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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 03 群痛殺人
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世界に堕つ異変

 翌日。

 茜さんのおまじないが効いたのか、取り敢えず俺は無事に帰れた。しかも両親は眠っていたので、問題なく風呂にも入れた。恐らく宗教とはこんな感じで時たまの幸運にこじつけられるのだろうが。今は俺の方からこじつけよう。これは間違いなく彼女のおまじないが効いたのである。おまじないが無ければ、俺は風呂にも入れなかったし、家にも帰れなかったし、何処かで野垂れ死んでいた。突然隕石が落下し、地球は滅亡し、銀河系が乱れ、宇宙は終焉を迎えていた。

 誰が何と言おうと、おまじないに効果はあったのだ。そう考えた方が幸せになれるし、そう考えた方が幸せになれると信じるからこそ、人は宗教にのめり込むのである。

「…………ああ。くっそぅ眠い……」

 ただ宗教で眠気はどうにもならない。夜分遅くに帰宅したせいで、まともに睡眠が取れていない。体育祭が始まるのは九時からだが、危うく寝過ごす所だった。時刻は八時半を過ぎた頃。歯磨きとか洗顔とか、朝の準備諸々省いて外出したとしても絶対に間に合わない。天気さえ悪ければ開始時間の延期もあり得ただろうが、雲一つない快晴をどう言い換えれば悪天候になるのだろうか。

 それでも起きられたのは、気合いだ。根性論は嫌いだが、そうとしか考えられない。それ以外に考えられるとしたら俺の脳が余程合理的で、眠る事で得る快感よりも茜さんと過ごす時間の方が利益があると判断したか…………だとしたら俺の脳はバグだらけだが、よくやった。

「…………重い」

 泥の様に眠るという表現があるが、だとするなら俺の身体には泥が纏わりついている。手にも足にも胴にも瞼にも。それとも、俺自身が泥なのかもしれない。体が重いのは重力に引っ張られているからか、水分の比率が高いからか。どちらでもいい。俺のやる事は変わらない。

「…………行かないと」

 遅刻は必至。それがどうした。学校を一分でも遅刻するなら休もうなんて図太い神経は持ち合わせていない。俺に限らず、多くの人間は遅刻しても行こうとするのではないだろうか。データを取らなくても分かる。何せ俺が述べたのは遅刻が遅刻である証左に等しい。多くの人間が『遅刻するくらいなら休もう』の精神なら、遅刻という概念自体、そもそも存在しないのである。

 だから俺は行く。遅刻を免れないなら、いっそ万全の準備を整えて行った方が効率的だ。時間は俺を待ってくれない。時間に限りがあるのなら、待つ筈もない。しかしその限りをもしも超えてしまえば、その先はどうなるだろうか―――簡単な話だ。悩むまでも無い。

 『限』りが『無』い。即ち無限。

 時間は絶え間なく進むが、無限の時に終焉は無い。有限の先にあるのは無限だ。時間は誰も待ってはくれないが、立ち去る事もないのだ。

 起床から暫くの間、俺の思考は水飴みたいにドロドロだった。微睡みの中に居るのもそう悪くはない。茜さんとの約束が無ければ二度寝していてもおかしくなかったが、そこをどうにか堪えた事で、次第に俺の脳は覚醒へと近づいていく。

 止めとばかりにカーテンを開けて全身に日光を浴びせかけると、ねばついた意識が覚醒。まどろみの中にあった意識は、直ぐに現実へと向けられた。

「………………寝癖は無いな」

 風呂に入り終わってから、きちんと乾かしておいて正解だった。もしも直ぐに眠っていたらここで俺はそのツケを支払わされる羽目になっていただろう。工程が一つ省けたので、残る工程から所要時間を逆算…………五分程度か。

 今から全力で走れば清華の学校に到着するのは九時十分。そこに五分追加して十五分。到着までの道中に不測の事態が起こり得る事も考えると、九時半頃になってしまう。三十分も茜さんを待たせてしまうのか。これは何かお詫びの品を持っていった方が良いかもしれない。 

 しかし怪異である彼女にお詫びの品と言っても、何をあげたら良いだろうか。命様とは違って食べ物は必要ないだろうから…………本格的に思いつかない。ネットで『怪異にあげるプレゼント十選』と調べたが何も出てこなかった。

 ああ、もういい。きっと俺の事だから道中で名案を思い付くだろう。今はとにかく朝の準備を済ませて、一刻も早くこの家を出なければならない。

 

 朝食?

 

 どうせ食べた日の方が少ないのだから抜いた所で大差はない。パン一枚焼いている暇すらないのだ。彼女がどう思っているかはさておき、俺にとってこれはデートの様なものだ。遅刻はもう仕方ないとしても、焦らない奴が居るか!

 家族は既に出発済みだ。行動を邪魔する奴が一人として居ないなら、俺の行動は早かった。寝間着から着替え、朝の準備を済ませ、持ち物の準備を済ませ―――どうせ携帯と財布以外何も持って行かないが―――想像よりも随分早く家を出る事に成功した。それでも遅刻は免れないが、一分一秒早く到着すればその方が良い。何せその分だけ茜さんと一緒に居られるのだ。小難しい理屈などこねくり回している場合か、その方が俺にとって有益だからそうしているまでだ。悪いのは俺ではない。時間だ。二四時間しかない一日が悪いのだ。これがもし一日五〇時間という事になれば、俺はもっと余裕を持てていただろうし、遅刻をする事もなかっただろう。全く理不尽だ。理不尽でありながら等しく平等だ。メアリよりは嫌いになれない―――





『皆さん! この町には神様が居ます! そう、メアリさんです! 皆さんの力でメアリさんを推していきましょう! 彼女こそこの国を変える……否、この世界を平和にする存在です! 無駄な政策ばかり打ち出す政府に代わり、彼女こそ国のトップへと据えるべきだ! 彼女の存在こそ、この国を豊かにしてくれる! 彼女がこの国のトップになれば、いずれは我々の国が世界のトップになる! 絶対になるのです!」




 

 噂をすれば、か。朝からとんでもない演説が拡声器を通して聞こえてきた。選挙の時期ではないと思ったが、語る口調はまるで選挙だ。『この私に清き一票を!』と付け足したらいよいよ本物である。

 そんな冗談はさておき、大々的にメアリの存在を語りだした事に俺は違和感を覚えた。信者共にそんな行動力は無かった筈。かと言って本人にも野心はないから、わざわざ命令したとも考えられない。

 いずれにしても、メアリが総理大臣になるというのは、絶対に防がなければならない事態だ。この国が発展しても、或は世界が平和になっても、それは世界中が俺の敵になる事を意味する。

 絶対に許されないし、許してはならない。周防メアリは存在してはならない生物なのだ。そんな奴がこの世界の覇権を握ってはならない。どんなロクデナシよりもアイツと比較すればマシな方だ。全世界がアイツの信者になる様子なんて想像もしたくない。ありとあらゆる言語でアイツへの礼賛を聞くなんて冗談じゃない。何も面白くない。気が気でない。そんな事になった日には、俺がテロリストになってしまう。


「んな訳ねーだろばーか! あいつはこの世界を破壊しようとしてるクソ野郎だ! なーにが国のトップだこのトップオブチートゴミ野郎! お前なんかが国を運営できる訳ねえだろ政府なめんな!」


 拡声器との対決は普通に分が悪かった。俺の声は拡声器によって広げられた礼賛にかき消され、誰にも届きやしない。喉が擦り切れんばかりの勢いで、どこぞの信者はメアリの素晴らしさを語っている。そして何処かで、それに賛同する声も聞こえる。


 ―――あんまり悠長に対応してられないかもな。


 メアリが国のトップにでもなったら近づく手段すら無くなってしまう。その前にどうにかしてアイツを打倒しないといけなくなってしまった。俺からすれば既に体育祭の事などどうでも良くなるくらいの緊急事態だが、それでもやはり茜さんと合流しておくに越した事は無い。

 俺は対抗するのを止めて、脇目もふらず清華の学校へと向かった。

 しかし、走る事に集中したからと言って走力が上がる事はなく、俺が到着した頃には既に開会式が終わり、正に第一種目が始まろうとしていた。

  

 

 

時限爆弾が設置されましたとさ。

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