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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 01 欺心暗鬼
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彼女はハッピーエンド至上主義者

 俺が目覚めた時、当然の如く家族からは滅茶苦茶罵られた。怒り具合は正に怒髪、天を衝くと言わんばかりで、ぶん殴られなかっただけマシだったかもしれない。メアリが何か言ってくれたのだろうか。言ってくれていたとしても感謝はしない。する訳が無い。

 どうせ端から対話が不可能だと分かり切ってる奴に一々対抗する程、学生は暇ではない。こいつらは『俺の為を思って怒っている』のではなく、『メアリの完璧に罅を入れている俺が許せない』だけだ。忠言ならば耳を貸さないでもないが、聞いていて無益な言葉は流すに限る。

 命様のご尊顔を脳裏に浮かべていたら、何の事はない。一切の言葉を聞き入れぬ俺に家族はまたも愛想を尽かした。いや、もともと尽きてるものを辛うじて絞り出したにすぎず、それが一〇分も過ぎず出涸らしになっただけだろう。学校までの道のりには、何も無かった。

 段々理不尽に慣れてきている自分が居る。命様にさえ好かれていればそれでいいと思い始めている自分が居る。でもそれではいけない。それでは結局地獄が地獄のままだ。現状を放置するとなると、俺がこの地獄から脱出する方法は命様と夫婦の契りを―――契り、を…………

「ぐおおおおおおお!? む、胸が…………!」

 結婚を考えるには幾ら何でも早すぎた。登校途中に大ダメージを受けて喘ぐ俺はさぞ変な奴に見えただろう。しかし神と夫婦の契りを交わすなど神話時代じゃあるまいし、ネットにやり方とか感想とか乗ってる訳でもなし、怖いなんてものじゃない。何より命様が俺の事を『信者』ではなく『夫』として接してくれる事を考えると―――き、緊張感で脈拍が…………

「落ち着け、落ち着け、落ち着け、妄想だ、幻覚だ、想像だ、未来だ、可能性だ、落ち着け、リラックスだ―――ふう」

 やめよう。この話題は危険すぎる。もう危機は去ったのだから、緊急回避手段を使い続ける必要はないのだ。

「またクラスに行ったらとやかく言われそうだよなあ。まあでもいいかー。メリーさんが見つかったとか見つかってないとかは俺に関係ねえし、黙ってれば誰も俺に構ったりしねえだろアイツ以外」

 上っ面クソクラスメイトも、メアリの前だから『本気でお前を心配したとか』『昔のお前は優しかった』とか言うのであって、平時はそんな発言を聞いた事がない。当然だ。そんな事思っても無いのだから。

「メアリ好きのお前等に俺の何が分かるってんだよ……神様でもねえ癖に良く言うぜ、全く。あー怖い怖い。悪意に満ちた言霊が怪異を作るなら、欺瞞に満ちた言霊はどうしようも無い奴を作るんだなー」

 もうどうせ何をしても嫌われるし、嫌われているので、悪口の一つくらい許されなくても言う。悪いが俺という人間は聖人ではない。どのように不遇な目に遭っても弱音一つ吐かず、笑顔を浮かべ続ける事が出来る人間なら少なくともこんな事にはなっていない。

 ああそうだ、俺は性格の悪い人間だ! だからメアリもさっさと俺を嫌え!

「…………ん?」

 校舎が見えてきたが、そんな事はどうでもいい。こんな朝っぱらから尋常でない人数が校門前広場に集っていた。体育祭にしては時期が早いだろう。こんな時機にイベントがあるとすれば定期考査くらいなものだが、ここまで人が集まる人気イベントじゃない事は俺も良く分かっている。勉強が好きな学生は少数派だ。

「何かあったのか?」

 女子の裸のでも張り出されていれば男子は喰いつくだろうが、女子も食いついている時点んでそれはない。


 …………何かあったのか?



 まあ俺には関係なさそうだけど。










 

 






 メアリに絡まれるのが一番怠かったので、校門に近づくと俺は息を顰め足音を殺し、周囲に溶け込む形で登校した。人込みは遠目で見た時よりも遥かに多く、名門大学の合格発表も斯くやと思われる高密度であった。

 校舎の敷地には入れたはいいが、それは入れたというより人の波に押し流されたという方が正しい。それくらい人がごった返していた。そしてまともに足を動かせない状況からして、集団の後方は入りたくても入れないのだろう。俺は運が良い方だった。

「狭ッ…………おいおい。これじゃあ玄関に行けねえぞおい!」

 波に流されるがまま進んで行くと、集団の三列目に出てしまった。するとどうだ。喧騒しか拾わなかった耳が、徐々にまともな声を拾うようになってきた。

「皆! これは大変な事なの! メリーさんは居たんだよッ!」

 

 ―――アイツか。


 可能なら声など聴きたくないが、人に揉まれている状況で逃げろというのは酷な話だ。癪だが、最初のチャイムが鳴るまでこの下らない話を聞いてやる事にする。集団の先頭に居るのは昨夜であったメリーさん捜索隊御一行だった…………ただし、二人足りない。

「先生方も聞いてください! 昨日、私は彼等と共にメリーさんという都市伝説を探していました―――!」

 『視える』俺からすれば聞くに堪えない話だったので、適当に要約させてもらうと……


・メリーさんを探していたら、貝沼と藤耶が居なくなった

・帰ったのだろうと最初は思ったが、朝になって家に行ってみるとまだ帰ってないとの事

・メリーさんに二人が攫われたって事は、メリーさんはやっぱり居る。一緒に探そう!


 メアリでなければ厨二病乙とでも捨てて相手にしない所だろうが、呼びかけている人物が人物だ。彼女の声が聞こえている奴等は、俺を除けば一人も否定的な姿勢を見せなかった。声が聞こえてない後方勢は、困惑しつつも、メアリが何か話していると知ると、やはり否定的な姿勢を見せる者は居なかった。

 こいつら頭おかしいんじゃねえの?

 演説(妙なカリスマ力を指しての皮肉でそう呼ばせてもらう)を聞くに、メアリは二人の安否などどうでも良いと言わんばかりだ。どちらかと言えばメリーさんの実在を気にしている。二人の生死は不明なれど、その消失事実が怪異の実在証明になるならば生死の状態がどうであろうと些末な事である、とでも言うつもりか。これがど畜生の意見でなくて一体どんな意見なのだと言うのだろう。

「まだ入学して間もないけれど、二人は私の親友だった。二人の為にも、私は絶対メリーさんを見つけたい! 先生方にもお願いします! どうか力を貸して下さい! 私は見つけたいんです!」

 こんな言い回しに惑わされてる奴らはどうかしてる。如何にも心配している風を装って、ご丁寧に口調も荒げているが、発言をよく聞いてみれば俺でもわかるレベルだ。メアリは二人の事など全く気にも留めていない。本当に親友なら泣くくらい出来るだろうに、涙の一つも流さず、むしろ嬉々とした表情で演説している。

「私達はとても危険な何かに触ろうとしているのかもしれない! けど、それが二人を探さない理由にはならない! 二人は確実にメリーさんに遭ってるの! 私は同級生が居なくなった事実を見過ごすなんて出来ない!」

 ハイハイ茶番茶番。

 こんなうすら寒い演説は選挙でも滅多にお目に掛かれないだろう。同級生が居なくなったのは確かに一大事だが、俺にとってはどうでもいい事だ。



「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」



 この場に居る殆どが頭の上で拍手をしてくれたお蔭で集団に隙間が生まれた。俺はすかさずぬるりと集団を抜け出し、何事も無かったように昇降口へと向かう。俺には関係ない事だ。そもそも貝沼と藤耶なんて面識ないし―――

「ちょっと、どいてくださいよ」

 俺が下駄箱に到達する直前、目の前に立ちはだかったのは生徒指導部顧問の藤堂裕弥とうどうゆうや先生だ。そのあからさまな逆三角形の身体からも分かる様に、体育会系の教師だ。いざ喧嘩になったら俺は手も足も出ずボコボコにされるだろう。

「創太。お前、同級生の言葉を聞いて何とも思わないのか」

「思う訳ないでしょ。大体居なくなったくらいで大袈裟なんですよ。俺はアイツ等に……いいや、この地域に居る奴らからどんな目に遭ってきたか! それに俺が居たらチームワークに不和が生じる。それは捜索隊としては何よりの痛手でしょう」

「たとえどんな目に遭わされても、人には優しくするのが善良な人間というものだ。そうは思わないか?」

「口だけなら何とでも言えるでしょうね。では―――」

 ドゴッ!

 まさか手を出してくるとは思ってもみなかった。貧弱な俺の身体はよろめく過程を無視して吹き飛び、一メートル後方の地面に崩れる。

「ア゛ゥ゛ぃて………………何、するんです、か!」

「創太ァ! 俺はお前の為を思って幾つか言いたい事がある。よく聞け! まず一つ、意地を張るな。メアリはとても聡明で、非の打ち所がない善良な人間だ。次に二つ、逆張りがカッコイイと思ってるなら今すぐやめろ! 次に三つ。俺も長い事教師をやってきたが、周防メアリは神童だ。彼女を信じてついていけば、俺達も必ず成功する! 分かったかこの人でなしがッ! なぜ同級生にも拘らず、メアリは人に慕われ、お前からは離れていくのか! それはお前が血の通っていない冷血人間だからだ! 恥を知れ恥を!」

「恥って…………クソみたいな理由であいつを盲目的に信仰してるアンタらの方がよっぽど恥晒してるよ! いい大人にもなって恥ずかしくないのかッ? JK信仰してキモイと思わねーのかよ!」

「俺だって手を出したくはなかった! だが仕方ないんだ、お前はこうでもしないと分かってくれないと思った! 俺のアドバイスを何一つ聞いてない! 逆張りはやめろと言っただろう。今すぐにやめろ!」

 堪忍袋の緒が切れた。俺は力強く立ち上がると、こちらの騒動に気が付いた彼女に指を向けて、責任転嫁を図る子供の様に、醜く叫ぶ。

「やめねえし、何度でも言ってやるよ! メアリはクソだ、信じるお前等も馬鹿ばっかりだ! ここに集まって、下らない演説聴いて、感動してる奴全員馬鹿だ! こんな下らない話に耳傾けてる暇があるなら勉強しろ! ここは学び舎だぞ、宗教活動してんじゃねえよこの教祖モドキが!」

 

 十一年も同じ目に遭っといてまだ噛みつく元気がある創太は割と真面目に凄い気がしてきた。



 暫く創太の受難は続く。

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