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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 09 千廻恋慕

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神なる存在の帰還

良い子メアリ

「と~おりゃんせ~、と~おりゃんせ~。こ~こはど~この細道じゃ~。てんじん、さまの細道じゃ~」

 体に力が入らない。だが口は開くし目も動く。窓から差し込む光の柔らかさは、俺の脳裏に朝が訪れた事を知らせる。

「ち~っと通して―――」

「……メアリ」

 視線を扉の方に向けると、周防メアリが俺の手を握りしめながら童歌を歌っていた。明らかに俺は彼女に気付いているが、彼女は俺の覚醒に全く気が付いていない。それもその筈彼女は目を瞑っており、こちらから声を掛けなければ歌い続けていただろう。

 呼びかけに応じて目が開く。澄んだ水面の如き碧眼が俺を捉えた。こうして対峙すると、メアリはとても綺麗な瞳をしている。本人の邪悪さとは裏腹に。

「起きたんだ。良かった」

「……何でお前が居るんだ? もう帰って来たのか?」

「そんな訳ないじゃん。分からないなら教えようか、これは夢だよ。創太君はお薬を飲んでサーヤと共に眠ったの。今の私は貴方の身体に混ざった悪いモノを除去するだけの存在。そんな心配しなくても、何もしないから」 

 悪いモノ―――ウイルスを除去すると言っておきながら、とても何かしている様には見えない。俺の手を握ってるばかりで何も持っていない。強いて言えば部屋着に着替えている事くらい……何故お前がリラックスしているんだ。

「なあメアリ。幾らか聞いてもいいか?」

「うん?」

「お前が母親から受けた仕打ち……本当なのか? 日記を疑う訳じゃないけど、本人が居るなら……一応真偽を問いたい」

「あはは。そんな事気にするんだ創太君も。気にしなくていいのにね、だって私は敵だよ? 憎むべき敵の事情なんか汲んで何か楽しい?」

「そうだな、確かにお前は敵だ。でも…………いや。俺はお前の事を何も分かっちゃいなかった。正体不明を正体不明のまま倒すなんて端から無理だったんだ。俺、お前の事知りたいんだよメアリ。教えてくれ」

 俺の知るメアリは表情を一切変えない。快・不快さえよく分からないが、ここにきてほんの少しだけ口の端を緩めた……気がする。瞬きした次の瞬間には元通りになっていた……気がする……ので、見間違いだったかもしれない。

「クソババアはね、子供を道具としてしか見てないの。あの女には感謝とかそういう人間らしい感情が全然ないの。だから男に捨てられるんだよ」

「…………?」

「アイツ、昔からそうなんだよ。兄様あにさまを生んだ時もそう。自分が女として価値がある事を世界に知らしめたくて、何人もの男と関係を持った。十人対で朝までまぐわった事があの女の誇り。初めて本気で好きになった人は、あの女の貞操観念の緩さに愛想を尽かして出てった。勝手に赤ちゃん作って泣きつくとか馬鹿でしょ。次に好きになった人はあの女の饐えた臭いが我慢出来なかった。お金だけはたくさんあったけどね、体中から他の男の匂いがする女とか嫌でしょ。それでもあの女は自分が女性として最も価値があるって信じてた。それを認めない周りが悪いってね」

「……だから命様の力を奪いに行ったのか」

「トコヤミはアイツが初めて心から負けを認めた存在。だからこそアイツはその美しさの根源を奪ってやろうと思った。私、前言ったよね。昔はこの町一番の美人だって事で人気者だったの。神様の力を借りた癖に、まるで自分の生来の魅力が認められたみたいでアイツは嬉しそうだった。どんな男も女も自分には無力。気持ち良かっただろうね。さぞ嬉しかっただろうね。まあ…………アイツの美しさなんて一ミリも関係ないんだけどね」

 澄み切った碧眼が突如黒色に染まった。綺麗な漆色ではなく、光を逃さぬ闇の色。窓から差し込む朝日さえその瞳の引力からは逃れられていない。表情も声音も一切変わらないが、俺には何となくメアリが不機嫌であると分かった。誰しも嫌いな人間の事など語りたくもないから当然なのだが、彼女のそれは最早…………想像するだけでも嫌だ、という域に達している。

「自信はね、自分でしか補えないの。何かで取り繕っても必ずボロが出る。アイツがサーヤを雇ったのはサーヤが美人で、その上に立つ自分は更に美人だと信じたかったから。アイツがヨヅキと結婚したのは、イケメンに選ばれた自分は絶対に美しいって信じたかったから。クソババアは自信家なんかじゃない。実際は誰よりも自分の美しさに疑問を持っていたの。だからまた同じ事になった。ツキハミを見たアイツは自分以上の美しさに嫉妬した」

「……そう言えばお前、幽霊見たいとか言ってたよな。それにしちゃ不可視の存在に詳しいじゃねえか」

「私の力が元々誰の物なのか知らない訳じゃないでしょ。理由はこれでいい?」

「それもそうか」

「でもツキハミはトコヤミ程優しくない。もう同じ手段は使えない。本当に馬鹿だよね。自分が不細工とは言わなくても、程々に美しい程度にとどめておいて、一番なんて目指さなきゃ良かったんだよ。バカみたい。死ねばいいのに」

「お前なら指一本で殺せるだろ」

「殺さないよ。あの女には自分の醜さをたっぷり味わってもらわないとね。私はあの女のせいで苦しんだ。私に苦しめられても文句は言えないよね」

 殆ど天畧への罵倒だった気もするが、仕打ちについてはどうやら真実らしい。今までみたいに嘲笑う気が全く起きない。かと言って慰めるつもりも更々ないが、これを馬鹿にしてしまうのは流石に人間として品が無さ過ぎる。

 説教など論外だ。周防メアリに―――周防家のいざこざに常識を持ち出す奴は単なる阿呆でしかない。一般論で語れない奴等だからこうなった。そんなクソの役にも立たない論理を使ってもこの少女は改心しないだろう。

「正直に言えばね。一度で良いからこんな風に過ごしてみたかったの」

「ん?」

「例えば創太君とこうして部屋着で寛いだり。リビングでサーヤが焼いてくれたクッキーでも食べながらテレビを見たり。でも残念。叶わないから夢なんだよ、これ」

「俺は付き合わないが、似たような事なら出来るだろ」

「出来ないよ。今の私には絶対ね」

 瞳の色が抜け落ちる。無色不透明の瞳が明後日の方向を向いた。




「あの女に対する復讐はもうじき完遂する。止められるなら止めてみてよ。『完璧』な私は逃げも隠れもしない。『不完全』が『完璧』より優れてるって所を見せてよ。この世界……本当に終わらせちゃうよ?」

 

 



















 覚醒状態から覚醒状態に移行する時の奇妙な気分は既存の語彙ではきっと言い表せない。夢と現実の切り替えは一瞬だった。俺の左手を握っていたメアリは莢さんへ変わっている。違うのは莢さんは俺の手を両手で握っている事と、彼女が眠ってしまっている事か。ベッドの外から膝立ち状態で突っ伏している。目には泣き腫らした様な痕が見えた。あんな気色の悪い液体に効果があるとは本人も思ってなかったらしい。

 しかし気味の悪い事に今の俺は絶好調だ。昨日の体調不良が嘘みたいである。一向に起きない彼女に悪戯の一つでもしてやろうかと考えるくらい本当に調子が良い。

「莢さーん。朝ですよー」

 全く起きない。起きる様子が無い。お姫様抱っこでもすれば目覚めるだろうか。しかし左腕がカッチリと固められているせいで動けない。悪戯は諦めよう。

「莢さーん!」

 掴まれた手を激しく振り回すとようやく覚醒の兆しが見えたが、そう言えば俺から彼女の寝顔を見るのは初めてかもしれない。普段の莢さんは朝食の準備の為にいつも早起きをしているから。

 ほんの少しだけ、ドキドキする。やはり起こすのをやめようか。

「…………ん。創太……様」

「あ。起きちゃった」

 一度意識が覚めたら彼女の覚醒は早い。パッチリと目が覚めてしまい、何だか損をしてしまった気分だ。

「…………治ったのですか?」

「ええ、おかげさまで。あいつの万能薬って本当に効果あったんですね。もう元気いっぱいですよッ」

 医療の常識を覆す快復ぶりを見せつけるべく精一杯に表情を弾けさせる。莢さんは暫く怪訝そうに俺を見つめていたが、心配される要素の見えぬ俺に安堵したのか―――彼女らしくも無く、衝動的に俺を抱きしめた。

「良かったッ。本当に…………良かったですッ。まさか本当に……一日で治ってしまうとは!」

「あ。やっぱ効果疑ってたんですね」

「メアリ様が作製なされたとはいえ、色が……しかし杞憂でした。ならばこれ以上言う事は何もございません」

 こうして密着していると分かるが、莢さんは中々素晴らしいスタイルをしている。メアリが色々と聞いてくるのも納得…………は出来ない。やはりおかしい。

「……莢さん。朝食の準備とかあるかもしれませんけど。後一分だけこのままでも構いませんか?」

「どうかしましたか? まさか副作用が?」

「いや。凄く幸せなので」



 ふと湧いて出た煩悩も、莢さんは決して拒絶しなかった。










 幸音さんが部屋へ駆け込んできたのはそれから間もなくの事。莢さん以上にボロ泣きで俺の快復を喜んでくれたのはまた別の話。

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