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メアリー・スーには屈しない  作者: 氷雨 ユータ
FILE 01 欺心暗鬼
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家族ぐるみの町ぐるみ

 

 命様の尽力もあって俺の感情は山を乗り越えた。泣いてる最中は自分がどうしようもなく惨めで、情けなく思えたが、一旦感情が落ち着くと、不思議と胸の内側が軽くなった気がした。

「有難うございます。俺、命様の信者で良かったです」

「うむうむ! そう言ってくれると妾も嬉しいぞッ。より一層の信仰を捧げよ!」

 分かっている。今まで溜め込んできた不平不満を吐き出せたからこんなに気持ちが楽なのだ。今まで誰も俺の言葉に耳を傾けてくれなかった。正しい正しくないを論じるつもりはない。どうせメアリが正しい。ただせめて、誰かが聞いてくれさえすればそれだけで良かったのに。家族は俺の言葉に耳を傾けようとはせず、学校にたびたび来るカウンセラーは『自分が正しいと思っちゃいけない』など意味の分からない事を言う始末。

 命様だけだったのだ、一切の誇張抜きで。俺を信じてくれたのは。俺を抱きしめてくれたのは、俺は俺のままでいいと言ってくれたのは。

 その母性というか、慈悲深さはとても土着神のそれとは思えなかったが、仮にそうでなかったとしても関係ない。命様は俺の信じる神様だ。今更改宗などするものか。

「それで、創太よ。嵐は過ぎ去った事じゃし、引き続き町案内を頼みたいのじゃが」

「ああ…………構いませんよ。どうせ家に帰るつもりなんてありませんから」

 あの家に俺の居場所はない。当たり前だが、家に帰るというのは真っ赤な嘘だ。何であんな家に帰らなくちゃいけない。誰か俺を抱きしめてくれるのか、甘えさせてくれるのか? メアリと一緒に居て良かった事があるとすれば、家族という繋がりがどれだけ薄く頼りないものか判明した事だ。血が繋がっていても、所詮は他人。それを嫌という程思い知らされた。

 今まで信じていたのが馬鹿みたいだ。家族だけは理解者になってくれると思っていた時期もあったが、そんなお涙頂戴な都合の良い愚かな話は無かった。この町の奴等は俺を除けばメアリが好きだが、考えようによってはそれも当然。良い子は好かれるし悪い子は嫌われる。それだけの話。

 俺みたいに反抗的で頑固な奴は、たとえ親でもご勘弁願いたいのだろう。

「しかしどうする? お主さえ良ければ、今宵は共に臥そうか?」

「…………いえ、何だか嫌な予感がするので、今日の所は。それにもう、命様からは十分元気を貰いました。御覧の通り、元気ですとも!」

「―――そうかッ。なら妾としても努めて気にしない様にするかの。つい先程までは他の遊具で遊びたく思っておったが、お主に対する仕打ちを見ていたら萎えてしもうた。他に面白そうな場所は知らぬか?」

「面白そうな場所ですか…………うーん」

 ここから一番近いスポットと言えば、遊園地くらいだが、この時間に行くと普通に不法侵入な上、仮にそれを回避出来ても、そもそもアトラクションが動いていない。行く意味があまりにも無さ過ぎる。

「………………無いですね」

「なんと。まさかあの公園以外に面白い場所はないのかッ?」

「ゲームセンターという手も無くはないんですけど、多分閉まってるというか、閉まってなくても命様は動かし方分からないでしょうし」

「難儀なものじゃのう。妾の為に娯楽を用意してくれる敬虔なる信徒はお主以外におらぬのか! ……そうじゃ! 鞠は無いか、創太」

「ある訳ないでしょ。昔はどうだったか知りませんけど、毬なんて持ってない家庭の方が絶対に多いですからね?」

「ではあや取りなどどうじゃッ? これでも妾、結構上手かったんじゃぞ?」

「靴ひもで良ければ貸しますけど」

「ならん! あや取りには相応の紐を用意せよッ。まして他の用途に使われている紐など妾に渡すではないッ! 不敬じゃ!」

「じゃあ無理ですよッ!」

「ではお手玉で手を打とうではないか。お手玉くらいお主も持っておるじゃろう。ほれほれ」

「持ってないですよ。それとなんだか規模が随分小さくないですかッ? あや取りなんか外でやる必要ないですし!」

 毬遊びは知らないが、蹴鞠なんかは外で遊べるんじゃないか。知らんけど。

 如何せん命様の情報は古代過ぎて、何の役にも立たなかった。お手玉くらいは持っているだろうという認識も、まだまだ現世について理解が足りない証拠だ。これからも引き続き命様と現世巡りをする必要があるだろう。

 もちろん大歓迎だ。

「お主と来たら神の助言にケチばかりつけるのう。信者としてあるまじき行為じゃぞ?」

「…………助言ッ? ただ遊びたいだけじゃ―――」

「無礼な! お主は妾がそれ程に俗な神様であったと思っておったのかッ!」

「俺は素敵だと思いますよ。命様のそういう所」

 素直で、母性があって、ほんのちょっぴり我儘で。そこが何とも可愛らしく、魅力的だと思う。普段話している分には幼子と会話している気分にならなくもないが、先程慰められた際、改めて俺は命様も神様なのだと実感した、素直だろうと俗っぽくても神は神。俺なんかとは生きてきた年数が遥かに違うのだ。

 不思議なのは、何故神が巫女服を着ているのかという事だが、ぶっちゃけ本人の趣味だったとしても俺は気にしないし、命様はとても美しいお姿をしていらっしゃるので、極論何を着ても似合うとは思う。

 ここだけの話、俺は和服フェチなので、着物なんか着られた日にはその場で入滅する。メアリは例外。

 余計な遠回りもせず直球で言い放たれた褒め言葉に、命様は頬を桜色に染めて、満更でもない表情を浮かべた。

「ほ、本来は不敬を咎める所じゃが、今回は不問とする! か、感謝するが良い」

「あれ? 命様って褒められる事に弱かったんでしたっけ」

「そんな筈なかろうッ。不意打ちで褒められれば誰だって照れるものじゃ! 妾は人ではないが……女神、つまるところ女子ではあるからの。普段であれば軽く受け流していた所なんじゃぞッ。真じゃからな?」

「はいはい、分かってますよ。命様の美貌を見れば俺でなくたって褒めちぎる事くらい分かってます。冗談ですよ」

「ならば良い。そう、妾は常日頃から賛美されておったのじゃ、昔はな……じゃが、それはそれとして、もっと褒めてくれても構わんぞ?」

 この神、あざとい。

 それにしても変な所で素直じゃないのはどうしてだろうか。何故かその場でちらちらとこちらを見遣る命様に、俺は首を傾げてみせた。

「……褒めてくれても構わんのじゃぞッ!」

「ああ、はい…………」

 見つめる。瞬きをする。淡白な反応しか返さない俺に彼女も我慢の限界がきた様だ。俺の肩を掴み、大きく揺さぶった。

「褒めて! くれても! 構わんのじゃぞッ!」

「ああ、はい……」

「これだけ言っても分からぬとはお主、さては妾を弄んでおるなッ? 褒めろと言っておるのじゃッ! もっと褒めよ! 崇めよ! 賛美せよ! 信者の務めとして妾の虜になるのじゃ~ッ!」

 何を言っても曖昧な返事しか返さない事に腹を立てたのは間違いない。これ以上怒らせるといよいよ祟りがありそうなので、俺はそっと命様を抱きしめた。これはさっきのお返し、でもある。

「むッ…………」

「お美しいですよ、命様」

「足らぬ」

「ご心配なさらなくても、貴方様の神社にわざわざ赴き、信者になると決めたのは他でもない俺の心です。今もこの信仰心に偽りはありません」

「…………それで良いッ! ククククク♪」

 命様はそれはもう露骨に上機嫌になった。現世案内をするつもりだったのに、俺達はまだ一歩も動いてないと信じられるだろうか。メアリとの一件からもう三十分も時間が経ってるのに、まだ一歩も動いていないのである。

 流石にそろそろ真面目に案内しようかと俺が考え始めた時―――




「クソ兄貴ッ! 何メアリさんを心配させてんのッ! 出来もしない夜遊びしないでとっとと家に帰ってこい!」




 妹が大声を上げながら、俺を探し回っているのを見つけた。

    


 信者になっちゃう~^

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