第9話 天深町
「思っていたのと違うな。治安よさそうじゃね?」
寂れた町を予想していたのだが、門の中に入ると、普通に商店が並んでおり、賑わっているのだ。武装している人間もいるが、主婦のような女性が野菜を並べている八百屋っぽい場所で食材を買っていたりもする。
もっと退廃的なイメージをしていたのが、そんな印象は全くない。
違和感があるとしたら、八百屋の側に魔法薬の販売所といった、俺が神によって召喚される前には存在しなかった店があったりする点だろう。
そういえば俺が箱庭で入手した魔法薬とかってどれくらいの価値があるんだろか? エリクサーやマナポーションとか高く売れそうだが……止めておこう。箱庭でも貴重だったのだ、こっちで簡単に入手できるとは到底思えない。
一応後で確認しておくけど。
「この大通りを歩いている人は、商売ができるルートを持っている人や町の富裕層、そして私達のようなお金をしっかりと稼げるハンターがほとんどですよ。後は、見回りの警備人ですかね。お金が無い人が歩いていても意味がありませんし、警備人につまみ出されます」
「つまみ出されるって……どこにだよ?」
「町の外か人身売買のブローカーあたりにですかね」
「……容赦が無さすぎないか?」
文無しで大通りに来ただけで、町の外に追放されるか、人身売買の商品にされるって……この和やかな雰囲気の大通りの光景がむしろ怖く映るぞ。
「スラムの労働者なら、そもそもこの場所に無断できたらどうなるのかは分かっているはずです。それでも、ここにくるということは、よからぬことを考えている人しかいません」
「俺は、この大通りを歩いていても大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。検問所でパスを作って貰ったじゃないですか。注意点は、3ヶ月以内に市民の資格を更新するお金を支払わないと、一気にスラムの労働者行きになります。それに、お金が無くなっても同様ですし、問題を起こせば良くて追放、悪くてブローカー行きです」
「随分としっかりと仕組みを作り上げているんだな。確か3つの組織が町を動かしているんだよな?」
「病院、天深協会、市場の3つが町を動かしています。下部組織は沢山ありますが……基本的には、この3つのどれかを親として属しています。『病院』は、人身売買による奴隷・臓器販売、医療用の薬から麻薬を中心に扱っています。『天深協会』は、ハンターギルドの運営、魔石や素材、武器、防具の取引、『市場』は、外部との交易、食材の生産に販売、生活品の販売が中心です。私は裏のことはあまり知りませんが、それなりに上手くやっているみたいですよ」
「そういった組織のゴタゴタには関わりたくないけど、『天深協会』にはやっかいになる必要があるんだよな」
「ハンターにならないと、素材の売買などは難しいですからね。ハンターギルド以外で売買したら、買取値も大幅に下がります。まあ、『天深協会』側からの多少の干渉はあきらめましょう。無茶はしてこないと思いますし」
「彩葉は『天深協会』側から何か命令とかされたりしたのか?」
「最初は、組織の粛清部隊に入らないかと言われたりしましたが、断りました。最近は言われませんね」
粛清部隊って……13歳の女の子に頼むことか? 彩葉の能力を考えると向いていないとは言わないが、それよりも要人の護衛とかの方が向いている気がするんだがな。影の能力がある限り、警戒をされたらまず不意打ちになんて成功しないだろうし。
「まあ、ハンターとして普通に暮らしていく分にはあまり気にしなくて大丈夫ですよ。それよりも面白いものを見せてあげます。ついてきてください」
彩葉は、リンゴや梨、ブドウといたフルーツが売っているお店に小走りで近づき、俺に来るように手招きをしてくる。なんだ? 珍しいフルーツでも置いてあるのだろうか?
俺がいた時よりも300年経っている上に、魔力もあるのだから、見たことがないフルーツが生まれていてもおかしくはないかもしれない。
「悠さんの時代の物価は今一知りませんが、リンゴ1個の値段はどれくらいでしたか?」
「リンゴの値段? 100円前後だったと思うが……ん?」
なんでそんなことを聞いてくるんだと首をかしげそうになるのが、彩葉の指が示してい数字に言葉が止まってしまう。っていうか、一瞬数字が何を示しているのか理解できなかった。
「これってリンゴの1個の値段だったりするのか?」
「はい。それにしても、新鮮なリンゴが1個100円なんて時代があったんですね。私としては、そちらの方が驚きです」
「一応確認だけど……普通のリンゴなんだよな?」
「普通のリンゴです。食べると何か効果があるようなものではありませんよ」
リンゴの値札には、700円という数字が記載されていた。700……円!? インフレし過ぎだろ!? それだけ払えば、普通にファミレスで昼飯だって食べられたぞ。
いや……仮にインフレしていても、労働の賃金も高くなっているなら、問題はないはず。でも、彩葉の口ぶりを考えると。
「ちなみ平均所得ってどれくらいか分かったりする?」
「平均所得は分かりませんが……この通りを歩ている人でしたら、食後のデザートとして普通に買えると思いますよ。逆にスラムの労働者は、1日働いていて、ここにある新鮮なリンゴを2~3個変えたら御の字じゃないですか?」
「スラムの労働者は、それで生きて行けるのか。餓死して終わりな気がするが」
数個って……もはやお小遣いレベルの賃金だろ。どんな労働か知らないが、ブラックとかいうレベルじゃないだろ。
「食事や最低限の生活必需品は、雇用主側が提供するので死にませんよ。死んでもシティーや軍事都市で生きていけなくなった人や海外からの奴隷も入ってきますが、人口が減ったこの世界では、労働力を極力無駄にはしませんよ……極力はね」
「な、なるほど。それにシティーや軍事都市からくる奴らもいるのか。それって、シティーとかに住むのにもかなりの金がいるってことか」
「その通りです。まさに、天国から地獄ですね。ただし、シティーや軍事都市の住人になるのはお金だけじゃダメですが」
格差社会っていうレベルじゃないな。奴隷がいる時点で、身分制度は時代を逆行しているとも言える。この活気がある大通りから離れたら、物語の中でしか見たことがないような、首輪をつけられた人間や闇オークションなどがあったりするのだろうか。
あるんだろうな。彩葉の口ぶりをみれば、なくても近いものは必ずあるだろう。
「さて、悠さんが、ちょっとだけこの町の裏側を知ったところですし、そろそろハンターギルドに行きますか。魔石や素材を換金してしまいましょう」
彩葉は、シリアスな空気を変えるように、クルリと俺の方に体を向けながら、俺の手を掴む。
「どうせですし、フツールシェイクでも飲みながら行きますか」
「値段を見るのがおそろしいな」
彩葉の話を聞いた後だと、若い女性向けの可愛らしいドリンク店ですら、歪さを感じてしまう。
(だからといって、俺達がどうにかできる訳でもないし、節約する必要もないか。そもそも、まだ金持ってないんだけど)
結局、彩葉の支払いで、俺はバナナシェイクを、彩葉はイチゴシェイクを受け取り、手を繋ぎながらデートのようにハンターギルドに向かうことになった。
色々と思うところはあるが、あまり気にしても仕方がないだろう。
……バナナシャイクが1500円で、イチゴシェイクが1600円。
適当に居酒屋やレストランに入ったら、数万吹き飛ぶのは覚悟する必要があるな。それにしても、魔石やカマキリの素材とかってどれくらいで売れるのだろうか?
バナナシェイクは、冷たく、甘く、そして美味しかった。周りも普通に買い物をしている人や、商人、そして軽装備をしている人間や魔術師っぽい服装をしている人。
どこにも貧困の臭いなどしないが、この光景の裏側にどれだけのもあるのか……あまり関わらずに済めばいいな。




