表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 08 悪鬼掌悪

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

163/195

負けずの定め

パソコン治ったので投稿速度が速くなりました

 一勝負と言いつつ二時間も巻き込まれた件については何も言うまい。それよりも聞きたい事が山ほどある。

「幸音さんってあんなに負けず嫌いだったんですね」

 臆病であるのと負けず嫌いなのは別に矛盾しない。しかしそんなイメージは欠片もなかったので意外ではあった。するとあの体育祭は本人的には死ぬ程悔しかったりしたのだろうか。

「何もかもとはいきませんが、熱中したものに関しましてはその様です。メアリ様もそうでしたのでよく分かります」

「メアリが?」

「天畧様が豹変なさった後の僅かな期間ですが、私は少しでもメアリ様の気を紛らわせようとゲームを持ちかけた事がございます」

「三歳とか四歳くらいの話ですよね? ゲームするんですか?」

 日記からも見て取れる通り途中から不自然なくらい大人びていたのでゲームくらい出来そうだが、それにしても俺の中の幼年期とは挙動が異なり過ぎている。

「無論、私が勝ちました。補足しますがこれは私が強い訳ではなく、私の方がルールを把握しているというだけです」

「こんな時にフォローとかしなくてもいいでしょうに」

「しかしメアリ様は何度も何度も私に再戦を希望しました。最終的には天畧様が本格的に捜索を始めたのでお流れとなりましたが、幸音様にも似た性格を感じます」

 世界に人間は何十億と居る。同じ様な性格の人間が二人三人居ても不思議には思わない。だが幸音さんに限っては話が別だ。メアリ信者が名指ししてきた時点で、彼女とメアリに何かしらの関係がある事は最早明確である。

 『つばき』に行けば何か分かるだろうか。

 分かってくれないと困る。そうでなければあの男が何を伝えたかったのか分からない。

「莢さん。ゲームを利用すれば聞き出せるんじゃないでしょうか」

「ふむ。しかし私の推測ではその情報は幸音様にとって触れられたくないものと思われます。たかだかゲームと呼ぶ気は更々ございませんが、そう簡単に引き出せるとは考えられません」

「じゃあどうすればいいんですか?」

「単純に仲良くなるのが良いかと」

 あまりにも捻りのない回答に、俺は首を傾げた。

「はい?」

「お言葉ですが創太様、人に言えない心の闇は誰しも存在いたします。勿論私にも。それを吐き出させるには小細工など必要ありません。大切なのは―――心の闇を吐き出しても、この人は自分を嫌わないだろうという信用です。大変宜しくない言葉ですが、負けず嫌いはとても利用しやすい性質にございます。こちらが勝ち続ける限り幸音様は勝負を挑んでくるでしょう」

「……昔のメアリ知らないからあんまり言いたくないんですけど。幸音さんとメアリが似てるってマジですか?」

「ええ、それはもう負けず嫌いで。日記でも途中から天畧様に反発している描写がございましたが、あれが昔のメアリ様です。想像出来ませんか?」

「無理ですね」

 アイツとは長い付き合いだが、そんな一面を僅かにでも感じ取った事は一度もない。負けず嫌いも何も周防メアリは絶対に負けないのだ。面影の見えるきっかけがそもそも存在しない。そもそもその様な性格は条件が揃って(負けず嫌いなら敗北する事)初めて見えるのだから。

「とにかく、聞き出したいのであれば積極的に勝負していきましょう。語るに落ちる、とも言いますから」

 因みに幸音さんは二時間以上負け続けた結果一時的に部屋で不貞腐れている。運の絡まぬチェスは(この様なゲームは二人零和有限確定完全情報ゲームと呼ぶ)ともかく、ある程度は運も勝負の内にあるトランプでも負け続けると、もうそういう星の下に産まれているとしか思えない。勝負弱さが尋常ではないのだ。そこに負けず嫌いという性格が加わるといよいよ手の付けようがない……というか、救いようがない。

 負けず嫌いの性格を加味するなら彼女は勝利にカタルシスを味わうタイプだ。どうにか勝たせてやりたいが、バレずにイカサマ出来る程器用でもない。なので勝負が弱い人程勝ちやすく、強い人程負けやすいゲームを……って。

 それはゲームとして成立していないか。

「お次は何をやりましょう。トランプを使ったゲームはあらかたやってしまいましたし、麻雀でもいたしましょうか?」

「俺ルールよく分からないんでパスしたいんですけど」

「では将棋を」

「ルールは変わっても勝敗は変わらないと思います」

 どうしよう。勝たせてあげられるゲームが無い。この路線で聞き出すのは不可能な気がしてきた。

「……まあ、いっか。別に新しいゲームなんかやろうとしなくても幸音さんがリベンジに来るのを待てばいい訳ですし」

「それもそうですね」

 莢さんが徐に時計を見遣る。ゲームに興じすぎて既に夕方だ。『家族』と時間を忘れて遊んだのは本当に久しぶりで……楽しかった。世界征服一歩手前の危機的状況さえ忘れられた。こんなに気分が昂ったのは初めてだ。俺はすっかり麻痺してしまったが、家族とは本来これ以上に温かい存在なのであろう。

「そろそろ夕食の準備をいたします。暫くお時間を頂く事になると思いますが、どうかご理解いただけると助かります」

「そりゃそうでしょ。じゃ、まあ。俺は幸音さんで遊んできましょうかね。流石に二時間も一緒にゲームしたんですから、少しくらいは会話に応じてくれるでしょ」

 普段弄られてばかりだから、たまには他人を弄りたい。それが人間の心理だ。莢さんは言及してこなかったが、十中八九彼女は気付いている。俺の浅はかな意趣返しに(しかも第三者にやっているので厳密には返していない)。

 その証拠と言っては曖昧だが、背中を見送る視線から憐憫を感じた。














  



 清華の部屋に本人が居らず、代わりに同居人が居る。だのに妹の部屋をノックすると、気分としては噛み合わず、とても微妙な気分になる。


 ―――帰ってこい、とは言えねえよな。


 月祭りで俺達兄妹は決別した。妹が帰ってくる事はないし、俺もわざわざ探そうとは思わない。何処かへ行ってしまった両親が帰ってきて進捗を尋ねて来ても何も言わない。これ以上アイツを苦しめたくない。


『一週間良い画が取れないからって何度も何度もやり直して! それもこれも全部兄貴への嫌がらせの為なのに、どうして怒らないの! 何で兄貴は私に優しいのッ? おかしいじゃん! もっと私を嫌っても怒ってもいいじゃん! どうして何も言わないのッ』


 アイツが俺にしてきた仕打ちは忘れない。だから嫌っていない訳ではない。でも、それでも清華は俺の妹だ。メアリの洗脳が解けただけでも良しとするべきで、これ以上は互いに踏み込むべきではない。

 俺への罪悪感に苦しみ続けるくらいなら、会わない方が良い。

 妹への心配をし続けるくらいなら、忘れた方が良い。



 俺達が兄妹でさえなければ、こんな事にはならなかったのに。



 扉を開けて中へ入ると、幸音さんが布団にくるまって芋虫になっていた。扉の音に反応してびくっと跳ねたら尺取虫。気温が特別寒いという事はないが、どうして包まっているのだろうか。

「な、何ですか?」

「用が無かったら来ちゃ駄目ですか? 夕食作りに時間がかかるってんで、お喋りしに来ました」

 彼女とゲームをしていて気づいた事がある。それは性格に二面性があるという事だ。臆病と負けず嫌いは矛盾しないと俺は冒頭で言ったが、複雑な理屈は何も無い。臆病な時は負けず嫌いが見えず、負けず嫌いになっている時は臆病さが見えないというだけの話だ。

 今は臆病さが前面に出ているので、警戒心も凄まじい。ここから心を解していくのは中々骨が折れそうだ。

「幸音さん、莢さんに勝ちたいですか」

「えッ―――?」

「もし莢さんに勝ちたいなら、俺も協力しますよ。さっきも神経衰弱とか大富豪で散々やられましたからね。どうですか?」

「―――勝てるなら、勝ちたいです。で、でもどうすれば……イカサマは駄目ですよ」

「俺が協力出来るのはボードゲームです。さっきもチェスやってたじゃないですか。ああいうゲームは運の要素が排除されているので普通なら勝ち目はありませんが……実力が最大限に発揮されるゲームでもあります」

 俺は清華の机に置いてあった紙とペンを取り出し、幸音さんを呼びつける―――つもりだったが、彼女は既に芋虫をやめて四つん這いになってこちらに寄っていた。

「いいですか? 幸音さんと莢さんが対戦した場合、俺は観客です。この間、俺は莢さんの打つ手を見続けます。幸音さんは取り敢えず五十戦程戦ってください」

「…………それで、何が変わるんですか?」

「実は誰にも言ってなかった特技が俺にはあるんです。完全記憶能力とはまたちょっと違いますけど、脳の構造が普通の人とは少しだけ違いましてね。回数が必要にはなりますが、サンプルさえあれば他人の思考を完璧にトレースする事が出来るんです」

 嘘である。そんな能力があったら俺はもっとうまく世渡り出来ている。

 しかしこの場合、嘘か本当かはどうでも良い。幸音さんと親交を深め、俺を信用出来る人物と認識させる事こそが重要なのだ。だから俺は敢えて『誰にも言っていない』と枕詞を付けて、さも自らの秘密を打ち明けた様に見せたのである。

 警戒心とは裏腹に、まるっきり信憑性のない嘘を彼女は直ぐに信じてくれた。

「本当ですかッ!」

「はい。俺一人じゃ莢さんには勝てませんし、幸音さん一人でも勝つには……結構時間掛かると思います。でも二人なら、そう遠くない日に勝てると思いませんか? 無理強いはしませんが、どうしても勝ちたいなら―――」

「やりましょうッ!」

 臆病さが沈み、負けず嫌いが前面に。あまりにも完璧で、不自然な切り替わり。何か思いつきそうだったが、幸音さんの力強い瞳を見ていたら忘れてしまった。何か引っかかる気もするが、その内また思い出すだろう。

 俺の両手が包み込むように握られる。勢いも相まって、俺は若干仰け反った。

「わ、分かりました。絶対に莢さんから一本取りましょう」

「はいッ! じゃあ早速挑んできますッ!」

「夕食の支度してる最中なので絶対受けてくれませんよ。やるなら食後です。今日はテレビも使えませんから、莢さんも暇でしょうし」

「え、どうしてですか?」

「―――メアリ特集がやってるんですよ」

 俺はともかく二人には耐性が無い。一緒に暮らしている限りは見られないし、見る価値もない。史上最悪のクソ番組だ。

「じゃあまず……うーん。そうですね。大体のボードゲームには定石がありますから、今はそれを研究しましょうか。今、チェス盤持ってきます」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ