妻李在世界
多かった文字はkずった
思えば命様は面白そうという理由で首を突っ込んだが、メアリの力が増してしまった今、他人事では居られない。対岸の火事を間近で見たいと足を踏み入れたのに、気付けば自分の家に飛び火していたようなものだ。
空花に連れられやってきた命様はいつものお気楽な調子を崩さなかったが、張り詰めた雰囲気を何となく察したのか(茜さんが居る時点で只事ではないと分かるか)、第一声はそれに応じたものだった。
「何があった?」
「説明は少年に任せよう。喋るとそれだけ浸食が早まりそうで困ってしまうね」
こんな時にも戯けてみせる茜さんを尻目に俺は命様へ現況を説明。が、神を不要として発展を続けた俗世の終焉が近づいているという言葉だけでも事足りたかもしれない。
かつては人を救った神の力が、今度は世界を終わらせんとしている。
人間が好きで仕方がない命様に当事者意識を持たせるにはこれ以上ない一言でもある。
「……成程。最早手遅れという訳じゃな」
「そう決め付けるのはまだ早いです。まだ完全にアイツの手に落ちた訳じゃない。現にこの山は今まで通りですからね。俺達に出来る事は少ないですが、今はキリトリさんを解決して少しでもアイツの浸食を食い止めないと」
「しかし情報がない。茜よ、成果はどうだったのじゃ」
「無論、手ぶらでは来れないとも。いや、手ぶらで聖域に踏み込む馬鹿は居ないと言えばいいかな。消滅のリスク負ってまで伝えたい情報が無いのだからね、察してくれたまえよ」
茜さんは一息置いて、追加情報を語った。
「警察が遂に法則を見つけた。いや、これは果たして法則なのかな? 私にはどうにも『基準』に見えるがね」
「前置きは何でも良い。話せ」
「ああ。実は今までの被害者はメアリと中々の親交があったんだ。具体的に言うと、例えば藤堂裕弥はメアリと少年の通う学校の教師だし、高原光はメアリとオンラインゲームにおけるフレンドだった。それもかなり親密なね。大乃木寧々子はメアリファンクラブの会長―――とまあこんな具合に他の被害者も繋がっている」
「ちょっと待ってください。ファンクラブって何ですか? 信者なんて全員過激派じゃないですか」
「その中でも取り分け過激なのさ。皆、性別年代を問わずメアリに強い崇拝心を抱いている。事件に関係ないだろうと敢えて言わなかったが、彼女の部屋には何百枚も切り刻まれた君の写真があった。殺害計画も途中まで練られていた。あれは本物だよ」
今となっては死人だが、それまでは確かに命を狙われていたと思うと背筋が寒い。俺は一度死んだらしいが、だとしても殺されるのは嫌だ。
過激派というくらいだから、痛みなく殺してくれるとは考えられないのだ。
「ねえねえ。何て言ってるの?」
「殺された被害者は遠くからなんとなく支配されてる奴らと違って直接繋がってたって言ったんだ」
御神体をどうこうしても空花が茜さんを最後まで見る事はないだろう。メアリに境界線を破壊されたら話は別かもしれないが、そんな事態には絶対させない。
「ふーん。でもそれって法則なのかな? そういう人いっぱいいそーじゃん」
「彼女の言う通り、私もそう思った。周防メアリは行動的だ。何処で誰と関わっているかを全て調べ上げるのは時間がかかるし、十中八九手遅れになってしまうだろうね、そんな事をしたら」
「……空花からは成立しないのに茜さんからは会話が成立するのってずるいですよね」
お陰で時々頭の中がこんがらがってしまう。すっかり感覚が麻痺しているが、おかしいのは空花ではなく俺。不可視の存在を何の負担もなく視認出来る俺がおかしいだけだ。
尤も、これは月喰さんの眼だが。
「だから『基準』と考えた。彼らだけの『共通点』ではなく全体の……メアリ信者の中でどういう人物が狙われるかという基準。そう考えたらほら、納得が行くじゃないか。周防メアリと一定以上のコミュニケーションを取ったら狙われるとね。さてこの基準……利用出来るよね?」
「はい? ―――ああ、もしかして過激派をどうにか説得して囮にするとか言いたいんですか?」
「捻りのない残念な作戦だ。少年には失望したよ」
「捻りがなくて悪かったですね! 命様はどうお考えですか?」
「うむ。創太よ、利用という言葉はの、ある程度こちらで自由に出来なければそうは呼べぬのじゃ。つまりはメアリの影響を受けておらぬ誰かに過激派を装ってもらえば良い。後は殺しにきたところを抑えるだけじゃ」
「ああ〜成程……でも俗世は完全に影響を受けてない人達を狩る気満々ですし、その作戦は無理があるんじゃ?」
それなら元から汚染されている過激派を使った方がまだ成功する。俗世の状態がまともであったなら名案だったので、それだけに残念だ。
「……というか、俗世がこんな事になってるんですから、キリトリさんも鎮静化してそうですけどね」
「いや、それはないね」
茜さんがキッパリと言い切った。
「自信がありますね」
「警察は自力で『基準』を見つけた訳じゃない。匿名のタレコミがあったんだよ」
「後一人、確実に殺すとね」
彼女は匿名と言ったが、それは殆ど答え合わせに近いものだった。何故そんな事をするかは不明だが、情報を流したのはどう考えてもキリトリさん本人だ。
「でも待ってください。メアリの影響を受けずに動くなんて普通の人は無理な筈ですよ。そのタレコミ。外がおかしくなる前の話じゃないんですか?」
「私は怪異だ。少年が眠っている間も起きていた。明確に世界が変わったのは深夜二時頃。そしてタレコミは三時頃。無理かどうかはこれが証明している」
「……メアリの影響を受けてないって事ですか?」
それではますます犯人が分からない。影響を受けない人物がまだ他に居たというのか? 心当たりは無くもないが、全く関連性が見出せない以上はこじつけになる。
「だからキリトリさんは確実に誰か殺すだろうね。問題はそこからだ。誰を囮にして呼び出すかだよ」
「囮……」
「今どういう話の流れなの?」
「キリトリさんを現行犯で抑える為に囮が必要じゃないかって話をしてる。俺が引き受けたいのは山々だが、メアリ嫌いが周知されてる俺がやっても狙いを見透かされるだけだろうしな」
メアリ嫌いが広まるのは結構な事だと思っていたが、世の中分からないものだ。こんな形で自らに不都合が及ぶなんて。かと言って広まらないのも、それはそれでメアリに勘違いされそうで嫌だが。
「私がなろっか?」
「えっ」
申し出の気軽さからは想像もつかないが、今は命に関わる役目について話している。コンビニに行く程度の気軽さで言われても反応に困った。
「あ、危ないぞ! それにお前がもし死んだら……個人的な理由は置いといても、打倒メアリの手がかりを誰が持ってくるんだよ!」
感情の比率としては個人的な理由の方が大きかったりする。空花には死んで欲しくないのだ。だが人を説得するには感情論よりは理屈で説いた方が合理的だ。感情論には感情論をぶつけられるが、理屈にはまた違った理屈を付けてこちらを納得させなければならない。
にも拘らず、空花はお気楽な口調で言った。
「だいじょーぶ。私はおにーさんなら守ってくれるって信じてるよ。それに、夏休みが終わる前に解決するならその方がいーじゃん。私だって本当は最後の数日くらいおにーさんにたくさん甘えたいもん」
「そんな理由で引き受けて良い役目じゃないんだぞ? キリトリさんはいつ狙うかまで言った訳じゃない。何日も過激派信者を演じ続ける必要がある! 好きでもない奴に夢中になる演技って……多分相当辛いぞ?」
「心配してくれるの?」
「するだろう。命様だって信者が居なくなったら悲しむぞ」
人の命は自分だけの物ではない。俺が死なないのは死んでしまったら悲しむ存在がいるからだ。同様に、俺も空花に死んで欲しくない。
「ありがと。でも適任なのは私でしょ? おにーさん達の指示も聞けるし、メアリさんの影響も受けないし。これでも私、最低限の身の守り方は知ってるんだよ! だから信じてよおにーさん。同じ神様を信仰する者としてさ」
その言い方は、卑怯だ。
俺が彼女を信じていればいる程、その理屈は返せない。そして俺はこの上なく彼女を信じている。
「……分かった。囮役はお前に任せる。キリトリさんにもメアリにも、これ以上思い通りにはならないって事を俺が教えてやる」




