第七十八話 アゼルの過去
「王宮を去るときのお約束はもちろん遵守しております」
アゼルは静かに力強く答えた。
「では、なぜ、マリーがお主の店の前で同じ事をはじめたのだ? 我をたばかろうと言うのか?」
女王陛下は鋭い眼光でアゼルを見下ろした。
「わたくしにもわかりかねます。マリー様とは数年会ってさえもいませんので」
「お主は、またマリーをたぶらかそうと言うのか? お主のような下賤の者が王家の者に近づくなどとは重罪に値するぞ」
どうやら女王陛下はアゼルがマリー様に近づくことを禁じたようだ。
けど、最近、ちょっと見ただけのあたしにもわかる。
近づいているのはマリー様の方。
アゼルはいい迷惑だわ。
お店に対する嫌がらせといい、なんだかどんどん腹がたってきた。
「よろしいでしょうか? 女王陛下」
あたしが強めに声を発すると、黒い犬仮面がさえぎるように近くに現れた。
「ちょ、ちょっと何よ!」
強気に言ったものの黒い犬仮面は恐ろしい。
表情もわからないし何をされるかわかったものじゃない。
いきなり打首なんてないでしょうね
「よい。発言せよ」
女王陛下の一声で黒い犬仮面は、一瞬にして遠くへ離れた。
まるで瞬間移動したようで動く様子がわからなかった。
「どうした? 何か言いたかったのでは無いのか?」
「は、はい。恐れながらアゼルはマリー様へは近づいておりません」
「では、なぜマリーがアゼルの元を訪れたり、近くへ店を出すなどしたと言うのだ?」
「そ、それは……。マリー様のご意思で……」
女王陛下の表情が一瞬にして曇り目つきが鋭くなった。
「うぬはマリーがアゼルに近づいているとでも言いたいのか?」
無言の圧力が重くのしかかる。
アゼルは心配そうにこちらを見ている。
けど、こんな時、嘘をついたり、適当にごまかすと後からもっと大変な事になる。
お店をやってきて学んだことだ。
お店を経営するということは、言いづらいこともしっかりと話しすること。
「そのとおりです。マリー様がアゼルへと近づいているのです」
女王陛下にたてつくような事を言う人間は誰も居ないのだろう。
あたりは一瞬にしてこおりついたようだ。
アゼルは驚いた表情でこちらを見ている。
「よかろう。帰るぞ」
女王陛下は、あっさりそう言うと引き上げた。
※ ※ ※ ※ ※
女王陛下の帰った後は、平日にもかかわらず混み合っていた。
お店は順調だ。
閉店後、クローズ作業が終わるとアゼルが口をひらいた。
「マミ、今日はありがとう」
「え?」
「僕がしっかりと話すべきだったのにかわりに言ってくれてありがとう」
「ううん。女王陛下にあんな風に言ってよかったのかな? あたし何でも正直に言い過ぎるってよく注意されるし」
「みんな女王陛下をおそれて本当の事を言えない。けど、誰かが言わないといけないと思うんだ。マミは正しいよ」
アゼルは微笑んだ。
やけにあっさり引き下がった女王陛下の事が気になるけど、今はお店のことを毎日しっかりやっていくしかない。




