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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 09 千廻恋慕

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『メアリ様が只今帰還なさりました!』

『メアリ様だ!』

『メアリ様!』

 空港を出るや否や囲まれる。私の行く手を塞いだのは記者、テレビスタッフ、何の立場も持たない野次馬―――総計一万人以上。正確な数を数えるのは怠い、というか意味がない。誰が何人いても、私にとっては何の意味もないから。


「どいて」


 さながら海を割ったモーセの様に人混みが開ける。歩みを再開すると、足元にレッドカーペットが敷かれた。

『メアリ様。総理は何処へ行ってしまわれたのでしょうか』


「総理はメアリ―島で休暇を楽しんでもらってる。今は全ての権限が私に移ってる。だから今は私が総理」


『成程。ではメアリ総理という訳ですね!』

『おお……メアリ総理……なんと素晴らしい響き。これは明日の新聞の一面は決まった様なものですね!』

『遂に……遂にメアリ政権が始まるんだ! やったああああああ!』

『これでこの国は安泰だ!』

 一万人以上の人間が様々な表情で喜んでいる。その場に泣き崩れる女が居た。飛びあがる男が居た。結婚指輪を渡してくる子供が居た。その場で大往生した老人が居た。

 それだけ。


「今からメアリドームに向かうから、こんな所で集まってないであっち行ってよ。改めて宣言するから」


『こ、これは失礼いたしました! おいお前等撤収だ! 撤収撤収! 局に居る奴等も全員帰らせろ! そんでドームに行かせろ!』

『……おい聞いてくれよ。ドーム行くんで夜勤無理っつったら別にいいってよ! お前も電話してみれば? 多分仕事休めっぞ!』

『本当は彼氏と別れたかったけど、ドーム行ってからでもいいよね~! 行こ行こ!』

 

 人だかりがあっと言う間に姿を消した。


「…………ケッ」 


 車で移動するのは面倒なので、地面を縮めました。私の前には趣味が悪くセンスのないドームが堂々と聳え立っています。誰があんなもの作ったのでしょう。私です。だってこの方が征服した感じがするじゃないですか。迎合するのではなく、迎合させる。支配されるより支配する。勝ちたいのです。上に居たいのです。

 このドームには入り口が一つしかありませんが、何も問題はありません。私はドームの裏側に回り込み壁をノブを掴む様に回しました。するとそこがドアになってくれたので、無事に私は中に入る事が出来ました。

 

 緊張はしません。


 深呼吸を重ねて覚悟を決めます。ここまでは何もかも想定通り、予定通り。私は一度も失敗しませんでした。完璧の名に恥じぬ動きをしました。そしてこれからも失敗しない。誰も私を止められません。


『皆さん、お待たせいたしました! 今宵はこのメアリドームにお集まりいただき誠にありがとうございます。今回皆様にお祭りいただいたのは他でもない、メアリ様から重要なお知らせがあるとの事です。それでは早速登場していただきましょう! ―――我らが無欠の希望、周防メアリ様です!」



 






「やっほー! 皆、今日は集まってくれてほんっっっっっとうに有難ね!」









 メアリドームの中は外観以上に広く、具体的に言ってしまえば五〇億人以上が入っても問題なく席を取れるくらいの広さはある。因みに数えた訳ではない。入り口の上にある入場カウンターがご丁寧に数えてくれているのだ。

 月巳町の全ての住民は言うに及ばず、他県他国からの来訪者が続々と訪れている。どうしても来られない人間への配慮だろうか、メアリが飛び出してきたステージの周りには何台ものカメラが設置されている。


 ―――ドームの広さと来客数と人口密度が明らかに釣り合わないが、深く考えてはいけない。周防メアリとはそういうものだと割り切らなければ。


 物理法則という不可逆の摂理さえも都合よく書き換え、利用し、超越する。正に究極のご都合主義だ。しかしそれが完璧を完璧たらしめている。不完全を寄せ付けぬ高貴さこそ、完璧には肝要だ。そんな人間でも無ければ、ドームの壁や天井にまで席を作ろうとは発想しない。

 さて、『無欠の希望』の登場により会場は刹那にして沸騰した。その大きさは叫び声として認識する事も難しく、何らかの轟音としか捉えられない。人間の耳が堪えうる音の限界を超えている気もするが、そんな歓声の中でもメアリの声だけはハッキリと聞こえた。

「ここに来てくれたって事は、演説を見てくれたって事だよね! 恥ずかしいな~あはは! でも嬉しい! 私に賛同してくれてるって事は、なんだかんだ皆も心の中では世界平和を望んでたって事で良いんだよね? 良いんだよね!」


『ウオオオオオオオオオオオオオオオ!』


「嬉しい……本当はちょっとだけ不安だったけど、でも吹き飛んだ! 今なら安心してみんなに伝えられる! 実は私―――あの演説を以て、総理大臣となりました~やたああああッ!」


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』


「いえいいえいえいえ~い! そこで……今日は私の総理大臣就任パーティを開きまーす! あ、費用とかは気にしないでいいよ! 世界中の国長が負担してくれるから! どんな高い料理もどんな高いワインも、どんな高い買い物も全部無料! 開催期間は今から明日の朝まで! さあみんな、用意はいい? 一緒に夜を乗り越えよー! おー!」


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼‼‼‼‼‼‼‼」


「という訳でええええええええ―――ミュージック、スタート!」

 見てられない。

 人間は知性を持った生き物だ。自分で考え、行動出来る生物だ。多彩な感情を宿し、それを言語として言葉に乗せる事で相手とコミュニケーションをとる素晴らしい生物だ。そんな素晴らしい人間がこの有様。獣以下だ。天井や壁に座る人間にも違いはない。酔狂な人物など一人も居ない。馬鹿の一つ覚えみたいに歓声を出しては欲望のままにドームを歩き回っている。五〇億を超える(まだまだ入場してくる)人と交流しながら、思い思いの行動をとっている。

 このままメアリを放っておけば、きっと世界平和は訪れるのだろう。

 言語、肌の色、趣味、思想、仕事、目の色、血統、身長、性別。様々な要素で分断されていた人間がこうして何事も無く交流している。互いの国の言葉を知らなくても、笑顔を向け合いながら談笑している。メアリ本人がどうあれ、彼女が世界平和の為に動いているという気概は十分伝わってきた。これは彼女にしか出来ない事である。

 極々普通の人間にこんな真似は出来ない。万人に好かれるのは不可能なのだ。彼女を除いては。故に誰か一人がどれほど声をあげても、そこに対立する人間が一人でも居ればそれだけで世界平和は訪れない。対立する人間はきっと、ソイツが作る平和を何より嫌っているだろうから。

「…………ああ、残念だな」

 出来れば中に交わりたい。けれどもそれは叶わない。その為に来た訳じゃない。

「…………やるよ、準備は良いかい?」

「………………はい」

 僕は犯罪者だ。

 そして僕は神様が大嫌いだ。


 全知全能の力を持つ存在などくたばってしまえばいい。

 

 僕は席を立つと、確かな歩みを進めながらステージの上へ。信者の誰一人として足を踏み入れようとしない聖域に二人の人間が踏み込んだ。それだけで会場は騒然とし始め、メアリ本人も困惑している様子だった。

「……? どうかしたの―――」




 ドンッ!




 乾いた銃声が、一発。

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