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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 10 時律背反

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『彼女』を求めて幾星霜

 周防メアリの事が嫌いだ。

 完璧じゃないのに完璧を騙るアイツが嫌いだ。

 勝手に脳を改造して信者にするアイツが嫌いだ。

 アイツに向けられたあらゆる感情が、思い通りだったとしてもこの感情を忘れるつもりはない。それが俺とアイツの全て。アイツがここまで暴走した理由でもあり、俺がここまでアイツを追い求める理由でもある。

 タワーの周りには『メアリ』が一人も見えなかった。世界征服されたとは思えない位閑静で、人によってはゴーストタウンとさえ思うかもしれない。しかしそんな事は全くない。タワーから半径二百メートル以上離れれば、そこには大量の『メアリ』が控えている。進行形で絶頂している者も居れば、既に通り過ぎた者もいる。何人居るかは分からない、数えられる数ではない。通行出来ない程とは言わないが、超広範囲に渡って広がる『メアリ』は著しくこの世界を狭くしている。

 神羅万象がメアリとなり果てた今、些細な問題ではあるが。

「ぐッ…………」

「おにーさん、目だいじょぶ? ぶつけたの?」

「いや…………何でもない」

 この世界を唯一正常に認識するには月喰さんの眼を借りるしかない。二人だけで莢さん等を捜索していた時は布で封じ込めていたが、空花に心配されても困るので再会する時には外していた。お蔭で今、俺の視界は半分メアリに埋め尽くされ、半分元の世界という歪な状態だ。眼が痛い。メアリをどうにか出来た際に失明してしまうかもしれない。


 ……まあ、いいか。


 世界滅亡と引き換えに事件解決はあまりにも釣り合っていないが、俺の片目で解決するなら安いものだ。痛いのは嫌だし視覚が消えてしまうのも嫌だが……そこは覚悟を決める所だ。とはいえ眼球が膨れ上がっている様な痛みは継続して耐えられるものではないので、時々目は瞑らせてもらっている。

 因みに月喰さんについては、会場で俺の帰りを待っててもらう事になった。やはり『そういう血』の人間が嫌で仕方ないらしい。



『月喰さんは来てくれないんですか?』

『これで一度、だ。坊には二度我に頼る機がある。だが我が思うに、これ以上の助けは不要ではないか? どうやら貴様の決意は固まった様だしな。故に我は座して待つ。坊の帰還を。そしてその時にこそ貴様には一度目の代償を払ってもらう―――死ぬなよ』



 命様もメアリも月喰さんも、人の心を勝手に読みやがる。確かに俺の決意は固まった。だがしかし、成功する保証は何処にもない。ネットで公表したら『合理性の欠片も無い』と叩かれても不思議ではない。それくらいの博打だ。

 しかしそれしか勝ち目がない。元々勝ち目がない様な戦いなのだから、合理性など追及するだけ無駄だ。婿以外に興味のない彼女は別として、メアリの真意を知るのはこの世界に俺一人。だからこそ賭ける価値がある。

 主人公すおうメアリが全力で作り出した勝ち筋を拾わないのはそれこそ手加減だ。彼女が作り出した勝ち筋、拾ってやろうではないか。

 檜木創太が周防メアリに屈しなかった様に。

 周防メアリが命様の力に屈しなかった様に。


 最後は二人で、抗ってやろう。この『理不尽ハナシ』に。


「そういえばおにーさんはタワーの内部構造とか知ってる?」

「知る訳ないだろ。俺達が来た時はドームだったじゃねえか」

 物理法則を無視したドームが突如地下から生えてきたタワーに突き上げられて、今の状態である。仮に知っていたとしても無意味ではないだろうか。世界に蔓延る科学信仰に勝利した彼女が物理法則に逆らえない道理はない。改築されていたらそこで話は終わりだ。

「私ね、正直気軽に首ツッコんだだけなんだけど、こんな風になるなんて思わなかったッ」

「それは俺もだ! 信者共に虐げられてきた十数年がこれから先も同じように続いていくのかと思ってた!」

 でも命様に出会えた。

 茜さんに出会えた。

 絢乃さんに出会えた。

 空花に出会えた。

 つかささんに出会えた。

 莢さんに出会えた。

 幸音さんに出会えた。

 月喰さんに出会えた。

 メアリに屈しなかった事で多くの仲間を得られた。多くの経験を積めた。世の中には俺を好きになってくれる人もいるのだと知った。生まれて初めて嬉しかった……は言い過ぎかもしれないが、とても嬉しかった。

 卑屈になっていた俺を少しでも正道に戻してくれたのは他でもない皆のお蔭だ。世の中、何があるのか分からないものである。メアリにはそれを教えてやらなければならない。完璧なアイツにとってこの世界は糞にも劣る淡白な世界なのだろうが、そんなアイツに是非言ってやりたい。たとえ俺が被害を被ったとしても―――

「でも私ね、後悔はしてないよッ。命ちゃんとおにーさんと出会えた事はきっと一生忘れない! 私の宝物!」

「そうかッ。俺もお前と出会えて良かったって思ってる。これからも宜しくな!」

「うんッ! えへへ♪」

 タワーの手前まで到着した。あからさまに走り回ってるせいか、途中背後から怒号が飛んできた気もするが、それもメアリタワー(本土)に近づくにつれて消滅。『メアリ』はタワーに接近出来ない様になっているのだろうか。だとしたらますます俺の推測は正しかった事になるが、これは決して幸運ではない。アイツが全力で俺達の勝利をお膳立てしているから出来た事だ。二度目だが、アイツがその気なら俺達に一切の勝ち目はない。勝ち目があった時期など一つも無かった。

 それだけアイツは俺に引導を渡してもらいたいらしい。最後まで自分勝手な野郎だ。

「……あ、私はここでいいよ」

「ん? 中に行かないのか?」

「メアリさんから命ちゃんを取り出す為の準備、ここでするから」

「は?」

 要領を得ない。メアリに対して何かするのなら俺と一緒に本人の下へ行くのが普通と思っていたが、どうやらそうではないらしい。

「もー。おにーさんってば鈍感! メアリさんの協力を取り付ける前に準備を壊されたらそれだけでおじゃんだよッ? だからここで術式を組む。おにーさんにはこれ渡しておくね」

 そう言って彼女が手渡してきたのは正体不明の髪の毛が纏わりついた錆びたナイフ。触れているだけで不健康になりそうな禍々しい見た目の物を気軽に渡されても流石に躊躇する。たとえ渡してきた相手が空花だったとしても。

「気持ち悪ッ! おま、何渡してきてんだよ!」

「あ、落とさないでよ! まだ渡すものあるんだからッ」

「こんなもん触れるか! 髪の毛外しても良いなら持つ」

「それが一番重要なのに駄目だよー! これ家から持ち出した呪物なんだよ? 壊しても私じゃ祓ってあげられないからねッ?」

 珍しく空花の語調が荒くなった。俺に対して怒っているというよりは、本気で心配してくれている印象を受ける。それは嬉しいのだが、メアリに対して感じていた嫌悪感と同じで無理なものは無理だ。こんなもの汚らしくて触れない。呪いがあるとか以前の問題だ。

「……んーじゃあもう一つあるからそっちに代える? 代わりに手順が面倒臭くなるけど」

「これ触らずに済むなら何でもいいよ」

「捨てられた赤ちゃ―――」

「撤回撤回。ごめん、俺が悪かった。そっちでいい」

 人の家にあまり詮索はしない主義だが、空花の家は本当にヤバい家だ。何てものを家に保有しているのだろう。捕まっていない以上はひょっとしたら合法なのかもしれないが、つかささんとは別の方向で犯罪臭が凄まじい。

 いやいやナイフを受け取り、ポケットにしまう。言い知れぬ不快感が俺の腰を襲った。

「メアリさんの説得に成功したら、これでメアリさんの身体の一部をちょっとだけ切って、血を―――この小瓶に入れて欲しいの」

 バッグの中に視線を落とすと、ナイフ以上に見てはいけない汚物が刹那の視界に移り込んだ。しかし空花が取り出したのは至って普通の小瓶であり、中に入っている赤い液体を除けば不快感は微塵も覚えない。

「この―――血、だよな。血に血を入れるのか?」

「ああ、これは私の血だから気にしないで」

「大いに気にするんだけど」

「私の血にメアリさんの血を混ぜて、それをメアリさんに飲ませてほしいの。そうしたら準備は完了。おにーさんが上り切るまでにこっちは終わらせておくから、おにーさんはどうにかこの準備をお願いねッ?」

 髪の毛が絡まったナイフでハードルが上がり過ぎたせいもある。血液入りの小瓶をすんなり受け取ってしまった自分が怖い。ナイフと一緒のポケットに入れたら確実に壊してしまうので、拳の内側に納めておけば取り敢えず問題ない。

「あ、言う必要あるか分からないけど、おにーさんの血入れないでよ。そんな事したらおにーさん死んじゃうからね?」

「どんなに気が狂っても自分の血を入れて飲む奴は居ねえだろ!」

 『メアリと一緒に入れてしまう』なら話は分かるが。ここまで話を聞いておいてそんな間違いは考えられない。

「……んじゃまあ、言ってくる。後は任せたぞ」

「だいじょーぶ、安心してよ。学校と違ってここは誰も居ないしね。それよりもおにーさんはメアリさんを説得する言葉でも考えた方がいいよ。普通に説得できるならここまで苦労はしてないんだしさ」

 



 …………ああ。 

  

 

 

 空花を置いて、俺は塔の中へと入っていった。  




 

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