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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 02  裏面症女
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見えない世界が俺の全て

 同居人に全部消されて書き直しってマジ? 寝落ちって良くねえな……

 登校路を歩く最中は基本的に暇なのだが、茜さんのお蔭で今回は退屈せず、楽しかった。話している内に彼女は何かを語る事が好きで、だから話が回りくどくなるのだろうという事が分かった。最初に結論を言ったせいでどれだけ話されても結論以上の広がりは見せなかったのだが、それでも活き活きと話す彼女の横顔は何処か美しくて……今朝に悪いものを見なかったというのもあるだろうが、校門前に来るまで見惚れていた。命様が同い年の女性ならば、茜さんは年上の女性だ。不可視の存在はどいつもこいつも外見年齢を偽り過ぎだが、不可視の存在に可視の存在の法則を適用してはいけない。それは心理学の分野に何故か物理学を持ち込むようなものであり、畑違いも甚だしい。俺も途中からその事に気付てはいたが、それでも脳内で分かりやすくする為に間違いを敢えてそのままにしている。なまじ『視えて』いると、不可視の存在かどうかさえ段々分からなくなるのだ。

 まあ今回は茜さんが普通に道行く人や車を無視して歩くので、それを忘れる事はないが。

「有難うございました。もう充分です」

「おや、ここが君の学校なんだね。中々良い校舎じゃないか」

「校舎褒められても俺は別に嬉しくないですよ」

「分かっているさ。ここは君にとって学び舎ではない……彼女が居る限りは。まあ、頑張りたまえよ。学校が終われば神様の下へ行くんだろう? そこで好きなだけ癒してもらうと良い」

「言われなくてもそうしますよ。あ、茜さん。そう言えば聞きたい事があるんですけど」

「何かな」

「近頃変な動きがありませんでしたか? メアリが誰かに接触したとか、特に俺の妹に接触したとかしてないとか」

 メリーさんから解放されたとはいえ、怪異は怪異。噂によって生まれた存在だからか、茜さんは町中を常に散歩している。別に好きでやってるのではないそうだが、元々の性質がそうさせてしまうのだろう。その性質を利用するべきではないが、知り合って以降、度々情報を貰っている。役に立たない情報が殆どだが、噂や人の動きは把握するに越した事はない。

「うーん。そういう動きは無かったと思うな。ご期待には沿えなさそうだよ、申し訳ない」

「いや、いいんです―――そろそろ怪しいですかね」

 この学校には俺以外に『視える』奴が居ない。そいつらにとってみれば、俺が校門前で独り言を話している様にしか見えないだろう。イタイというよりヤバい奴だ。関わりたくないのか、俺の横を通り過ぎる時だけ足を早めている。そして茜さんをすり抜けている。

「行けばいいさ。話を聞いてくれてどうも有難う。じゃあね」

 視界から跡形もなく消える事が出来れば様になっただろうが、『視える』俺には普通に去っていく姿が映った。

「……じゃあ清華の奴は、自分の意思であんな事聞いて来たのか……?」

 ならば猶更気味が悪い。メアリの言う事為す事全て肯定したままの方が、行動としてはむしろ理解しやすかった。お蔭で清華の事も分からなくなって、お兄ちゃんは怖い。メアリと違って清華は普通に嘘も吐く(悪口ではなく、これは当然の性質である)から、聞いても誤魔化されるのがオチだ。

「まあ考えてても仕方ないか」

 では行くとしようか。まだ高校生活は始まったばかり、具体的には定期考査の一つも始まっていないくらいだ。この程度で登校拒否などして溜まるか。人通りが少なくなった頃に俺は改めて校門を通り過ぎた。


「あの!」


「――――――へ?」

 本日二度目。またも角から声を掛けられたが、その対象が自分だと分かるのに五秒かかった。茜さんとは別ベクトルで驚いてしまい、声が出ない。まさかメアリ以外に俺に声を掛けてくる愚か者が居ようとは思わなかったのだ。

「――――――――ちょっとこっちに来て!」

「え、ちょ、な…………おい!」

 背丈は俺よりも小さいが、同級生で見た顔ではない。というかうちの同級生にまともな黒髪は居ない。全員髪を茶髪か金髪か、メアリに合わせて銀髪にしている奴も居る(メアリは地毛だから似合わないも糞も無いが、その他は絶望的に似合わない)。茶髪はともかく、その他の色は完全に外国人を気取りたい様にしか見えない。

 だから命様の黒髪が俺には色っぽく見えたのだが―――それを除けば妹以来の黒髪である。青い竜胆の髪留めが印象に残りがちだが、掴まれている俺としては、女性とは思えぬ剛力の方が印象に残った。


 ―――嘘だろこいつ!


 メアリならともかく、どうして俺が引っ張られなくちゃいけない。周囲の目も気にせず、女性は体育倉庫の裏側まで俺を引っ張り込み、視線が完全に切れた所でようやく放してくれた。

「な、何だよ!」

「お前だけはどうもまともそうだな。一つ聞いてもいいか?」

「は? え? お前誰?」

 声が違う。仕草が違う。男性みたいに声が低く、威圧的。目付きも先程と比較すると随分鋭く、険しくなった。まるでここまでの一瞬で別人に入れ替わったみたいではないか。

「うるせえ。俺が誰かなんてのはどうでもいい事だ。いいか、俺の質問だけに答えろよ。メアリってのは誰だ?」

「…………あ?」

「しらばっくれんなよ。他の奴等からも話聞いてんだ。メアリって誰だよ、いつの間にこんな事になってんだよ」

「あ? え? お前…………最近引っ越してきた人ですか?」

「んな訳ねえだろ! 俺は四季咲絢乃しきざきあやのだ。つっても分かんねえだろ、見た所一年生だからな。ん? 違うか?」

「いや、違いませんけど…………ん? ―――四季咲?」

 四季咲……何処かで聞いた事がある気がしなくもないような気がする。俺がまともに会話出来る人物を挙げると、命様、茜さん、そしてメアリ。この三人の中で誰がその話題を出していたかと言われると―――事実上の一択だ。

「もしかして四季咲莢那のご姉妹ですか?」

「ん、ああそういやそうだな。あいつからもメアリって言葉を…………ってだから誰なんだよ! いい加減教えろ」

「教えてもいいですけど―――メアリの事、嫌いって言えますか?」

 踏み絵システム。これを突破できる奴はメアリ信者に只の一人もいない。というかこれを突破できない奴とまともな会話が出来るとは思えないので、これが最低限のボーダーラインだ。

「……誰だか知らねえけど。『メアリが嫌いだ』…………これで満足したか?」 


 ――――――!


 嘘、だろ。

 まさか本当に突破してくるなんて。いや、メアリを知らないという事は影響を受けていないのだから、突破できるのは当然なのだが。不可視の存在を除けば影響を受けていない奴は初めてだ。

「さっさと教えろ、授業に遅れんだろ!」

「あーそういえばそうですね。じゃあ一旦解散で、昼休みにまた集合という事で―――」

「……ま、それが一番穏便だな。じゃあ昼休みにまたここに来い。俺も来る。あ、言っとくけど、ここで話した事は内緒だからな! どっかで見掛けても話しかけてくんなよッ? それは俺じゃないからな!」

「…………どういう事ですか?」

「それも昼休みに話してやるよ。聞きたかったら逃げんじゃねえぞ」

 絢乃さんは数歩距離を取ると、言葉の粗雑さからは想像もできない程丁寧なお辞儀をした。

「では、失礼いたします♪ 後輩君、私を裏切ったりしたら駄目ですよッ♪」

「……ああ、はい」

「うふふッ♪」

 テンション……というより、最早人格からして違う気がする。女性という事を考慮すれば今しがたの声が正しいのだが、ならばそれ以前のドスの効いた声は?

「…………俺が言うのも何だけど、変な奴だったな」

 メアリの影響を受けてない奴が出てきて、嬉しい事に違いはないのだが。想像以上におかしな女性だったので、とても複雑な気分である。 

 

  

 

 

 

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