幻の恋
二話投稿するから許してちょんまげ
メアリから逃げおおせて、俺は完全に目的を見失ってしまった。蝶々も見つからないし、茜さんにも出会えない(出会ったら即刻デートに誘うつもりだ)し、清華も見つからないし、月祭りが始まるまでまだ時間はあるし―――予定が宙ぶらりん状態だ。これから何をすれば良いのだろう。
設営途中の所へ行けばBB弾を浴びせかけられるし、素直に帰ってしまおうか。しかしあの蝶々の存在が頭から離れなくて…………
「あ!」
しまった。ツキハミとは何なのかメアリに聞けば良かった。アイツが落ち込んでいるのを見るとどうも調子が狂う。頼むから素直に嫌わせてほしい。ああいう人間味のある事をされると、俺の心はどうしても揺らいでしまう。好きになるか否かという話ではなくて、彼女がどう振舞おうと感じるこの気持ち悪さが正しいのかという話だ。
「……今からは聞き辛いよな」
仮にもアイツは市長だ。月祭りの設営方針や、設営そのものの速度にも大きく関わっている。そんなアイツの時間を削ると月祭りの開催時間そのものが遅れる可能性を孕ませてしまう。それは駄目だ。俺でさえ楽しみにしているのに、それを遅らせるのは万死に値する。
「あーくそ! マジかよ~」
仕方がない。時間潰しなんてしたくなかった(もっと順調に事が運ぶと思っていた)が、命様の所へ戻るとしようか。幸い、あの山の中に居れば時間の概念は直ぐに忘れてしまう。命様とじゃれ合っていれば直ぐに夜になるだろう―――
が、それは愚策だ。
何故なら空花は一人で神社まで戻ってこられないから。全く不思議な話だが、彼女は俺と一緒に居ると神社に辿り着けるのに、一人だと絶対に辿り着けないらしい。あの山が自殺の名所と知った上で『土に還りそう』とも言っていた。
なので彼女が浴衣姿に着替えるまで、俺は山に戻れない。待ち合わせしているなら話は別だが、それだと山を下りたり上ったりする俺の負担が大きすぎる。
家に帰って寝るのが一番合理的?
時間も潰せるから一理あるが、清華捜索の進捗を尋ねられたくないので却下。脳内の俺が不満そうな顔を浮かべた。
「あーもう! 何でこんな面倒くさいんだよ!」
腹が立ってきた。昔からそうだがどうして俺がこんな目に遭わなくちゃいけないのだ。もう本当に今更な上に何回目の文句かもしれないが、もしかしなくても毎年厄年だったりするのだろうか。あり得ないと言い切れないのが恐ろしい。
設営途中の会場から逃げる様に背中を向け、当ても無く歩いていると親子とすれ違った。親子はどうやら俺の事を知っているらしく敵意を剥き出しにしてきたが、何十年も嫌われ者やってきてこの程度も流せない俺ではない。いつもの事とスルーを決め込み、そのまま去ろうとしたが―――
「おい、まてよ!」
子供に、しかも小学生が呼び捨て。普通は傍に居る母親が注意するものだろうが、信者だらけの町において俺に人権らしき人権は無い。呼ばれた以上は無視なんて出来ないので、足を止めて振り返る。
「何だ?」
「お前、メアリちゃんに土下座しろ!」
「…………えーと。それはどうしてかな?」
「ぼくは知ってるんだ! お前がメアリちゃんに酷い事をしたって! 謝れ!」
…………?
今更ながら信者の理屈は意味不明だ。酷い事は……数年前に泣かせてしまったくらいで、その時この子供は生まれていないだろう。となると心当たりが一切ない。母親は軽蔑の眼差しを向けてくるが、別段何もしなくても蔑んでくる奴等の視線は今更気にならない。
「酷い事って何だよ」
「うるさい! メアリちゃんは泣いてたんだ! 謝れ! 今すぐ謝れ!」
「…………あーもしかして、さっきの奴かな?」
いつになくしょげていたメアリの事を指しているなら納得だ。きっとアイツは俺が通りがかる随分前からあんな風になっていたのだろうし、俺が来るまでに誰か一人くらい目撃していても不思議ではない。親子はきっと散歩途中に見掛けたのだろう。
「やっぱり泣かしたんだ! 謝らないと僕が許さないぞ!」
「そう言われても、俺は関係ない。お前だって関係ないだろ。メアリの何なんだよ」
「ぼくは将来メアリちゃんのお婿さんになるんだ! お嫁さんを守るのはぼくの役目なんだ!」
今まで居そうで居なかった信者との遭遇に、俺は久しぶりに溜息を吐いた。メアリのカリスマ性は、男女問わず好意を持たせるものだが、恋愛感情まで発展した奴がどれだけ居るか。多くの人間は『近くに居るだけで尊い』だの『眺めるだけで良い』だの『友人になれれば幸せ』だの何処か一歩引いていた(信者と言えどもメアリが他の人間とは違うと分かっているのかもしれない)。
勿論、好きになる奴は居る。メアリが自分の奥さんだったらきっと幸せに違いないと妄想する様な奴等は知っている。だがそれだけだ。アプローチは一切しない。願望を垂れ流すだけ。例え(というよりそのままの可能性もあるが)るなら自分の推しているアイドルと『結婚したいなあ』と言うようなものだ。
「…………婿、ですか」
動揺が尾を引いた結果、敬語になってしまう。信者共の相手は慣れたつもりだったが、メアリを熱烈に愛している信者の相手はした事がない。子供の癖にマセた奴だ。アイツの事が好きという感情にケチをつけるつもりはない―――ケチをつけた所でどうにもならない―――が、どう対処すれば大人しく帰ってくれるだろう。
肝心の保護者は『いいぞもっとやれ』と言わんばかりにこちらの様子を窺っているし、頼りになる奴が一人も居ない。俺は子供と目線が対等になるまでしゃがみ込み、言い聞かせるように言った。
「……俺は、何もしてないぞ?」
「あ! 逃げた! 自分が悪くないって言ってるんだ! お母さんこいつ最低だよ!」
「悪くないも何も、関係ないんだ―――」
「喰らえ! 成敗!」
子供を相手にいつもの喧嘩腰になる必要はない。そう思っていた俺が愚かだった。弁明も空しく、迂闊に視線を合わせてしまった俺に投げつけられたのは、石礫だった。
「ガっ! オォ…………ゥッ!」
左目に命中。クリティカルヒットとはいかなかったが、目から流血しているのではとさえ思える激痛に背中から転倒。右手で必死に目を防御するが、その間にも子供はその場で石を拾っては俺に全力で投げつけてきた。
「メアリちゃんを傷つける奴は許さないぞ! 喰らえ! 喰らえ!」
投げてくる石はどれもこれも手頃なサイズだが、石は石だ。目はどうやっても鍛えられないし、骨も鍛えられるかと言われたら不可能だ。今度こそ急所には入れまいと防御しているが、腕や体の方が痛くなってきた。
やり返さないのを良い事に好き放題されると、終いにはこちらも我慢の限界が近づいてくる。しかし子供相手に暴力はいけない。たとえ相手が信者でも、使わずにいられるならその方が良い。
「やめろって言ってんだろうがクソガキッ!」
只逃げるだけだと追い回してくるだろうと予想し、先んじて大声で威圧。子供の石を投げる手が止まったが、よく見るとその双眸には涙が浮かんでいる。
―――ああ、これヤバいな。
案の定、子供は泣きだしてしまった。
「うええええええええええええええん! ママ~! コイツが殴ってきた! コイツがああああああうわあああああああん!」
「まあ大変! ちょっとアンタ! うちの子供に何してくれてるの! 子供に手を出していいと思ってる訳ッ?」
相手していられない。攻撃が止んだのを契機に俺は逃げ出した。果たしてそれを肯定と見るか否定と見るかは信者次第だが、彼等は最大限自分に都合の良い解釈をする。たとえそれが嘘であっても、多数派の下にあれば真実なのだ。
「あ! ちょっと待ちなさい! そうだ、警察! ―――あ、もしもし? 警察ですか―――?」
どうせ逃げなくても私刑を加えられるだけで大差はない。構わず逃げ続ける。
「アンタ、今日のお祭りに参加出来ると思わない事ね! 警察官が千人も来るんだから! メアリちゃんに友達扱いされてるからって良い気になってんじゃないわよ! 子供泣かせるなんて最低よ!」
何でこうなるのだろう。
俺はますますメアリの事が嫌いになった。どうして一瞬でもアイツにときめいてしまったのか不思議でならない。アイツが落ち込んでさえいなければ絡まれる事は無かったのだ。アイツがいつも通り馬鹿みたいな笑顔を張り付けてわざとらしく盛り上がっていれば、信者は俺の事など眼中にも入れなかった筈なのだ。
物事には全て原因がある。しかし信者の間では、メアリの変化の原因は全て俺にあるらしい。そんな訳無いだろう。俺とアイツが運命で繋がってるとでも? それこそ信者の望ましくない状態ではないのか。
「ああ……痛……ああ……」
片目を閉じても視界に大差はない。無いのだが、どうにも距離感が掴みにくくなってしまう。近くのトイレに駆け込んで目を洗った。何度も何度も瞬かせて、流血の有無を確認する。
「…………俺が嫌いなら……俺に構うアイツも嫌いになっちまえよ…………」
流血箇所こそ無いが、体中痣だらけだ。腕だけで五か所も痣と若干の擦り剥きが見られる。冗談じゃない。命様はともかく、空花にこんなザマを見られたらどんな心配をされるか…………
アイツはまだ、嫌われ者の立場を十全に理解していない。
無論、彼女に知名度が無く、俺が守っているからだ。百聞は一見に如かず、俺から話だけ聞いていても実感は絶対に伴っていないだろうが、今後一切伴わせる予定はない。絢乃さんみたいな間違いを犯してたまるか。
せっかく出来た友達を失うくらいなら。俺が死んだ方がマシだ。
どうせメアリが蘇生する。蘇生されないなら命様か茜さんにでも魂をあげよう。その辺りで手を打とう。その程度の価値しか俺には無いのだから。
飽くまで客観的な分析として聞いてもらいたいが、俺は良くまともに育ったと思う。街中に嫌われているのに、それでも歪まなかった。ただ……誰にも好かれなかった十五年間は、俺の心に陰を差し込んでいる。これは後天的な刺激で治るものじゃない。だから命様や茜さんなどの理解者を経ても尚変わっていない。
価値が無い。
たとえ誰かに価値を認められても、俺が俺の価値を認められない限り、この陰が去る事は無いのだろう。
ティロティロンッ。
目を洗ったついでに用を足している最中、携帯が鳴った。メッセージアプリからの通知だ。相手は―――メアリ。
『創太ッ! 今日からツイーター始める事にしたからフォローよろしくね!」
…………何?
Twetterやろなあ。




