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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 09 千廻恋慕

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終幕のカウント・ダウン

尚、最終章ではない。

 外の世界が物理法則を超越するなど今に始まった事ではない。それを見ていないならばまだしも空花は影響下に居た事もある。そうそう動揺などしないだろうと思ったのだが―――玄関から景色を眺めて、俺は納得してしまった。

 メアリー島については全く知らないのだが、月巳町の中心にドームなど無かった事は知っている。半端な建物を軽く凌駕する巨大なドームには一面にデフォルメ化したメアリが施されている―――望遠鏡を使った―――ドームを囲う様に五つの時計塔が立ち並んでいるのも特筆すべきか。首都のタワーに匹敵する大きさを持つ時計塔は磁気か歯車が狂ったか滅茶苦茶な軌道で今も稼働している。

 長針と短針が逆回りに回る塔、振り子みたいに下で弧を描く塔、秒針だけが動く塔、三つの針が融合して巨大な針になっている塔、針が電ノコみたいに高速回転し続ける塔。どれ一つとってもまともに時計の役目を果たす気が無い。

 変化したのは建物だけではなかった。晴朗なる空には『メアリタワー完成間近!!!』と書かれた月面広告ならぬ天空広告が浮遊しているし、何処かで花火が打ち上げられている。この明るさで花火など見える筈がないのに、弾けた火花は夜の帳を背景に見た時と変わらぬまま。道を歩く通行人は銃、刀、金属バット等の武器を片手に体中に纏ったクラッカーを手当たり次第に放ちながら狂乱している。その顔は人生全ての幸福を知った様に満ち満ちており、少なくとも見掛けた人間の服には例外なくメアリが刺繍されていた。

 余りにも余りにもな光景に俺はその場で吐いてしまった。

「おぅぅぅぅえ…………! う゛お……え」 

 今までメアリにしか感じなかった謎の嫌悪感。ループに囚われた時には本人からもすっかり消えうせていたが、どうしてここにきて何の変哲もない信者を相手に。このままだと胃袋もろとも吐き出してしまいそうだ。決死の力を振り絞って玄関を閉めると、鍵を掛けた。二度と外に出たくない。

「な、何だこれ!」

「だから言ったでしょー。外が大変な事になってるって」

 あれだけ慌てていた空花が茶を啜って落ち着いている。一人で慌てている俺は馬鹿そのものだった。知らない人間の来訪に幸音さんが警戒心を剥き出しにしているが、莢さんにくっつく事でどうにかこの場からの逃走を自ら防いでいる。偉い。

 しかしこうして並ばせると、空花と幸音さんのスタイルの差が如実に表れていて中々エグイ。代わりに幸音さんには不老というアドバンテージがあるものの、だからと言って互角にはならない。改めて空花のプロポーションが異常である事を知る俺だった。

 乳房を机の上に乗せるなど、幸音さんには逆立ちしたって無理だ。比較はしないでやりたいが、同年代故、どうしても頭が比較してしまう……同年代!?


 今更な情報に何故か驚いた。確か以前も驚いた気がする。そしてこれからも驚くだろう。


「大変つっても限度があるわこんなの! ど、どうなってんだこれ、なあ!」

「私にも分からないよー。キリトリさんは取り逃しちゃったし、もうちょっとで夏休み終わるし、命ちゃんに改めて挨拶でもしようかなーとか思ってたらこれだもん」

「中々いい感じにお洒落でしょッ!? 今日の夜はさいっこうのパーティが開かれるんだ! 招待状とかは要らないから創太も絶対参加してね! あのドームね、大体七十億人が入れるようになってるんだよ。凄いでしょ、私凄いでしょッ」

「命様はどうなってるんだ?」

「変な地割れが森の手前で発生してるから会いに行けてない」

「地割れ!?」

「うん。多分落ちたら二度と戻ってこられないタイプの。私も行きたかったんだけど、何故かあそこだけ地割れがねー」

「不思議だよね。どうして創太君の入り浸ってる山にだけ地割れがあるんだろ。あそこにいる自殺者の怨念がそうさせたのかな?」

「…………因みに交通機関がストップしたりはしてないよな」

「あ、うん。何事もないよ。でも凄い混雑してる。月巳町の外から物凄い人が来てるの。ちょっと話聞いたんだけど、今からいい席を取るんだって」

「ドームの中は全方位に席がありまーす! 上でも下でも横でも前でも後ろでもどこでもダイジョブだよ~! 重力なんて気にしなーい!」



「お前もううるせえから黙ってろよ!」



 虚空に向かって激昂する俺を、三人がきょとんとした顔で見つめていた。

「……すまん。空花、お前に言った訳じゃないんだ。なんかメアリの幻影が見えてな」

「今も見えてる癖に~このこのッ」

 こいつ殴りたい。

「ん。別に気にしてないよ。話を戻すけど、なんか露骨におにーさん対策が取られてるから私、心配になって様子を見に来たんだけど……大丈夫みたいだね」

「おう。しかし家に招いた事なんてあったか? 良く俺の家の場所が分かったな」

「その辺の人に教えてもらった」

「俺住所特定されてんのか…………まあ。別にいいけどさ」

 メアリを嫌う俺は信者にとって無二の敵だ。個人情報の流出くらいするだろう。楽観的なのは信者の性質を知っているから―――メアリの前では良い顔をしたいという性質だ―――で、実際今までこれ以上踏み込まれた被害には遭った事がない。なので放置している。

 公的機関はどの道機能停止しているし、諦めるしかないとも言える。

「どうする? メアリさん、夜に帰ってくるって話だよ。あのドームが急に建造された理由って、あそこで何かやるって事だと思うんだけど。おにーさん乗り込む?」

「当たり前だ。俺はその為に……治したんだからな」

 そのせいでメアリが体内に侵入してしまったが、本人を倒せれば些末な問題だ。それとつかささんを止められれば。

 ついでに両親を見つけられれば御の字だ。多分二人も参加する。

 

 メアリが神妙な面持ちで何か言いたげに唇を噛んでいた。


「莢さん、幸音さん。留守番お願い出来ますか?」

「……心情としてはお供したい所ですが、メアリ様の影響を考慮するならば、その方が賢明でしょうか。幸音様も構いませんか?」

「お、応援してます! 頑張ってください!」

 世界中にたった数人しか居ないであろう俺の味方。その二人を伴って向かうのは悪手だ。莢さんは本人と顔を合わせなかったから、幸音さんはつかささんが保護していたから影響を受けなかったに過ぎない(厳密には幸音さんは微妙に受けたのだが)。二人の為を思えばこそ俺は留守番を命じた。

「という訳で、俺は乗り込む」

「オッケー。じゃあ私も参加するー。おにーさんにあの時のお礼も出来てないし」

「お礼?」

「あの時、助けてくれたでしょ。私はおにーさんを信じてたけどさ。それとこれとは話が別―――助けてくれてどうも有難う、おにーさん! この恩は忘れたり忘れなかったりするよッ」

「想像よりも大分軽薄だなッ?」

「うふふッ! 冗談冗談。忘れないし、忘れられないよ。だって―――」

 空花は俺の耳元を撫でる様に艶っぽい声で囁いた。



「おにーさんの事、本気で好きなんだから♪」



 それが中学生に出来る誘惑だろうか。あまりにも煽情的、あまりにも蠱惑的。隣にメアリさえ居なければ、俺は頭が真っ白になっていただろう。

「…………と、ともかく。夜は一緒に行くぞ」

「おー! じゃあ次も恋人感覚で行こっか!」

「本気かよ」

「おにーさんが嫌ならしないけど」

「…………その聞き方は狡いぞお前」

 やるに決まっている。彼女はいわば同じ神を信仰する同士だ。元凶の下へ向かう時でさえ協力してくれるなら、いっそ最大限礼を尽くすのが仲間としての道理であろう。

 事実は彼女の手を握りたいだけなのだが、字面が情けなさ過ぎるので格好つけさせてもらう。


 横のメアリは頬を膨らませて拗ねていた。


「あ、そうだおにーさん。この家に住んでる人って……これで全員?」

「ああ」

「じゃあちょっと二階に来てくれる? ―――おにーさんに話したい事あるから」

 藪から棒に何を言い出したかと思えば、秘密と急を要する用件なのか。二人に理を入れつつ、俺(とメアリ)は空花に連れられ二階へ。差し当たっては俺の部屋へ。

「……お前は来るなよ」

「私も創太君に話したい事あるから。心配しなくても、邪魔はしないよ。話が終わるまでは黙っててあげる」

 うざったらしい雰囲気が一変。メアリもまた哀愁を漂わせている状態に、俺は首を傾げるしかなかった。

「おにーさん、さっきから誰と話してるの?」

「メアリの幻覚だ。邪魔だから消えろと言った。それで、わざわざ俺だけ連れて来たんだからよっぽど重要な話なんだろ? 何だ?」

「…………本当は、昨日の内に言ってあげたかったんだけど。私、あの後命ちゃんの所に戻ってたから。もう信者を装う必要とかないし、もしバレたらリンチされるし―――キリトリさん、捕まらなかったんでしょ?」

「ああ、良く知ってるな」

「おにーさんがさっきそこに居たメイドさんに運ばれてるの遠目から見えたから。それでね、キリトリさんの事なんだけど。私、顔見えちゃったの」

「……! 誰なんだ、一体」

 直接確認しようとした時はつかささんに邪魔された。素顔を知る人間が居るとすれば、空花しか居ない。

 俄に生唾一つ碌に通らなくなった喉をこじ開け、俺はたどたどしい口調で尋ねた。

「……誰、なんだ。キリ、トリ、さん」










 


  

 


 

 

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[気になる点] 最近妹の姿が無いのはなんでだろう... まあ、そんなはずないよね?
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