世界演説
予約投稿やーめた
……メア。
メアリ!?
気持ちよく眠っていた筈だが、居ないはずの存在に出会した事によって意識は瞬時に覚醒。反射的に飛び退いたが、案の定メアリには回り込まれてしまった。
「どうしたの? 幽霊でも見たみたいな顔して」
「幽霊には別に驚かねえよ! お前、何してんだ!? メアリー島に行ったはずだろ?」
各国首脳に中身の薄い下らない演説をとまで言い掛けたが、メアリはタダならぬ様子で身体を震わせている。俺の話を聞く余裕さえなさそうだった。
「早く下に降りてきてよ! 見せたいものがあるの!」
「見せたいものって―――」
「ああもう焦れったい! 早く来てよそうすれば分かるからッ」
「少しくらい喋らせろよ!」
怒る暇もない。碌に事情も説明されぬまま彼女の手に引かれて俺はリビングに連行された。
何故こいつが俺の家に?
莢さんは?
幸音さんは?
そういう疑問には一切答えてくれない。だが俺に
はこの奇妙極まりない状況に大して完璧に説明出来る言葉を知っている。そう、『夢』だ。
夢だとするなら悪夢だが、とはいえ説明はつけられる。この突拍子のなさは夢以外の何者でもない。現実だったらあまりにも脈絡がない。しかしながらメアリの一挙手一投足が夢とは思えない程リアルだし、何より身体が自由に動く。この手の夢は満足に身体が動かないのが普通だというのに。
「ほらほら、早く座ってこれ見て!」
「少しくらい質問に答えたらどうなんだ? なあ」
「もうすぐ始まるよッ!」
メアリは大概一方的な会話を仕掛けてくるが、ここまで露骨に無視してくるとは思わなかった。一応会話としての体裁を取り繕おうという気も感じない。俺の声が聞こえてないのだろうか。
仕方なくテレビに視線を向けてやると、開幕に映り込んだのはメアリの顔だった
『皆さん! 世界平和は必ず実現出来ます! 私は護衛も、武器も用意していません。それでもここに居ます。争いが下らないのだと、私はこれからも発信していきます!』
観衆がいたら会場が湧き上がる所だろうが、彼女が語りかけているのは世界一九六ヵ国以上の長たちだ。国連に加盟しているとかいないとか関係ない。損得感情は存在しない。メアリが呼びかけたから来たのだ。道理なんて追求するだけ阿呆らしい。
そして腐っても国のトップを張る人間。会話を遮って騒ぐような真似はしない。
『まずは世界中で手を取り合える様に言語を統一します。私の出身国は日本なので、日本語にしましょう。その他の言語は廃止します。皆さん、言葉が一つになれば心が一つになります。武器も捨てましょう! 武器がなくなれば拒絶も無くなります! これらは今すぐに出来る事ではないと思います。しかし私達が一丸となって取り組めば、必ずや達成できる筈です! 貴方達に首脳としての矜持があるなら、私の言葉がどんなに正しいかわかると思います! どうか宜しくお願いします!』
稚拙、未熟、希薄。
演説の何処を取っても心に響かない。演説の才能とかそういう次元ではなく、本人に説得する気がないのではないかと思えてくる。具体性も何もあったもんじゃない。
しかし神の力を持つ彼女の前に人は無力だ。メアリの演説が終わると同時に、テレビからは音割れを起こす勢いで拍手が聞こえてきた。
「……録画じゃねえよなこれ。じゃあお前、誰だ?」
「ねえ創太君。この夢って叶うと思う?」
「あ? 夢って言語統一による世界平和か? お前がいるなら出来るんじゃないかと言いたいが、絶対に無理だ。なんせ俺だけはお前に折れない。残念だったな!」
勝ち誇った様な笑みを浮かべて精一杯煽ってやると、返ってきたのは張り付いた笑顔から放たれる淡白な一言。
「大正解」
「うわあッ!」
夢から追放される形で俺は飛び起きた。身体は確かにベッドにある。そう、あれは予想通り夢だったのだ。
……本当にそうか?
夢にしてはあまりに生々しかった。かと言って明晰夢とも言い難い。明晰夢は夢を見る人間に裁量権があるが、あの夢には全くそれがなかった。それにテレビの中の出来事は現実の時系列と噛み合っていて、まるで……何だ?
正夢とはまた違う筈だ。これが正夢だとするとメアリは既に帰還している事になる。けれどあれは……うん?
「分からねえな」
確認するべく、俺はベッドから飛び降り、今度は自分の意思でリビングへと向かう。莢さんが居ないのは当然だ。恐らく朝食を作っている。
「創太様、おはようございます」
聞き慣れた丁寧な挨拶。多少驚きつつも、極めて平静に挨拶を返した。
「あ。おはようございます。幸音さんは?」
「まだ眠っていらっしゃいます」
ソファには誰も居ないし、そもそもテレビが点いていない。ではあの夢は一体何を俺に伝えたかったのだろうか。夢にはメッセージ性など無いと言われたらそれまでだが、どうも腑に落ちない。
「どうかなさいましたか?」
「メアリここに来ませんでした?」
「……仰っている言葉の意味が理解出来ません。それはどういう意味でしょうか」
「ああいや、来なかったならいいんですけど」
自分の見た夢を他人に尋ねる。こんな愚かな話はない。単なる雑談ならばまだしも、まるで現実にあった事として扱うのは愚かだ。夢とは現実の区別もつかなくなるくらいおかしくなったつもりはないのだが、尋ねずにはいられなかった。
テレビをつけてチャンネルを回してみる。メアリの演説があれば全局―――少なくとも一局は取り扱う筈だ。
無い。
「……莢さん。メアリって他人の夢にも干渉してくるんでしょうか。しかも、その場にいないのに」
「夢ですか。私にははかり知れませんが、創太様は或は御自身の想像以上にメアリ様から好かれているのかもしれませんね」
「冗談言わないでくださいよ」
「創太様はこれが冗談だと思いますか?」
「……日本語って難しいですね。それが真実だったら嫌だから冗談って事にしたいんですよ」
夢の世界だけが俗世における安全地帯とばかり思っていたが、例外が生まれてしまった。これから何日も夢でアイツと出会うなら確実に侵略を受けていると言えるだろう。
「因みに、どのような夢を?」
「メアリが俺を叩き起こしてテレビの前まで連れて行くんです。テレビの中ではメアリが各国首脳を相手にクソ演説かましてて、拍手喝采を浴びてました」
「……それは正夢では?」
「じゃあメアリが今から帰ってくるんですかね。そんな訳ない。やろうと思えば出来るでしょうけど、俺に付き合う時間なんかない筈です。世界平和がアイツの目的なんでしょ、一応」
「随分と辛辣ですね」
「俺ぐらい辛辣でも罰は当たりませんよ。信者でも何でもありませんしね。強いて言えばアンチですか」
一般のアンチと違うのは、あちらは叩きたいが為に粗探しを積極的にする。俺の場合、粗しか見つからないから叩く。常識人ぶるつもりはない。メアリの敵である俺はテロリストと同じくらい世界中に迷惑をかけていると言っても過言ではないのだから。
「……なんか考えるの面倒になってきたので朝食にしましょうか」
「既に出来上がっております」
俺は彼女と向かい合うように座り、朝食を摂った。




