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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 02  裏面症女

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イカれた兄貴との絆

 周防メアリ=完璧という式は如何なる理屈よりも優先される。完璧じゃない奴が何を言おうとその理屈を超える事は出来ず、それ故に彼女は警察すら手出しできない無敵の存在となっている。


 その理屈が完璧である限り。


 檜木創太=メアリが嫌いという理屈も、同じくらい優先される。客観的に見れば間違いなく美少女で、惚れない方がむしろおかしいくらいスタイル抜群で容姿端麗なのは事実。その上で俺は彼女を嫌いと言っているし、女性とも見れない。だが、それらを除けば、俺に対して好意的な女性はそのメアリしか居ないのも事実だ。命様という例外は、確かに会う度に惚れ、好きになっているが、あの神様の前では自然体のままで居られるので除外する。今回はそういう話をしたいのではない。

 周防メアリという唯一の女性(認めたくないが)の好意を拒絶し続けた結果、俺は恋愛について素人のまま、この年齢まで来てしまった。今までは気にしていなかったし、これからも気にしない予定だったが、見通しが甘かったと言えるだろう。

「女の子の口説き方……か。また随分と難しい注文をしてくるね。他でもない少年の頼みだ、聞いてやりたいのは山々だが、どうも君は聞く相手を間違ってはいないかね。私は怪異だよ? 誰かを口説いた事もないし、口説かれた事もない。やったとすれば精々人殺しだ……不本意だけどもね。それらを抜きにしても、私は男でも無ければ女でもないんだ。性別などというものは不安定の存在に与えられないんだよ」

「でも見た目は女性ですから!」

 残念ながら厚手の服を着こんでいるせいでスタイルは分かりにくい。しかし『メリーさん』の怪談話にエロを付け足して吹聴してた奴も居たから、それの影響も受けていたと考えると……多分、かなり素晴らしいのではないだろうか。スタイルが。

 命様の巫女服にしてもそうだが、もうちょっとこうスタイルが露骨に見えるタイプの服を着てくれないのが残念だ。メリーさんの重装備に加えれば命様は随分薄着(巫女服の下は十中八九何もつけてない)だが、それでも分かるのは腰の細さと手の綺麗さくらいだ。それを露骨とは言わない。

「見た目が男性でも女性でも同じ事だ。どの道、私にアドバイスしてやれる事は何も無い。所で、どうしてそんな事を?」

「よくぞ聞いてくれました。昼休みの事なんですけど―――」



『頼む! お前の力で何とかして絢乃を惚れさせてくれないか!」

『…………はあ!? いやいやいや! お前、俺の顔をよーく見ろ。モテる様な顔に見えるか? 女の子に好かれる感じに見えるか? 見えないだろ! 他の奴に頼んでくれ!』

『じゃあ他にメアリを嫌ってるお前みたいな奴が居るのかよ』

『この十六年間で見た事無いな。警察も犯罪者もアイツの言いなりだし』

『じゃあやっぱお前に頼むしかねえ! なあ頼む、俺はコイツに幸せになってもらいたいんだよ! メアリなんて奴とはすっぱり縁を切って、そのまま平凡でも何でも、普通に生きててもらいたいんだ…………』

『ええ…………そう言われてもなあ』



 アイツの一生の頼みとは、どうにかして絢乃―――メアリ大好きな表の人格に惚れさせて、メアリから離してほしいという無茶苦茶なお願いだった。本当に無茶苦茶。現実が視えてないのかってくらいだが、裏の人格ならそんなものだろう。

 話を戻すが、メアリのせいで俺は恋愛経験がゼロのままこの年まで来てしまった。しかしその脳内が菩薩の如き清さであるかと言われると、そういう訳ではない。むしろ命様や茜さんという不可視の存在に煩悩を抱いている時点で大分拗らせている。拗らせた一方で、恋愛経験はゼロなのだ。

 そんな俺に普通の女子を口説けと言われても……厳密には惚れさせろだが、同じ事だ。しかもメアリ嫌いが周知の事実であるせいで、何の接点もない状態で口説くよりも遥かに難しい。人の好感度は第一印象で決まると言われているが、その第一印象が既にマイナスで決まっている状態と例えれば、少しは分かりやすいのではないだろうか。

「という訳なんです。どうにかなりませんか?」

「私が尋ねたいのは一つだけだ。何故無理なものを引き受けた。君は自分の出来る事をそれなりに把握していると思ったのだが、違ったか?」

「そりゃあ、最初は断る気満々だったというか、受ける気なんて更々ありませんでしたよ! でも……」

「でも?」

「…………メアリを嫌いな奴が他にも居て、嬉しかったんです。仲間って訳でもないですけど、同じ境遇の奴には手を貸したいというか……とにかく、引き受けたものは仕方ありません! だから教えてください!」

 茜さんは話にならないと言わんばかりに肩をすくめた。

「何度言われても、私は女の子の口説き方など知らないよ。言っておくがこれは性別の話ではないぞ? 男の子としても私は知らないのだからね。だが、そうだね。私自身を嘲るつもりで、確実な手段を提案しておこう」

「え、何ですか?」

「薬かお酒で意識を混濁させて、ラブホテルに―――」

「ストップ!」

 幾ら経験が無くても、話の続きは見えている。俺はすかさず手を伸ばして、茜さんの口元に指を当てた。怪異故に体温が存在せず冷たかったが、唇はつきたての餅の様に柔らかかった。

「却下します! 只のレイプじゃないですか!」

「では力になれないな。私が思いつくのはこれくらいだ。しかし判断力を低下させた状態ならば合意に持っていける気もするけど」

「それも大いに問題がありますけど…………俺、性交渉の経験がないんで、満足とかさせられませんからね?」

 知識だけはあるから、実践は出来るだろう。だが、相手がこちらの事を好きすぎて、やる事為す事全てに満足してくれるなんていうラブラブカップルでもない限り、確実に失敗する。どうにも、俺はそれが怖い。

 茜さんの声音が、蠱惑的な艶を含んだ。

「―――おや、少年。君は童貞だったか」

「ええ、そうですよ! そりゃそうですよ! あのメアリとかいう奴が大っ嫌いで仕方なかったんですから、そりゃそうに決まってますよ! 何ですか、悪いんですか? 何か文句ありますか!」

「ふふ。まあそう自暴自棄にならないで。君さえ覚悟を決めたなら、それに関しては協力出来るかもしれない」

「はい?」

 彼女は俺の後ろに回り込むと、そのまま覆いかぶさる様に背中へ抱き付いてきた。冷たく、色気のある声が耳を撫でる。


「私で練習すれば良いって事だよ。私は少年に恩返しがしたい、少年は経験をつけたい。ウィンウィンじゃないか」


 鼓膜を震わせるそれは、音が聞こえる故の振動か、はたまた心の底から湧き上がってきた煩悩による欲情か。重さなど感じない筈なのに、俺の足は止まり、全身はガチガチに固まってしまった。金縛りにでも遭ったみたいに。

「い、い、いや。茜さんを…………傷つけてしまうかも!」

「私には性別が無いものの、少年を気に入っているこの感情は本物だ。そして性別が無い故に、他のどんな感情にも揺るがない。いやしかし、自分で提案してみたが、我ながら合理的だと思うぞ? 避妊の必要も無ければ、万が一にも病気になる心配もない。少年は煩悩を抑え込める、経験も積める。後は少年次第だ…………先程の提案を例に挙げるなら、判断力を低下させた状態で合意に持ち込む行為をする気になるかどうか、なんだよ」

 この怪異に何の感情も抱いてさえ居なければ振りほどく事も出来ただろうが、残念な事に茜さんは滅茶苦茶美人だ。年上の魅力なのか、それとも元メリーさんとしての魔性の魅力なのか、どうにも俺に煩悩を抱かせてしまう。性別が無いとは言うが、その手の問題がどうでも良くなってしまうくらい、彼女は美人なのだ。ただそこに在るだけで、男を引き付けてしまいそうな……今の所俺しか見えないが。

 本音を言えば、人助け関係なく頷きたかったが、

「…………こ、今回はお断りします!」

 良心に基づいた判断の結果、断腸の思いでその提案を却下する。いつの間にか茜さんは再び俺の隣に並び、また歩を合わせていた。

「それは残念。ならばいよいよ協力してやれる事はないな。この後はどうするか決まっているのかい?」

「家から荷物出して、命様の神社に行く予定です。茜さんは?」

「あの山には長居出来ないからね。同行はしないさ。しかし一つだけ有益な情報を君に教えておこう」

「何ですか?」

「今日は満月だ。視えると良いね」 
















 茜さんと別れて、俺は自宅へ。家に誰も居ない訳ではないが、そいつらが俺の帰宅を歓迎する筈もない。黙って自分の部屋まで行くと、用意していた荷物を手に取り、再び外出。

「―――兄貴、家出するの?」

 そのまま何事もなく外に出られると思っていたが、直前で清華が声を掛けてきた。相変わらず無愛想で、こんな妹がかつては俺の事が大好きだったなどと言っても、俺以外に信じる奴は居ないだろう。

「そうだとしても、お前には関係ないだろ」

「私には関係ないけど。またメアリさんを心配させたら許さないから」

「そうか。俺は許してもらいたくなんかない、一生恨んでいいし、憎めよ―――なあ清華」

「何?」



「―――こんなお兄ちゃんでごめんな。だからもう、兄妹をやめよう」



「え?」

 家出のつもりはない。命様に一日中奉仕するだけ、それだけだ。だがそれはそれとして、俺も兄である事に疲れた。メアリ嫌いを拗らせた兄貴なんか妹も持ってて迷惑だろうし、お互いの為だ。いつかは言わねばならなかったが、丁度いいので今言ってしまおう。

 突然の申し出に、清華が目を丸くして固まる。

「な、何言ってんの?」

「もう兄貴なんて呼ばなくていいって言ってるんだ。お前も嫌だろう。メアリが嫌いなお兄ちゃんなんて、持ってて恥ずかしいだろう。嫌いだろう。だからもういい。兄貴何て呼ばなくて、クソ野郎でも馬鹿でも阿呆でも、呼び捨てでも良い。俺ももうお前を…………妹として扱わない」

 いつになく落ち着き払い、淡々と縁切りを告げる俺の様子を只事ではないと悟ったか、清華はその場でおろおろし始めた。

「え、え…………え? 兄貴、どうしちゃったの?」

「ごめん」

「いや、謝られても……」

「ごめんな。俺なんか生まれてこない方が良かったよな。ずっと辛い思いをさせてきてごめんな。でもメアリの事は嫌いなんだ。立場上、俺はまだこの家に居るけど、卒業したらすぐに何処かに行くつもりだ。二度と顔を見せない。だからそれまでは……同居人だとでも思ってくれ―――分かったな」

 自分が居なくなる光景を想像すると、心が自殺する。

 何も痛くないのに、涙が出る。

 万事解決の筈なのに、胸が苦しくなる。

 良かれと思っているのに、体がそれを拒絶する。

 現実の俺に代わって、心が先に体験してしまうから…………辛くなる。

「ど、どうしちゃったの? ちょっと……ねえ」

「ごめん。俺が居たからここは不幸になった。俺が居たからお前達は不快な思いをした。お前達もどうせあれなんだろう。メアリみたいな奴が子供に欲しかったんだろ? 俺なんかが家族でも嬉しくないんだろ」

「そ、それは……兄貴がメアリさんを好きになればいい話じゃん!」

「それが無理だからこんな話をしてるんだ。後、兄貴呼びはやめろって言っただろ。お前にメアリ嫌いの兄貴なんて居なかった。お前達は全員メアリが好きで、メアリもお前達の事が好き。それでいいじゃないか。その方がいいじゃないか」

 いつか理解してくれると思っていた俺の考えが浅かったのだ。家族に不信感を抱きながらも、しかし心の何処かでは『きっと』と思っていたからこそ、俺は傷つき続けた。それでも安全な場所なんて何処にも無かったから、居続けた。

 だが、もう俺には安全な場所がある。自然体のままで居られる場所がある。俺を俺として受け入れ、認めて、好いてくれる存在が居る場所を見つけた。

 だから一先ずは、精神上、お別れだ。

 喉を締め付けられる感覚を覚えながらも、俺は涙に声を濡らしながら、言った。


「ごめん。もう―――兄貴で居る事に疲れたんだよ、俺」


 誰かが何かを間違えたという事はない。だから自分の事も責めないし、妹や家族についても責めたりしない。この亀裂には誰の非も存在しない。いつかはこうなる運命だった。周防メアリが居る限り、彼女が俺の傍に居る限り。俺は家族とさえ分かり合えない。

 それでも俺は、メアリには屈しない。

 清華は俺を呼び止めたりはしなかった。当然だ。家族は俺の事が嫌いで、皆、俺の事が嫌い。それでいい。それが正しい。俺や絢乃さんの裏人格がおかしいだけだ。

「…………本当、おかしな話だな」

 俺だって家族の事が嫌いだ。別れて清々する筈なのに。

 どうして涙が、止まらないのだろう。

 

イカれたにはモノが本来の機能を果たさない=役に立たない、ぶっ壊れているという意味があります。



 例によってダブルミーニングですが、今回はぴったりなんじゃないでしょうか。

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