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20.銀狼

 蜘蛛を殺してからどれぐらいたっただろうか気付けば辺りは真っ暗に、これは俺の魔法のせいだったわ。

 魔物を狩り始めたころに比べれば体がとても軽く感じる。


「ふぅぅぅ……。そろそろ終了にするか」


 『魔王の領域』を解除する。辺りからどんどん黒い霧が消えていく。


「む?」


 『魔王の領域』が完全に消える前、気になる反応があった。


「最後に、見てくか」


 その反応は二つ。一つはまだ小さい、子犬のようなもの。もう一つは子犬のようなものが成長したような形をしている。しかし、その形が段々と形を失っていく。


 音を立てないようにその反応へ向かう。


 草むらを壁にのぞき込む。そこには地に横たわる白銀の犬、じゃないな。狼だ。しかもかなりでかい。3mぐらいありそうだ。そのすぐ近く、横たわる銀狼に寄り添うかのように小さな、白銀とは程遠い漆黒の子狼。


「クゥン……」


 悲しげに泣きながら鼻先を銀狼に押し付けている。

 そんな子狼を銀狼は愛おし気に眺めている。そんな光景を眺めていると突然銀狼がこちらに視線を送ってきた。


(見つかったっ!?)


 完全に隠れていたはずなのに。匂いで気づかれては元も子もないので風下に隠れていた。だから匂いじゃないはず。音も立てていないはず。なぜ……?

 銀狼はずっと俺のほうを見つめてくるだけでそのまま動かない。視線に敵意も感じない。


 このままジッとしていても始まらないしな。

 俺は草むらで隠れるのをやめ銀狼に向け歩き出す。

 子狼は俺に気づいていなかったようで突然出てきた俺に警戒心丸出しだ。


「怖くない怖くない、怖くないよぉ」


 子狼を怯えさせないようにしているが警戒を解いてくれない。

 てか、子狼普通に俺に気づいたな。しかも銀狼の方は本気で隠れて倒れを見つけたし。かなりやばいんじゃないか、こいつら?


『魔族の子……、お主は少々違うか?何か混ざって……。まぁよい、お主はなぜこんなとこにいる?』


 少し銀狼たちを警戒しているとどこかからか大人の女性の声がする。


「っ、だれだ……?」


 周りに誰かがいる感じはしない。じゃぁどこから……。


『ここだ、目の前にいるだろう』


 目の前?目の前には銀狼と子狼しかいな……あぁ、ここは異世界だった。喋る狼がいたっておかしくはないな。


「そこの銀色の狼でいいのか?」

『適応が速いな。それで、我の問いには答えてくれぬのか?』

「あぁ、すまんすまん。俺がここにいる理由だったか。近くにいたら俺の魔法におかしな反応があったからな」

『おかしな?それに魔法とは……。あぁ、さっきの黒い霧のことか。少し魔力が宿っていると思ったら、お主の魔法だったか』

「あぁ、それだ。おかしなっていうのは形が段々崩れていったからな。気になって身に来たんだが」


 銀狼の全身を眺める。銀狼は一見どうにもなっているように見えないが、よく見れば後ろ足から腰辺りにかけて輪郭がぼやけていた。その下には黒ずんだ埃の様なものが積もっている。それに比べ上半身は輪郭がしっかりしている。


「それ、どうしたんだ?もともとそんな感じ、ってわけじゃないだろ?」

『元々はちゃんとした体があったのだが、少将厄介な奴に出会ってな。攻撃をくらってこの様だ」


 ん~。なんだ、体が崩れていっているのか。腐敗?いや、体だったと思われるものは腐敗というより、崩壊。


「大丈夫には見えないが、どうなってるんだ、その体」

『我らは幻想種と言ってな。本体は精神体という、いわば幽霊のようなものだ。体はそこまで重要ではない。まぁ、体が無ければ物体に干渉することができなくなるがな。数百年もすれば復活する』


 精神体、アストラル体とかいう奴か。てか、復活に百年単位って、長寿なのか?


『我らには寿命というものは存在しない。本当はこのまま体が崩れ去り、また待てばいいだけ。しかしな、我が出会ったやつの攻撃は少々特殊なものだったようだ。物理体どころか精神体まで崩壊が始まっておる』


 銀狼はそうやって無感情に崩れゆく後ろ足を眺める。よく見れば輪郭のぼやける下半身がゆっくりと消え始めていた。


「……死ぬ、のか?」


 こいつらは物理的には完全に死ぬことはない。それは体が死んでも精神体として生きれるからだ。しかし、今こいつの精神体は消えかけている。


『死ぬ、だろうな。我はすで数千の時を生きてきた。死など、恐れることなどありはしない。ただ、心残りが一つ……」


 子狼か。

 銀狼が心配なのか。悲しそうな泣き声をあげながら、銀狼の体に自分の体を擦り付けている。

 その銀狼は俺のことをじっと見てくる。


「これも何かの縁、この子を、頼めないか。って感じか?」

『……そうだ。我はもう長くない。この子はまだ生まれたばかりだ。そんな子をこのあたりで一人にしてしまえば、すぐに魔物のえさになるだろう。この子はまだ若く精神体でいられるほどの力を持ってはいない。死んでしまえばそこで終わりだ。だから……この子を守ってやってほしい』


 銀狼は頭を地につけそう懇願してくる。


「あー、まずは頭を上げろ」

『それでは……』

「子狼を預かることには異論はない。だがな。お前は死んで子狼は生き残る。その後の子狼はどうするんだ?親であるお前がおらずに、見知らぬにんげ……、ごほん。見知らぬ魔族と共に生きなければならないんだぞ?俺はそんな現実を、はいそうですかと受け入れるほど、物分かりが良くなくてな。残されたものがどれだけ悲しい思いをするか……」


 俺の場合、本当の親(・・・・)自体も知らないんだけどな。


『だがっ、我にはどうすることもできない……。精神体を修復することは、伝説の霊薬『アムリタ』でも不可能と言われている。私自身に回復する術もない。どうしろって言うんだ……』


 不可能……?


「残念だ。俺の辞書には不可能なんて言葉は乗っていないっ!」


 子狼を残して逝かせるかっ。

 なにか……、この銀狼を助ける方法はないのか!


 ………あるじゃん、可能性が。


 『闇属性魔法』


 その中で命に関わる魔法と言ったら『死霊魔法』。でも、なんとなくわかる。魔力・・がたりない。


「なぁ、お前って、強いのか?」

『……我は幻想種、ドラゴンと同等と呼ばれる存在だ。最強と言われる分類にいは入るだろう。それがこの状況に関係あるのか?』


 いけるかもしれない。


「なぁ」

『今度はなんだ』

「ちょっと殺す(・・)けど……我慢してくれ」

『は……?』


 俺は呆ける銀狼を無視して指輪状に戻しておいた無形球を槍の形状にする。そのまままだ物理体の残る銀狼の首をはね飛ばす。宙を舞う銀狼の生首は、いまだに現状を理解できていないようだ。


 子狼も今まで何もしなかった俺の行動に目を見開いて驚いている。


 ドサッという銀狼の首が落ちる音が、静かな森の中に響いた。


(っ!?……キツイな、これ)


「グ、グアアァァァァアア!!!」


 子狼はその音で現状を理解して、今まで上げていた悲しそうな泣き声とは一転して怒りに染まった声を上げ俺に飛び掛かってくる。


(は、はやっ!)


「っ!」


 俺はそれを横に飛び込むことで避け、子狼に向かって吠える。


「邪魔だっ、すっこんでろっ!!」


 子狼はその声にビビったのか体を硬直させる。

 その隙に俺は銀狼の死体に駆け寄る。銀狼は俺が駆け寄ってもピクリともしない。そりゃ殺した(・・・)んだから、動くわけないな。

 俺はズキッとした痛みを無視して魔力を高める。


「……戻ってこいっ。『魔王の束縛(デビルズバインド)』」


 ズンッと魔力が持っていかれる。銀狼を殺すことで手に入れた膨大な魔力。銀狼を生き返らせるために殺すと言うのは可笑しな話だがこれぐらいしか方法が思いつかなかった。


 俺が銀狼を殺した理由は、魔物を殺すことで手に入る魔力だ。死霊魔法を使うには俺の魔力じゃ足りない。なら増やせば良いだけだ。

 正直賭けの比率が大きかったがな。


 俺の中から魔力がどんどん吸い出されていく。


 ちょ、やばい。全部持ってかれるっ!


 頭痛がしてきた……。これが魔力欠乏の症状か。かなりきついぞこれ。

 頭がグワングワンしてるってのにまだ魔力が吸い出されていく。やばい、やばいやばい。落ちる。

 まだか、まだ足りないのか!?


「これ、きつ……すぎる………」


 あ、だめだ。い、しき……が…………。


 カプッ。


「つっ!?」


 気絶しそうになった瞬間、右手に鋭い痛みが走った。右手を見てみれば子狼が噛みついていた。その顔はさっきの怒りに染まった表情ではなく縋るような、そして強い覚悟を持った表情になっていた。

子狼の噛みつく右手がポワァッと暖かくなって何かが流れ込んでくる。これは、子狼の魔力か。


 子狼は俺の右手に噛みつき苦しそうな表情をしている。


 子狼がこんなに頑張ってんだ。言い出しっぺの俺がここで落ちるなんて恥ずかしすぎるぞ。


 落ちそうな意識を気力で持ち直す。

 

(他人の俺とこんなちっさい子狼が頑張ってんだ。そろそろ戻って来いよ!)


 魔力が渦巻き、銀狼の死体に集まりだす。すると銀狼の体が白銀に輝きだした。


 深く、暗い森の中。白銀に光る狼。とても神秘的だ。首はないんだがな。


 光のせいで銀狼が直視できないぐらい輝くと銀狼の体がどんどん小さくなっていく。俺が着り飛ばした首もいつの間にか胴体と融合していた。

 さらに光は増す。真っ暗な森が昼間のように照らされる。


 そんな光景を俺と子狼は眺める。


 すでに俺と子狼の魔力は尽きていた。頭はガンガンと金属バットで殴られているかのような痛みと、途轍もない吐き気。いつ意識が途切れてもおかしくない状況だ。

 子狼も俺と同じ状態なのだろう。しかし、俺たちはこの光景を見逃すことはない。


 光りだして数分、光が収まりだした。その奥に何が待っているのか。俺と子狼は凝視する。成功したのか、それとも失敗か。


(たのむ……頼むッ)


 光が消える。その中から現れたのは、子狼と同じようなサイズの、しかし、子狼とは違う白銀。銀狼より美しい白銀。


『まったく。無茶苦茶してくれおる、お主わ』


 現れたのは小さくなった銀狼だった。

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