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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 08 悪鬼掌悪

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自然なるままに

あと四回頑張るか。

「毒ッ? え、命様は大丈夫なんですか!? 毒って……吐き出した方が良いんじゃ―――ッ!」

「クカカッ! お主の心配は有難いが、妾に通じる毒は月喰の作る毒ぐらいじゃ。如何に人が神の手を離れ独自の発展を遂げたとはいえ、この程度の毒では妾の魂、奪うも能わず。穢れた毒ではこの身体に影響さえ及ばぬ」

「どういう事ですか?」

「お化けに市販の塩とか効かないでしょ、同じ理屈だよおにーさん」

「ちゃんとそういうのに適する様に準備しなきゃいけないって言いたいのか?」

 なら清められた毒は用意出来まい。科学信仰が主流とされる現代、清めるという行為は科学的において何ら合理的ではないから。

「じゃが、先程も言うた通りお主等には有害じゃ。この毒は……茸のものか? 食べ覚えがある味を幾つも感じるぞ。後は……舌に覚えがない。自ら作ったのかもしれぬな」

「いや、毒を食レポしないでくださいよッ! ていうか待ってください。食べた事あるんですか?」

「全盛の頃に幾度となく神饌として出されたぞ? 悪意がある者も居れば、てんで毒の事など知らぬ者もおった。毒を盛られてあまり良い気はせぬが、自然の毒は美味なる味よ。じゃが覚えがない毒には味を感じぬ。全くの無味じゃ」

 命様による毒の食レポは続く。普通、その手の行為は誰かに食べてもらいたいが故にやるべきだろうに、この酒は飲んではいけないらしい。何を嬉々として毒の良さを語っているのだろうか、この神様は。

 決して笑いごとにすべきではないのに、当人がまるで気にしていないせいもあり、俺も今いち興奮しきれない。つかささんが味の感想を求めていたのはこういう事だったのか……! 

「俺、後で文句言ってきます。いや、何なら殴ってきます」

「おにーさんでも人を殴る事があるんだねー」

「女性は基本的に殴らないってだけだ。メアリはまあ……殴ったら大変な目に遭ったから以来殴ってない。だからノーカンとして―――つかさ先生は駄目だ。マジで殴る」

「そう気を荒くせんでも、妾に毒は通じぬと言ったであろう?」

「そういう問題じゃないんですよ! 俺の大好きな神様に毒を盛ったっていう行為が信じられないんです! そりゃあつかさ先生は犯罪者ですよッ? 神様が嫌いってのも知ってます! でもだからってこんな事を容認して良い訳ない!」

 メアリとつかさ先生に対して『殴る』という言葉は、俺の中で若干ベクトルが違う。

 前者は人生を滅茶苦茶にしてくれた報復だ。誰かに暴力を振るうのはいけない事という常識は勿論俺にも備わっているが、やられっぱなしも性に合わない。うっかり殴った時はリンチを喰らったが、今度二人きりになったら本当に殴る。どうせダメージなど一切なかったとしても、或は俺の拳の方が完全に破壊されたとしても殴る。


 それくらいされても文句は言えないくらい、メアリはやってくれた。


 後者は一言で言えば憤怒だ。私怨とも言い換えられる。幾ら本人が笑って許していても俺は許せない。元から信頼関係など無かったと言えばそれまでだが、これで俺には彼の頼みを聞く義理がなくなってしまった。

「あ―もうマジで切れたマジで切れた。メアリと信者を除いたらこんなに怒ったの初めてですよ。ちょっと殴ってきていいですか?」

「おにーさん落ち着いてよー。取り敢えず私の胸でも揉んでさ」

 空花の手が俺の腕を導き、後一歩で乳房に触れるかという所で俺は飛び退った。

「おう―――って誰が揉むかっ! どさくさに紛れて俺の行動を誘導しようとするんじゃない!」

「あれ、結構冷静だ。命ちゃん、おにーさんそんなに怒ってないよッ」

「うむ。メアリの時とは大違いじゃな」

「比較対象が悪すぎる! メアリに対する俺の憎悪が何年分溜まってると思ってるんですか? 密度が違いますよそりゃ……でも怒ってますからッ! 最愛の神に毒盛られてキレない人いませんから!」

 空花は自分なりに俺を落ち着かせようとしてくれたのは分かっている。命様や月喰さんに埋もれていると煩悩ばかりが先行するが、その裏で安堵感も覚えている事も忘れてはならない。柔らかさはそれそのものに安心感を内包している。ずっとそこに居たい。蕩けて固まって、浸っていたいと考えるようになる。

 だがその気遣いを無碍にしてでも、俺はつかささんに一言申してやらなければならない。お酒に毒が入っていたと知った時、誰よりも動揺したのはこの俺だ。命様に何かあったら俺は…………どうにかなってしまう。力を完璧に保持している月喰さんとは違い、命様は力をほぼすべて奪われた神様の残滓みたいな存在だ。合理的に考えれば今の彼女は神様ぶっている不可視の存在でしかない。それを守るのは信者である俺の役目だ。

 結果的に通用しなかったから良かったが……

「まあまあ良いではないか。むしろ妾はお主に毒が当たる前に飲めて良かったと思うておるぞ? 主が死ねば妾だけではない。多様な存在が悲しむからのう」

「命様………………」




「毒の話してるのにずっと飲み続けるのやめてもらって良いですか?」




 本気で怒りつつも、何故か気分が乗らなかったのは、俺の決意をよそに命様がぐびぐびとお酒を飲み続けているからである。これでは気分をあげようにもあがらない。毒が効かないのは分かったから、せめて話している最中は飲むのをやめてほしかった。

「む? 何じゃ、いかんのか?」

「いかんでしょう! 少しだけで良いんでやめてくださいよ!」

「ふむ……じゃがやめろと言われても、もう飲み尽くしてしもうたからのう」

 空花が命様から酒瓶を受け取る。透かして見るまでもなく中身が無くなっている。俺も空花も目を丸くして驚いていた。絶え間なく飲み続けていたのは知っているが、そこまでの勢いが果たしてあっただろうか。

「うっそー……」

「急性アルコール中毒とか大丈夫ですか?」

「毒は入っておったが、この程度の酒では寝酒にもならぬ。さしたる問題はない」

 この時、俺は命様との飲み比べはやめようと心から決意した。飲酒可能な年齢になっても、それだけは断固お断りすべきだ。介抱してくれるのは嬉しいが、それより以前に地獄を見なければいけなくなる。

 月喰さんも酒に強いのだろうか……と思ったが、あの人にはむしろ強いイメージしか湧かない。というかあの人の前で正常な判断が出来なくなるのは自殺行為に等しい。強いか弱いかはさておき、絶対に乗らない方が良いだろう。

「……お主等も飲める酒はないものかのう」

「それはお酒って言うんですかね……まあ、酔っぱらった空花はちょっと見てみたいけど」

「私も酔っぱらって赤ちゃんみたいになったおにーさん見てみたいなー!」

「となると俺とお前で互いに飲ませ合って相打ちになりそうだな」

「相打ち? さあ、どうだろうね。お互い酔っぱらってるから何しても記憶にないもん。あははッ!」

 一緒に飲む相手が居るなら、お酒も悪くないかもしれない―――なんて考えてみたり。それが実現するのは俺が二十歳を迎えてからだが、その為にもまずはメアリをどうにかしないといけない。あいつに世界を掌握されたまま人生を歩むのだけは嫌だ。

「そう言えば、裏の蔵に酒が残っていた様な……飲んでみるか?」

「どう考えても腐ってるんでお断りします」

「腐ってるのもある意味毒だよねー」 


 












 



 

 確かな満足感を胸に俺は山を下りた。心は幸せで一杯だが、つかささんがやってきた攻撃は忘れていない。俺は陰湿なのだ。やられた事はいつまでも覚えている。忘れられる訳が無い。文句を言ってやる気満々だが、それは翌朝でも良いだろう。既に医院は閉めている可能性が高い。

 それに幸音さんを預ける関係上、あちらから接触してくる筈だ。その時に言えばいい。ついでに彼の用件も突っぱねてやろう。それくらいの事をしてきたのだから、文句を言われる筋合いはない。恨むなら毒なんぞ仕込んだ己の性根を恨め。

「……あ?」

 家の近くまで来た時、信じられない物を見た。莢さんが玄関から一歩出て、誰かを待っていたのである。その『誰か』は言うまでもない、何せ彼女は周防家のメイドさん。メイドが待つ人間と言えば―――

「おかえりなさいませ、創太様」

 彼女は何故かメアリに俺のお世話を命じられている。なので今は俺に仕えている状態だ。正直、お金持ちになったみたいで歓迎に悪い気はしない。

「莢さん。この辺りで給仕服って目立つと思うんですけど恥ずかしくないんですか?」

「恥ずかしい? これは私の仕事服でございます。創太様がご希望ならば如何様にも調整いたしますが」

 彼女に自分の意思は確かにある。だがメアリが関わらなければその意思が介入する事は稀だ。俺が希望するなら一緒に風呂も入ってくれるというのだから。つまり仕える主が主なら彼女は中々酷い生活を送る事になる。

 そういう奴は漏れなくメアリの信者になっていそうだが。

「所で、私の方からも一つ創太様にお尋ねしたい事がございます」

「はい? 何ですか?」

「創太様が戻られる少し前、お客様がお見えになりまして。いえ……語弊がございますね。放置されておりました」

「放置?」

「周囲にそのままをお見せするのも問題があると考え、只今リビングの方で保護しております。本人が言うには創太様の知人であるそうなので、どうかご確認をお願いします」

 

 …………まさか?












 リビングで彼女の姿を見た俺は、膝から崩れ落ちた。

「ああ…………」

 やってくれた。あの先生。こうなる事まで見越してたってのか。

「よ、よろしくお願いします……」

 幸音さんがソファの上にちょこんと正座していた。

 

  

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