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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 08 悪鬼掌悪

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無知蒙昧のお上様

 今日は茜さんと再度落ち合う約束だが、焦る事はない。まだ朝だ。他にやる事もある。目先の欲に踊らされて物事を後回しにするのは愚かだ。

 朝食後、俺は昨夜話し忘れていた事を彼女に共有した。

「月天燐の森にある『つばき』。幸音様が場所をご存知なのはともかく、そこで一体何が見つかるのでしょう」

「俺に聞かれても困りますよ」

「……それに気がかりな事もございます。その方はメアリ様の信者なのですね?」

「自称するくらいですから間違いありませんよ」

「そこが気がかりなのです。創太様には今更説明する事もございませんが、果たして信者が自称するでしょうか」

「間違いなく正しいものを信じて何が悪いって考えなら自称するんじゃないんですか?」

「そういう問題ではございません。ここで定義される信者とは、メアリ様を毛嫌いされる貴方様がカルト宗教に見立てて放った言葉です。その方が本当に信者であるならば、どうして貴方様の視点に立つ様な真似をしたのでしょう」

 そう言われると、確かに普通の信者とは反応が違い。危害を加えてもいいと言いながら、結局危害を加えなかった。普通の信者ならばまずあり得ない反応だ。

 じゃあどんな信者なのかと言われても答えに困る。本人にあのとこ聞けていたら教えてくれたりしただろうか。

 ……ないな。

「罠ですかね、やっぱり」

「いいえ、創太様。その逆かもしれませんよ?」

「え?」

「普通の信者ではなく、貴方様の立場で発言出来る柔軟性を持ち合わせている。そのような人間の与える情報に悪意はございません。本当の信者が貴方様を騙そうと考えても、メアリ様をダシには使えないでしょう。そこに何があるかは分かりませんが、行くべきだと思います。場所が判明次第、どうか私にも連絡を貰えないでしょうか。ご同行させていただきたい」

 莢さんは俺に何かを期待している。何かとは明確で、彼女はメアリが元通りになるのを期待しているのだ。メアリの信者(自称)が俺に与えた情報がどんな利益をもたらすか分からなくても、可能性があるなら賭けてみたい。

 この世で一番メアリ信者なのは、莢さんなのかもしれない。

「構いませんけど、急に危ない事とか起きたら逃げてくださいね。守れるかどうか分からないので」

「お気遣い感謝いたします。ですがご心配なさらず。貴方様を置いて逃げ出したりは致しません。運命共同体は言い過ぎですが、仲間ではありませんか」

 仲間。

 友達とも恋人とも配偶者とも違う区分。メアリを通して生まれた初めての関係。メアリを知り合ってしまった事は人生最大の不幸とさえ思っているが、莢さんと出会えるなら多少はマイナスも減る。それは微々たるものかもしれないが、幸運には変わりない。

「……そうですね。莢さんがそういうつもりなら、俺も何かあったら貴方を全力で守ります。一緒に頑張りましょうッ」

 一時の間を置いて、莢さんが話を仕切り直した。

「……いずれにしても、幸音様からどのようにして場所を尋ねるか。そこが問題となるでしょう。因みに私は場所を存じません」

「普通に聞いたら案外すんなり教えてくれるんじゃ……んな訳ないですね」

 昨夜、俺達は幸音さんの背中の傷と『つばき』が無関係ではないと紐づけた。それ自体に根拠はないのだが、もしそれが当たっているのなら簡単にはいかない。暴行された過去はトラウマそのものだ。土足で入り込もうとすれば痛い目を見る。

「つかさ先生の事とかいろいろ聞きたい事があるんですけどねー。こりゃ、もし先生が引き取りに来ても理由つけて追い返さなきゃいけなさそうですよ」

「対応の話は後々で問題ないはずです。今はどの様に幸音様から情報を引き出すかを考えるべきかと」

「そう言われても、警戒心マックスでしょうしね、どっちも。好きなテレビとか見せれば少しは変わりそうですかね?」


 再びリモコンを掴もうとした時、莢さんの手が俺の指を止めた。

「何です?」

「これから地方全国問わず全ての局でメアリ様の特集が組まれます。御覧にならない方が不快になりませんよ」

「でも演説やってませんでしたよ?」

「演説は全世界に生放送されますが、それは今ではありません。今から行われるのはメアリ様の思想の解説、生い立ちの説明、それがどれだけ素晴らしいかを一から十まで丁寧に説明するメアリ特集です。新聞を御覧になっていませんか? どの新聞も両面を使ってメアリ様を礼賛しておりますよ」

 聞いてるだけで吐き気を催してきた。俺が確認していた時はなんて事ない雰囲気だったが、それは偶然だったらしい。ニュースで頻繁に取り上げられている時点で手遅れだが、日本はこれで陥落だ。まともな奴は全員信者になってしまう。まともじゃない奴も信者になってしまう。

「どれくらいやるんですか?」

「一五時間程度」

「馬鹿じゃねえか」

「今更悪態を吐いてもどうともなりません。私も影響は受けたくないので、今日はテレビを控えさせていただきます」

 莢さんはメアリから全く興味を持たれていない故に、今の今まで影響を受けず正常でいられた特別な人間だ。流石に対策が早い。

「……他に幸音さんと仲良くなる方法、ありますかね」

「会話を重ねる。もしくはアナログな遊びを通せば、ある程度は仲良くなれると思います」

「あー。でもうちそういう皆でワイワイやる感じのゲームないんですよね。やる機会なかったし、実力行使に訴えられるの嫌だったし」

 というかそれでもまだ足りない。トラウマに踏み込むにはもっともっと親密にならなければ危険だ。つかささんと同じくらい親密に……難しすぎる。

「ご安心くださいませ。こんな事もあろうかと私が持ち出してまいりました」

「何を想定してたんですか莢さんは。まあいいや。じゃあ夜やりましょうか。俺はそろそろ行くので」

「幸音様が起きるまで待たないのですか?」

「莢さんはともかく俺まで家にいたら露骨に何か計画してるみたいじゃないですか。それで警戒されても嫌でしょう」

 普段の俺を知らないならセーフとも言いたいが、朝起きたら同居人が二人急に話しかけてくる構図は怪しさ満点だ。それに茜さんとも落ち合わなければならない。キリトリさん解決も間接的にはメアリに関わる事なのだから。

「という事で行ってきます」

「行ってらっしゃいませ。こちらは今からでも友好を築いてみたいと思います」

 莢さんが外出する理由はそれ程なく、他の話相手である俺もいなくなるので会話そのものは不自然にはなるまい。

「頑張ってください」

 最良の結果を期待しながら、俺は外の世界へ飛び出した。













 家の外に一歩出れば、そこはメアリの庭である。それは比喩的なものではなく、文字通りの意味合いであった。

「……」

 道路中に捨て置かれたテレビ。ソーラーパネルみたいに屋根に設置されたテレビ。自分を石垣と思い込んでいるテレビ。右を見ても左を見てもテレビテレビテレビ。ゴミの集積場から持ってきたのかと疑う程に大量のテレビが外に設置されていた。

 驚くべきなのはそれだけではない。テレビは何処にも線が繋がっていないにも拘らず点いているのだ。電気は何処から引っ張られているのか、とか。その電気代は誰が払っているのか、とか。ありとあらゆる疑問を無視してテレビは稼働している。言うまでもないが全てのテレビでメアリ特集が放送されていた。


 ……こんなに力の範囲って広かったか?


 俺の知る限りでは、メアリの力が無際限に及ぶのは飽くまで好感度操作のみの筈だ。だがアイツはメアリー島に居る。神の権能を振るえたとして、ここまで影響は及ばさない……及ぼせなかったとでも言うのだろうか。

 それとも日本中を一気に落としにかかった事で力が増したか?

 信仰が戻れば力が戻る。しかしそれは全盛期と比較した神の発言だ。神様にとっての信仰とは極めて単純的に力の源。信仰が増えれば力を増す。

 俺はドン引きしていた。テレビを持っていない連中すらも落としにかかろうとしている。莢さんは今日何があっても外出出来なさそうだ。

「……つかさ先生とか清華とか大丈夫かよ」

 次に会ったら信者でしたは笑えない。力の有効範囲が大幅に広がった彼女を相手に避け続けるのは難しいだろうが……ああそうか。そういう人間一網打尽にしたくてやっているのか。

 ふと雲を見上げると、全ての雲がメアリの顔になっていた。空は彼女の髪色である銀に染まり、たまたま空を飛んでいたヘリコプターに至ってはプロペラの回転音がラジオ的にメアリ特集を組んでいる。

「……死ねよ」

 特に理由はないが、気色悪かったので俺は家の庭(俺の家だけなんの影響も受けていない)から石を拾い、道中のテレビを全て破壊する事にした。

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