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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 01 欺心暗鬼
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怪異の噂と街中メアリ

 頼られた事は素直に嬉しいが、多分前例がない。怪異を助けるってどういう事だ。分からない事があれば基本的にはネットで調べている俺だが、こればかりはネットで調べても答えが得られるとは思えない。ゲームの攻略でも聞いているのか、とも言われかねない。またはガチの人から『関わらない事が一番』と言われるかもしれない

 いずれにしても答えは誰も教えてくれない。強いて言えば、茜さんを助けられたら、それが正しい答えだ。

「えっと……助けるって、どうやるんです?」

「それは妾が説明しようぞ!」

 信者の問いに、命様はここぞとばかりに声をあげた。

「命様……何かご存じなんですか?」

「ご存知ではないが、怪異がどういった存在であるかを考慮すればなんてことのない話じゃ。何も複雑に考える必要はないのじゃぞ? 要は噂を消してしまえば良いのじゃ」

「そうは言いますけど、命様。人の噂って簡単に消えないんですよ? 火の無い所に煙は立たないって言いますけど、実際煙は立ってしまうんですよね。命様は収斂火災しゅうれんかさいってご存知ですか? こう……説明するのは難しいんですけど、我々の俗世には太陽の光を集める術が確立されていまして」

「虫眼鏡じゃな?」

「ああ、まあそれに限った話じゃないんですけどね。それで、太陽の光で……その、光を集めると発火要因になり得るんですよね。太陽光を人々の視線だと仮定した場合、それが集中すると、たとえそこに何もなくても発火する事になります。と考えると、火のない所でも煙は立つんです。本人に何の非も無かったとしても」

「お主の言いたい事はよく分かったが、所詮噂は噂じゃ。噂が実体なき言霊である以上、拡散される速度も、尾ひれがつく速度も速いが、これは妾達にも同じことが言えよう。つまりじゃな―――メリーさんとは全く別の噂を流してしまえば良い。メリーさんの事などどうでも良くなってしまうくらいの噂を」

 名案じゃろ、とでも言わんばかりのドヤ顔だが、個人的にはあまり名案とは言えない。噂を消す為に噂を流したら、今度はその噂を消す為にまた別の噂を流す必要が生まれてくる。すると今度は噂を消す為に流した噂を消す為に―――以下略だが、負の連鎖だ。結局のところ根本的な解決とは言えない。最悪、噂に噂が融合して新たな噂が生まれてしまうかもしれない。

「…………あ、そうじゃ! 妾の噂を流すのはどうじゃッ? 信者がザクザク取れるかもしれんぞ!」

「メアリを崇拝してる奴等が命様を崇拝するとは思えませんね。それにあいつ、神様ってのも居るなら見てみたいとか言ってましたし、何よりアイツの信者ってマナーがなってないので、またこの神社が荒らされると俺が困ります」

「気が進まんのか?」

「礼儀と同じですよ。形骸化した信仰心に意味なんて無い。俺は命様を心の底から崇拝していますが、不可視の存在を見たいだけの人達にそんな信仰心があるとは思いません」

 茜さんについても同じ事が言えるが、『視えない』奴は不可視の存在に対して敬意を払えない。視えないものに敬意を払っても仕方ないから、それ自体を馬鹿にするつもりはないが、飽くまで当然の性質として言いたい。むしろ視えないのにも拘らず敬意を払える奴は異端だ。

 怪異にしろ悪霊にしろ危害を加える奴はどちらかと言えば前者であり、後者は多くの場合何にもされない。何故なら敬意を払える時点でそいつは怒られる様な事をしないのだ。悪霊も暇ではないので、何もしてこない奴よりは、自分達に対して何かしてくる奴等を相手する。これが不可視の理だ。

「ああ、その意見には賛同するよ。アイツ等には散々振り回されたからね。だから人間は嫌いなんだよ。」

「…………申し訳ないです」

「どうして君が謝る? 少年、私は君に感謝しているのだよ?」

「いや、茜さんと触れ合える人間代表として謝ってるんです。今までどれ程の苦労があったか、残念ながら俺には分かりませんが、それでも済みません」

「ふふッ、君は風評に反して随分と優しい男だな。女子にモテそうだ」

「生憎と女子処か、人間に好かれてないんですよ。茜さんの見立ては当てになりませんね」

「こら、妾の目の前でいちゃつくな! 結局どうするんじゃ、噂への対処はッ」

「うーん。そうですね」

 例えば茜さんが霊の類なら話は随分簡単だった。噂の元となった場所に行き、何とかして成仏させてやればよい。だが怪異ともなると元々は言霊な訳だから……たとえ噂の発生源に行ったとしても、成仏は出来まい。言霊が怪異を生む以上、怪異とは既知の未知……人が生み出した人ならざる存在だ。成仏とは魂が存在するからこそ成立するものであり、端から魂の無い怪異に成仏を求めても、それは無理というものだ。

 しかし。

「…………怪異なら、必ず場所が指定される筈です。花子さんならトイレ、真夜中のサッカー少年なら校庭…………茜さん。貴方が生まれた場所まで案内してもらっても良いですか?」















 俺の提案によって嫌われ者御一行は茜さんに縁深い場所に移動。メリーさんは電話やメールを通して干渉してくる怪異だが、どんな怪異にも信憑性を持たせる為、バックストーリーというものが与えられる。口裂け女なら手術に失敗したから医師を怖がっているとか、ひきこさんならいじめを受けていたとか。怪異になっても仕方ないよね、と思えるような背景。それが怪異の存在を確立させる。その事実があるにせよ無いにせよ、怪異にとってはその話が流布されるだけで十分だ。怪異とはそれくらい不安定な存在であり、今横に居る茜さんはそんな自分の在り方に心底疲れ切っていた。

 実際、街に広がる話によって己を作り替えなければならないというのは苦行だと思う。その流動性は、言い換えれば永久に自己を認識出来ない、という事なのだから。

「ここだね」

 街中でメアリ御一行と遭遇するのは嫌だったので、山をぐるりと大回りして、誰とも出会う事なくここまで来た。到着したのは神社の廃れ具合にも引けを取らぬラブホテル……の残骸。

「えーと。一応確認しますけど、ここが茜さんの死んだとされる場所……ですよね」

「ああ、その通りだ。ここで女子高生の茜は彼氏に呼び出され、殺された。いや、レイプされたと言った方が良いかな。彼氏は友達に彼女を共有するつもりで呼び出した。彼女はそんな事も知らずに呼び出しに応じて、ここで複数人に犯された。そしてすっかり変わり果ててしまった茜を見た彼氏はその姿にドン引きして一方的に別れを告げる。茜は心身ともに深く傷つき、このラブホテルで首を吊った……これが私のバックストーリーだ」

「最悪な背景じゃな」

「作り話だから何でもありなんですよ」

 何気なく茜さんの方を見遣るも、その双眸には欠片の曇りも感じられない。嘘っぱちの過去とはいえ、それを元に作り出されたのが彼女だ。何か思う所はありそうなものだが、今の所無感情のままに思える。

「……作り話ですよね?」

 俺にはどうもその無感情が、現実味を与えている気がしてならなかった。レイプされた事は無いにしても、好きな人に裏切られ、女性としての尊厳も徹底的に辱められた時、その眼に光が差す事はないだろう。正に今の茜さんみたいに。

 彼女は俺を見てウィンクしながら、意味深に微笑んだ。

「当然さ。私は生きてもいなければ死んでもいない。人間でも無ければ神様でもない。魂すらなく、私の存在を保障してくれるのは言霊か或いは君の力か。何か勘違いしている様だがね、少年。私に性別は無いぞ」

「え?」

「おっと誤解を招く言い方をしたかな。確かに私は女性の霊という事になっている。実際、この身体は君の良く知る女性の身体だ。だが私そのものがどうかという話をすると、性別なんてものはない。メリーさんが男として語られていたら男になっていた。それくらい曖昧で、不鮮明で……君達の様に存在が保障されてるものとは違うんだよ。だからその、女性にする様な気づかいは無用だぞ?」

 何とも複雑な気持ちを抱きながら茜さんを見つめ続けると、彼女は一度だけ俺の頭に手を置いて、後ろにスッと撫でた。

「まあそれはそれとして、メリーさんから解放してくれた事だし、君については悪い感情を持ち合わせていない。女性だと思いたいなら勝手にしたまえ、君の力に私は依存している。君が私を間違いなく女性だと言うのならそうなんだろう。何かお礼の一つくらいはしてやらないとと思っていたが決めた。いつか君が神様に劣情を抱いて、それに耐えられなくなりそうだったら抑えてあげよう―――さ、取り敢えず中へ入ってみようか」

 俺と命様を弄ぶように、茜さんは一足先に入っていってしまった。怪異がバックストーリーに即した発言しか出来ないのは何となく分かっていたつもりだが―――それにしても。


 本人の目の前でそういう提案をされると、滅茶苦茶恥ずかしい。  


 もう一話はてっぺん回るか昼になっちゃうかなー。(業界人並

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