第7話 出発
彩葉が泣きながら俺に抱きついてきて、そのまま膝枕で就寝させた、更に翌日の朝。彩葉は、また当然のように俺の太ももを枕にしながら眠っている。
彼女は、スゥスゥと可愛い寝息を吐きながら、幸せそうにしていることもあって、見ているこっちの頬も緩んでしまう。
そのせいもあってか、俺は2日連続で一睡もしていない。起こそうと思ったのだが、ここまで幸せそうに寝られると、「ま、いっか」と思ってしまうのだ。
後でプリプリと怒ってくるだろうな。ただ、起こすとなると今度は俺が膝枕される側になるんだよな。「眠っている間にキスしてもいいですよね?」と笑って言っていたが、何となく冗談では済まないよう気もするし。
いや、されて嫌な訳じゃないのだが。
「う~ん……えへへ」
…………うん、やっぱり起こしたくないな。
見ているだけで癒されてくるな。ロリコンに目覚めないように注意しないと。それにしても、この服装はズルいな。
彩葉は、黒猫の寝間着しながら俺の太ももに頭を預けて眠っている。似合い過ぎていて、反則的に可愛いのだ。唯一の救いは性欲を刺激されない点と言える。
最初に着てきたのは、妙に色っぽいというよりも、犯罪臭の臭いがするネグリジェだったのでチェンジさせたのだ。
制服にスクール水着に、コスプレの用のメイド服やら巫女服…余計なものを入手し過ぎだろう。しかも、全部同じ家から入手している時点で、その家の女の子の趣味がヤバイ。
「心を強く保たないとな………ん。太陽が昇って来たな」
カーテン越しに日の光が差し込んできた。まだまだ、部屋は暗いが、今日は彩葉の言っていた国からの許可が下りていない、無法地帯と化している町に向かう予定だ。歩いて2日程らしいので、出来る限り早めに出発しておきたい。どちらにしても、途中で彩葉を起こさなかったことで、少し暴れられて時間を取られるのだろうし。
そろそろ起こすと……
「う~ん、凛音ちゃん。また、明日ね」
起こそうと思った際に彩葉から零れた、初めて聞く名前。これが、彩葉の言っていた友達なのだろうか?
彩葉の目から涙から零れている。
「…………」
俺は、彩葉の頭を優しく撫でながら、もう少しだけ夢を見させてあげることにことにした。
その涙は悪夢による涙ではなく、とても幸せそうな笑みから零れた涙だったから。例え現実は、凛音ちゃんと言った子に裏切られていたとしてもだ。
※
「無政府都市……天深町ね。日本にいながら無政府都市って言われても今一実感が湧かないんだけど、治めている人はいるのか?」
「治めている人がいなければ町になりませんよ。というよりも、人が集まれば自然と人の上に立とうとする者が現れますし、現れることを願う人も出てきます。天深町は、3つの組織によって秩序が成り立っています」
俺と彩葉は、住宅街を抜け、商店街を抜け、交通量0となった山道を歩いている。コンクリートの道路によってしっかりと整備されている山道になるので、迷うことなく彩葉に案内されながら、無法地帯であり、無政府都市となっている天深町と呼ばれる場所に向かっている。
「3つの組織ね。なんだか映画とか小説で登場する、マフィアによって成り立っている町みたいな印象しか受けないな。治安はやっぱり最悪だったりするの? っとゴブリンか」
俺は森の茂みから弓を射ってきたゴブリン達に向かって光矢をぶち込みながら、彩葉に尋ねる。後ろで弓で俺達をひるませた後に突撃でもしようとしていたであろうゴブリンたちは、猛ダッシュで逃げいるが、まあ追う程ではないだろう。
「治安は最悪でもあり、良くもありますね。トップ達からしたら、町全体の治安が最悪だと住みにくい上に、物流の動きも鈍って、町が死んでいきます」
彩葉は、ゴブリンたちの方に見向きもせずに、影をミョーンとゴブリン達の遺体に伸ばして、影でグチャグチャと遺体を探りながら俺の質問に答えてくれる。人の事を言えないが、ちょくちょく怖いことを平気でするよね。
「つまり光と影が色濃い町と言ういうことでいいのか? いきなり世紀末覇者みたいな人達に囲まれることはないと」
「世紀末覇者? まあ、町に入った瞬間にチンピラが絡んでくることはありませんよ。代わりに、町に入るまでに、遠方からライフルで狙撃してくる人はいるかもしれませんが」
「荒れ方が陰湿だな。町の出入り口付近で人を狩られたら、それこそ物流が滞るだろう。そもそも、どことで取引しているんだよ」
帰ってきたところで、ライフルでズトンとされて、戦利品を回収されるって……一般人はマジで外に出られないだろ。
「銃火器を持っている人は、まず間違いなく町の組織の一つですよ。無差別にハンターや商会を狙って物流が滞れば自分達の首を絞めることになります。だから、狙ってくるとしたら殺しても問題ないような知名度の低いハンターや、力もないのに町の外に出ざるを得なった人が標的になります。頭を狙われるのではなく、手足を狙って、そのまま攫う形で。取引に関しては、他の無政府都市や軍事都市、シティとか色々ですよ」
「暗黙の了解で認められちゃっている町ってことね。それじゃあ、俺は狙われるかもしれないってことか」
「悠さんは魔力を完璧に隠していますし、単独だと狙われるかもしれませんが、私が一緒にいるので大丈夫だと思いますよ。それに、外から平然と歩いている人は多分狙いません。狙われるのはビクビクと周りを警戒して歩いている人です。外で普通に狩りができる人に銃火器を打ち込んでも意味がないことは向こう側も知ってしますし」
「無差別に狙うような盗賊は少ないってことか。いや、そういう奴らは既に駆逐された後ってとこか」
「そんな感じです。個人の利益のために町の外でハンターや商会を狙う奴なんて、そもそも町の組織からしても邪魔以外の何物でもないですし。そりゃあ、駆逐されますよ」
一定の秩序で成り立っている町か。
物語を第三者から見る分には面白いかもしれないが、当事者として足を運ぶこととなるとウンザリしそうな町だな。
確実に面倒事が山積しているだろう。適当に魔石とか換金して、そして……そしてどうすればいいんだ?
特にすることなんてないぞ。俺達が倒した神が言うには、この世界が滅びることは確定しているはずだ。あのクソったれな神が作った世界のエネルギーに還元されるらしい。例え、張本人がいなくなっても、一度始まった崩壊は止められない。
俺でも、仲間でも、一緒に戦ってくれた地球の神であるアウラ様でも……止めることはできない。
そして、たぶん俺は……死なない。先に次の世界にいった友達やアウラ様が俺をどうにかしてくれるだろう。してくれなかったら、俺なら耐えられるという可能性もある。
それまで俺はどうすればいいのだろうか?
横にいる彩葉を見捨てられるかと言われると、それは無理だろう。彼女が俺と一緒に居る以外の選択肢を見つけたら話は別だが、このまま一緒にいようとするなら、俺は振り払えない……と思う。
(これ以上他人と、あまり深く関わらないほうがいいかもしれないな)
俺が世界を救えるとかなら話は別だが、そんなことはできない。この世界で知り合いを増やす程に、辛くなりそうだし……なによりも、俺を恨む人が増えるだろう。
俺はこの世界が滅ぼうが、どうでもいい。だけど、どうもいいと思えなくなることが一番怖い。
(それでも何もしないのも阿保らしい……というよりもクズな気がしてならない)
世界なんてどうでもいいのが確かだが、目に映る人くらい助けたいとは思ってしまう。どれくらいまで自分は動けばいいのだろうか? そんなことを考える時点で傲慢なのか。
「どうしたんですか? 悩み事ですか?」
彩華が俺を覗き込むように、首をかしげながら尋ねてくる。
「いや、何でもないよ」
「いやいや、額にシワを作って、地面を訝し気に歩いていて、悩み事がないなんて嘘ですね! 町のことで、もっと気になることがあるんですか?」
「……そうだな。俺からしたら世界は変わりまくっているからな。世界で一番治安がいいと言われたら日本がどれくらい治安が悪化しているのか気になるし、不安でもあるかな」
「世界で一番治安がいい国ですか。だとしたら……覚悟した方がいいかもしれません」
彩葉は、これから向かう町である天深町について悩んでいると思ったようだ。まあ、少し不安でもあるが、楽しみでもある。
(とりあえず、適当に生きみるか。あまり深く考えていると、泥沼にはまりそうだし。自分の生きたいように生きよう。俺を助けてくれた友達に恥じないような生き方を)
まあ、彼らも皆に優しくとか、だれかれ構わずに救えという奴らではないから大丈夫だろう。