俺はいつも置き去りにされる
秘密狂室、終わり!
メアリのお蔭で学校からは脱出出来たが、結局清華は見つかっていない。俺が見たのは本人ではなく、本人の強姦映像であり、しかもそれは俺への嫌がらせの為に撮られたものだった。クラスの男子は俺を嫌っていただけではなく、きっと俺を見る度に思い出していたのだろう。清華の『味』を。これからも思い出すに違いない。あそこに居た奴等は積極的に俺をリンチしてくるグループなだけで、クラスメイト全員ではない。
彼らが所有していたもう一本のテープとやらの所在は明らかになっていない。メアリ曰く学校には無いらしいが、何処へ隠したのだろう。
「…………はあ」
清華探しは、元々父親から引き受けたものだ。俺とは会話したくもない親がわざわざ俺に頼ってきたくらいだから、俺以上に清華を心配しているのは間違いない。頼まれてからまだ一日も経っていないが、そろそろ気が気でなくて、俺に進捗の一つでも聞きに来るのではなかろうか。聞いてこないならスルーするのだが、もし聞いてきた場合、どうするのが正解なのだろうか。
しらばっくれる?
それしかない……か。両親の事は大嫌いだが、あんな真実を告げる程の悪趣味ではない。幾ら俺とて、そこまで性根は腐っていない。だが無事にシラを切れるだろうか。嘘が下手な自覚はないものの親は親。俺が何かを隠している事くらい見抜いてしまいそうだ。
知らず知らず足が自宅に近づいていくも、俺はそれに気が付かない。
スルー出来たなら、それが良い。きっとあの真実は、俺の胸の中で留めた方が良い。あんなものを知って他に誰が得する。精々、当人達くらいだろう。空花や命様をこれ以上心配させる訳にはいかない。さっさと戻らなければ―――
「少年」
黄泉平山を真正面に据えて駆け出そうとした時、視界の外から落ち着きのある声が届いた。傷ついた心に沁み込む、或は無条件に心を開かせる怪異染みた声。否、俺を少年と呼ぶ女性は怪異そのものである。
「…………茜さん?」
彼女は塀の上で退屈そうに腰掛けていた。すらりと長く伸びた足が組まれ、宙に放られている。俺の足が止まると、茜さんはひょいっと飛び降り改めて俺の前に立ちはだかった。その仁王立ちの様を見て、今更だがやる気のないとおせんぼうをずっとしていたのかもしれない、と思った。真偽の程は定かではない。
「君がどんな目に遭ったかは寡聞にして知らないが、しかし人間社会とは俗なものでね。風が噂を運んでくると言えば聞こえは良いものの、その実態は地域の腐敗そのものだったりするんだ。さて、君の事がどうしても気になったから声を掛けたのだが、如何せん私からは話を広げられそうもない。ここは一つ仕切り直してみようか―――少年、大丈夫かい?」
「え―――えッ?」
まるで命様の様に、茜さんは俺の心象に刻まれた感情を当てて見せた。露骨に正解と言わんばかりの反応に彼女は気を良くして表情を綻ばせるも、その双眸はまるで自分そのものと向き合っているみたいに固い。
「私は神様でも何でもないが、君の考えなど直ぐに分かるのさ。これでもメリーさんだったからね…………それに、ほら。思い出してごらんよ。私の起源、本来の『茜』のエピソードをさ」
「エピソード…………あッ!」
そうだ、思い出した。あのラブホテルで茜という女子高生は彼氏及びその友達に強姦され、その果てに首を吊ったのだ。その感情、或はそのエピソードが起源となりメリーさんが生まれた。そのメリーさんを解放した姿こそ、今の茜さんだ。
何の能力も無くたって、分かる筈だ。彼女に沿って言わせてもらうならば、分からない筈がない。同類は惹かれ合う。互いの傷を互いでなめ合う為に集い、固まり、協力する。あの時は他人事でしかなかったが、俺はようやくその苦しさの一端を理解した。
「…………隠しちゃ、駄目ですか」
「ネガティブな言葉は言わないに越した事はない、とでも言うかね。一理あるが、人は無から有を作り出せない。私だって経緯はどうあれ人の手で生まれた怪物だし、君を気に掛けるこの感情は紛れもなく私の手で生み出した感情だ。私が君に対する好意を開示している理由は分かるかい?」
「……俺が弄ってて面白いからですか」
「それもあるが、隠した所で私の気分が曇るだけだからだよ。少年、話したまえ。力にはなってやれないかもしれないが話は聞ける。私は同じ体験をした君の心が分かる。だから言葉にしてくれなければ分からない、とは言うまいよ。だが言葉とは即ち言霊だ。話さなくても分かるが、君自身は話した方が変わるかもしれない。心が読める奴程喋りたがるのは、そういう事なんだよ」
茜さんはその場で膝を曲げると、俺の両耳を抑えて互いの額を押し当てた。
「―――分かりやすく言えば、君が心配だ。嫉妬するつもりはないが、どうか今だけは―――神様よりも私を頼って欲しいね」
―――茜さん。
一度は抑え込んだ悲しみが、再び決壊。滂沱の涙となって流れるが、それら全ては茜さんの胸に吸い込まれ、霧のように無くなっていく。気が付けば彼女に抱きしめられていた。一切の体温を感じない絶対零度の身体は氷よりも冷たく、一刻も早く離れたくなるだろうに、何故だかとても暖かい。雪山に遭難した際、人は死に際に雪を温かく感じると言われているが、ひょっとして―――こういう事なのだろうか。
俺は妹がクラスメイトに強姦されていた事実を知って、死にかけていた、と。
「……清華の、事。嫌い…………なんです。嫌い…………全員………………メアリの事が好きな奴、全員、嫌いです……でも、清華が、何したって―――言うんですか。俺への嫌がらせ……なのか…………嫌がらせ、したくてたまらなかった…………んでしょうか! 俺は! 親になんて言ったらいいんですか!」
考えがまとまらない。言葉すら支離滅裂だ。茜さんが事情を知っていればまだ理解のしようもあったが、これでは人に話を理解させる気が無い。共感も否定も出来ないから俺の話は意味不明だった。感情が爆発する事ばかり先に来て、一向に理性が出てこなかった。
茜さんは、静かに聞いている。俺の背中を優しく擦りながら。
「……それで」
「体中……犯されて! なんで、それでも俺が嫌いでいたんでしょうか! 自分の身体も大切に出来ないくらい……俺、って―――嫌われ、てたんでッしょ、うか……! 責められ、ないんです……! アイツは元に戻って、た……! 俺と同じく、メアリを嫌える立場に、居た! 誰を責めればいいんですか! 誰を責めれば何もかも丸く収まるんですか!」
ビーチで再会した時の清華はとても理性的だった。そんな彼女に信者時代の非行を咎めるのは、刑務所を経て更生した犯罪者を咎める様なものであり、全くの筋違いだ。多くの場合、筋違いの行動はした側が悪い。当たり前だが。
「アイツ……死んでるかも、生きてるかも分からなくて! どっちなんですかッ! 俺には分かりません……! 分かりませんよ…………俺には、両方の世界が見える。でも、どっちがどっちなのかは……状況でしか判断出来ない…………! 死んでるなら、何で成仏しないのか、生きてるなら、どうして元に戻った、のか……聞きたい、事。一杯ある! のに! せめて、家に帰ってきて、くれれば……それでも。それだけでもいいのに…………」
「…………家、か」
「うううううううう……! うわあああああああんッ! ひっぐ! ぐっ! うッ……うううううん! うあああああああ!」
人目も憚らず俺は大声で泣き叫ぶ。幸か不幸か、メアリ祭の影響で人影は滅多に見掛けないし、ここに居るのは茜さんだけだ。周囲にバラまかれる悲哀も、吐き出された怒りも、零れ落ちる無力感も、受け止めるのは彼女一人。否応なしに彼女は俺を受け止めなければならない。これだけの近距離に居ては、拒絶する方が難しい。
「……今日は、神社に泊まるのかい?」
「……………は、はい……」
「そうか。なら送っていこう。しかし泣き止んでからだな。情けない顔は神様に見せたくないだろう? だからここで泣いて、たくさん泣いて。泣き止んでから行くとしよう。なあに、時間は幾らでもある。時間は待ってはくれないが、私はいつまでも待つさ。この身は君によって定められた。君の為に何をどれだけ使う事になっても関係ない。それが愛というものだってね、心を知らぬ怪異が何を言っているのかと自虐もしたくなるが今回はよそう。ネガティブは少年一人でお腹いっぱいだ」
「ううううう…………ううううううううううう…………………!」
「せ、先生! あ、あの……そのビデオの中身って…………?」
「君は知らない方が良いと思うな。これそのものはともかく、やり方には非常に稀な悪意を感じるよ。どんな手を使ってでも殺意と共に振り向かせてやろう……なんて。まあそれは考えすぎかもしれないが―――」
僕はディスクを素早く回収すると、元々収容されていたケースの中に戻し、無造作に白衣の中へ突っ込んだ。
「幸音君。警察を呼びたまえ。彼等は役に立たないが、死体処理くらいはしてくれるだろうさ」
「あ。は、はいッ! あの……多分。私達が現場触ったって事。ば、バレると思うんですけど……」
「そこはメアリを利用してやろう。さあ、早く」
僕は微笑みつつ、犯人の悪意をほんの僅かに称賛した。第一発見者の立ち位置を得られたのは不幸中の幸いだった。このような収穫をするつもりは元々なかったし、興味もさしてないのだけれど、彼の為を思えば、やはり回収はしておくべきだ。僕の手で処分してやらなきゃ流石に可哀想だものね。
―――恨まないで貰いたいね、檜木君。
君の家に不法侵入したのは謝るが、死体の匂いがしたから仕方がないんだ。それに―――推定五時間以上にわたって十数人の男に強姦される妹の映像なんて見てしまえば、君は間違いなく発狂するだろうからな。
そして、これは予想ではなく確信だ。
理由は僕の後ろ―――リビングにぶちまけられた大量の血と共に倒れ込む男女にでも聞くと良いさ。
君は、視えるんだろう。
とおせんぼ、実は間違ってないんですよね…………
何がって、つかさ先生達に茜さんは見えてない訳で……
九日の更新はありません。多分薬の影響でしょう、やる気が出ません。
十日と十一日にたくさん更新するので座して待ちてください。




