車いすを差別しない主義
人物紹介
豪徳寺高志:俺。24歳。普通のリーマン
豪徳寺瑞穂:20歳、171cmでスポーツが得意な妹。
豪徳寺初穂:150cmと小柄だが、茶髪にして現代女子高生になろうと頑張っている妹。17歳。
車いすの女性:この事件をきっかけに、高志との勝負を楽しみにしだす女性。
今日はうっかり家を出遅れた。
急がなくては。
妹達も慌てている。
とはいえ電車に乗ってしまうと急ぐことはできない。
あとは遅延しないことを祈るのみだ。
だが乗り換えで事件が起きた。
デカい妹の瑞穂が少し離れた場所にあるエスカレータを指さす。
「兄さん、エスカレーターが通行規制しそうだ。駅員さんが看板もって待ち構えている。」
「ざっくんな!なんでだよ。」
下の方から小さい妹の初穂が会話に参加してくる。
「最近車いすの人がいるから、その人のために止めるんじゃない?ほら車いすの人がエスカレーター使うときって通行止めにするじゃん。」
「たしかに駅員さんの後ろに車いすの人がいる。。。」
だが、この駅の乗り換え通路は狭い。
エスカレーターが止まったら、人が詰まって進めなくなり、電車に乗り遅れてしまう。
「こうなったら勝負しかないな。」
初穂が不安そうに見上げている。
「バカなことはやめてよお兄ちゃん。恥ずかしいのは嫌だよ。」
だが俺はさわやかに答えた。
「妹達よ、これが男の生きざまだ!」
全力で走る。
つまり車椅子の人よりも早くエスカレーターに乗ればいい。
だったら時間との戦いだ!
距離は50mほど。
ちくしょおお、走れば間に合うと思ったのに人込みが邪魔でうまくスピードが出ない。
駅員さんは、通行止めにするためのタイミングを計っている。
今にも止めそうだ。
負けられねえ。
俺は一か八かアレを試した。
「必殺、スイマセン殺法!。すいませーん。すいませーん。」
スイマセン殺法とは『すいませーん』を連呼しながら、前を歩いている人に少しだけ隙間を作ってもらう荒技だ。
「すいまーん、すいませーん、すいませーん」
思ったよりも速度が出たぞ。
間に合う!
だがあと1メートルというところで、駅員さんが通行止めの看板をエスカレーターの手前に置いた。
まだだ!
「トゥウ!」
通行止めの看板を飛び越した。
そのとき世界はスローに動く。
「とぅうううううううう」
空中を優雅に飛ぶ俺を、信じられないものでも見るような駅員さん。
すいません、俺バカなんで。
駅員さんの後ろには、これからエスカレーターで運んでもらうために待っている車いすの若い女性がいた。
すれ違う瞬間、俺は勝ち誇った目で見降ろす。
『俺の勝ちだな、障がい者であろうと俺は全力で倒す』
車椅子の女性は、キっと俺をにらみ返す。
『あんた信じらんない、ガキじゃないんだから待ちなさいよ。』
ちなみにこの会話は、なんか俺のイメージだから、もしかすると違う事を考えているかも。
だが、ここは仮に通じ合ったことにしておこう。そのほうがカッコいい。
看板を飛び越えた俺の時間は現実の速度に戻った。
そして通じ合った前提で、叫んでみた。
「断る!わっはっはっはっは。」
勝利をかみしめつつスキップしながら電車の乗り換えに成功した。
どうよ、車いすの女め、思い知ったか。
電車に乗るとプシューとドアが閉まり走り出す。
俺は見事に勝ったな。
勝利は俺のために!
この勝利を妹達と分かち合おうと周りを見て愕然としてしまった。
なんてこった、妹達を置いてきてしまった!
久しぶりの1人通勤。
さ、寂しい。
勝負に勝って、大事な何かに負けた。
そんな俺のブルーな朝だった。