しょんぼりメアリ
サブタイだけ可愛い
現在の時刻はどう甘く見積もっても昼だ。月祭りの名前通り開催されるのは夜。屋台の準備ならばこの時間から行わねば間に合わないだろうが、しかしお店として機能している訳ではない。俺がお店側として参加するなら行く意味はあっただろうが、高校生が屋台など開く訳あるまい。
「……まだ全然祭りって感じはしないな」
自分で言うのもなんだが、当たり前だ。万物万象、状態が変わるならそこには過程がある。祭りだってそうだ。いざ開催されれば千万無量の音が響き渡るが、では何故そうなるかと言われると、前もってそうなる様に準備しているから。
お祭りに参加する人々は、皆、特別な想いを持って参加しているのだ。
「……あ、蝶何処だ」
一瞬でも会場に気を取られたのが運の尽きだった。目を皿にして蝶々を探すが、あんな珍しい色と形をした蝶の癖に、まるで見つからないではないか。蝶の速度が突然上がったら見失うかもしれないが、そんな事があり得るだろうか。幾ら早いと言っても虫だろう。
馬鹿にしているのではなく、見失う程の速度は体の構造から考えてもあり得ない筈だ。昆虫知識は皆無に等しいが、それだけは分かる。
「蝶…………蝶は何処だ?」
近くに居るなら見失うという不覚は取らない。何はどうあれ遠くに行ったのだろうと思い、設営途中の会場を進んで行く。大人達は俺の存在に気が付いたが、脳髄までメアリで満たされている筋金入りの信者なのだろう。認識するや嫌悪も甚だしくエアガンで顔面を狙ってきた。
「……いッ!」
「帰れ帰れ! お前がこの祭りに参加するだけで盛り下がるんだよ!」
大人達は俺の来訪を予期していたのか、揃いも揃ってエアガンを用意している。内一人は電動エアガンであり、とてもじゃないが腕だけで顔は守れないし、顔を守れば素肌の見えている場所を守れない。大人しく逃げた方がお互いの為でもあるだろう。
「クソッ! 今更だろうがよ!」
祭りに来るなとは言うものの、俺が人混みに紛れて参加している分には何も言われない……、去年まではメアリがべったりくっついてきたせいだろうが。それを抜きにしてももう十回以上参加しているのだから、彼等はそろそろ俺が大人の言う事なんて一つも聞きやしない頭の固い男なのを気付くべきだ。
実力行使で訴えれば訴える程、何が何でも参加してやろうと思う。
メアリによって培われた反骨精神は並大抵の強さではない。感謝はしないが、アイツのお蔭で俺の心は強くなれた。人口が六十億も居る中で唯一無二の長所を得るのはとても難しい事だが、これだけは誇りたい。
俺は絶対正義に屈していないのだと。
「…………あれ、メアリか?」
BB弾の雨から逃げた先には、メアリが一人きりで座り込んでいた。彼女の周りにはいつも人が居る印象だったため、非常に珍しい光景と言える。声を掛けてやる義理は無いから暫くは静観していたが、どうしても声を掛けたくなってきた。
だがその行動はお人好し的な優しさではなく、単なる物珍しさから来ている事に留意しておきたい。嫌いな奴にまで俺はお人好しにはなれない。そこまでの聖人であれば、ここまでつまらない意地は張らないし、嫌われていない。それにしてもあのメアリが俯いているなんて、何があったのだろう。
いつぞやの無表情とはまた違う雰囲気だが、凄くつまらなさそうだ。
「…………おい」
「…………あ、創太。こんにちは」
つい声を掛けてしまったが、俺は目の前の人物が本当にあのメアリかと疑った。声が疲れ切っている。殆どの状況で笑顔を絶やさなかった彼女が何度も何度も溜息を吐き、その度に目を擦っている。そう言えば、メアリの口から一度も『眠い』と聞いた事がない。
眠ってないのか?
高校には『眠ってないアピール』をする奴が一人は居るが、メアリならば本当に出来るかもという信頼がある。生死の概念すら覆せる奴が、眠気の一つにも勝てないとは考えられない。もしそうだとするなら眠気が強すぎる。
「疲れてるみたいだな」
「……いや、そういう訳じゃないんだけどさ。ただ、皆の行いに困ってるんだよね」
「お前にも困るって概念はあるんだな! その気になれば信者共の行動を統率出来る癖に、白々しいんだよ!」
「………………」
メアリは何も返さない。返してくれない。
そういう反応をされると、何だか俺が悪いみたいじゃないか。
いつもの理解不能な論理を展開するアイツは何処だ。自分に都合の良い解釈で人の話を聞き、勝手に納得する理不尽の権化は何処へ行った。彼女を視界に入れた瞬間感じる正体不明の嫌悪感込みでも、今のメアリは『落ち込んでる女子高生』にしか見えない。普段とポジションが逆だろう。これでは俺がコイツを虐めてるようで、物凄い罪悪感を覚えてしまう。
「……悪かったよ。何で困ってるんだ?」
「私、市長になったでしょ。月祭りの話も、当然耳には入って来たんだけどさ。皆、言うんだ。今年から月祭りは周防神祭にしようって」
「はあ。そりゃ救いようがない案だな。馬鹿が考えた最低な案だし、文化を破壊してるに等しい。控えめに言ってクソだよ」
「それは言い過ぎ!でもさ、月祭りが月祭りじゃなくなっちゃったら、『闇祭り』の噂はどうなっちゃうんだろう。私、一生に一度で良いから『闇祭り』に迷い込んでみたいのに……」
『闇祭り』とはこのお祭りに伝わる怪談話の一つで、二十歳を迎える前の人間しか迷い込めないとされるもう一つのお祭りの事だ。参加者には怪物やら死者やらが沢山居るらしく、一説では迷い込んだが最後、二度と出られないとも言われている。
視える俺でさえ一度も迷い込んでいないので、その真偽は怪しい。
「まあ普通に考えたら、跡形もなくなるし、闇祭りの存在が本当だったとしても、二度と行けないだろうな」
怪異は原則として不安定な存在であり、言霊の上に成り立つ存在故に、その言霊を取り去られてしまえば容易く消え去ってしまう。茜さんが消えないのはその前に俺が彼女の存在を安定させたからであり、たとえ世界が彼女を忘れても、俺だけは彼女を覚えているという確固たる自信のお蔭だ(後者は殆ど願望である)。
『闇祭り』とて例外ではないだろう。噂が無くなれば『闇祭り』の認知度も無くなっていく。終いには入り口が閉じて、誰も迷い込まなくなるのが落とし所か。唯一『視える』人間として客観的に意見を述べただけで他意は無かったのだが、それを聞いたメアリは真っ青になって勢いよく頭を振った。
「ダメダメ。私まだ行ってないもん。毎年創太の傍に居るのに!」
「俺だって行ってねえよ。『闇祭り』なんて最初から嘘なんじゃないか?」
「じゃあ創太が視えるのも嘘なのッ!」
「いや、それは本当だけど」
「なら『闇祭り』も本当にあるよ! 絶対、絶対あるんだから!」
会話が進むにつれて涙目になっていくメアリを宥める。ここで泣かれた日には、間違いなく俺が犯人になってしまう。
「―――まあ仮にあったとしてだ。信者共の数がどれだけ居ても、結局アイツ等はお前の意見に賛同するし、否定しないし、嫌わないんだから言えばいいじゃないか。『月祭り』の名前は絶対に変えないって」
「それはそうなんだけど……」
いつになく弱気なメアリを、不覚にも可愛いと思ってしまった。俺はなんと単純な奴だろうか。人生を滅茶苦茶にした張本人を相手に、憎悪と嫌悪以外の感情を抱くなど許されない。俺はこいつを嫌わなくてはいけないのだ。それが俺のアイデンティティにもなっている。
「なんだお前。本当にあの周防メアリか? 人の事なんてどうでもいいんだろ。いつかの時みたいに正直になれよ」
「…………視聴覚室の件、あったでしょ?」
「視聴覚室の件?」
何の話かさっぱり見当がつかないが、話の腰を折るのも忍びない。分かった振りをしておく。
「そりゃあさ、当然なんだけどさ。人には人の考えがあって、人には人の感性がある。創太だってそう。私だってそう。みんな違うんだよね」
「お前は自分の信者の思考を単純化させてるだろうが」
「信者って言い方しないでよ。私は無理やり好きになってもらってる訳じゃないんだよ。だって、もし地球上の全員から好かれないと嫌って話だったら、創太が私を嫌いでも良いなんて言わないでしょ」
「まあな」
「…………私ね、あの時気付いたんだよ。どんなに頑張って言葉にしても、どんなに心に訴えかけても、正確な意図を読み取れない人って居るんだなって。市長権限で月祭りの名前を変えないのは簡単だよ。でもさ、私の名前を使いたい人って、きっと町興ししたいんだよね。だから公的名称として『月祭り』でも、俗称が『周防神祭』になったら創太が言ったみたいに消えちゃいそうじゃん」
「お前の苗字を使えば町興し出来るかも~って考えも相当お花畑だけどな。後、周防って別に珍しくないし」
心底辛そうなので敢えて言葉にはしなかったが、メアリの危惧は恐らく正しい。言霊の上で成り立つ怪異を安定させるには俺の『視える力』以外に方法はない。公的名称を定めた所で誰も使わないなら、怪異にとっては普段使われている言霊こそが己の依り代だ。
如何にメアリと言えども、己への好意から生じた行動は操作出来ないという訳か。さもたった今発覚した事実の様に言ったが、随分前から俺はそのことを知っている。もし信者の行動を何もかも縛れると言うなら、俺に対する迫害はとうの昔に辞めさせられている筈だ。マッチポンプを前提とするなら考察するまでもなくこの理屈は崩壊するのだが…………この反応を見る限り、違うのだろうか。
いや、まだ分からない。マッチポンプのものとそうでないものがあるという折衷的可能性もある。
「…………創太はさ、お祭りの名前が変わっても参加する?」
「周防神祭なんてセンスのない名前になったお祭りとか参加する訳無いだろう。お前の存在がチラつくだけでも迷惑だ。もしそうなるなら、今後お前がどんなに追い立てても俺は絶対に家から出ないぞ」
「そうだよねーやっぱり。ああ、それと今年から運営側になっちゃったから、創太とは一緒に行けないね。私が居なくても創太は行くのかな」
「当たり前だろ」
「嫌いな私が傍に居ないから、行くんだ」
「居ても参加したんだから、『から』ってのは違うな。名前が変わらない限りは参加するよ。ほぼ惰性みたいなものだけどな」
露骨に元気がないとは言ってもメアリはメアリだ。独り相撲になりかねないので出来るだけ喧嘩腰になるのは控えているが、それでも節々に棘が出てしまう。多少申し訳ないとは思う反面、無意識にでも棘が出てくると、とても嬉しい。
それは俺が心底からアイツを嫌っているという証左でもあるから。
「…………そう」
アドバイスは……した覚えがない。
どちらかと言えば揶揄いに来たのかもしれない。疲れ果てた様子のメアリを見て日頃の仕返しとして嫌味を言いたくなったのかもしれない。
後者ならば俺の目論見は破綻した。暫しの沈黙を挟んで彼女は立ち上がったが、その顔にはもう憂いや疲労と言ったマイナス感情が見受けられない。俺の知る、いつものメアリがそこにあった。
「よーし! 月祭りの名前を絶対に変えさえない良い方法を思いついた!」
「へ?」
「創太に話せて良かった! ありがとね!」
「は? へ? ん? 待て。俺は何のアドバイスもしてないぞ。適当に返しただけ……」
「ありがと~! ほんっとうにありがと!」
不意にメアリが肉迫してきたので反射的に逃げようとしたが、全身をセメントで固められたが如く身体が動かない。俺の身体を縛る不可視の力に抵抗している内に彼女は俺の上半身に飛びついた。
「頼れるものは友達だよねやっぱり! 創太って本当に優しいね!」
「何もしてねえよ! アドバイスとかしたか!? いつしたんだッ?」
「このまま勢いでプロポーズしちゃうかもッ!」
「丁重にお断りいたします!」
「それはダーメ♪ 創太が幸せかどうかは私が決めるって言ったでしょ? 断っちゃ駄目だよー。それともなあに? 創太は私の事が嫌い?」
「大っ嫌いだよ!」
純然たる悪意と敵意を以て何度でも言おう。周防メアリが今後どうなったとしても、俺はコイツが嫌いだ。大っ嫌いだ。無限大に嫌いだ。こんな奴が生まれてきた事自体、何らかのバグだ。神様も疲れているのだろう。
「ていうかいい加減離れてくれねえかな! 重いんだけど!」
「―――ま、それくらいはいいかな。でもその前に一つだけ。一回だけしか言わないから、聞き逃しちゃ駄目だよ創太君」
「はいはい。じゃあそれ言ってさっさと離れろッ」
「私のお母さんもね。昔はこの町一番の美人って人気者だったんだよ? ―――うふふ。貴方にだけ教えておくね」
この後はとくラブ! を更新するので二話目は深夜超えてからやるかもしれませんね……
かもしれないは七割九分やらないんですけどね。




