、この年にして号泣。俺からすればメアリなど吐瀉物だ。吐瀉物を顔に掛けられたら誰だって嫌だろう。号泣させてくれ、本当に。

「泣き虫、とは言うまいよ。想像以上に辛い事を聞かせてくれてどうもありがとうと言うべきなのか。しかし私は血の通わぬ冷たい怪異だからな。少年を慰めてやれる方法が思いつかない。キスで上書きするというのも考えたが―――私とのキスはそれこそ望まないだろう? 自分で言うのも何だが、メリーさんはキスが得意だぞ?」

「……なんか、気になる言い方しますね」

「私は所詮言霊に形成された怪異だ。故に過去など無い。ただしメリーさんとしての背景はある。それだけの話だよ。あの神様と致す為の練習という事なら何日だろうと付き合うのは吝かではないが、どうにもな。慰めとは別ベクトルの話であるし」

 七日七晩の子作りと言い、不可視の存在には物理的限界が無いようだ。俺は心の中で少しだけ引いていた。引いた分、冷静になれた。

「という訳だ。少年、してほしい事はあるだろうか。ああ、見た目が女性だからと配慮する必要はないぞ? 私に性別は無いからな。君がたとえば下世話なお願いをしてきたとしても、叶えようじゃないか」

「そんなお願いしないですよ! ………………じゃあこのまま、もう少しだけ居させてください」

「欲が浅いなあ、君は」

「本当はもっと色々な姿の茜さんを見たい所ですけど、『視る力』は制御出来ませんから。つかささんが来るまで、どうかこのまま―――」




「それ以上会話しないでくれ。僕が入り辛くなるじゃないか」




 至福の時間は唐突に終焉を迎えた。  

 これは…………まさか………………?



 メアリ=吐瀉物


 という認識につき、茜さんや命様への依存度があがりつつある創太だった。命様はともかく、茜さんは実質的な性別が無いから性癖が歪んだみたいになっちゃう!

 メアリに恋しろよお、男だろぉん?


 吐瀉物に恋しろって無理な話ですけどね。

 そして多分今回話を回してくれるのは間違いなくつかさ先生。


 土曜日追記 二話投稿します。遅れてすみません。

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