19.蜘蛛
「きゅ、急に魔物を殺しに行くって言うから。何事かと思いましたよ」
「すまんすまん。ちょっと魔物を殺す理由ができてな」
てことで俺たちは今、街から数十分ほどの森まで来ている。
そして今の俺は戴冠式のときの服を着ている。あれは爺さんが俺に合うように用意した服だったため、戦闘などではとても有用だ。俺の戦闘スタイルは主に暗殺に近いものだからな。俺が自分で選んだ服は布擦れの音が鳴って邪魔になるだけだった。なのでこれが俺の本気モードの様なものだ。もちろんマントはつけていない。
「さぁ殺そう。すぐに殺そう」
「魔王様は戦えるのですか?」
「さぁ、どうだろうな。前世じゃよく山で狩ってたからな。たぶん行ける」
さて、久しぶりにやるか。バイトし始めたおかげで忘れられても自分で飯買えてたからな。中3から3年ぶりか。
「すぅぅぅ…………」
深呼吸し集中力を高める。視野が広くなり小さな音まで拾うようにする。
カサっ……。
「あっちか……」
自分と周囲の空気を同調させる。森の木陰に潜む苗木のような。倒木になるキノコのように。枝にとまる小鳥のように。
「え……、魔王様?あれ、さっきまで隣にいたのに。気配が消えた……」
「む!?どこに行ったのじゃ小僧はっ!」
爺さんたちの声が聞こえるがいまは狩りが優先だ。
足音を立てないように音のする方向に走り、時々木に登ったり死ながらも距離を詰める。
少しすると真っ赤な毛をした3mぐらいの猪がいた。俺には気付いていない。
奴の死角に回り無形球を刃渡りが少し長いナイフにする。そして奴が一瞬でも気を緩めるのを待つ。
(…………………今っ)
一気に詰め寄り首に一刺し。そのままうなじを両断するため跳ね上げる。
「プギャァァァァ!」
泣き声をあげながら猪は倒れる。死んでいるかを確認するがすでに絶命している。あっけないものだ。猪が死んだ途端体が軽くなった気がする。これはレベルが上がったということだろうか?
それを俺は闇魔法でしまう。もちろんさっきみたいなものではなくちゃんとしたアイテムボックスだ。来る途中に確認した。名前はそのまま『無限収納』にした。
「次だ」
まずは猪の血が残った場所を離れよう。少し離れた木の上から次の獲物を探す。
「……折角魔法があるんだ。気配感知みたいなの使いたいな」
獲物を探すのは得意だがやっぱめんどくさい。
「イメージは……霧、ついでに姿を隠す役割もさせよう」
黒い霧が辺りを覆う。霧が俺の姿を隠し、獲物が動けばその振動が俺に伝わる。そんな感じか。
「別に名前を決める必要はないんだけど、決めといたほうがイメージしやすいしな」
ん~、俺が狩るために気配を探す魔法……俺の姿を隠すための魔法……俺の領域?魔王の領域……。
「『魔王の領域』って感じかな」
うん、厨二臭くて凄くいい!
俺の周りに黒い靄が浮き出す。
「足りない……」
魔力を込める。魔力を込めれば込めるほど霧の量が増えていく。辺り一面漆黒に染まる。見えるのは自分と自分の足元だけ。しかし俺にはすべてがわかる。霧の触れている場所に何があるのか。
目を閉じて頭の中に霧から伝わる情報を並べていく。俺の斜め右後方下には大木が倒れている。今すぐ近くの枝から小鳥が飛び立った。数十メートル離れた場所で何かが蠢いている。大きさは大体……軽自動車ぐらいか。なんか蜘蛛っぽい。でっかい蜘蛛。
「よっ」
俺は眼を閉じたまま蜘蛛っぽい何かに向けて枝を飛び渡る。
枝がなくなったら地面に飛び降りて音を鳴らさないように走る。蜘蛛の死角を探しつつ一撃で仕留められる場所を選ぶ。今回は結構高い枝の上。
蜘蛛はまだ気づいていない。そこから倒れこむように枝から飛び降りる。今回無形球の形状は槍だ。首に突き刺すため、突きに特化した形状だ。
完璧だ。奴は気付いていない。一撃で決める!
蜘蛛の上2m。
プッツン。
(プッツン?)
何かを切った音がした。と思ったら蜘蛛がすごい勢いでこちらに振り向いてきた。
「な、なんっ……」
なんでっ!?
確かにあの蜘蛛は気付いていなかったはずなのに。驚きのあまり目を見開く。初めに目に映ったのは、空を踊るように舞うとても、とても細い糸。黒で染まる視界の中で唯一白い糸。その奥に真っ白な蜘蛛、背中には大きな目の模様が描かれている。
(これかっ!?)
さっきのプッツンという音はこの糸を切った音だ。辺りを見回せばそこら中に白い糸が張り巡らされていた。
「チッ……」
罠かよっ!
油断していた。日本じゃこんなことする動物がいなかったから、いつも俺が狩る側だった。それが日本の常識だった。
んなもんこっちに求めるとか、馬鹿か俺はっ!
この世界じゃ俺は狩る側であり、狩られる側でもあるのだ。
(なまじ最初が成功してたから調子乗ったわ)
「こ、んのっ!」
蜘蛛はその鋭い足を俺めがけて突き出してくる、が、俺はそれを身を捻ることで避ける。
しかしそのせいで無理な体制での着地となってしまう。ま、そんなこと気にせず俺はいったん蜘蛛から距離をとる。その時にもプツンプツンと糸を切ってしまう。それが俺の位置を知らせたのだろう。蜘蛛がこちらを凝視してくる。そして次の瞬間には八本の足をわさわさ動かして走ってくる。
キモイっ!
俺はとにかく蜘蛛から、いや、蜘蛛の領域から距離をとることを優先する。
よしっ、脱出成功。
乱れていた呼吸を整え森の空気と同調させる。
音を立てないように即座に移動。蜘蛛は俺を見失ったようできょろきょろとしている。
奴は俺と同じようなことをしていた。蜘蛛を観察してみる。俺を見失った蜘蛛はまた最初の位置にいる。やはり罠だった。
俺と奴の相性は悪い。俺のスタイルは暗殺メイン。気づかれてはいけないのに蜘蛛の領域に入ったら即座に見つかる。蜘蛛の糸は俺の体格じゃもぐることもできないほど細かく張ってる。俺が切った場所もいつの間にか修復されている。潜れる場所はない。
どうするか。本当ならば諦めて他を狙うのが最善だ。
が、俺は今イラついています。
殺ろうと思っていた相手に嵌められた。罠に、この、俺がっ!
日本では非公認だが俺は狩人だったと思っていた。俺はあの蜘蛛に、狩人としてのプライドをへし折られた。
だって獲物だと思ってたやつに、逆にはめられたんだぞ!?
(許さん、許さんぞ、蜘蛛ぉぉぉ!)
てことで諦めるなんてもってのほか。殺す、奴を殺す、殺してやらぁぁぁ!
槍状の無形球を握り堂々と蜘蛛の領域に入る。
今からするのは暗殺じゃない、戦闘だ。だから邪魔な霧はいらない。魔王の領域を消す。
蜘蛛の糸をプッツンプッツンと斬りながら蜘蛛に近づく。蜘蛛は俺を認識したのか俺のほうを向きワサワサワサッっと近寄ってきて、鋭い足を俺に向け持ち上げ振り下ろす。俺はその足を槍にぶつけ避ける。そして踏み込み蜘蛛に向かって振り上げる。
槍の線上には何もなく蜘蛛に当たるかと思われたが、蜘蛛に当たる寸前で槍は止められた。蜘蛛の糸によって。
そんな使い方もあるのかよっ。てか丈夫だなっ。
槍を引っ込めまた距離をとる。
ん~どうするか。
よし、投げよう。
「とりゃぁっ!」
蜘蛛めがけて槍は一直線。戦闘中に武器を投げ捨てるなんて阿呆のすることだ。
蜘蛛はその奇行に驚き一瞬動きが止まるがそぐに槍を防ごうと日本の前足を交差させる。
「ほいっ」
だが槍は蜘蛛の前足に当たる直前にビシッっと動きを止める。そして逆再生するかのように俺の手元に戻ってくる。
もちろん槍に浮ける機能はない。答えはというと、槍の石突の部分から伸びる細いワイヤーだ。そのワイヤーは俺の右手につながっている。
槍が蜘蛛の前足に当たる直前に俺がこのワイヤーを引っ張ったのだ。
ニヤッ。
俺の思惑通り蜘蛛はありえない光景の連続で体が硬直している。俺はそんな蜘蛛に一足で近寄り槍を薙ぎ払う。緑色の液体を垂れ流しながら宙を舞う二本の蜘蛛の足。
「ギキィィィィイ!」
蜘蛛は金属をすり合わせたような泣き声を上げる。
「死ね」
悲鳴を上げる蜘蛛の眉間に槍を突き刺す。
「ギェイッ…………」
身近な悲鳴を上げ蜘蛛は地に倒れる。
「フッw」
もう動くことのない蜘蛛の死骸に俺は鼻で笑ってやる。
「すっきりした。よし、次」
狩りの続きだ。




