公開処刑に浸るには
真偽は不明だが、小耳に挟んだ話がある。遥か昔に何処の国にも存在していたとされる公開処刑は、国民にとって娯楽の一種であったと。現代人である俺にその感覚は分からないが、この人倒しを見ていると、恐らくこんな感じであったのだろうとは思う。
唯一違いがあるとすれば、殺される予定の男達が全く怯えていない事くらいだろうか。
ここで死ぬなら本望と言わんばかりに、何の抵抗もしない。全身を縛られている事が当然であるとその表情が告げている。気味が悪かった。ドMとかそういう茶化せるレベルの話ではない。自らの死すら少しも気にしないその姿勢が、生物として気持ちが悪いのだ。
その気持ち悪さはメアリの死に時理論に通ずるものがある。或はその信者かもしれない。ここが己の死に時ではないと確信しているからこそ、あんな表情が出来るのかもしれない。いずれにしても、俺は直視出来なかった。
「…………こんなのが楽しいのかよ。お前は。ていうか手を離せ」
「だって創太ってば、段々離れていくんだもん。でもそうだね…………思ったよりつまらないかも」
「じゃあやめさせたらどうだ」
「それは私が決める事じゃないしッ」
こいつは己の影響力を理解していないらしい。誇張一切抜きに、俺を除いた全ての人間はメアリの傀儡だ。彼女に野心が無いからいいようなものを、その気になれば一瞬で国の主権を奪い取れる……だからもしメアリに幽霊が見たい以上の欲が生まれたらこの国は終わる……くらい、彼女のカリスマは計り知れない。物理的カリスマとでも言おうか。
しかし、そう仮定すると辻褄が合わない事が生まれてくる。
「―――待てよ。お前、今まで何度自分の我儘貫いてきたんだ。私が決める事じゃないだって? いつもいつも要求呑ませてた奴が言う言葉じゃねえんだよ」
「要求を呑ませた? 私、そんな酷い事してないよ? 私はこうした方がいいよって提案するだけで、皆が私の意見を聞いてくれてるだけ! 我儘っていうけど、どうせ成功するんだから別に良いんじゃない?」
「どうせって…………いや、いいさ。どうせお前は体育祭が終わったら死ぬんだからな。約束、破るなよ?」
「約束を破るなんて最低な事なんだよ? 私がする訳ないじゃん!」
ああ、耳を塞ぎたい。出来る事なら鼻も塞ぎたい。約束だから仕方ないが、本当は彼女の隣に居る事さえ拒否したい。もう死体を見るのは御免だ。人が嬲られる様を見るのは御免だ。倫理観の欠落し人間を見るのは御免だ。
これが漫画やアニメであれば、無論分別はつける。だがこれは紛れもない現実。少なくとも俺が現実と認識している世界の話だ。良識的な人間が目の前で行われる犯罪を見続けられるだろうか。俺には出来ないし、自分が助けられるとも思えない。だからせめて関わりたくない。
関わった上で助けられないと、まるで自分が無力みたいではないか。
「…………お前、本当に約束守れよ?」
「守るって。そんなに私が信用出来ないの?」
「出来る訳ねえだろぶっ飛ばすぞ」
「あはは。そうだね、創太は私の事嫌いだもんね。信用出来る訳無いか。でもさ、それって矛盾してない?」
「何だと?」
「約束って信用がないと出来ないでしょ。創太は私と約束した。私は創太の事信じてるけどさ、私の事が信用出来ないのにどうして約束なんかしたの?」
…………そう言われると、何故だろう。
何故俺は、こいつが約束を守ると思ったのだろう。約束を破ると確信しておきながら、俺はどうして約束を交わしたのだろう。たった今言った通り、メアリの事など欠片も信用していない。ならば『どんなお礼でもする』と提示されても、到底信じられる訳が無いのだ。なのに俺は信じた。信じて約束した。なのに約束を破ると思っている。
振り返ってみると、俺の行動は自分ではないみたいだった。こいつにキスされてからおかしくなったと言いたいが、それでは理屈が通らない。
「お前…………何したんだよ」
「何って?」
「ふざけんな! こんなの……こんなの俺じゃない! ふざけてる……くそ、お前マジで……何してくれてんだよ!」
「え、え、え? 何の事? 創太は創太だよ? ずっと一緒に居たじゃない」
「居たくて居たんじゃねえ! お前が隣から消えてくれないから…………俺はこんな風になったんだぞ!」
本部で言い争いをする俺達の事など気にも留められない。観衆達は校庭で繰り広げられる理不尽な処刑に心底から興奮していた。死の恐怖に囚われていない男達も男達だ。いつの間にか全身を縛り付けていた縄は解かれ、生徒達は白も紅もなく、最早騎馬すらもなく裏切り者を殺そうとしているが、男達は己の役目を理解しているかのように全力で逃げ回っている。メアリを楽しませようとしているのだろう。
当人は俺と楽しそうに言い争い(俺は全く楽しくないが)をしているので、全く見えていないが、全力で逃げている事が裏目になり、彼等はその事に全く気が付いていない。
「……あ、分かった! 創太は素直じゃないから、自分の感情も分からなくなったんだねッ」
「お前の事が嫌いなのは確かだよ!」
「じゃあどうして約束したの?」
「それは………………」
「意地を張らなくたっていいんだよ? 皆、優しいんだから。創太がどんな人でも受け入れてくれるから……ね? 素直になろうよ」
「優しい奴が虐めるか? 法律破るか? 人を殺すか? 俺はそんな奴が善良なんて絶対に認めないぞ! 誰が何と言おうとな!」
「その人は死に時だったってだけだし、破られる様な法律は最初から不完全なんだから仕方ないよ」
「完璧な奴が言うと説得力が違うな! じゃあお前が総理大臣にでもなればいいんじゃないかッ? そこまで言うんだからよ!」
メアリは露骨に嫌そうな顔をした。
「えー嫌だよ。そういう器じゃないし」
「お前で不適任ならこの世の何処にも適任者は居ねえよ!」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、今の所なるつもりはないんだよね。頼まれれば頑張るけどさ……つまらないんだもん」
たったそれだけの感情、理由で総理大臣を蹴る奴が果たしてこの世に居るのだろうか。なろうと思えばなれるみたいな言い方で、実際なれる。試験も民意も必要ない。メアリがなりたいと言えばどんな権力者もたちどころにコイツの傀儡だ。確かにそれはつまらないかもしれないが、だからと言ってそれを理由に持ち出すか?
国の行く末とは、時に人生さえも左右する。それを楽しい楽しくないの尺度で判断するなど正気の沙汰ではない。
「この話面白くないからやめようッ。そうだ、また遊びに行くって話したよね? その時は貴方も予定入れないでね?」
「……勝手に決めんじゃねえよ」
「私、幽霊探しに行きたいな! 創太が一緒に居たら見つかる気がするの。いいでしょ?」
「人の話を聞けよ!」
「あはは! なんだか修学旅行の時みたいだね。あの時は肝試しだっけ?」
その話を掘り起こすなんて、こいつは余程命知らずらしい。俺にとって課外授業は地獄以外の何物でもない。等活地獄が黒縄地獄になった程度の違いだが、それだけでもかなり違う。メアリが居なければリンチに遭い、商品の値段がつり上がり、トイレすら使わせてもらえない。貸し切りバスも俺だけは待ってくれないし、宿ではまともに食事も提供されず、大浴場が使用禁止になったくらいだ。風呂だけはメアリとの混浴でどうにか入れたが…………え? ご褒美じゃねえか、と?
とんでもない。
嫌いな奴の裸を見ても好きになる訳ないだろう。悪いがそういう経験のある人間はきっと脳みそが腐っているのだ。そうとしか考えられない。もしくは真の意味で嫌っていないか、単純に頭がピンク色なのか。
「…………ん? っていうか待て。お前約束破る気だろ」
「はへ? 何で?」
「お前は体育祭が終わったら死ぬんだからな。そうだよ、お前約束守るつったよな? じゃあ来週の予定なんて意味ないに決まってる。お前はここで死ぬんだからな!」
ざまあない。もしかしたら話を逸らす事で有耶無耶にするつもりだったのかもしれないが、そうは問屋が卸さない。コイツは約束を守らなければならない。そうでなければメアリではない、完璧ではない、全能ではない。体育祭さえ終われば、死ななければいけないのだ。完璧故に、間違わない故に。
俺はメアリの額を指でぐりぐりと押しながら存分に勝ち誇った。明日から彼女の姿を見ないで済むと思うと清々する。周りがどうなるかは分からないが、とにかく元凶が消えてくれただけでも精神的な負担は大いに軽減される……
と考えていたのだが、メアリは眉を顰めたのを見て考えが変わった。死を恐れているとか居ないとかではなく、どうやら俺の言わんとする事が理解出来ていないらしい。
「…………何だよ」
「いや。創太って今日のプログラム見てないのかなって。お昼休みに配られたんだけど」
昼休みと言うと、俺が幸音さん昼食を摂っていた頃、そしてつかささんが絡まれていた時だ。校内に居たから全く気が付かなかった。
「見てねえけど、それがどうかしたのか?」
「体育祭、今日で終わりじゃないよ」
え?
え?
いや、落ち着け。一日で終わらない体育祭だってあるにはある。文化祭だって二日目があるのだから、何処かの体育祭にだって二日目があってもおかしくないだろう。そのどこかがたまたまこの学校だったというだけだ。
「……っち。寿命が一日伸びたな」
「え、一日って……明日も終わらないよ?」
「は?」
それはもう訳が分からない。学生の本分は勉強であり、だから学校があるのは当然として。体育祭や文化祭の様な行事はある種の息抜きに過ぎない。一日二日程度は割けたとしても、それ以上の日数ともなると学業の方に支障が出てくる。メアリがごねればその限りではない。
「―――じゃあいつ終わるんだよ」
「終わらないよ」
「は?」
「明日も明後日も明々後日も一週間後も一年後もずっと体育祭だよ?」
「何言ってんの?」
唐突にぶっ飛んだことを言われれば、怒りや暴言さえも忘れてしまうらしい。憎悪抜きに彼女の発言の意味がどうしても理解出来ず、ついつい俺の口調が素に戻る。メアリは気にせず続けた。
「創太との約束は体育祭が終われば死ねって話だったよね。でも体育祭終わらないんだって! だから私は死ねないし、死なないよ! 体育祭が終わるまでね!」
「………………なあ、本気で言ってる意味が分からん。何を言ってるんだお前は。体育祭がずっと続くなんてあり得ない。じゃあ清華や他の学生はどうなるんだよ」
「私に言われても困るよ~。決めたのは私じゃないしね。でもいいんじゃない? ほら、私もそうだけど授業よりイベントが楽しい人っているじゃない!」
「限度ってもんがあるだろ! ……さてはお前、最初からこれを見越してたな? やめだやめだ! 約束は無しだ! 俺は帰らせてもらうからな! このイカサマ野郎が!」
怒りのままに立ち上がると、またもメアリが俺の手を掴んだ。
「待ってよ創太! 約束を破るのは人として―――」
「最低で結構! てめえに嫌われるならそれに勝る幸せはねえ! ―――離せよ!」
メアリの身体は男性と比較すると随分華奢だが、そんな体の何処にこれだけの馬鹿力があるのだろう。仮にも男性である俺が力を込めても、この膂力には勝てる気がしない。
「離せ離せ離せ! ほんっとうに離せ! 終いには腕を切り落とすぞ!」
「……創太」
「聞きたくも無い、話したくも無い! お前みたいなイカサマ野郎とする約束なんて最初から破られるんだからな! あーそうだ、おかしな話だぜ、何で約束しちまったんだ俺は! もう二度と約束しないし、金輪際口も聞かないからな! 離せって!」
「…………創太君」
「俺の名前を呼ぶんじゃね―――!」
強引に振りほどこうとしたその瞬間、メアリの視線に双眸を射抜かれる。次に発される言葉は、今までの感情豊かな表情を裏切るように、一切の温度を感じなかった。
「もっと、 を視て」
しょっぱなで興味失くしてるので公開処刑シーンはありません。
後は創太がどこぞの彼と違って死体や凄惨な行為に耐性が無いのもあります。




