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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 08 悪鬼掌悪

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キリトリさん

次回で終わりかなー


 地図を頼りに月天燐の森を出た頃には、空模様が真っ黒に染まっていた。星は愚か月一つ見えない。だのに何かが明かりを放ち、俺達の視界を問題なく確保している。

「……良かったのですか?」

 目の前の異常事態にはあえて触れず、莢さんが冷静に尋ねてきた。立場は違えど同じ周防家に仕える者として責めているのか……そんなつもりは無さそうだ。

「俺には俺のやり方があるんです。それに、悪いけどどんな事情があっても俺はアイツを許せませんから」

 正しくは信者がやったのだが、信者が信者たる所以は元を辿ればメアリにある。つまりアイツの責任だ。流石に一発位ぶん殴らないと気が済まない。あいつから受けた仕打ちは拳一発程度で収まるものではないが、最低限まで譲歩して一発なだけだ。心の底からボコボコにしてやりたい。他人様の人生を壊した報いを受けさせてやらねばならない。

 だから断った。

「……まあ、でも。少し考えを改めましたよ」

「はい?」

「俺って、何も知らなかったんですね。メアリがずっと付き纏ってくるもんだから、アイツの事なんて大概分かってるつもりでした。箱を開けてみたら信者共と同じくらいの知識量しか無くて……過去の俺がバカみたいですよ」

「あまり気に病む必要はございません。メアリ様はご自身を追及されるのを非常に嫌います。メアリ様の兄でもなければ、深い所まで知るというのは不可能でしょう」

「……あ、そうだ。俺、對我さんが告白した時からずっと気になってたんですけど。月巳町で俺に干渉するとメアリに知られるんですよね? じゃあ莢さんが俺に日記渡したのバレてるんじゃないですか?」

「…………」

 莢さんの動きが止まった。そして表情の変化に乏しい彼女にしては珍しく、不自然なまでに視線をぐるぐると回し、指を落ち着きなさげに動かしだす。彼女にあるまじきとまでは言わないがらしくない取り乱し方だ。

「……そう、ですね」

「殺されないんですか?」

「………………殺される、でしょう。私の知る傾向から考慮するなら」

 一体何処から何処までがメアリの掌の外なのだろうか。アイツの事など何も分かっちゃいなかった事が判明した今、俺には判断がつかない。何もかも掌の上という可能性も否定しきれないし、想定通り穴を突いている可能性も勿論ある。

 周防メアリって、何なのだろうか。

「―――自分から不安煽っといてあれですけど大丈夫ですよ。莢さんは殺されません」

「……? どうしてそう言い切れるのですか」


「俺が守りますからッ」


 根拠も無ければ納得も行かない。俺にそんな力が無い事を莢さんは分かっているだろう。俺も分かっている。気休めだ。身を守るという点においては莢さんの隠し持つ散弾銃は非常に優秀で、俺みたいな無力な人間よりかよっぽど頼りになる。この言葉が気休めでなくなる日とは、俺が銃よりも強くなる日だ。そしてそれは永遠にやってこない。

 それでも莢さんは、安堵の微笑みを浮かべた。

「……有難うございます。創太様にお気遣いさせる様では、私もまだまだですね」

「いやいや、莢さんは素晴らしいメイドだと思いますよ。じゃあまあ……うん! 帰りましょうかッ!」

 見れば誰でも分かる異常景色には敢えて触れない。十中八九メアリの仕業だが、言及した所でどうにかなる訳でもない。それならば以前みたいにあらゆる物体が『周防メアリ』の宣伝媒体となる前に帰宅した方が賢明だ。何故か俺の家だけは影響を受けないし。

 早まる足を抑える必要はない。莢さんと共に、俺達はまっすぐ帰路についた。電車は例によって使えないので徒歩で帰るしかない。帰宅時間を逆算するべく俺が携帯を取り出すと―――

「……は?」

「―――どうかしましたか?」

「電池がないんですよ」

 携帯は人間社会に生きる上で今や必需品のレベルまで上がってきた。それ程に重要な物体の充電を忘れるなんて、果たしてあり得るのだろうか。余程ずぼらなら話は分かるが、森に入る前は確かに八〇パーセント以上あった。森の中では使えないので電源を切っていた。

 ここまでやって、どうして電池が切れるのだろう。

「済みません莢さん。今の時間見て貰っても良いですか?」

「承知しました…………おや」

 莢さんは無言で携帯の画面を俺に向けた。そこには何度電源ボタンを押してもスリープ状態から復活しない―――処か、電池切れのマークが出る間抜けな機械の姿があった。

「え? 莢さんも電池切れですか?」

「……停電でしょうか」

「停電って携帯の電池に影響ありましたっけッ?」

 町中から明かりが消えている理由としては適当だが、星も月も消える理由としては不適当だ。遍く光源が全て消えうせている。見渡す限り広がる漆黒は常識の範囲にあるならば目の前の住宅さえも覆い隠すには十分な深さだが、光源ではない何かが俺達の視界を確保している。

 人間の眼は仕組み的にも光が無ければまともに視界を確保出来ないのだが、少なくとも俺は昼間以上に明瞭な視界である。これは一体?

「……創太様。これはどう考えても―――」

「んな事は分かってますよ。アイツの仕業でしょ? 携帯が使用不可になったのは嫌ですけど、まあいいです。どうせ明日になったら治ってるでしょうし」

 そう。気にしてはいけない。メアリは俺に気にしてもらいたくて今まで嫌われる真似をしていたのだ。アイツの事を考えてはいけない。考えるだけアイツの思うつぼだ。時間も見れなければ月も見えない。今が何時なのか全く分からないが、とにかく走って帰ろう。幸音さんが心配だ。

「莢さん、走れますか?」

「はい」

「じゃあ走りましょう。幸音さんが心配です」

 


  


 















 自宅まで何の問題もなく到着したが、それこそ一番の問題だ。

 ここに来るまで人っ子一人見当たらなかった。明かりが無くて騒ぐ声も無い。車さえ一台も見当たらない。月巳町の人間が全員家出をしたかのようだ。そのせいか、俺の中に一抹の不安が生まれてしまった。


 ―――まさか、幸音さんも?


 藍之條幸音は不老であって不死ではない。アイツがその気になれば消す事など造作もないだろう。一刻も早く安否を確かめるべく、俺がドアノブに手を掛ける―――




「落ち着いて聞いてください! 皆さん大丈夫です! この暗闇は大いなる災いの予兆かもしれませんが、メアリ様が必ずや何とかしてくれます! 今の皆さんに出来る事は只一つ! 家に籠って眠る事です! メアリ様にご迷惑を掛けたくはないでしょうッ。全て任せるべきなのです! 守らなければ死ぬだけです! これは予兆でもありチャンスなのです! 我々の協力が檜木創太を断罪し、真に世界をクリアにするのです!」





 闇の帳を裂いて聞こえる強気な声は、紛れもなく水鏡空花の声だった。人っ子一人居ない現状は彼女が作り出したのだろうか。今の彼女は信者過激派としてそこそこの知名度を誇っている。ツイーターを使えないのは残念だが恐らくそうだ。

 しかし、何の為にそんな事を。

「―――あッ」

 無意味な行動とは思えない。それに思い当たる節がある。

 まず、空花が信者を装っている理由はキリトリさんをおびき出す為だ。後一人は確実に殺すと断言しているキリトリさんは、信者の中でも特に過激な者を狙って殺している。狙われる為に彼女は敢えて信者を演じているのだ。

 そして犯行は現在に至るまで誰にも目撃されていない……だから空花は意図的に目撃されない状況を作ったのだ。

 もし、キリトリさんがメアリの力に何らかの回避方法を用意しているならば、今以上の機会はない。空花を確実に狙ってくる。守れるのは―――俺だけだ。


『だいじょーぶ。私はおにーさんなら守ってくれるって信じてるよ』


 即座に転進。莢さんの制止も聞かずに俺は声のする方向へ走り出した。黄泉平山を何度も往来する事により上がった体力は衰える事を知らない。息が切れて間に合わないという事態は絶対にあり得てはならないのだ。

 キリトリさんがメアリの力にやられて信者になったのならそれで良い。それはそれでメアリへの妨害は成功した形になるから。だがそれを信じて助けに行かないのはあまりに愚か。ネガティブ思考は常に最悪の方向へ想像を巡らせる。

「あき…………ッ」

 危うく名前を言いかける所だった。命のリスクまで背負っている空花の計画を台無しには出来ない。吐き出す言葉を呑みこんで全速力で彼女の下へ。空花は広場の中心で拡声器片手に叫んでいた。そんな彼女へと接近する影が一つ―――黒いフードで顔は分からないが、手には光沢をもった何かが握られている。十中八九ナイフだ。

「もし、檜木創太が明日も生きていたなら我々で殺してやりましょう! メアリ様の理想を実現する為にあの男は邪魔です! 生きている価値など全くない、それだけで世界に仇なす存在なのです! メアリ様を信じられる皆々様は、どうぞ武器を作成して下さい! 世界平和に武器は要りませんが、異分子を排除する為であればメアリ様もきっとお許しになられます!」

 空花は気付いているのか居ないのか、拡声器も離す事無く、逃げる素振りも見せずに信者としての演技を貫いている。接近する人物との差は十数メートル。これ以上様子見していれば間に合わないと踏んで俺も走り出したが―――判断を見誤った。これではあと一歩の所で間に合わない。

 でも、走るしかない。

 限界以上に早く走ろうと思えば確実に転ぶ。だから限界ピッタリで走らなければいけない。するとどうだ、距離が縮まる毎に俺のネガティブな推測がこれ以上なく的確であると実感できてしまう。手を伸ばしても駄目だ。空花が刺されてしまう。脳の抜き取りは回避出来ても、死んでしまえば何の意味もない。

「皆さん―――きゃッ!」



「空花あああああああああああああああああ!」



 彼女が押し倒されたのを見て我慢出来ず、声が出た。それで俺の身体能力が強化される訳でもないのに。

 しかしほんの一瞬だけ、空花を押し倒した人物の動きが止まった。

「―――どっけえええええ!」

 殴るにしても蹴るにしても、体を引く動作さえもったいない。勢いそのままに謎の人物を突き飛ばし、空花の安否を確認する。

「空花。大丈夫かッ!」

「おにーさん! そんな事より早くあの人追って!」

 謎の人物―――キリトリさんを見遣ると、既に体勢を立て直しており、脇目もふらず逃走している所だった。

「お前は大丈夫なのかッ?」

「どうでもいいよそんなの! 早く追わないと逃げられちゃう!」

 逃がせばそれこそ水の泡だ。ここで解決しなければメアリに利用されてしまう。男としては見過ごせなかったが、打倒メアリの為にも俺は空花を置いて走り出した。























「………………何で? 味方じゃなかったの?」

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当にメアリしか目に見えてない。 空花は誰に声をかけていたのか?
[一言] 空花ヤンデレた?
[気になる点] 何だかメアリは莢さんを魅了しないようにしている気がしてきました 執事の莢さんに対してメアリの方から意識して避けずに10年以上も顔を合わせないように出来るのかということと信者を増やしだし…
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