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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 03 群痛殺人

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54/195

曰く、世界は陰謀の上に成り立っている

 遅れてしまった…………

 周防メアリにキスされた。

 ファースト・キスを奪われた。

 見方によっては俺が奪った事になるかもしれないし、或は貰った事になるのかもしれない。メアリとは不本意ながら長い付き合いだ。振り返ってみれば、アイツが誰かと親しくしている所を見た事がない。厳密には、アイツが特別扱いをしている様な奴を全く知らない。彼氏の話なんて聞いた事もないし、アイツと身体を重ねたという話もない。信者共曰く『自分達の様な存在がメアリの恋人になるのは烏滸がましい』らしいが、何を遠慮する事があるのだろうか。アイツが完璧だろうが美人だろうが同じ人間なのだから烏滸がましいも糞も無い。

 それはそうと、最悪な事をされた。この際信者の反応なんぞどうでも良い。俺が気にしているのはファースト・キスの方だ。誰だって、それが実現するかどうかはさておき、最初のキスは好きな人としたいものだろう。

 

 殺したいくらい憎い奴とキスしたい奴がこの世に居てたまるものか。


 最初のキスの相手など想像もしなかったが、俺に言わせれば命様か、茜さんが良かった。後者は見た目が女性なだけで事実上は無性別なのだが、この際そんなものはどうでもいい。茜さんは俺を気に入ってくれているし、俺も茜さんの事は好きだ。せめてなどと言いたくはなかったが、もう少しどうにかならないものだろうか。

 傍から見れば十分融通は利いているのかもしれない。メアリだって俺の主観を抜けば美少女だ。誰がどう見ても、嫌いようがないくらい完璧で素晴らしい女の子だ。キスされたのを見たことが無いというのは、言い換えればそんな女性から俺は初めてのキスを貰ったという証左でもある。

 それが何だ?

 俺はアイツが嫌いだ。憎くて憎くて仕方がない。同じ目に遭わせたとしてもこの憎しみは晴れないだろうし、最早何をしてもこれが覆る事はあり得ないと確信している。勘違いする人間は多いが、罪に対して同程度の罰を与えた所で打ち消せはしないのだ。法律的には償いになっているかもしれないが、概念的理屈……つまり実質的な話をすれば、それは他者満足に過ぎない。罰を与えたからと言ってどうしてそれが打ち消される。人を殺して、罰せられて、それで殺された人間が戻ってくるのか?

 答えは否。現実はそう都合良くはない。俺のメアリに対する憎悪はこれと全く同じだ。どんな償いを今更されても遅いものは遅い。とっくの昔にこの感情は不可逆になっている。そんな奴とキスしたいか? 俺はキスしたくない。

 だって嫌いだもん。

「……………………」

 つかささんの頼みも忘れて、俺はその場から暫く動かなかった。何もしていないし、何かしようとも思っていない。ぼんやりと朝礼台で踊るメアリの姿を見ているだけだ。



「フレー! フレー! あ、か、ぐ、み! フレ! フレ! し、ろ、ぐ、み! どっちも―――頑張れええええええええええ!」



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 信者共に見られていなかったのは不幸中の幸いか。メアリの奇抜な格好に男女問わず見惚れているだけなのだが、まさかそれがこんな所で良い方向に作用するとは。余の中とは分からないものである。人生万事塞翁が馬、か。

「………………全然きゅんと来ねえな」

 キスの一つでもされれば俺もメアリ信者の仲間入りか……と、実は少し考えていなくも無かったのだが、俺は俺だった。相変わらずアイツの事は女性として見ていないし、心の底から嫌悪している。さっさと死に時を迎えてくれないだろうか。

 胸部分をサラシで隠すのは、人によってはかなり煩悩をそそられるだろうが、相手がメアリじゃ何の意味もない。これが命様とかであれば話は変わっていた。キスなどされるまでもなく俺は骨抜きにされていただろう。

「―――あ」

 ひとしきり脳裏で彼女への毒を吐いてから、ようやく俺はつかささんに頼まれた事柄を思い出した。幸音さんを探さなければ。彼女は怪我人を連れていた筈だから、いるとすれば本部の方に―――

「……………は? え?」

 メアリが大々的に姿を現しているから手遅れかもしれないと思っていたが、どういう訳か彼女は机に突っ伏しており、動く気配がない。眠っているのとはまた違うように見えたが、外傷は見受けられないので殺された訳ではない。

 本部に歩み寄ると、俺の存在に気が付いた教師及び生徒が一斉に彼女から離れた。有難い限りだ。彼女の手を己の肩に回り、引っ張り起こした。良く分からないが、つかささんの所へ連れて行かない事には何も分からない。彼が外科医なのか精神科医なのかは分からないが、少なくとも泌尿器科ではないので、賭ける価値はある。

 幸音さんを連れて行く俺の背後で、体育祭の盛り上がりは最高潮を迎えていた。


『本日は、周防メアリさんのご来場につき、次の種目の前に特別種目を挟みたいと思います。特殊種目は、人倒しです』


『現在、簡易ルールを制定中です。しばらくお待ち下さい』


 体育祭をぐだらせる様な真似はよせとあれ程……言ってないが。

 見切り発車でおかしな事をするからゴタゴタするのだ。










 





 




「つかさ先生!」

「おお、連れ戻して来てくれたか……しかし、実を言えばもっと時間が掛かると思っていた。君にしては幸運な方ではないか?」

「いや、それはどうでもいいんですけど。なんか幸音さんおかしくないですか? ぐったりしているというか、寝息はないけど眠ってる風には見えないんですけど」

「ああそれ…………単純に気絶してるだけだから気にしないでくれたまえ。命に別状はない筈だ」

「……気絶?」

「僕だって馬鹿ではない。檜木君、君の話を聞いた上で何の対策も取らない僕じゃないよ。尤も君の主観を通した信用ならない情報だったから何処まで通用するかは分からなかったが……起こしてみれば分かるだろう。僕の仮説が正しかったのかどうかは」

 つかささんの話は要領を全く掴めず、会話していてとても気持ち悪い。それ自体に文句をつけるつもりはないのだが、医者としてどうなのだろう。そのコミュ力の低さは。

 彼は幸音さんを横たわらせて、二本指で何処かを狙おうとした所で、俺の方に視線を向けた。

「何してるんだい? さっさと戻らないと」

「え? 何で俺が戻るんです?」

「君はメアリの捕捉出来る場所に居なければならない。でなければ彼女は手段を択ばず君を見つけ出そうとする。だろう?」

 その言葉は決して間違っていない。秘密基地を暴かれた過去があるのと、そこに基づく悪意に満ちた主観をつかささんに話したのは紛れも無い俺だ。ここでその言葉を否定するのは、己の言葉の矛盾を自ら指摘している事に他ならない。人間は多くの場合矛盾を忘れるが故に矛盾を繰り返すが、忘れる程日数が経った訳でもなし。

 矛盾を自覚するならば避けねばなるまい。『理屈が通っている』というのは、つまる所そういうものなのだから。

「……分かりました。でも幸音さんが死んだりしたら俺、泣きますからね?」

「会って間もない人間にまで涙を流せるなんて君は凄い人だな。嫌味ではなく、素直に尊敬するよ。過ごした時間だけが全てではないと、まるでそう言いたいみたいだ」

「言いたいのではなく言ってるんですよ。俺にとって過ごした時間の長さはそう大切なものじゃない。だからつかさ先生だって、家族よりはずっと信じられます」

「危ないなあ。しかし、そう言ってくれるならば医者冥利に尽きるというものだ。特に何かをした覚えはないが、幸音君は死なせたりしないから安心しなさい。彼女に死なれてしまうと、僕は文化的最低限の生活を送れなくなってしまう」

 軽口を交わした後、張り過ぎていた肩の力がほんの少しだけ弛緩した。肩の力を抜くとはこういう事であって、不意に初めてのキスを奪う事ではない。アイツはやはり何かズレている。


 校庭の方に俺が丁度戻って来た時、メアリもまた俺を探していたようだ。


 偶然と片づけても差し支えは無いが、つくづくつかささんの勘には驚かされる。彼女は背後の学ランをはためかせながら、例によって一瞬で距離を詰めてきた。

「創太ッ。何処行ってたの?」

「トイレだが。何故お前にいちいち言わなきゃならない」

「さっきの女の人は?」

「知り合いだ。体調が悪いってんで帰らせただけだ。お前に教える義理は毎度のことながらない」

「あはは、そっか。ね、次の種目、特別なんだってッ。一緒に見ようよ!」

「断る。大体俺と一緒に見てもつまらないだろうが」

「つまらなくても面白くても、私は創太と一緒に見たいんだ。ね、いいでしょ? これくらいの我儘はさ。聞いてよ~お願いッ!」

 こいつのスタイルが良かろうと俺は異性として一ミリの意識もしていないので問題は無いのだが、傍から見れば―――特に信者は良い気がしないだろう。俺は信者公認の嫌われ者だ。それが教祖と仲良くしていたら話の辻褄が合わなくなる。これ以上の揉め事を避けるつもりなら根負けするべきだ。

「ふざけんなバカ。てめえの頭にはあんこでも詰まってんのか? 俺は嫌だと言ってるし、幼稚園の頃からお前の事が大嫌いだ。それくらいの我儘も聞く気にはなれない。どうしても頼みたいならお前の我儘を聞き入れてくれる人間に頼みやがれ」

 それはそれとして、根負けするつもりは絶対に無いのだが。でなきゃ共通の嫌われ者になんかなれない。俺は変な所でメンタルが強いのである。

 しかし、メアリにも同じ事が言えた。ありったけの罵詈雑言を込めて拒絶しても、彼女は頑として引かない。

「後でお礼するから!」

「―――どんな事でもか」

「どんな事でも!」

「へー。じゃあ例えば俺の気が済むまで犯すって言ったとしても、お前はそれを承諾するんだな?」

「あ、いいよ」

 例によって即答。こいつのこういう自信は何処から来るのだろうか。一度完全にぶち壊してやりたいものだが。

「正気か?」

「創太がそれで満足するなら別にいいって」

「……………………っち、冗談だ。頭のとち狂った奴を抱く気にはなれねえよ。じゃあお前、あれだ。この体育祭が終わったら今すぐ死ね。そうしたら幾らでも体育祭なんか見てやるし何でもしてやるよ!」

 メアリが幾ら神様っぽいと言っても所詮は人間だ。死ねばそれまで、そして死んでしまえばこれから先、俺が苦しむ事は無い。流石の彼女も少しは悩んだらしいが、出された答えは結局変わらなかった。

「いいよ!」

 botじゃあるまいし、少しくらい感情の機微を見せたらどうなのだろうか。俺はこいつが約束を守るとは到底思えないが、もし守ってくれたならこれ以上の利益は望まないので、勘繰ったりはすまい。全知全能の神と言えども死から逃れられぬ様に、こいつもまた死からは逃れられない筈なのだ。

 そして条件を提示し、それが呑まれた以上、俺が彼女の頼みを破棄する訳にはいかない。彼女は俺の首肯が欲しくて、提示した条件を呑んだのだ。

「………………分かったよ」

 これは果たしてどちらの勝ちと言えばいいのだろうか。俺が負けている様に見えるかもしれないが、メアリさえ死んでくれればそれだけで俺の完全勝利に繋がるので、ぶっちゃけ多少の勝ち負けは気にしない。要するに結果が最善であれば良いのだ。


『ルールの制定が終わりました』


『これより、人倒しを始めたいと思います。生徒の皆さまはグループを組み、役立たずの裏切者を抱え上げてください』


 アナウンスらしからぬ乱暴な表現、悪意的な声音。校庭の中心にはつかささんを襲おうとして負傷した男性及び逃走した男性全員が荒縄で縛り上げられたまま放り出されている。その状態だけでも異常と特筆するべきだが、彼らで一体何をするつもりなのだろう。


『予定にはない特別種目である為、ルールは単純なものとさせていただきます。基本ルールは騎馬戦に則り四人一組。白組の皆さまは裏切り者を担ぎあげ、紅組の皆様は通常通り騎馬を作ってください。紅組の皆様は制限時間内に裏切り者を殴り殺してください。白組の皆様は紅組に殴り殺されない様に逃げ回ってください。それ以外のルールはありません。ご自由に、徹底的にやってください』


 倫理もへったくれもない種目が始まる。いつもは倫理がどうとか教育がどうとか騒ぐ保護者達も、嬉々としてカメラを回す有様だ。毎度毎度信者の過激思想と極端な行動力には呆れ果てるばかりだ。信仰心故の行動力とでも言うつもりだろうが、それでも敢えて問う。

 何がお前達をそこまでさせているのか、と。

「勝利条件しかないなんて変わった競技だよね。どうなるのかな?」

「…………お前、見てて楽しいのか? これって只の公開処刑だぞ?」

「そういう言い方はどうかと思うよー創太ッ。皆体育祭がマンネリ化してるって分かってるんだから、たまには刺激が必要なんだよ!」

 そんな事を語るメアリの瞳には、これからも生きようという希望以外何も伝わってこない。間違いないし、賭けても良い。こいつは約束を破る。

 済みません。素直に。

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