俺の知らないメアリ
「到着いたしました」
莢さんの言葉を受けて降車すると、見覚えのある家が俺を出迎えた。今回はお迎えされたので不思議な現象には見舞われないだろうが…………
「創太様」
「はい?」
「陰ながら期待させて頂きます」
彼女はもう一度頭を下げて、それとなく俺を前へ促した。ここまで来たら逃げるつもりはないが、ちゃんと敷地内に入るまでその場を動く気は無さそうだ。莢さんと周防家とを交互に見てから、足取り重く歩き出す。
玄関までの道中、俺は車内で莢さんと交わした会話を思い出していた。
『……メアリ様を慕う人々がここに来ない理由を、創太様はご存知でしょうか』
『いや。アイツ等の事なんて一ミリも知りたくないんで』
『それはメアリ様が絶対に来るなと言い付けているからです。私も同様……いえ、私の場合は興味を持たれていない故、顔を会わせる機会が無いのです』
『同じ家に住んでるのにですか?』
『メアリ様はご両親を大変嫌っていらっしゃいます。私はアマラ様にお仕えしていますが、取り立てて仕事はしておりません。メアリ様の傀儡とは申しましたが、普段は廃人と何ら変わりない故』
『………………え? じゃあ莢さんは介護施設の人みたいな仕事しかしてないんですか?』
『仕事はしていない、と申し上げました。周防家においてアマラ様とヨヅキ様の行動は完全に固定化されております。私達など形ばかりの使用人です。そして顔を会わせる機会が無いから、私はメアリ様のご影響から逃れています』
『でもメアリ様から仰せつかったって言いましたよね?』
『アマラ様を通して仰せつかりました。興味を持てない物には何としても時間を割きたくないのがメアリ様です。ご学友を決して寄せ付けないのもそれが理由……ですが私は、誠に勝手ながら少し嬉しいのです』
『嬉しい……ですか?』
『メアリ様が豹変なさる前、私とメアリ様は年の離れた友人……でした。今となってはどうでもいい存在へとなり下がりましたが、貴方様が友人となってくれたお蔭で……或いは何か、変わるかもしれません』
メアリと友人になった覚えはないのだが、アイツが俺に執着しているのは間違いない。それにしても重要な情報が得られた。俺の知るメアリは豹変した後という事だ。一体何があったらあんなヤバイ奴になるのか知らないが、とにかく豹変前があったというだけで、俺は若干安心している。
生まれながらの怪物だったら……いよいよ人間じゃない可能性を疑わないといけなくなってきたから。
玄関の前まで来ると、それを見越していたかの様にメアリが先んじて扉を開けた。
「やっほー創太! お迎えは役に立った?」
「時間巻き戻しといてよくそんな事言えるなお前。俺が逃げるのを読めて満足か?」
「何の事? 私よく分かんない! あはは!」
シラの切り方がクソ過ぎる。人はこれを白々しいと言うのだろう。例によってメアリに引っ張られた俺は、再び手料理を振舞われる事になった。もしこれが本当に初めてなら、俺は未来予知が使える様になったのだろう。この後の流れは分かっている。中が『俺』で埋め尽くされた部屋に案内されて、『私を視て』とか抜かしやがるのだ。
このまま同じ流れに乗るも癪なので、こちらからも反撃してみよう。
「なあメアリ」
「何? もうすぐご飯出来るからねッ」
「お前さ、両親の事好きか?」
あまりにもピンポイントで尋ねられたからか、メアリの手が一瞬だけ止まった。
「……どうしてそんな事聞くの~?」
「普通に考えたらおかしいだろ。両親は居るけど黙らせた。俺が会いたいと言えば後回し。家を歩いても全く出くわさない。ひょっとして……嫌いなのか?」
「…………嫌いだったりしたらどうなの。創太君だって両親が嫌いじゃん。遊びに来たのにさ、ねえそんな事聞くのやめようよ。もっと楽しい事話そうよ」
「残念だけど遊びに来た時点で俺は少しも楽しくない。だからお前にも嫌な思いをさせる。それが堪えられないならさっさと俺を帰らせろ。ついでに時間も巻き戻すな!」
「何言ってるのか分からないよ。あ、料理かんせーい! さあどうぞーッ」
「答えられないからって話をはぐらかすのか? いつもそうだなお前は! やっぱり完璧でも何でもねえじゃねえかこの詐欺師!」
「詐欺師は酷くない? 詐欺って皆を悲しませる犯罪でしょ? 私そんな事してないもん。創太って時々私を怒らせようとするけど言葉のチョイスが上手くないよね。だって詐欺師じゃないもん」
「じゃあお前の何処が詐欺師じゃないのか言ってみろよ! 悲しませてないだって? お前の存在が清華をおかしくしたんだからな!?」
「んー? 熱くて食べられない? 私がフーしてあげよっか?」
駄目だコイツ。こっちの話に全く耳を傾けてくれない。会話が噛み合わない事は多々あるが、そもそも嚙み合わせる気が無いらしい。会話が成立する筈も無かった。現実を直視させるべく、彼女作った手料理を顔にでもぶちまけ、全てを台無しにするという手もあったが……
一般的倫理観に基づき、そんな事は出来ない。
ドッキリのパイ投げとは訳が違う。笑いも生まなければ意味も無いのに食べ物を無駄には出来ない。
「…………いいよ、一人で食べるから。それとこれ食べたら俺帰るからな」
「えー! 駄目だよまだ帰っちゃッ。創太にお願いがあるのに!」
「どうせ一日中視ろとか言うんだろうが! どうせ繰り返すならもうちょっと変わった事しろや! やだよお前と一日中向き合うなんて気持ち悪い! 大好きな信者君にでもやってもらったらどうだ、ああん!?」
「あんなの使い物にならないもん―――ってあれ? 何で知ってるの?」
「時間戻せる様な奴はお前くらいしか居ない癖に、良くしらばっくれるよな! ま、何度しらばっくれてもお前のお願いなんか絶対聞かないし、帰るけどな」
冷静に突破口を探そうと思ったが、無理だ。メアリを視ていると無性に苛ついてくる。気持ち悪いし、苛つくし、見ているだけで百害あって一利なしとは恐れ入った。こうなれば自棄だと、俺は正面から挑戦状を叩きつけた。
「どうせ言っても聞かないからな! ループしたきゃ勝手にすればいい! だけど、俺はお前のお願いなんか絶対に聞いてやらないからな! 時間が進まなくたって関係ない、俺とお前で根性勝負だ!」
「何言ってるのか全然分からないんだけど、今日は機嫌が悪いんだね。でも安心して創太! 私、絶対に機嫌が直る方法知ってるの!」
「そんなものはない」
お前が関わってる限りは。
「あるある! だって創太の幸せは私が決める事だし、なら私が知ってないとおかしいよね! それでその方法なんだけど―――」
そもそもの前提が大いに間違っている事について彼女は検討する気も無いらしい。くたばってしまえ。
「今から案内する部屋でね、一日中私を視ればいいの!」
切り口違えど出口は同じ。
どんな妙案でもボロクソに批判する気だったが、まさかそこまでして俺に視て欲しいとは思わなかった。これでは以前と何も変わってない処か、直前の口喧嘩さえ全くの無意味になってしまうではないか。俺は帰ると言ったのに、その果てに出てきた結論がどうして『帰りたい理由』そのものなのか。
話を聞く気が無いのは元々だが、気のせいか今までより随分悪化している気がする。手段は厭わないとばかりに、強引ではないか。
「却下」
まあ断るが。
明日がバレンタインか。




