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第8話 弱者との遭遇

「なあ、彩葉」


「なんですか?」


「チンピラとかに絡まれないだろうって言ってなかったか?」


「言いましたね~ まあ、何事にも例外はあるってことですよ」


「おい! 俺達を無視してんじゃねえよ! 殺されたくないなら、地面に座って後ろを向け!」


 世紀末覇者……ではないが、ボロボロな身なりをした、中年のおっさん軍団に囲まれている。

 包丁やら、こん棒、そしてリーダーのような無精ひげが酷い、黒髪のボサボサ男は俺に向かって銃を向けて、脅してきている。

 俺達が特に何か持っているように見えないのか、捕まえて人身売買をしているショップとかに売りさばくつもりなのかもしれない。


 現実感がない。


 ここは本当に日本なんだよな。魔物との戦いには慣れてしまっているが、人間との戦いには全く慣れていない。神によって箱庭に召喚される前も、ケンカなんてほとんどしたことがない。


 これどうすればいいんだ? 殺すなんてことはできないし。そもそも、おっさんは銃をプルプルと震わせすぎだろ。 他のおっさん達も顔に怯えが見える。


「これどうすればいいんだ? 適当に気絶させるとかできるか分からないんだが――」


「こうすればいいんですよ」


「へあ?」


 すっとんきょな声が俺の耳に届く。


 声の主の方に目を向けると、彩葉の影がおっさんが持っていた銃をくし刺しにしており、枝分かれした影も取り巻きの腕や足を拘束して縛り上げていた。


「グ……なんだこれ」


「ま、待ってくれ。俺はやりたくなかったんだ。許してくれ!」


「ば、化け物め」


 中高年のおっさん達を縛り上げる少女。やられる側からしたら、新しい世界の扉でも開けない限り屈辱以外の何物でもないだろうな。まあ、それ以上におっさん達は恐怖の悲鳴をあげまくってるけど。


 そんなことを思っていると、彩葉の影は既におっさん達全員の首まで伸びていた。


「どうするんだ? こいつら」


「悠さんはどうした方がいいと思います? 見逃します? それとも……殺しますか?」


 彩葉は、縛りあげているおっさん達から、俺に視線を移して、逆にどうするか聞いてくる。まるで、この子は既に人を殺した事があるような言い方だ。


 口には出していないが、この子の真っ黒な瞳で俺に尋ねている。


”殺しますか?”


 そんな彼女からの視線に答えられるにると、当事者たちが声をあげてきた。


「こ、殺さないでくれ! た、頼む。もう二度とこんなことしないから!!」


 自分よりも一回りも、二回りも年をとっているだろう、おっさんは涙と鼻水でくちゃくちゃになりながら命乞いをしていた。


 殺そうと……いや、おそらくはそれ以上に酷いことをしようとしてきたんだ。仮に殺しても、誰も俺達を責めはしないだろう。だが、俺が殺せるかと言えば、そんな覚悟もないし、こんなおっさんで人殺しの童貞を卒業したいとも思わない。かといって、彩葉に殺させるのも論外だ。それこそ、最低すぎる。


「殺す価値もなさそうだし、放置していいだろう」


「いいんですか? この人達を見逃せば、他の罪の無い人達が犠牲になるかもしれませんよ?」


「…………」


「し、しない! 絶対にしない!」


 まあ、そうなるよな。このおっさんの言葉なんて一切信用できないし。だけど殺すのもあれだし、かといって放置して、俺達以外に被害をだすの事を考えると気分はよくない。俺達は警察でもなんでもないから、仮に放置したからといっても責められる理由もないのだが……後味は悪いだろう。


「こいつらを町に差し出すと報奨金とか貰えたりするの?」


「指名手配されていれば貰えますが……そんな風には見えませんから、たぶん見返りなんてなにもありませんよ。ついでに町の外で殺してもお咎めはありません」


 人が住んでいない場所に法は通用しないってことね。いや、そして、俺達が向かっている天深町のルールにも引っかからないってことか。


「……行こうか」


「了解です」


 彩葉は文句も言わずに、拘束していたおっさん達を解放する。同時に俺は、光の鎖を出現させる。


「こ、今度はなんだ」


「く、鎖!?」


 おっさん達を全員を一つの鎖に縛り付ける。これで、身動きはできないだろう。


「その鎖は1日は消えない。まあ、死なないことを祈っててくれ」


 運がよければ魔物に襲われたり、他のハンターやごろつきに殺されないかもしれないし、運が悪ければそれまでだ。間接的な殺人と言われるかもしれないが、俺的にはセーフ……ということにしておこう。心もあまり傷まないし。まあ、気持ちのいい解決策ではないが、人殺しよりも、何もせずに解放するよりもいいだろう。


 おっさん達を放置して進む俺に、彩葉が目をパチクリさせながらその光景を見ていた彩葉が速足で追いつきてくる。


「魔法を鎖みたいに形を変えることもできるんですね! しかも、無詠唱で!」


「無詠唱もなにも、特に詠唱はしていなけど」


 魔法に名前はつけているものもあるが、詠唱などはしていない。できるからやっているだけ。神の手によって連れて行かれた世界では、ゲームのように魔物を倒せば魔法を覚えることができたからだ。


 彩葉は、俺が詠唱していないことに驚いたように目を真ん丸にする。


「悠さん全く詠唱する素振りもなかったので、やっぱり私同様に原初オリジナルの魔法を使っているんですね」


「原初の魔法?」


「自分しか使えない魔法です。生まれつき何となく使える魔法なんで、詠唱も必要ではないですし、他者に教えることもできない魔法を”原初の魔法”って呼ぶんです。私の影の魔法も詠唱なしで自由に動かせます。他の魔法使いと違って、詠唱が不要なので素早く魔法が使えるのはやっぱり大きなアドバンテージってことで、強者の証とも言われますかね。それに、原初の魔法は何となく使えるので、自分の原初の魔法を使いながら、詠唱が必要な魔法も唱えられる人もいますし」


「そんな風に呼ばれているのか。彩葉は、影以外の魔法が使えるのか?」


「収納空間は影の魔法じゃないですし、後は簡単な応急処置の魔法や生活に必要な火を起こす魔法、身体強化の魔法…才能があれば使える簡単な魔法は使えますよ。悠さんが、何時の間に魔道具で火を起こしているので使う機会はありませんでしたが」


「へぇ~俺にも使えるのかな?」


「後で試してみますか? 魔力があれば使える簡単な魔法をいくつか教えられますよ。とは言っても、私は一番強力な自分の原初の魔法である影の魔法の習熟に力を入れていますし、詠唱すると集中力が割かれるので、戦闘前に使うような強化系の魔法と生活魔法の詠唱しか知りませんのであしからず」


「教えて貰えるんだから贅沢は言わないよ。それじゃあ、後でよろしく」


「頼まれました。それで、よかったんですか?」


「あの、おっさん達の事?」


「別に殺しても誰も文句は言いませんし、私も何とも思いませんよ」


「俺が嫌だったからかな。まあ、運よく彼らが生き残って、また悪事をしたとしても、俺の知らないところでなら……ってところかな。俺自身も納得した結論ではないけどね」


「悠さんは人を殺してことがありませんか?」


「ないね。彩葉はあるの?」


「あります」


 彩葉は、挑むかのような視線を俺にぶつけながら答える。そっか、殺した事があるのか。こんな女の子が人を殺さないといけない程の世界ってことか。


 責めるつもりはない。もしかしたら、俺にもいつか選択をするときが来るかもしれないのだから。


「そっか」


「……軽蔑しますか?」


 ギュット自分の服を握りしめる彩葉。俺に責められるかもと思っているのだろうか。そんなことは全く思っていないのだが。


「いや、全く。俺はまだこの世界のことをよく知らないけど、殺さないと自分が殺されるかもしれない状況だってあるだろうし、今の奴らだって、俺達が圧倒的に強いから大丈夫だけど、拮抗していたら相手の命なんて考えていられないだろうし。快楽殺人みたいなのは許容できないかもだけど、彩葉も俺の顔色を気にせずに、危ないと感じたら俺に聞かなくてもいいからね。それで、彩葉が怪我した方が嫌だし」


「悠さんがこの世界に居た時に比べると、人の命はかなり軽くなっています。ましてや、政府の管理がされていない外の世界では……弱ければ何も得られなし、奪われるだけです。たぶん、町でもそのことがよくわかると思います」


「覚悟しておくよ」


「もし、悠さんが人を殺すのが辛いときは行ってください。私が代わりに――」


「殺しを誰かに頼むようなことはしないよ。ましてや、年下の女の子に頼むなんてことはしないから」


 俺は、彩葉の頭にポンと手を置きながら、笑顔を作る。彼女は俺が思っている以上に、辛い道を歩いてきたのだろう。人の闇という部分がよくわかる道を。


 俺もそれなりの修羅場を潜ってきたが、それはあくまでも魔物との戦いのみだ。人の世界の闇を俺は全く知らない。ましてや、こんな荒れていそうな世界となると、俺が物語でしかお目に掛かれないドロドロとした人間の闇を知ることになるかもしれない。


 でも、それに関わるつもりはない。関わってきたら、力で吹き飛ばしてもいい。彩葉も望んで闇に関わってきた訳ではないだろう。できればもう関わらないように、守ってあげたいところだ。


 問題なのは、俺がこの世界でとこまでできるかだろう。


 強者の側にいるのは分かるだが、どこまでできるかが検討もつかない。天深町につけば、もっと自分の力がどれくらいなのか分かったりするのだろうか。


 ……ヒーラーなんだけどね。全く回復魔法を使う機会がないですけど。


「後どれくらいで着くのかな?」


「順調に歩けているので、昼過ぎには着くと思いますよ」


「盗賊やら、魔物に会ってはいるけど順調……か」


「瞬殺していますからね。障害になってないじゃないですか」


 そうなんだけどね。


 さて、天深町はどんなところなんだろうか。





 時雨悠と柊木彩葉が去って間もなくして、時雨悠が作りだした鎖によって縛り上げられた中年の男性たちを取り囲むように、着崩したスーツ姿の男達が立っていた。


「手も足もでなかったということは、こういうことを言うんですかね」


 取り囲んでいる1人の男が、鎖で縛られている男達をゴミでも見るような目で侮蔑する。


「そう言うな、白鳥しらとり。こうなることを想定した上でこのゴミ共をけしかけたのだからな。いや、生きていることは想定外だな。とりあえずは、柊木彩葉と一緒に同行していた者の最低減の情報を知ることはできたんだ」


とどろきさん。最低限の事が分かったっていっても、あの男の強さなんてほとんど分からないにも等しいじゃないですか。この鎖だけですよ」


 そう言いながら、白鳥と呼ばれた男は、男達を縛り付けている鎖を足でつつく。縛り付けられている男達は、今にも失神しそうな顔で、小さな悲鳴をあげながら、その様子を眺めているだけだ。


 男達の中でも一際ガタイがよく、スキンヘッドでサングラスをかけている、轟と呼ばれた男は、白鳥同様に白い鎖によって縛られている男達に近づく。


「これだけで十分だよ。こんな強力な鎖を詠唱も無しで発動することができて、自分から切り離した後も効力が下がる気配がないんだ。間近で見ても、どんな術式構成かも全く分からなんしな。おい、お前も魔法を少しかじっていたんだろう? この拘束を解けるか?」


 轟は、眼鏡をかけた長身の男に鎖を解けるかどうか、尋ねるが、その言い方は命令というよりも、無理だと言われることを想定しているような言い方だった。

 

 男は、懐から拳銃を出すと、ぼそりと何かを呟き……拳銃を男達に向けた。正確には、鎖に向けてだが。


「お、おい! ちょっと待ってく――」


 ドンドンドン


 縛れている男達の絶叫に近いに命乞いの声は、銃声によってかき消され、3発ほどの弾丸が鎖にあたり……はじき返される結果になった。


「駄目ですね。強化の魔法を弾丸にかけても傷一つつきません。轟さん同様に、術式構成も全く分かりませんし……おそらく原初の魔法でしょう。この鎖相手だと私達もこの目の前にいるゴミと同じ結果になるかもしれませんね」


「お、おい」


「黙ってろ、白鳥。俺も長瀬の意見と同じ結論だ。そもそも。あの2人は、仮に銃を突きつけられても一切同様してなかったしな。ただ、嬢ちゃんと違って、男の方は甘い奴みたいだがな。このゴミ共を始末せずに町に向かいやがったしな」


「それにしても、あの黒髪の悪魔が誰かと一緒に行動しているとは……外で偶々出会っただけですかね?」


「さてな。どちらにしても使える奴であり、こいつら生きていることで、町に入れても治安を乱さない奴というのは最低限分かったんだ。問題ないだろう。門番の奴らに報告しておけ。それと、内部の奴らに彩葉と一緒にいる奴をマークさせるように命令しておけよ」


「了解です!」


 1人の男が黒い端末のような者を取り出し、その場から離れて行く。おそらくは、轟の指示通りに連絡をするために。


「それで、轟さん。こいつらはどうしますか?」


 白鳥は指さしながら、未だに時雨悠の鎖によって拘束され続けている男達の処遇を轟に尋ねる。


 轟は、胸元からタバコを取り出し口にくわえる。側に居た黒服の男が、すぐさまライターで火をつけ、轟は数秒ゆっくりとタバコの味を楽しみ、白い息を吐き……告げる。


「いつも通りだ。ブローカーのとこに連れて行け」


「了解ッス」


 轟の側にいた男達は、轟の言葉と共に縛り付けられている男達に猿ぐつわつけ、連れて行く準備を始める。


「ゆ、許してくれ。な、何でも、何でもッツ」


「うわ、コイツ失禁してやがる。クソが」


 轟は、見慣れた光景かのようにゆっくりとタバコを吸いながら眺める。


(それにしても嬉しい方で想定外だったな。どうせ、彩葉にけしかけた時同様に、皆殺しにされると思っていたが、特に怪我することなく回収できるなんてな。男の方を使って彩葉の奴を脅せるかとも一瞬思ったが……そんな甘くはねぇよな。下手に手は出さないように伝えておかないと)


 強さに見た目など関係ない。だが、魔力を戦いに活かすことができるような才能ある物は数少ない。

 ヒョロイ奴や、幼気な少女は見た目通りがほとんどだ。だが、化け物も混じっている。しかも、そういった奴らに限って力を誇示せずに隠しているから質が悪いのだ。


 そして、馬鹿はそういった化け物に絡み、町の治安を乱す。そういったことを防ぐためにも、轟達のようなに戦力を調査し、上に報告するもの達がいるのだ。


 轟にとって時雨悠の強さはまだ全く未知数。町に入れても、自分で自分の食い扶持を稼ぐこともできず、無駄に治安を悪くするだけのゴミではないないことだけの情報のみだ。


 だが、あの黒髪の悪魔と呼ばれる少女と仲良く歩いている時点でまともではないのだろうと確信していた。

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