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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 08 悪鬼掌悪

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171/195

お前を  その日まで

悪鬼掌悪完了。

 キリトリさんの足は妙に遅い。先んじて逃走を図られてしまったが、この程度の速度なら追いつけそうだ。

「…………待てよ、おい! よくも空花を殺そうとしやがったな! 赦さねえぞ!」

 角を曲がった所で俺がアレを見失う訳が無い。追従して角を曲がった瞬間、何かが俺の足を払った。

「うおッ―――!」

 反撃だろうか。全く想定すらしていなかったので、為す術なく転倒する。木の根っこや何かの出っ張りに引っ掛かった訳ではない。今の衝撃は明らかに人為的……意図して俺を転ばさんとしていた。

「困るんだよねえ、檜木君」

 呆れた様な、それでいて冷たく無慈悲な男性の声。直ぐに思い当たったので答え合わせをしてみる。

「……その声はつかささんですか?」

 果たしてその答えは声ではなく、視界によって映し出された。紛れもない梧つかさの顔がそこにはあった。しかし穏やかな表情ではない。とても不機嫌な声音とは裏腹に全くの無表情。喜怒哀楽の怒が欠落したその表情はメアリを彷彿とさせた。

「アンタが……いや、最初に思いつくべきだったかもな。脳を切り取るなんて外科手術が素人に出来るとは思えない。しかも共通点がメアリ信者ともなれば、そりゃアンタだろうなッ!」

「うん?」

「キリトリさんの正体は…………お前だろ!」

 ズバッと指を突きつける。会心の手応えだ。彼があそこまで足が遅かったかどうかは疑問の余地があるものの、逃げられないと分かったから迎撃に切り替えた。無理のない理屈である。対するつかささんは心底つまらなそうな顔で淡白に返してきた。

「いや、違うけど」

「………………………えッ」

 驚愕のあまり飛び起きる。見上げていた時には気付かなかったが、彼は手に長い布を撒いた棒状の物体を握りしめていた。キリトリさんと同じ黒いフードに身を包んではいるが、わざわざ尋問をするまでも無く犯人はつかささんではない。多少頭に血が上っていた俺でも直ぐに分かった。

「じゃあキリトリさんは誰なんですかッ?」

「それを知ってどうする」

「捕まえます!」

「メアリに任せればいいだろう」

「それじゃ駄目なんです! アイツの信仰獲得に一役買っちゃいますからね―――」

 何事も無かったかの様に彼の横を通り過ぎようとした刹那―――一閃。白濁した刃が俺の首筋を掠り、行く手を阻んだ。



「悪いけど。ここから先は通さないよ」



 首筋の灼けた痛みに悶える暇も無く、俺の視界は刃物として生まれ変わった長い長い白骨の剣をしかと認識した。長さは竹刀より少し短く、しかし丁寧に研がれたその骨は最早刀と呼ぶに相応しい輝きと鋭さを持っていた。

「何で邪魔をするんですかッ。まさかアンタ……メアリの信者に!?」

「……もし僕が信者なら、君は転ばされるのではなく首を掻き切られていただろうね。答えはそれで十分だ。ともかくここを通るつもりがないなら危害は加えない。どうだろう檜木君。大人しく帰ってくれないかな」

「断る!」

 キリトリさんは俺達がずっと追ってきた相手だ。そして今回、命のリスクと引き換えにようやくおびき出せた。何故それをみすみす鳥逃さなければいけないのかさっぱり分からないし、その理由を抜いても、キリトリさんは空花を殺しかけた。追跡する理由はそれだけでも十分だ。

「僕は別に君を殺してもいいんだ。ただ、殺さない道があるならそちらを選びたい。それに僕は君の為を思って言っているんだ。キリトリさんの正体を知れば、君は必ず後悔する」

「後悔なんてしませんよ。だってずっと狙って来たんですから! 通してください!」

「いいや、きっと後悔する。どうしてあの時『俺を止めなかったんだ』と僕を責めるだろう。それとも『もっと早く俺に教えてくれ』と言うつもりかな。いずれにしても結末は見えている。君は非常に分かりやすいからね」

「言いません! 通してください!」

「断る」

「通せ!」

 痺れを切らしたつかささんの左手(刀を持っていない方)が動いた。何かが俺の顔面目掛けて飛ばされる。咄嗟に腕を盾に庇うと、感じた事のない激痛が腕を捉えた。

「うごッ…………ああああああああぅ……!」

 震えが、止まらない。

 寒気が忽ち全身に広がり、体温を奪っていく気がする。

 恐る恐る盾にした腕を下げると、黒塗りの骨が指の第一関節程の長さで突き刺さっていた。出血は浅いが、それは骨が血を止めているからだ。痛くて、痒くて、熱くて、寒くて。今すぐにでも抜いてしまいたいが、それをすれば失血する。

 メアリ信者に幾度となくリンチされてきたこの身体。暴力はすっかり慣れたものと思い込んでいたが、実に久しく死の恐怖が蘇ってきた。


 ―――この人、本気だ。


「僕は殺してもいいと言っただろう。まさか本気じゃないと思っていたのか? 犯罪者なのに?」

「痛い…………ううううううぐぐお…………ううう、あ!」

 字面にすれば何て事もない。腕に棘が突き刺さっただけだ。即死はしない。後遺症で下半身が付随になる事もない。だが痛い。痛いのだ。腕をもう片方の手で圧迫し、その場で蹲ってしまう程に痛い。寒気は増すばかりで、心なしか意識もぼんやりしてきた。よしんばつかささんが通してくれたとしても、キリトリさんを追えない。

「―――まあね。大正解だ。僕に君は殺せない。殺さない道があるまではね。言い忘れたけどその骨にはちょっとした毒……厳密にはウイルス……まあ君にとってはどっちでもいいか……が仕込まれていてね。何、致死性は限りなく低い。短くても十日と少しばかり吐き気、眩暈、熱等に悩まされるだろう。一般人の君は間違いなく再起不能になる。要するに大人しくしていてくれという事だ」

「あああ………うううううう! おお………ううう」

「何でそこまで、という顔をしているね。安心しなよ、僕はまだ君の味方だ。方向性が違うだけ。いいかい? 周防メアリは僕が殺す。キリトリさんと僕でね。神の如き力を持っていても、周防メアリは人間だ。必ず殺せる。殺してみせる。だから君は―――そこで見ていてくれ」

 骨の刀に布を撒いて、つかささんは去っていった。追いたいのは山々だが、腕の痛みがそれを許さない。

 莢さんが来るまでの十五分間。俺はその場で蹲って痛みに耐えるしかなかった。


















「創太様。痛みの方はどうでしょうか」

「ああ…………今は、大丈夫です」

 自宅に搬送された俺は莢さんからの手厚い看護の下、自室のベッドで眠っていた。左側には莢さん、右側には幸音さんと両手に華だが、素直に喜べない。不安気に眉を顰めている莢さんはまだしも、幸音さんは涙が決壊する寸前なのだから。

「檜木さんッ。大丈夫ですか……?」

「済みません、幸音さん。約束……守れなくて」

「え?」

「つかさ先生の邪魔……しちゃいました」

 俺は自らの身に起こった出来事を簡潔に話した。幸音さんも彼のやらんとしている事は聞かされていなかったらしく驚いていたが、最終的には頭を振って、俺の右手をそっと握ってくれた。

「全然、大丈夫ですから……! そんな事よりも、今は自分の身体を心配してくださいッ」

「幸音様。創太様の身体に紛れたウイルスに心当たりは?」

「あります。先生の自作ウイルスです。実を言えば先生はメアリさんの存在を知ってからどうやって殺そうかずっと画策してまして……檜木さんに使われたのは、失敗作の内の一つだったと記憶してます」

「特効薬などは?」

「用意してません」

「そうですか……」

 莢さんは何度か申し訳なさげに俺を見る。暫くすると慎重な動作で俺に尋ねてきた。

「創太様。どうなさいますか? このまま言われた通り安静にしているか、それとも行動するか」

「…………行動出来るなら、したいです」

 つかささんにはああ言われたが、メアリは俺に執着している。彼女にとっては俺こそがもう一人の主役であり、それ以外は全て脇役に過ぎない。それはあの日記に描かれた異様に自我の強い性格から推察出来る。

 何か策があるらしいが、小細工を弄した程度で勝てるなら俺はとっくの昔に『完璧』を打ち破っている。断言してもいい。つかささんは確実に負ける。それはネガティブな評価でも無ければ、ある種の負け惜しみでもない。事実だ。力を殆ど失った命様さえ殺せなかった彼が、どうして彼女を殺せるだろうか。

 周防メアリは確かに人間かもしれない。しかし、所持する力は常邪美命―――即ち創世神の力そのものだ。現代兵器にさえ勝てぬ俺達人間が、どうやって神話に勝てと言うのだろう。

「幸音様。大変申し訳ございませんが、今日はもう床に就いてもらっても構いませんか?」

「い、嫌です! だって元はと言えば計画を教えられなかった私が悪いんですからッ」

「寄り添ったからと言って、では何か出来るのですか? 私に考えがあるのです。真に創太様の為を思うならば、ここは引いていただけないでしょうか」

「……幸音さんが気に病む必要はない、ですよ。…………家族、じゃないですか」

「…………家族、ですか?」

「一週間にも…………満たない、付き合いですけど。俺は…………結構、楽しかったですよ。莢さんと、俺と…………貴方と。嘘っぱちでも…………別に良かったんです。本当の家族は……優しくなかったので」

 喋るだけで気持ち悪い。出来る事なら喋りたくない。しかし梧医院でのやりとりを思い出すに幸音さんは強情だ。理詰めよりかは、感情に訴えた方が良い……などと打算的に言ってみたが、そもそも俺に理詰めは出来ない。

「…………明日、また会いましょう。きっと莢さんが、何とかしてくれますから」

 力を入れる度に抜けて行く腕を何とか持ち上げて、幸音さんの頭を撫でる。力が入ったのは一瞬だけで直ぐに落ちてしまったが、俺の説得は通用しただろうか。間違っても『先生を説得してきます!』などと言い出した日には、莢さんに実力行使で止めてもらうしかない。

 幸音さんは俺の手を一度だけ強く握りしめてから、名残惜しそうに部屋を後にした。

「明日には、元気になってますよね?」

「……なってます」

「…………」

 そして今度こそ本当に出て行った。



「……創太様。私は何も話しておりません。勝手にハードルを上げないでいただきたい」



 二人だけとなった部屋にポツリと響く抗議の声。声を出すのも怠いので、視線で謝る。

「しかし、僥倖ですね。私の考えはその要求を容易く満たしてしまうでしょうから」

 そう言って莢さんが取り出したのはハート型の小瓶。人差し指と中指だけで掴める程の小さな物体は中に極彩色の液体を蓄え、怪しげな輝きを放ってはこちらを誘っている。一目で毒物よりも摂取してはいけない物体と悟ったが、莢さんにしては危機管理能力が欠如しすぎている。数秒間光を眺めていると、既存の語彙では絶対に言語化出来ない色まで出てきて―――存在する全ての色が全く類似していない―――いよいよ液体の不気味さが増してくる。

「……これは、メアリ様が作製なされた薬です。曰く、万能薬。この世に存在する全ての傷、病を治せるそうです。かつて私がメアリ様を野良犬から庇った時に頂きました。創太様、改めてお尋ねします。貴方はまだ―――諦めていませんか?」

「……………はいッ」

 諦めるならとっくの昔にやっている。ここまで来て諦められるか。せめてアイツを一発殴りたくて、俺はここまで進んできた。メアリが作製した物体には不信感しかないが、背に腹は代えられない。投与してくれと強い視線で以て訴えると、莢さんが瓶の蓋を開いた。


「―――メアリ様。貴方を信じます。どうか創太様を―――救って下さい」


『アナタを  その日まで』

『オマエを  その日まで』

『ワタシが  その日まで』





 オレはアナタは死なないころさせない 

 

次章『千廻恋慕』

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― 新着の感想 ―
[一言] 「つかささん」キリトリ説が...
[気になる点] キリトリさんてもしかして妹?何話か忘れましけどつかささんと妹らしき人物が接触しているシーンありましたし。
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