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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 02  裏面症女

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誰にも言えない秘密達

またややこしい事に…………

 …………確か四季咲莢那はD組だったか。

 様子を見に行こうとも思ったが、そもそも俺は莢那の顔を知らない。やっぱりやめた。メアリに事情を話せば会わせてくれるだろうが……

「うるせえなあ……」

 メアリが中心になると、特に休み時間は煩い。三年生も二年生も一年生もごちゃごちゃになって騒いでいる。しかも中身を見ると、明らかに馬が合わそうな奴らが一緒になって騒いでいるではないか。いや、見かけだけで判断はしきれないが、学年も学級も違う人間が男女問わずこれだけ集まっている時点で、既に何かがおかしい。それだけ集まっていると、一人くらい馬の合わない奴はいるだろうに。

「ああ、うん。そうだね、宇野先生の授業は少し分かり辛いかもね。あ、先輩。お久しぶりです。え、今度の練習試合ですか? いいですよ……え? 先生の代わりに短距離走の指導ですか。はい。精一杯やらせて頂きます!」

 アイツ、何部に入ったんだ。

 校則によると兼部は不可能らしいが、メアリの影響力は校則以上だ。こんなものは参考にならない。しかし幾ら彼女が万能と言っても肉体一つの意識一つ。同じ活動時間にある部活を同時にこなすなんて幾ら彼女でも無理だろう。

 それにしても大変そうだ。あれだけ多人数を相手に喋るなんて聖徳太子か何かかアイツは。もし俺がアイツの立場なら休み時間までに疲れ切ってしまいそうだ。にも拘らずアイツは、全く苦にしていない処か、心底楽しそうである。

「…………まあ、今はいいか」

 人ごみの密度のお蔭でメアリの顔が見えないのはグッド。暫くアイツの顔は見たくない。あの時見た無表情も、声音は満面の笑みを思わせたのだ。今は…………どうなのだろう。

 気になる。

 けど、声を掛けても聞こえないだろうし、そもそも俺から声を掛けるのは非常に癪だ。まるで俺が屈したみたいじゃないか。そう思われたらたまったもんじゃない。俺はアイツの笑顔なんて見たくないし、理解された気にもなって欲しくない。

 信者共とは違うのだ。

「……トイレにでも行こうかな」

 次の時間が終われば昼休みだが、トイレに行っていて遅れました……は幾ら何でも怒られる。メアリの視線に入らない様に忍び足で教室を出ると、そのまま一目散にトイレへ向かった。俺達のクラスは校舎の端に位置しているお蔭でトイレが近い。往復距離を考えても休み時間を過ぎる前に戻ってこれる。

「―――きゃッ!」

「ぐお―――!」

 尿意のせいで思考能力が削ぎ落とされていたのもあるがトイレの手前には階段があるのを考慮して、せめて近くでは減速するべきだった。ぶつかった相手は恐らく女子。体格差から普通に吹き飛ばしてしまった。大丈夫だろうか―――


「―――あ……」


 俺が吹き飛ばしたのは、絢乃さんだった。

「いたた………もう、気を付けてよ!」

「す、すみません。あの、絢乃さん。昼休みの事なんですけど……」

「へ、昼休みって何の事?」

「―――ん?」

 絢乃さんが俺の顔を見上げる。まるで心当たりなど無いかのように、その顔は素直だった。この純朴な少女からはとてもではないがガラの悪い様子を想像出来ない。一時は尿意も忘れて、考え込んだ。

 両者の膠着が終了したのは一分と少しが経過してからの事。俺の顔を見続けていた絢乃さんが、にわかに「あああああ~!」と叫んだ。

「ど、どうしたんですかッ?」

「貴方、メアリちゃんの事嫌いな人でしょ!」

「へ? あのメアリをご存じない筈なんじゃ…………」

「なに言ってんのよ、体育館でのレクリエーション以降、私達の間でもあの子は有名なの! 可愛くて運動神経が良くて、素直で、正しくて……貴方、メアリちゃんの事嫌いなんだってッ?」

「はい、大っ嫌いです」

「あああああああもう! 私の身体が穢れるじゃない、どうしてくれるのよ! ああ近づかないで、もっと離れて、二度と私に喋りかけないで!」

「え、ええ…………」

 せめてぶつかった事には謝罪しなくてはとも考えたが、本人がとにかく俺との接触を嫌がって発狂し始めたので、これでは謝罪のしようがない。軽く頭を下げて、逃げる様にトイレの中へ駆け込んだ。


 どういう事?







  





 昼休みになった。

 二度と喋りかけるなとは言われたが、約束を果たすなとは言われていないので、集合場所には向かうとする。その上でまた同じことを言われたら大人しく退散しよう。

「さて…………ん?」

 メアリの姿が見えない。お蔭で教室は混乱状態……もとい狂乱状態だ。俺の知らない内に災害が来たのだとすれば納得の行く混乱状態だが、そうでないのなら異常事態だ。全員が弁当片手にあたふた動き回る様子は滑稽も滑稽。放課後までは常に表情が死んでいる俺でも、この景色を前にしては失笑を隠せなかった。

「ふふ! ……おっと、聞こえなかったか」

 俺の失笑も聞こえない位、周りが騒がしかった事には感謝する他ない。二度目の失笑が見逃される保証はないので、リンチされない内に退室し、脇目もふらず昇降口を経て体育倉庫へ向かった。鐘が鳴ってからすぐにきたつもりだったが、絢乃さんには敵わない。彼女は両腕を組み、今にも爆発しそうな険しい表情のまま、俺を待っていた。

 一旦走るのを止め、おずおずと姿を現すと、俺の気配に気が付いた絢乃さんが大股で接近してくる矢、胸倉を掴んできた。

「おせえよ」

「い、いや……大分早く来たんですけど……!」

「こっちはイライラしてんだ。どうした他の奴等は、口開けばメアリ、メアリ。俺も頭おかしくなりそうでよ。ここまで来るのにも相当苦労したんだ。で、さっさと教えてもらおうか。メアリってのは誰なのかを!」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 貴方、さっき俺に二度と話しかけるなって言ったじゃないですか! 言ってる事滅茶苦茶ですよ!」

「あんッ? …………ああ、成程な。だから見掛けても俺に話しかけるなつったろ。はあ、やれやれ。メアリについて聞いてやりたい所だが、仕方ねえな。俺から先に話すか―――」

 およそ女性らしからぬ動きで絢乃さんは後頭部を掻きながら、ゆっくりと語りだした。

「まずなあ、お前が出会った俺は、俺じゃねえ―――四季咲絢乃はな、二重人格なんだよ」

 二重人格。それは自己同一性が失われる事で新たな人格が云々かんぬん。よく分からないが、要するに『もう一人の自分』が生まれている状態の事だ。殆どの場合もう一人の自分とは記憶が共有されていないらしいので、そう考えると彼女の行動のチグハグぶりも納得ではある。いや、チグハグというのもおかしな話だ。十人十色、別々の人間であれば行動は絶対に違ってくる。

 だからトイレでぶつかった絢乃―――恐らく本来の人格―――はメアリを知っていて、こちらの方は知らないのだろう。

「記憶の共有は出来ないが、交代の主導権は俺にある。ただまあ、『絢乃』から学校に居る間は入れ替わらないでくれって言われてるからな。あんまりしたくなかったんだが…………」

「何かあったのか?」

「主導権があるとは言ったが、あっちからも俺に入れ替わる場合がある。過度なストレスを受けた場合だな。その時には自動的に俺が出るんだが―――まあこれが酷い。あれは先週の土曜日の事だ。急に引っ張り出されて何事かと思ったら、親が発狂してやがった」

「発狂…………何で?」

「俺と『絢乃』は日記でやりとりしてるんだがな、日記にはこう書かれていた……って見せた方が早いな。ほらよ」

 ボールでも投げるみたいに日記が俺の手に渡ったが、割かし重かった。危うく落としそうになり、絢乃さんに怒られる。

「おい、土付けたら怒るぞ」

「ご、ごめん。えーと……このしおりが挟まってるページ見ればいいんだよな」

 



『お母さんがうるさい。メアリちゃんみたいに完璧じゃないのはどうしてだって怒ってくる。メアリちゃんみたいに完璧な女の子が欲しかったって言われた。私もメアリちゃんの事が好きだけど、でも私がメアリちゃんになる事は出来ない。あの子は神様に愛されてる。神様なんて居るのか分からないけど、でもそうとしか思えないの。私は神様に愛されてない。お母さんにすら愛されない、お父さんは私を娘だとすら思ってない』

『ハンガーで殴られた。何も痛くないけど、殴られる度に何かが欠けていくような気がした。胸が痛くなった。辛い。莢那逃げて』

『お母さんがご飯くれなくなった。今日はメアリちゃんにお弁当譲ってもらった。メアリちゃんは相変わらず優しい後輩だ。あの子は分け隔てなく全員を相手している。凄いと思う。偉いと思う。メアリちゃんみたいな子は、きっと家でも幸せなんだろう。私と違って』

『家に帰りたくない』

『私はお父さんとお母さんの子供じゃない』

『テストの点数小学校から蒸し返された』

『メアリちゃんに相談したら、全て解決した。お父さんとお母さんは私に土下座して謝った。でも私は許さない。この二人はもう家族じゃない」 

『家に帰りたくない』

『二人共死ねばいいのに』

『死ね』


 

 

 こんなものを渡されて俺はどう反応してやればよいのだ。書式も糞も無い。この日記には家族に対する恨みつらみ、メアリへの賛美が落書きみたいに書き綴られている。親に対する文章はやけに感情的だが、メアリに対する賛美はやたらと冷静だ。面白くないが、俺と同じように疑似的に家庭崩壊を起こしてる奴が他にも居たのだと思うと、少しだけ気が楽になった気がした。

 勿論、彼女は味方ではない。メアリに対する悪口が一言でも書かれていれば、また違ったのかもしれない。

「……返す」

「おう。まあこういう訳だ。お蔭で『絢乃』は家に帰る時に俺を引っ張り出してきやがる。それ自体は良いんだが、どうもおかしい」

「メアリの名前……だよな。不自然に賛美されてる」

「ああ。基本的に俺は『絢乃』がストレスを受けてなければ出番なんて滅多にない……勝手に出る事はあるけどな。それも僅かな時間だけ。だから俺にはメアリって奴が誰なんだかさっぱり分からねえんだよ」

「本人に聞けばいいんじゃないのか?」

「嫌だよ。何か怖えじゃん。学校に行ってみりゃ他の奴等も同じだし、何でお前だけ違うんだ? 俺の事は教えてやったんだから、今度はお前が教えろよ。メアリってのは何なんだ?」

 …………メアリとは何、か。

 そう言われても、俺も分からない。分かる事は、アイツは絶対に間違えないし、絶対に成功するし、絶対に正しい。それを一言で説明するなら…………


「アイツは……人間の形をした化け物だな」

 

 

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