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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 10 時律背反

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192/195

不敵に笑う

「……………………」

「おいおい。偽物を騙るつもりか? 悪いが俺には本物が視えている。お前は間違いなく周防メアリだ。俺の大嫌いな、周防メアリだ」

 彼女の両目にハッキリと浮き出ているのは隈だ。個人の嗜好を抜きにすれば絶世の美女と呼ぶに差し支えなかったメアリの顔は、今や見るに堪えない代物となっている。アイツの私生活など俺にはさっぱり分からないが、命様の力を手に入れて以降、一度も眠っていないのかもしれない。

 しかしギロリとこちらを睨みつける双眸からは力が失われていない。油断は禁物だ。

「望み通り、会いに来てやった―――お前をぶん殴る為にな」

「ふざけないで」

 一歩を踏み出すと同時に無数の棘山が出現。畳み返しの如く跳ね返ったそれは俺の鼻先まで迫り、停止。彼我の接近を許さない。

「何で会いに来たの」

「世界を救う為だ」

「柄でもない癖に」

「そうだな。でも事実だ。お前を止める事は世界を救う事に繋がる。お前がこれから何をしようとするつもりかは分からないが、外で俺は死人を見た。お前に成れた事が嬉しくて、その結果死んだ奴を見てきた。このままじゃ平和処じゃない、お前に人類全員を殺される。止めるのは当然だ」

 今度はこちらが質問をする番と言わんばかりに、俺は強引に話を繫げる。

「お前はいい加減人格を定めたらどうだ? それとも作り過ぎて、本物がどれだか分からなくなったか?」

「今度会ったら消すって言ったよね。出来ないと思ってるの」

完璧メアリー・スーに不可能は無い。出来るだろうな。けどお前は……それを望んでない。違うか?」

 そうでなければ、俺は何度死んでいるだろう。この塔の最初の階―――否、集団投身自殺の時に俺は死んでいた。彼女がその気なら俺程度の存在はいつでも、どうとでも出来たのにそれをしなかった。それこそがメアリの気持ちを表している。

「違う。違う。私は私の邪魔をする者を消す。私がこの世界を平和にするの。皆が期待してくれた……だから私は」

「命様の力はお前には過ぎた代物だ。彼女を取り込んでからお前の様子は明らかに違っている。狂っている。そりゃそうだ。本人の全盛期の力を殆ど手に入れた時点でお前は歪んでしまった。そこに本人まで取り込めばいよいよ収拾がつかない。今のお前は自らの意思に関係なく神様になろうとしてる。その巫女服は、本来命様のものだ」

「黙って。私は完璧なの。この世界の全てを利用して、何もかも計画通りに事を運べた! 邪魔しないで……貴方はもう用済みなんだから」

「…………そうか」

 対話で解決出来るならそれに越した事はないが、やはり駄目だ。メアリは完全に錯乱状態に陥っている。これでは本音を聞き出す事も、協力を頼む事も出来ない。何が神の力を捻じ伏せただ馬鹿馬鹿しい。そんなものアイツの思い込みじゃないか。実際は対抗などしていなかった。神の力はアイツの心を侵食し、乗っ取ろうとしていた。俺を利用したお蔭で自我の消失こそ免れたが、その代わり不自然な人格の変化が起きている。

 今のメアリに、話は通じない。

「お前は用済みかもしれないが、こっちはまだ用が済んでない―――取り敢えず一発殴らせろ」

 拳を構えて、棘山の横をすり抜ける。メアリが両目を瞑り、後ろ手を組みながら尋ねてきた。

「本気」

「ん?」

「本気で殴れると思ってるの。何も無い貴方の拳が、私に届くって本気で考えてるの」

「何も無い、か。それはお互い様だ。お前に何かあると思ってるなら大きな勘違いだ。自分でも分かってるだろ。命様の力を継いだ時から、お前の手にあるものは全てまやかしに過ぎなかったんだって」

「まやかし。でも現実。だから私はこの世界の支配者になった」

「それがまやかしだって言ってんだよ周防メアリ。お前が世界の支配者? 寝言は寝てから言え隈が酷いぞお前。お前はまだ俺を支配出来ちゃいない。それなのに支配者なんて笑わせんじゃねえよ。俺が空虚だって言うなら支配なんて造作もないだろ。でもお前には出来ない。何故ならお前もまた、何も持ってないからだ」

 肉体は成長しても、それに心が伴うかは分からない。少なくともメアリの心は命様の力を継いだ日から止まっている。何も成長していない……子供だ。そして俺もそう。意地の張り合いは同レベルでしか起きない。

 俺とメアリは同じ土俵の中に居る。

「俺の眼はまやかしを見破る眼だ。これがあったからお前に対抗出来た。そして今、世界の支配者たるお前に再び対抗しようとしてる。俺とお前は―――同じなんだよメアリ。根っこが全く一緒なんだ」

「何を言ってるの」

「俺の眼は借り物、お前の力も借り物。俺達二人は何の力もない只の人間だって事だ。違うってんなら自分の心に聞いてみろよ。俺は『お前』に聞いてるんだぜ」

 一歩進む。今度は牽制されない。

「それじゃ貴方を支配出来れば、まやかしは現実になるんだ」

「そうだな。俺を支配出来ればまやかしは現実になるだろうな。お前らしい完璧な作戦だ―――完璧すぎて、不可能だがな」

「私に出来ない事はない。世界中の女性をここに集める事だって出来る。ミサイルを世界中に降らせる事だって出来る。不可能は私の前では可能になるの。だってそれが、全能でしょ」

「そうか。じゃあ見せてもらおうか―――」

 一歩半距離を詰めたとほぼ同時に、俺はメアリに肉迫した。



「俺に好きって言わせてみせろよ。お前の事を」



 タイミングは完璧。狙い通りに放たれた拳が後僅かで彼女の頬にめり込んだという所でメアリは退避。何かを殴りつけた感覚はあったものの、それは彼女ではなかった。

 不意打ちを見切った事もあってか、ここにきてようやくメアリは頬を緩めて嗤った。

「残念。殴れなかったね」

 そして俺も、不敵に笑う。

「今、動揺したな?」

「…………」

 笑顔を維持してシラを切り通さんとするメアリだが容赦はしない。マジックのタネをその場で解き明かさんばかりに、嫌らしくねちっこく話を続けた。

「神に対抗出来る特別な力なんてない。俺の攻撃なんてまず当たらないんだ。そもそも繰り出せるかどうかも怪しい。でもお前はあの瞬間、止まったよな? 言葉とは裏腹に良く分かってるじゃないか。俺はお前に家族と人生を破壊された。お前がどんな美人であっても、今後一切俺はお前を異性として見ない。つまりお前には出来ないんだ。俺の支配なんて」

「黙れ」

「月喰さんにとっては造作もないぞ。俺は完全にやられたからな。周防天畧には申し訳ないが、結局世代を跨いだ所で借り物に頼ってるんじゃ月喰さんには勝てねえよ」

「黙れッ」

「なんたってその力は命様の物だ。お前や天畧の魅力じゃない。自分で言うのも何だけど、俺は結構ちょろい。その存在に魅力があれば目を向けちゃうくらいな。でもお前にはそれが出来ない。完璧なのに。全能なのに。おかしいよなあ? 一人の男を惚れさせる事も出来ないで何が全能だ、何が至上の美だ阿呆らしい。そういうのをまやかしって言ってんだよ俺は―――」



「黙れえええええええええええええええええええええええ!」



 メアリの叫び声が稲妻となって塔全体に迸る。いよいよ罅が細かく深く分岐し、塔の崩壊も免れないかと思い始めたが―――不自然にメアリが鎮静化した事で一先ずの難は逃れた。彼女の身体からは煙が噴き出しており、白い雷が全身を覆う様にバチバチと帯電していた。

 暫く様子を見ていると、不意にメアリが拳を構えた。

「…………ああもう、我慢出来ない」

「全能が怒ってもいいのか? 感情の制御も碌に出来ないんじゃ神の名折れだぞ」

「ああもううるさい。黙って。静かにして。だって貴方、ずっと煽ってくるんだもん。腹立たしくて、腹立たしくて。利用してた好で優しくしたら調子に乗っちゃって。もうさ、もうさ―――うざいんだよ!」

「だから拳を構えたのか? 喧嘩なんてした事もないのに」

「そうだよ、でも、そう言えば貴方には私から直接手を出した事が無かったよね。私に逆らえばどうなるか直接教えてあげる。これは殴り合いじゃないよ、一方的な私の蹂躙になる。貴方のせいだからね」

「今度は責任転嫁と来たか。お前の機嫌が悪いのは他ならぬお前自身のせいだ。自分の本当の気持ちを知ってるのにずっと目を背けてる。さっきは利用したけど、俺は何も見なかった事にしたいんだ。だから―――自分で気づいちゃくれないか?」

「もうそれ以上、喋らないで」

「喋るさ。お前が矛盾に気付くまではな。少しは自分の行動を振り返ってみろ」

「矛盾なんてない」

「気付かないなら一つ教えてやるよ。お前、どうして来たのって俺に聞いたな。来てほしくなかったならどっかに移動すりゃいいだけの話だ。でもお前は信者も配置せずここから移動しなかった。俺ならきっとここに来ると信じてた証拠だ。つまりお前は自分を止めて欲しくもあり、自分の手で俺を消したくないと思ってる。そんなんだから錯乱するんだ、いい加減目を覚ませ」

「―――それは、違う。私にそんなつもりはない」

「じゃあどんなつもりだ? 絶望的に記憶能力が欠如してるってのか?」

「違う」

「じゃあ何だ」

「私―――違う。いや、私…………私は、私の為……? 違う。違う違う違う違う―――!」

「―――だから言ったろメアリ。俺とお前は―――」





「同じなんだってよッ!」





 感電を厭わず振るわれた拳は、今度こそメアリに命中した。渾身の力を込めた一撃は確かに彼女を吹き飛ばしたが、特別なダメージは見当たらない。何不自由なく彼女はすっくと立ちあがった。

「残念。効きませんでした」

「だろうな。別にダメージ与えようと思って殴った訳じゃない。お前に対する憎しみとのケジメだ」

「…………?」

 痛みもなければ痣も無い。にも拘らずメアリが頬を押さえる。俺は握り拳を解くと、殴りつけた感触を払うかの如く手をぶらぶらと回した。

「俺はお前に家族と、人生を壊された。学校じゃ友達が一人も出来ねえ、家族とはいつも喧嘩ばかり。ろくすっぽ飯も食わせてもらえなかった。町の奴等だってそう。俺を見かける度に罵倒を浴びせ、リンチを仕掛け、排除しようとした。クソみたいな十数年だった。お前が生物学的に女性だろうが関係ない。男は女を殴っちゃいけない? 糞食らえだそんなもの。てめえの自業自得なんだよ、この拳は。散々人様の生活を搔き乱した報いだ。ざまあみろバーカ」

 ここからどう切り出そうか悩んだ末、長い間を置いて、俺は頭を振りながら言った。






「―――そして。俺の復讐はこれで終わりだ。水に流す気は更々ないし許すつもりも無いが、これ以上お前に何かするつもりはない。もう、お前を恨まない」

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