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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 02  裏面症女
23/195

知るも存ぜぬ、知らぬがメアリ

FILE2 開始=

「…………うーん。後は何を持っていこうかな」

 家族が就寝したのを良い事に、俺は家にある私物を部屋にまとめ、どれを山に持っていこうか真剣に悩んでいた。家出が出来れば端からそうしているのだが、どうにも俺の姿が見えなくなるとメアリは人海戦術を基本として何が何でも俺を探し出そうとしてくるので、行方不明にはなれない。また、なまじ見つからないと、それだけ彼女は広範囲を探そうとするから、その分だけ彼女を知る人間が国に増える事となる。

 俺みたいに『視える』奴が例外と考えても、それは全人口の一パーセント未満だ。それ以外が敵になったら、いよいよ俺は真剣に国外脱出を考えなければならない。いや、国外に脱出してしまうと今度はメアリが世界に―――

 

 ―――やめよう。頭が痛くなってきた。


 何故かアイツは俺に執着してくるので、逃げようとすればそれだけ追われる。だからこれは家出ではなく、拠点の一時的な変更だ。勿論、命様の許可は頂いてる。でなければここまでウキウキしながら荷物を選ぶ機会には恵まれなかっただろう。


『創太、最近の妾はお主が心配で仕方がない。たまには泊まるが良い』

『え、泊まる……? 命様の方から奉仕しろとの要求は初めてですね』

『神に心配をさせるなど無礼だとは思わぬか? 妾の信者ならば神の憂いぐらい晴らして見せよ!』


 あれからなんだかんだと言って、俺は一度も社に泊まった事がない。命様は今の所唯一の信者である俺にとても優しくて、それがとても嬉しくて、一緒に居たら夢中になってしまう予感しかしないのだ。実際、命様はメアリとかいう人の形をした怪物よりよっぽど感情があって可愛らしい。外見はほぼ俺と同い年だから、幾ら神様と分かっていても、異性として意識せずにはいられない。

「……どうか、これだけはご容赦を」

 忘れてはならない。命様は神様で、俺は信者だ。

 しかしそれを分かっていても、やはり命様を異性として意識するなというのは無理がある。このイカれた街で最初に俺に優しくしてくれたのは他でもない彼女だ。しかも人間と違って裏が無いし、純真無垢で素直。背伸びしたがりの可愛らしい神様だ。イカれてる奴しか知らない俺にとってまともな女性は数える限り茜さんと命様の二人くらい……ああいや、茜さんの性別は不明か(体はメリーさん準拠なので女性らしい)。

 誰に何と言われようと、意識しないのは無理だ。いつか不敬を承知で押し倒してしまいそうな気さえする。ではどうして今まで煩悩が爆発しなかったと言われると、それはメアリに対するストレスが煩悩を遥かに上回っていただけの事。一日中山籠もりなんてしたらそのバランスが崩れて、どうなるか分からない。

「…………うーん、どうしよう」

 缶詰なんぞ持っていけば完全に避難場所として使っている様なものだ。俺は飽くまで一日中命様に奉仕しに行くのであって、避難とは訳が違う。毛布以外に持っていくべきものとは何だろう…………洋服? だが男物しか持っていない。妹の奴を勝手に拝借する事も考えたが、流石に怒られた時の言い訳が用意できない。

 しかしブカブカの服を着る命様も見てみたい気がしたので、やっぱり持っていこう。この家、服だけは無駄にあるから俺の物であったとしてもまだ新品同様な物がたくさんある。それを持っていこう。

 後はどうするか。

 

 コンコン。


 割と真面目に、ドアをノックされたのは数年ぶりの事だった。驚いて変な声が出た上に、それが反応として受け取られた。

「お兄ちゃん、居る?」

 一言目から俺は寒気が止まらなかった。あまりにも冷たすぎて、俺は自分の部屋が突然冷凍庫になったのかと錯覚したくらいだ。しかしそんなおっかなびっくりなイリュージョンが現実に起こる筈もなく、事実は妹の言葉に不気味さを感じたからである。

「…………清華か?」

 メアリの魅惑から逃れられた、訳ではないだろう。もし魅惑から逃れられたなら、まず俺に謝るのが筋というものだ。それをしてこない時点で清華はまだ俺の味方じゃない。俺の知る妹ではない。それに俺の知る妹は、昔ならばいざ知らず、今の年頃は『兄貴』と呼ぶはずだ。

 不気味さを感じたのは、この違いが原因であろう。

「……お前にしてはやけに変なノックをしてくるんだな」

「…………何が?」

「しらばっくれんなよ。いつものお前ならノックなんてしないで入ってくるし、そもそも普通に話しかけてこないだろ。何企んでる」

「た、企んでなんか無いわよ」

「企んでるだろ。まあ何考えてるか聞くつもりはないが、俺は騙されないぞ。さっさと寝てくれ。可及的速やかにな」

「妹の言う事が信じられないのッ?」

「信じられる程お人好しな兄ちゃんじゃねえんだよ。お前も俺と同じ思いを味わう事になったら嫌でも分かるさ。人間不信だよ、マジで」

 家族すらも信じられなくなるこの孤独が誰にも分かってたまるか。命様に出会った事で随分マシになったし、茜さんとも出会えた事で幾らか余裕も生まれてきたのは事実だが、いずれの二人も人間ではない処か、不可視の存在だ。結局俺が人間不信である事に変わりはない。特にメアリの事を知っている人間は信じられない。知らない人間は当然信じられない(メアリを知る奴よりは信じられるけれど)。俺が信じられる人間が居るとすれば…………誰だろう。同じ神様を信仰する信者だろうか。

 一人もいないけど。

「私を信じてよ、家族でしょ?」

「…………まあ、そうだな。じゃあメアリの事嫌いって言えるか? 言えたらお前を信じるよ」

 このやり方、自分でも思うが、まるで江戸時代の踏み絵ではないか。絵を踏むだけの事、と習った当初は考えていたが、今はこれよりも悍ましい判別方法はないと感じている。自らの信ずる神に背徳する事が、無神論者にとってはどれだけ簡単で、そうでない者にはどれだけの苦痛か。俺も命様の踏み絵をしろと言われたら、多分というか絶対に踏めない。

「………………そ、それは―――」

「言えないだろうな。お前達はアイツの事が大好きなんだから。別にいいよ、言わなくて。無理強いしてごめんな。だけどやっぱりお前は信じられない。帰れ」

「ま、待って! 兄貴、一つ聞かせて! 兄貴に好きな人とか居ないの?」

「好きな神様は居るが」

「話を逸らさないでよ! 兄貴はいつから神話オタクになったのッ?」

「じゃあ居ないな。この話は終わりだ。寝ろ」

「…………だからモテねえんだよ、童貞」

「そんな事をお兄ちゃんに言う内は信じられないな。後最後の言葉は本気で傷ついた。絶対信じてやらねえよ」

「―――馬鹿ッ!」

 蹴られたか、扉が一度大きく叩かれる。間を置いて廊下の方から扉の閉まる音が聞こえた。諦めた様だ。

「信じて欲しいなら、まず悪口をやめてもらいたいんだけどなあ」

 まあ、それも今更、か。

 しかしどうして突然あんな事を聞いてきたのだろうか。メアリに何か言われたか……? メアリ教信者の皆さまは教祖様のお言葉で動くので、それくらいしか考えられない。彼女はまるで嘘を吐こうとしないので、本人に聞けば真相は明らかになるだろうが……暫く俺は奴の顔を見たくない。無表情トゥルーフェイスとでも呼ぶべきあの笑顔が忘れられないのだ。

 学校には行かなければならないが、彼女の顔を見たくないが為に、きっと常に俺は下を向いている事だろう。卑屈になるのが嫌だから下を向くのも嫌いなのだが、こうでもしないと嫌でもメアリの顔が視界に入ってくる。

「あー憂鬱だなあ」

 学校に通うのが楽しくて仕方ないという感覚は、俺にとってフィクションである。


 

  


    

 

 


 


 

 またあの野郎が叩き起こしに来たらと思うと恐怖でしかなかったが、そんな事は無かった。昨夜急に押しかけて来た妹も、今朝は特別な変化を見せず、通常運転で俺の事を無視し始めた。やはり妹は変わってなんかない。俺の良く知る妹だ。メアリが好きで、俺の事が大嫌いで、生意気で、口の悪い妹のままだ。

 昨日のあれは夢だったのだろう。そう思った方がお互いの為だ。

「いってきます」

 つい癖で言ってしまったが、誰も返さないし、そもそも聞こえていないのではないだろうか。母親は皿洗いで忙しいし、父親は新聞を読むので忙しい。妹はテレビで忙しい。誰にも聞こえない挨拶など只の独り言だ。だから恥ずかしくないし、別に寂しくない。独り言が出るようになったのは、今に始まった事ではないのだから。


「やあ少年、随分と暗い顔をしてるじゃないか」


「―――うわあッ!」

 学校へ向けて一人寂しく歩を進めていると、壁の中から茜さんがひょっこりと姿を現した。真昼間から怪異を見るなど想像だにしていなかった。『視える』癖に驚くのか、と思われる人も居るだろうが、驚くに決まっている。誰だって角から何か飛び出して来たら身構えてしまうだろう。それとほぼ同じだ。違いは壁を透けて出てきた事だけ。

「茜さん……おはようございます」

「うん、おはよう。所で君はどうして昼間から歩いてるんだと言いたげだね。どれ、少年の暗い気分を晴らす為にも話してあげよう。因みに少年のペースで学校までは何分かな?」

「に、二十分くらいですかね」

「ああ、そう。では合わせてあげよう。そして二十分丁度で説明もしよう。何故私が昼間から歩けているのかについて―――まあ結論から言えば、私は幽霊ではなく怪異だから、なのだがね」

 …………それ以上説明のしようがないだろうに、何故最初に言ったのだろう。呆れつつも、しかしこれ以上の説明をどうやってするつもりか気になるので、メアリの事を忘れる意味でも、俺は耳を傾ける事にした。

 サブタイトルどうしようかな。

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