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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 09 千廻恋慕

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にこにこメアリ

 お祝いにしてはスケールが小さいものの、俺達は少し早めに朝食を摂る事になった。三人とも起きているせいもあるだろう。朝食が出来るまでの僅かな時間、俺と幸音さんは将棋で勝負する事になった。本人曰く、『本当に快復したかどうか確かめたいとの事』。

 お前はバトル漫画のライバルか。

「……参りました!」

 まあ勝つけど。

 重ねて言っておきたいが、これは俺が強い訳ではなく、幸音さんが絶望的に弱いだけだ。本気で快復も何も幸音さんの実力が上がらない限り俺が負ける事はない。彼女は本気で悔しがっていたが、料理がもうじき完成すると知るや、気分を新たにご機嫌となった。

「莢さん。俺が寝てる間に動きとかありましたか?」

「動きとは?」

「メアリとか。つかさ先生とか」

 彼女は一日中俺に付き添ってくれていたが、情報だけなら入る筈だ。例えばテレビ……例えばSNS(あの後は何事も無く使えるようになった)。先生の動きはともかく、周防メアリは良くも悪くも注目を浴びる。情報は入手しやすい。

「……申し訳ございません。昨夜は創太様の看病をしておりまして、その他の作業は行っておりませんでした」

「看病? え、寝てる時になんかしたんですか?」

「―――気のせいかもしれませんが、メアリ様の声が聞こえてきたのです。それを行えば早く治ると言われたので、それに従っておりました」

 夢でも鑑賞してきたかと思えば、莢さんにまで影響を及ぼしだしたか。本当に迷惑な奴と言いたい所だが、今回は彼女のお蔭で助かったのであまり貶したりはしない。相手がどうあれ自分が恩知らずにはなりたくないもので。



「動きならあったよー!」



 我が家には椅子が四つある。本来は妹、両親、俺の物だ。妹も両親も居なくなってしまった(両親の行方が本気で心配になってきた)関係で同居人二人を加えても空椅子が一つ出来るのだが―――そこに彼女は座っていた。

 周防メアリが。

「うおおおおおッ!?」

「きゃ!」

「―――ッ! どうかなさいましたか?」

 本人の登場に全身が戦慄き、椅子を背後に倒してしまう。しかし瞬きによって視界が整理された瞬間、彼女の姿は跡形もなく消えていた。莢さんも幸音さんも全く気付いていない。処か二人は俺の声に驚き、固まっていた。

「……あ。済みません。何か今、メアリの幻覚が見えて」

「大丈夫ですか? やっぱり快復してないんじゃ……」

「さっき将棋で戦闘バトって分かったでしょ? 俺はもう元気ですよ。只、アイツの夢を見たせいでしょうね、うん。きっとそうだ」

 半ば強引に自力で納得する。やはり無理なのだ、こればかりは。十数年の積み重ねは重すぎる。思惑通りだったとしても俺はメアリの事ばかり考えてしまう。だからこんな酷い幻覚を見てしまうのだ。自分にとって都合の良い解釈は真偽に拘らず納得しやすい。倒れた椅子を起こし、改めて座り直す。

「アハハハッ! 驚いた創太って面白いねッ」

 

 また、メアリが座っていた。


 信じられない者を見るかの様に見つめていると、幻である筈のメアリが頬を染めて目線を逸らした。

「あ、あんまり見つめないでよ。そういうの慣れてないんだから」

 幻覚、ではない。このメアリ、明らかに俺の反応を認識して話しかけている。これが幻であるなら会話が成立しないか、もしくは一方的に喋り倒すだろう。それをしてこない時点で目の前に居るメアリは紛れも無く実体。世界一嫌いな少女そのものである。

 「トイレに行ってきます」と言って席を立って幻覚である筈の手を掴みつつ、言葉通りトイレの中へ。女子と二人きりでトイレに入る経験など初めてで、別な気持ちの一つでも湧いてきそうなものだが、どうでもいい。

「てめえ、何でここに居やがる」

「え? 私が居ちゃ駄目なの?」

「駄目に決まってるだろ。お前はメアリ―島に居るんだからな」

「ああ、それね。その事を教えに来たんだから少しは感謝しようよ。それでその事なんだけど―――」

「待て待て待て。こっちは全く納得してねえよ馬鹿。何でここに居るか教えろよ」

 手は触れる。首も触れるし、顔も触れる。不可視の存在……ではないだろう。俺以外にも見えなければ世界征服など到底達成出来ない。理屈を通すべく彼女の身体をペタペタ触っている内に、メアリの頬に細やかな紅が差した。

「……あ、あんまり触らないでくれる?」

「いや、幻覚じゃない事を確認したかった。で、何でお前はここに居るんだ?」

「ここに居るも何も創太君が私を頼ったんだから、居るのは当然じゃないの?」

「は?」

 頼った……俺がアイツを頼った事など、それこそ妹の捜索を頼んだ時くらいで…………否。そう言えば俺の身体に投与された万能薬はメアリお手製の薬だった。まさかとは思うが、あれが原因なのだろうか。

 俺の心が見えている……実際、体内に居るとするなら見えているのだろう……かの様に、メアリがにっこりと笑った・

「大正解ッ! サーヤにあげたつもりだったのに創太君に使われるなんて奇妙な事もあるよね~」

「ふざけんな。出てけ」

「おやおや~? そんな事言っちゃっていいのかなあッ! 体を治してあげたのに」

「くッ…………」

 そこを突かれると弱い。あの薬を飲まなければ一日で完治するなど夢物語だった。しかしコイツに感謝はしたくないので、最終的に俺は黙るしかない。メアリがシシシと意地悪く笑った。

「はい、私が居る理由はこれで終わり。じゃあ進展教えてあげる。創太君が眠っている間に、私は演説を終わらせちゃいましたー!」

 うちのトイレは決して広い訳じゃないが、メアリが両手を広げたせいで更に狭くなった。ウザイのでやめてほしい。

「今、飛行機に乗ってる所。もうじき帰ってくるよッ」

「……嘘じゃないよな」

「嘘なんて吐く訳ないでしょ? だから昨日、街の皆は喜んで引き籠ってたんだから。ま、呼びかけのせいでもあるけどね。私は今日の夜には帰ってくるよ。だから今日中に決着付けないと……うふふ。世界中が私の物になって、壊されちゃうぞーがおー」

上がった両手を牙に見立ててメアリが威嚇してきた。全く怖くない。ぶん殴ってやろうかとも考えたが、こいつはメアリであってメアリじゃない。万能薬を摂取した関係で俺にだけ見えている実体みたいな幻だ。例えば、仮にここで彼女を殺したとしても本人が死ぬ訳ではない。ここはグッと我慢だ。

 あまり長居すると二人に心配されてしまうので、メアリを置いて食卓の方へ。用は足してないが嘘に中身を持たせるべく水を流したし手も洗った。何事も無く元の位置へ戻る俺の背中にメアリがぴったりと張り付く。

「創太様。随分長かったですね」

「あー何でもないです。ちょっと考え事をしてただけで……お」

 椅子の前には既に朝食が並べられていた。ご飯は言うに及ばず、白菜と厚揚げが具として入った味噌汁に、レタスとトマトが添えられたウインナーと玉子焼き。傍にはお好みでケチャップとマスタードが添えられている。周防家に仕えていたぐらいだ、莢さんの料理の腕前は推して知るべしだが、こうして庶民的な料理を作ってくれるのは偏に俺の生活レベルに合わせているからだ。

 そしてこれは、手抜きと同義ではない。料理としてのランクが調整されているだけで、味は完璧に俺の舌を把握している。幸音さんがどうかは知らないが、彼女の事なので多分個人ごとに調整を加えているのだろう。

「お味の方は如何ですか?」

「―――美味しいですよ。とても」

 俺も幸音さんもグルメリポーターではないが、だからこそ本当に美味しいと感じた時のリアクションも違ってくる。ましてここは自宅だ。誰に対して気取る必要もない。根っこの性質が似ているせいか、俺達二人は揃いも揃って口数が減った。

 決して不味い訳ではなく、箸が発言を代替していると言っても良い。彼女に出会うまで食事を用意されなかった影響であまり入らないと思っていたが、どんどん胃袋に入るのだ。

「サーヤの料理、美味しい?」

 莢さんの料理があまりに美味しくてついつい意識が外れてしまったが、この食卓にはもう一人メンバーが居る。メアリだ。料理は出されていないが、しかし本人は全く気にしていない。

「私も好きだよ、サーヤの料理。クソババアの方が腕前は上だったけど、アイツは料理なんて滅多にしないからね。料理をする時はメディア出演してる時か、私に料理を教える時か。そう言えば創太、私の料理褒めてくれたよね。嬉しかったよ」

 あれはメアリの影響を何かしら受けただけだ。我ながらどうしてしまったのだろうと思っている。世界一メアリを嫌う筈の俺が折れてはならないというのに。

「素直じゃないな~創太は! でもそんな創太もだーい好き! また予定が合ったら料理作ったげるねッ…………貴方の為なら、頑張れるから!」

 一日の気分を決める朝餉の時間。俺だけは最悪のものになってしまった。



 ピンポーン。

 


 ……こんな時に、来客?

「―――私が対応しましょう」

 インターホンの音を受けて莢さんが立ち上がる。俺はある事を思い出し彼女の動きを手で制した。

「待って下さい莢さん。もしかしたら刺客かもしれません」

「……は?」

「檜木さん、何言ってるんですか?」

「俺かて冗談で言ってませんよ! 実を言えば―――ああ。えっと。昨日の話なんですけど」

 空花は過激派信者として目立つべく、敢えて信者『らしさ』を求めていたが、その結果信者の十割が賛同しそうな発言を余儀なくされた。


『我々の協力が檜木創太を断罪し、真に世界をクリアにするのです!』


『もし、檜木創太が明日も生きていたなら我々で殺してやりましょう! メアリ様の理想を実現する為にあの男は邪魔です! 生きている価値など全くない、それだけで世界に仇なす存在なのです! メアリ様を信じられる皆々様は、どうぞ武器を作成して下さい! 世界平和に武器は要りませんが、異分子を排除する為であればメアリ様もきっとお許しになられます!』


 あの発言を聞かずに済んだ信者は大勢いるだろうが、同時に聞いた信者も大勢いるだろう。まだ外出はしていないが、何かの間違いで俺の生存を知った信者が武器を持って襲撃を掛けてくる可能性は大いに考えられる。

「……ふむ。確かに。ではあれを用意しましょうか」

「こっちが人殺したら元も子もないでしょうが!」

「ではどうしますか? いずれにしても対応は必要です。あまりに対応が遅れれば相手方は襲撃プランを変えるやもしれません。数の暴力でこの家を制圧するつもりかも……そうなってしまえば、私も対応出来ませんが」

 一先ず幸音さんには待機してもらい、俺達二人は玄関の横で身構えた。

「……まず、俺が対応します。もし武器を持ってたら莢さんがその人を気絶させてください」

「畏まりました」

 気分はさながら突入寸前の特殊部隊か。指で三秒数えた後、俺は勢いよく扉を開けた―――




「おにーさん! 外がおかしな事になっちゃった!」




 血相を変えて飛び込んできた空花を、俺は全身で受け止めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 創太くんのプライバシー消滅 [気になる点] これは四六時中メアリと一緒ということですか? これは…つまり……今度こそ…メアリと莢さんによる添い寝サンドイッチができると…そういうことなんです…
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