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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 08 悪鬼掌悪

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毒と売女は紙一重 前編

「これ、―――本当ですか?」

「嘘を吐く理由が何処にあるのでしょうか? 少なくともメアリ様ご本人に嘘を吐く気が無い限り、そこに書かれている事は全て本当の事となります」

 

 言葉が出ない。


 この日記を突き付けられて、俺は何を思えばいいのだろう? 同情? 憐憫? その二つとはまた違った何かか?

 つまりアイツが俺に嫌がらせをしていたのは、『鬼妖眼』の影響を受けたかったからで、あの時無限ループに陥れてきたのはその仕上げだったのか? 一日中俺に視てもらう事で神の力を捻じ伏せ、支配する為に?

 腑に落ちない事は多々ある。しかし日記に記述されている事が事実ならまんまとしてやられた。確かに俺はこの十一年間メアリの事しか考えられなくなっていた。何においてもメアリメアリ。何につけてもメアリメアリ。

 今だってそうだ。メアリの事を知りたくてここまで来た。アイツの思惑はこれ以上ないくらいうまく行っている。

「失礼。名前を名乗っていませんでしたね。私の名前は周防對我すおうたいが。紛れも無く周防天畧の子供にして―――メアリ様の兄、になるのでしょうか」

「あ、兄ッ? 莢さん、メアリに兄が居たんですか?」

「私は寡聞にして存じ上げません。しかしあの日を迎える前の天畧様は自らが至上の女性であると疑いませんでした。メアリ様の生まれる前は好みの男性を家に招いては関係を持っていたと聞いております」

「誰に?」

「天畧様でございます」

「本人がって事は……自慢ですか、それ」

 性格も酷く、貞操概念も緩いとなるといよいよ擁護するべき点が見当たらない。控えめに言ってクソ親だ。メアリが廃人にした理由も少しは分かるかもしれない。

「あれ、でもメアリに完璧を求めてたし―――あ、そっか。對我さん男ですもんね」

 勝手に解決したが、実は間違っていたりする。何故なら天畧がおかしくなったのは月喰さんを目撃してからであり、その時期にはメアリが居なければいけない。単純にその時までは子供に興味が一切持てなかったのだろう。自分よりも美しい存在を知らなかった訳だし。

「何処からお話したら良いものでしょうか……そうですね。差し当たっては、天畧様についてお話ししましょう」

 メアリに侵食されていない人物からの貴重な証言だ。言葉一つ聞き漏らさず俺は理解しなければならない。向き合おうともしなかった、拒絶さえしていた周防メアリという少女の事を。そして美しさを求めたがばかりに狂ってしまった醜悪な女の話を。

「その前に、一つ確認を。天畧様がおかしくなられたあの月祭りの日。私は離れてお三方を監視しておりました。無論、天畧様とメアリ様、そしてそこの皁月莢を」

「それはもう聞きました」

「ならば話が早い。その時、天畧様が御覧になっていた路地から出てきた少年。それは檜木創太さん。貴方で間違いありませんね?」

「えッ―――」

 莢さんが微かな吐息と共に驚愕。目線だけが俺に向けられ、無言の尋問をされる。俺は素早く頷いた。

「そうですよ。よく分かりましたね」

「これでも面影を見るのは得意でして。では天畧様が何を見たかもご存知ですね?」

「はい。莢さん、済みません。まともな人には到底信じられる話じゃないので黙ってました。これはメアリが俺に執着する理由でもあるんですがね……」

 ここで吐かねばいつ吐くのだろう。あまり細部まで説明しても時間を取るだけなので俺は簡潔に『鬼妖眼』の事を話した。この目は闇祭りの主こと月喰の物であり、月喰とはこの世に生きる唯一の妖怪であり、彼女の婿として見初められた証がこの目(多分目を貸さないと俺は出口が見えなくて帰れなかったのだろう)。不可視と可視の境を跨ぎ、不可視の存在を再定義する力であると。

「……俄には信じがたいと言いたい所ですが、信じましょう。天畧様が見たのはその妖怪で間違いないのですね?」

「彼女は文字通り妖です。目を合わせた人間は『魔』に魅入られて心を乗っ取られてしまいます。天畧が奪われなかった理由は……まあ見当がついてますが、それでも魅入られた事には違いないんじゃないでしょうか。こんな言い方はあれですけど、月喰さんは色欲の極致と言いますか、究極の雌みたいなものなので」

 魔に心を壊されぬ強い自我。そんなものを所有する人間は恐らく居ない。俺が抗えたのは『鬼妖眼』による耐性(元々の所有者が同じだからという推測だが)に過ぎず、それも彼女が本気だったら抗いきれなかった。飽くまで月喰さんは試していたにすぎないのだ。自分の見初めた婿が、果たして立派な雄になっているのかどうかを。

「―――有難うございます。確認は以上です。話を戻しますが―――天畧様がおかしくなられたのは確かにその日です。ですがそれよりずっと以前から天畧様にはある夢がございました」

「夢ですか?」

「ええ。この世界で最も価値のある女性の証。彼女はそれを母と考えておりました。子供を無差別に拐ったのは実験に過ぎません。彼女はこの世界の子供全てを自分のものにしようとしたのです。曰く『私の力を受け継げる子供は愛してあげる』と」

「随分詳しいんですね。莢さんよりも知ってるじゃないですか」

「ここに来れたという事は、藍之條幸音が歳を取らないという事実も把握しているのでしょう? どうやら私も同じ性質でして。少なからず私も天畧様の影響を受けているのです。尤も、この程度の受け継ぎ方では愛など頂けないのですが」

「……もう少し詳しく教えて頂けませんか?」

「天畧様は世界中の全ての子供に自分の力を与えて完璧にする事で、それ以外の人類種を完全に排除するという野望を持っておりました。有り体に言えば新世界を作りたかったと申し上げましょうか。完璧だった天畧様にとってこの世界はあまりに不完全で無意味で無価値。だから私が作り変えようという―――善意と呼ぶにはあまりに傲慢な願いですが、ともかく抱いておりました」

「天畧様は創世神でも目指していらしたのですか?」

「目指してたんでしょうね」

 力の源が源だ。命様の力を奪うだけでは飽き足らず、神そのものに成り上がろうとしていたって俺は全然驚かない。

 そのくらいの事は平気で考えそうだし。

「ですが幸音を見て分かる通り、天畧様の力を受け継ぐなど並の人間には出来ないのです。いえ、事はそう単純ではございません。教育の成果として才能が開花しても、力を受け継げなければ失格です。逆も然り。受け継げなかった多くの子供が天畧様の手で殺されました。殺された子供は手紙付きで本来の親の下へと返されました。手紙の内容は―――ええ。例を挙げるならば『欠陥遺伝子で子供なんて作るな! そんな下らない男とは別れて早く別の子供を作れ!』ですか。要するにクレームをつけたのです」

「……ちょっと待ってください。その時の周防天畧って全盛期ですよね? 絶対言うこと聞いちゃう奴じゃないですか」

「ご明察です。記録には残っていませんが、当時の月巳町では誰が一番優秀な遺伝子を持った子供を天畧様に捧げられるかという競争まで始まっていました。児童誘拐は最早誘拐の体をなさなくなったのです」

 さながらそれは神への供物。命様の様になれてその時の天畧はさぞ気持ちよかっただろう。悲しい事に人間性が全く追いついてないが。

「……ん? 記録に残ってない?」

 そういえばメアリも似た様な話を言っていた。


『私のお母さんもね。昔はこの町一番の美人って人気者だったんだよ? ―――うふふ。貴方にだけ教えておくね』


 ……もしかして。


「そういえば子供を送り返された親はどんな反応をしてたんですか?」

「泣きながら遺体を滅多打ちです」

「は?」

「天畧様に気に入られなかった事をとても悲しんでいました。我が子への愛情など欠片もないのは当然でしょう。所詮は生まれてすぐに手元を離れる子供でしかないのですから」

 当然なものか。それが当然であっていい筈がない。メアリの所業が軽いというつもりは全くないが、娘とは別ベクトルで母親は悪質だった。話を聞いている内に心臓が冷える錯覚に陥った。締め付けられ、圧迫され、呼吸一つで口から飛び出してしまいそうな程の苦しさを味わった。

 聞いているだけで胸糞悪い。

「さて、天畧様の野望は潰えました。余談ですがつばきから今も生き永らえている人間は幸音ただ一人です。大事にしてやって下さい」

「對我さんは?」

「私は当時から護衛を務めておりましたので別枠です。今は……単なるストーカーと言っていただいても構いません」

 一呼吸の沈黙が入る。彼も自分の話が気持ち良いものではないと知っているのか、自ら急く事は無かった。安心して俺は気持ちを整え直し、それから話を促した。

「続けて下さい」

「時は流れ、ヨヅキ様とご結婚なされてメアリ様が生まれました。この間に天畧様は考え直し、完璧な子供は自分で作り、子供に役目を果たして貰おうと考えたのです」

「ストップ。それっておかしくないですか? 至上の女性を目指してた筈でしょ? 娘に役目譲ったらそこが崩れるんじゃ?」

「そこまで考えが及んでいなかったのでしょう。悪いとは思いません。満足に天畧様を継げる人間が居なかったのですから、まずは目先の目標に専念したというだけの事。そしてスパルタ教育で散々失敗したのを反省してか、天畧様はメアリ様に大層優しくしておられました―――あの日が来るまでは」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] この町で出た死者の合計ってどのくらいだろう...少なくとも5ケタは行ってそう... [一言] 創世神って...これ一応日本よね?てかこんなのの隣町って結構危なかったんじゃ...
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