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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 02  裏面症女
37/195

堕とせぬ女の口説き方

 上手くいった。

 周防メアリの存在は如何なる法よりも優先される。俺単体では怒られるしかない物でも、物は使い様だ。それもこの限定的状況なら、見破られる事はまずない。


 何をしたか?


 複雑な事は何もしていない。絢乃に弁明をさせただけ。具体的には『メアリが嫌いだと抜かす俺に、彼女が如何に素晴らしいか』と言わせたのだが、これが信者共に効果抜群。そもそも俺以外にメアリを嫌いな奴がいるとは思っても居ない為、細かい嘘を重ねなくていいのは都合が良い。絢乃の行為は賞賛され、俺は追加で僅かな叱咤を喰らったのみで済んだ。設定上は三時間説教を喰らっているので、流石に十分だと判断したか。

「有難う。本当に助かった」

「これくらいはな……つか、本当にお咎めなしなんだな」

「設定上、俺は三時間お前に怒られてる訳だからな。流石に俺達までやろうって気はしないんだろう。メアリ信者はアンチを赦さないが、それはそれとして俺はメアリじゃないから、優先される存在じゃない。藤堂先生にも予定があるからな。俺に怒って時間使ってたら学校そのものが回らなくなる」

 昼休みに入って、俺と絢乃は体育倉庫の裏で作戦会議をしていた。この場所、先生もあまり見に来ない関係で(単純に雑草などがいっぱいあって入りたがらない)こっそり会うにはこれ以上ない最適な場所だ。

 しかし幾ら裏が男だからといって、目の前でヤンキー座りはやめてくれないだろうか。縞のパンツがモロに見えてしまっているのだ。俺は絢乃さんと付き合いは無いが、普段の彼女なら絶対にやらないだろうというのは分かっている。


 …………記憶の共有が出来ない時点で本人の意識に穴が生じている事になるからさぞ不便だろうと思っていたが、その不便さを差し引いても共有が出来ないのは好都合だった。


 パンツから全力で目を逸らす―――のは不自然なので、目を瞑った。

「で、どうするんだよ?」

「まあ落ち着け。まず前提条件だ」

「前提条件?」

「アイツは俺を嫌っている。そしてメアリを崇拝している。家庭に問題がある。当のメアリは八方美人だから特に肩入れはしてない。妹が居る。これを念頭に作戦を練る必要がある」

 彼女は誰からも嫌われないが故に、誰にも態度を変えていない。老若男女、職業不問で優しい高校生の顔を浮かべている。例外は俺くらいなものだ。何日か居なくなるとどんな手段でも探し出してくるし、お願いだから放っておいてくれれば良いのに、何かと世話を焼きたがる。

「…………嫌ってるのが、やっぱネックじゃねーか?」

「いや、第一印象が嫌いから始まる恋なんてドラマでも良くあるだろ。まあ明らかにこの作戦を難しくしている一因なのは間違いないが、そこでつまづいちゃいられない。逆に考えろ。好きと嫌いは紙一重だ。つまり俺に抱く嫌悪とメアリに抱いている好意は隣り合わせにある…………と信じたい」

「自信ねーのかよ!」

「ポイントになるのは家庭に問題があるって部分だな。メアリのせいで拗れたのに、本人は好きで両親は嫌いなんてまた複雑だけど…………お前的にはどうなんだ? 絢乃さんに仲直りして欲しいか?」

 俺が話している相手は絢乃であって絢乃さんではない。しかし裏を返せば、絢乃さんではないが、絢乃ではある。ややこしい事は何も言っていない。本人に聞いているだけだ。

「……まあ俺としちゃ仲直りして欲しいが、メアリって奴から引き離せるだけでも御の字だ。他の頭おかしい奴らと一緒にはさせたくない」

「そうだろうな。俺も手遅れじゃなきゃ家族を助けてる所だ。しかし問題は妹……莢那だな。姉妹仲は良いんだろ?」

「…………ああ。だがそれの何が問題なんだ?」

「どんなに仲の良い姉妹きょうだいでもな、メアリが嫌いか好きかだけで関係は崩壊する。家庭環境を拗らせたくないんだよ…………」

 一つだけ方法を思いついているが、リスクがデカすぎる。メアリに対する絶対崇拝を覆すにはこれくらいしないといけないのだろうが、それにしてもリハーサルなんて出来ないし、ぶっつけ本番で失敗した日には…………

「どうかしたか?」

「いや……駄目だ。そもそも覆せる保障がない」

「あ?」

「メアリへの好意だよ。今、一つだけ方法が思い浮かんでるが、あらゆるルールよりも優先される感情に勝てるかどうかの保証がない。確実に乗り越えられるならやる……しかないな」

 仮にも本人を目の前にしてこんなリスクしか背負っていない作戦を話すのはどうかと思うが、俺の矮小な脳みそではこれくらいしか思い浮かばなかった。最低限の保障すら出来ていないので気が進まないが、それさえ出来ればこれしかないと思っている。

 乾坤一擲の大作戦を聞いた絢乃は、絶句し目を大きく見開いて仰け反った。

「…………お前、本気か?」

「全員が命を懸けなきゃいけない作戦なんて俺もやりたくない。これでもしメアリへの好意が勝ったら只の馬鹿だからな。でも……これぐらいしないと、勝てる気がしないのは確かだ」

 俺だって命を失うのは怖い。でもこんな作戦が思いついてしまうくらい、今の俺はノリノリだった。絢乃への仲間意識もそうさせているのだが、そんな小さい感情ではない。そんな優しい感情で命を懸けられる程、俺はぶっ壊れた人間ではない。檜木創太を突き動かしているのは人として当然の……反骨心。

 メアリに侵食された世界で擦れに擦れた心を、命様と茜さんが癒してくれた。一人では耐えかねていたかもしれない苦痛も、二人が居るから耐えられている。だが二人は不可視の存在であり、本来人間に関わるべき存在ではない。二人の存在だけでは、俺はメアリへの不屈は貫けても、立ち向かう事は出来ない。いや、立ち向かおうなどと考える事すらしない。

 当たり前だ。国家権力に楯突こうとする奴がテロリスト以外に何処に居ようか。その国家権力すら侵食しかねないメアリに挑む道理はない。勝率は皆無、勝算も無い。それは最早戦いではない。


 だが。


 信者を助けてほしいと言われた。

 人間としてあまりに未熟で、愚かな俺に助けを求めた人物がいた。

 もし助ける事が出来たら、メアリという『完璧』にまた一つの罅が入る。一度生まれた例外は爆発的に増殖するから、最終的にはアイツの存在に『抗う』のではなく、『打ち破る』事が出来るかもしれない。

 失われ、拗れた人間関係までもが元に戻るとは思っていないが、俺はアイツさえどうにか出来るなら何でもいい。命様や茜さんの様な不可視の存在は、絶対にメアリの影響を受けないと分かっている。恐らくメアリの完璧性は…………彼女が見えないものには適用されないのだ。

 何故ならアイツには『視る力』はおろか、霊感すらないから。だから命様や茜さんの存在に気付かないし、触れないし、二人にも影響がない。そう考えれば絢乃に影響がないのも納得がいく。人格とは不可視であり、普段接する時がこちらでないのならやはり影響を受ける筈がない。だからこうなっている。

 つまりどんなに人間関係が拗れようと、俺には絶対的な味方が居る。だから気にしない。清華と絶交した以上、いよいよ俺が家族に執着する理由が無くなった。その上でアイツを打ち破れるなら、俺はやってみたいと思う。

 他でもない、俺の為に。

「で、その最低限の保障ってのはどうやって確認するつもりだ?」

「それなんだよなあ…………! この作戦と同じ感情を抱かせなきゃ確かめたとは言えないだろ。でも命に関わらせる様な事を下手にやりたくない。あまりこんな事は言いたくないが、何か事故に巻き込まれない限りは……って感じだな。都合よく怪我もしない死ぬ事もない、死ぬ危険しか相手に与えない事故なんて都合が良すぎるけどな……」

 怪我もしないし死ぬ事もない事故はそもそも事故じゃないが、それくらい最低限の保障は確認しづらいのだ。


「………………」

「………………」


 両者、特に名案も思い浮かばない内に昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。

「ああ、もう終わりか」

「んじゃ。俺から戻るわ。あんまり入れ替わってると絢乃の負担もあるしな。あばよ」

「気を付けろよ。ああ、それと絢乃。一つだけ」

「んお?」




「次から俺の前に座るのやめてくれ。パンツがモロに見えて思考に集中出来ない」

 反射的に目を開けたせいで、結局見ちゃったし。

 

 


 

 

 

 














 教室に嫌々戻ってくると、クラスが異様な雰囲気に包まれていた。己の気配を殺したつもりでゆっくり中に入ろうとすると―――

「あ、創太だ! おーい創太、ちょっとこっちに来て!」

 僅か二秒でメアリに見つかった。気配なんて本当に殺せるのだろうか。一瞬逃げる事も考えたが次は授業―――というか、科目の先生が待機している辺り授業を退けてまでメアリたちは何かを話し合っていた様だ。近くの席の奴等は、俺を逃がすまいと既に身構えている。

 抵抗するだけ無駄と悟り、大人しくメアリの前まで移動した。

「何だよ。次授業だぞ。お前も教壇に立ってねえで座れよ」

「あ、それは知ってる。でもクラスの皆にとって凄く大事な事なんだよ! だから先生もそこで待ってくれてるの」

「あーそうかよ。それで? さっさと用件を言えよ」

「創太は学校のプールってどう思う?」

「は?」

 プール?

 こいつら頭がおかしいのか、それとも遥か未来に目を向けて生きているのか。後者であればビジョンがあるとも言えるが、それにしたって気が早すぎる。まだ春だぞ。最初の定期考査も終わってないし、球技大会(この高校は球技大会と体育祭が別にある)も終わってない。水泳の授業はそれらを超えた先にようやくあるのに、どうして今、そんな話を? 

 どう思うと言われても、今年入学したばかりで兄妹も居ない俺に所感はない。適当に誤魔化した。

「…………さあ。急にどうしたんだよ」

「うん、実はさっき昼休みね。学級の女子全員と話してたんだけど」

「お前聖徳太子か何かかよ」

「有難う! でね、そうしたら学校のプールってどうしてスク水しか着ちゃ駄目なんだろうって話になったんだよ」

「ならねえよ」

「なったの! 女の子にとって水着ってお洒落の一環だからさ、授業とはいえ水に浸かるなら自由に着たいって声が大勢あったの。彼氏と一緒に入りたいって子も居るんだけど、どう思う?」

 どう思うも何も、海水浴に行けよという感想しか浮かんでこない。確かにうちのクラスはそれなりに美人が揃っている(色気でも可愛さでも命様の足元にも及ばないが)とはいえ、それがなんだ。彼氏といちゃつきたかったら海水浴に行くか、市民プールにでも行けばいい話。仮にも授業なんだから、大人しくスク水を着れば良いだろうに。

「……海水浴に行けばいい話だろ。学校は勉強をする場所だぞ? 常識考えろ常識―――アタッ!」

 地雷を踏んだ訳でもないのに攻撃を喰らうとは予想外だった。後頭部に直撃したのは―――雑誌だった。誰が投げたか分からないが、丁度角が命中したので中々痛い。

「何だよ……誰だ投げたの」

「俺だよッ! お前本当に男か? 空気読め馬鹿ッ!」

 知らない奴が勝手に切れている。

「お、お前……! もしビキニ着用がオッケーになったら、メアリも着るって事なんだぞ!? 男なら賛成しない理由がない!」

「だからそんな理由で授業を受けるな。みたけりゃ勝手に全員で海水浴行けばいい話だろうが。そういう訳で俺は反対だ。意見が通るとは思ってないが、この話題から一抜けさせてもらう」

「いいよ、ありがと! これで全員の意見が聞けたね―――!」

 メアリが許可した以上は、誰も俺を咎められない。黙って自分の席に座り、話し合いが終わるまで再び策を考える事にする。


 悪いが俺は和服フェチだし、メアリ以上にグラマラスで色気があって優しくて可愛くて素晴らしい神様を知っているから、どうとも思わない。度々言うが、俺はメアリを女性として認識していないのだ。まだ茜さんの方が意識出来る(見た目は女性なので別に狂った性癖という訳でもない)。

 何でもいいから授業再開してくれねえかなあ。

 


 メアリへの好意を上回る感情は、よっぽど強くないといけません。


 

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