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5話 可愛くない後輩 2


「結構他の男から声とかかけられるらしいんスよ」


なおも自分の彼女がいかにモテるかを自慢気に語る彼の言葉を左から右へと聞き流しながら、空になったカゴを横にどけ、新しいカゴをを持ち上げる。


そこでふと気になったことを尋ねてみる。



「お前って今大学生だよな?」


「ん?はい、そうっスよ。四月から三年っス」


「で、その彼女が専門学校……。二人とも学校は違ったわけだ」


「そうっス」


「それってこれまでも、これからもそんなに状況変わらなくないか?」



お互いがそれぞれ別の環境の中におり、違う人間関係の中にある。当然関わる異性もだ。



「今現在すでにモテまくっているんだとしたら、その悩み自体が今更な気がするんだが?」



改めて悩むことでもないだろう。そう思ったのだが、それに対して彼はこちらを小馬鹿にしたような顔でワザとらしい溜息を吐く。そしてヤレヤレといった風に首を振った。


本当に腹立つなコイツ……。



「学校での人間関係って基本同年代同士じゃないっスか」


「まぁ、そうかもな」



多少の年齢の差はあるかもしれないが、それでも周りにいるのは年の近い奴らだろう。



「けど、社会に出るとそれも変わるっスよね?年の近い奴も、まぁ…いるとは思うっスけど。当然大分年上の奴もいるっスよね?」



それはその通りだろう。


大きな会社なら一代ごとに年上がいるはずだ。


コンビニのようなところであれば年下が先輩なんてこともザラにあるだろうが、先輩はやはり基本年上だ。仕事の先輩であるのと同時に人生の先輩となる。



「そういう奴って俺なんかと違って経済力あるだろうし、こう、なんていうか……スマートで余裕のある振る舞い?が出来そうっていうか……」



後輩は先程とは異なりぎこちないたどたどしい口調で言葉を発する。



「俺みたいな学生とは違う、所謂大人な奴に彼女もってかれるんじゃないかって思うんスよ」


「なるほど……」



確かに彼の言うことも分かるような気がした。


成人しているとはいえ、学校、学生という身分によって守られており、将来に対して具体的な見通しも立っていない、世間をロクに知らないガキに比べたら社会の中で苦労しながらも生きている社会人は確かに大人なのだろう。


皆が皆スマートで余裕のあるカッコイイ振る舞いが出来るかは分からないが、やはり学生とは違う。


そういう人間は確かに憧れの的になるのかもしれない。


ついこの間まで学生だった社会人1年生ともなれば尚更だろう。


普段の仕事の中でデキる姿を見せつけられ、仕事やプライベートで悩んでいるところを気にかけてもらい、余裕をもって紳士的に、優しく接してもらえたら案外簡単にコロッといってしまうものかもしれない。




大分俺の偏見が入っていることは認める。




そういう意味では彼の悩みも分からなくはない。


俺にとってどうでもいいことに変わりはないが。



それにしても



「お前もそういうこと考えているんだな……。少し意外だ」



コイツの性格(とは言ってもそんなに詳しいわけではないが)だとそんなことロクに気にしない、考えつきすらしないような印象だったのだが……。。


ただヘラヘラしているわけではないということか。



「考えてなかったっス!」


「…………は?」



そう少し感心していたところ、けれど彼はあっけらかんと言い放つ。


また素の声が出てしまった。



「この間友達に言われたんスよ。それまではそんなことまったく気にしてなかったっスよ」


「ああ……そう」



俺の感心返せよ!



どうしてコイツはこう、自らを上げて落とすのだろうか。


やっぱりただのチャラ男ということか。


そう思いつつも、その一方で少し安心している自分に気づき嫌になった。




そんな俺をよそに彼は手に持った菓子パンを弄びながら呟く。



「もういっそのこと就職やめてもらうとか……」


「……それがダメってことくらいお前でも分かるよな?」



俺は幾分か冷めた目で彼を見ながら言う。自分でも少しイラついているのが分かった。


するとそれが伝わったのか知れないが、彼はふぅ……と溜息を吐いた。



「……そうっスね。すみません。分かってるっスよ」



自分でもそれが馬鹿なことだということは分かっているようで、彼はすぐに改めた。


自分の後輩がそこまで馬鹿ではなかったことに安堵する。



「彼女が離れて行かないようにお前が努力するしかないんじゃないか?それこそお前が言う大人になれるように」



いつでも一緒にいられるわけではないのだ。かといって縛りつけておくわけにもいかない。


だったら目移りする気を起させない自分になるしかない。



「そうっスね……。あとはこれまで以上にマメに連絡を取り合う、とかスかね?」


「まぁ、それも大事だろうな。けど、あまりに度が過ぎるのも考えものだぞ?ウザいとか思われかねん。」



それが逆にストレスになってしまってはいけない。むしろそれが離れていく要因になるかもしれないのだから。



「入社してすぐはただでさえ研修等で忙しいだろうしな。彼女が疲れているであろうことも考慮しないと」



もっとも、コンビニの研修くらいしか受けたことのない俺が言っても説得力はないように思うが、それはあえて黙っておく。



「上手く加減しないとな」


「はぁ……なーんか、難しいっスね」



他人事みたいに言うな、と言いかけたが、再び下を向いて溜息を吐いているその彼の姿から、それなりに響いているようだと分かり口をつぐんだ。


何か声をかけようと思い、何と声をかけようか考えていると、彼は顔を上げ



「でも、繋ぎとめておきたいから……だから、頑張るっス」



と彼にしては幾分真剣に言った。



その表情を見て、言葉を聞いて、不意に何となく言葉が出た。




「彼女と、ずっと一緒にいたいって思うか?」




なぜこんなことを訊いたのかは俺にも分からない。本当にただの気まぐれだ。


ただ何となく訊いてみたくなった。


俺にそう問いかけられた彼はこちらに振り向き、目を丸くする。けれどそれも一瞬で、すぐに表情を改めた。


本来彼は分かりやすい男だ。


表情を見ればその時の心情が大体読み取れる。


しかし、今の彼、彼の表情からはいつものように感情を読み取ることが出来ない。


彼は虚空を見上げると、目を閉じた


彼女のことを思い浮かべているのか、自身へ問いかけているのか、彼は口を引き結び、微動だにしない。


そんな黙りこくり動かない彼を、俺自身も彼と同様黙って見守った。


誰も口を開かない沈黙の中、アイドルの歌声だけが調子っぱずれに流れていく。


そんな長い数秒の時が流れ



やがて



彼は目を開いた。そして



「ずっと……一緒にいたいっスね」



そう呟き、再びこちらに振り向くと少し恥ずかしそうにはにかんだ。


それは何だか妙にくすぐったく、こそばゆく、関係ないはずの俺が少し照れてしまうほどだった。


そんな彼の想いを聞いた俺は



「そうか……」



そう言った。それしか言えなかった。


「ずっと一緒にいられたらいいね」だとか「ずっとは無理だろ」だとか肯定にしろ、否定にしろ、言えることはいくらでもあったのだろうと思う。けれど、そのいずれも俺には言うことが出来なかった。


咄嗟に言葉が浮かばなかったわけではない。


ただ俺はそんなことを言える立場の人間ではないと、そう思ったのだ。


望みながらも、願いながらも、とうとう言葉に出来なかった、踏み出すことの出来なかった俺には彼に上から目線で何かを言う資格などない。


悩み、考え、もがこうとしているだけ彼の方がよほど立派であると、そう思える。


果たしてどちらが大人か……。



人として立派かどうか、それが必ずしも年齢には比例しないことを改めて理解した。









ご覧いただきありがとうございました。

楽しんでいただけていたら幸いです。


次回更新は9/17(日)の予定です。

またお会いできることを願っております。


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