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第三話 海風の狂想曲~カプリッチオ~

 崩落した体育館の天井、ぼろぼろの服を着た数百人の女性たち、壁や床に飛び散った血痕。あまりにもシュールな光景に、ガストレディの状態から元に戻ったハヤテが一言。

「もう分からねぇ‼」

(いや、分かれ‼)

 その場にいたハヤテを除く全員が心の中でそう叫んだ。



 生徒会選挙も終わり、落ち着きを取り戻したかに見えた紅葉ヶ丘高校も、いよいよ文化祭の季節になった。

 その名も紅蓮祭。

 新生生徒会も、選挙以降の初めての大仕事に慌てている。

 だが教室はもちろん、廊下、職員室、体育館にいたるまで、校内のあらゆる場所からどことなく甘い香りがする。それもそうだろう。


 なにせ生徒及び教師の大半は女性なのだから。


 あの学校襲撃事件以来、この紅葉ヶ丘高校はほぼ女子高同様の雰囲気を醸しだしている。では何故「ほぼ」なのか。それはほんの十数人だが、男性が残っているからだ。具体的には、ガストレディ並びにマリンレディであるハヤテとスイレン、出張でいなかった男性教師二~三名、そして部活が無かったためにたまたま来なかった非常勤勤務の顧問の男性教師らだけである。

 だから、最初から女性である教師(こう書くと失礼だが仕方ない)に薦められて職員室に戻ってきた男性教師は、見知らぬ若い女性に「先生、お茶でもどうですか?」と言われて、思わずたじろいでしまったそうである。ちなみにその女性は、その男性教師が尊敬していた先輩の男性教師だったそうだ。

 社会人として人付き合いに慣れている教師はすぐに溶け込めるが、まだ人間関係が不安定である生徒はそうはいかない。

 一端の高校生ハヤテと、新生徒会長であるスイレン以外、千人弱いる生徒全員が女子なのだから。しかもこの二人が同じクラスなだけあって、このクラス以外は女子高と呼称しても過言ではない。加えて、その元男子たちは何故か二人をストーカーするほどに好意を寄せている。

だから、登校早々昇降口で数十人に囲まれることが日常になりつつある。

「ねぇハヤテくぅ~ん。おねが~い、もう一生のお願い。私と付き合ってぇ~」

「ハ、ハヤテがいいって言うなら、あたしも付き合ってあげるわよ。べ、別にあんたのこと思って言ってんじゃないんだからね!」

「風魔……ハヤテ…………わたしと……付き合え…………!」

「オラオラァどけやぁコラァ! ハヤテはあたいとしか付き合えないんじゃぁ!」

「せ~んぱ~い。あたしと付き合ってくれたらラーメン十杯奢るお♡」

「ハヤテ君っ! あの……あたし…………あなたのことが……その……す……」


「あーもう! うっさいなぁ‼‼ いいかげんに……黙れぇぇぇ‼‼‼‼」



「いつも思うよ。よくそんなに大声で怒鳴れるよな、ハヤテは」

 なんとか女子(?)たちの熱烈なアタックをかいくぐり、すでに消耗気味のハヤテに話しかけてきたのは、この高校にいるたった二人の男子高校生の内のもう一人で、生徒会長でもあるスイレンだ。

「お前も黙れ! これは昔っからおばあちゃんに、『叫んだり怒鳴ったり大声で泣くときは、お腹から声を出すのよ』って言われたからだよ」

「うわ、出た! そのおばあちゃん子性質! それだから結局振られるんだよ」

「…………うっせぇ」

 ハヤテは、幾度となく多種多様な口説き方をしてくる女子(?)生徒たちを振り切って、教室に入った。



「でさぁ、うちのクラスって紅蓮祭何やんの?」

 ハヤテはやる気のなさそうな声で問いかける。

「メイド喫茶だってさ」

「メ……メメメ、メイド喫茶あああっ⁉」

「そう、メイド喫茶」

 スイレンは淡々とした口調で答える。

「お……おい、それ上の許可下りてるのか?」

「あぁ、なんでもうちの担任が自ら頼んだらしいよ」

「えっ」

「なにせ、『私は昔から、こういうものには縁がありませんでしたので。それに、我が子のように教育してきた娘たちの晴れ舞台、見てみたいんですもの。うふふふ……』って言ったってさっき本人から聞いたよ」

「突っ込みどころが多すぎて、聞いてあきれたぜ。はぁ……」

 ため息混じりにすたすたと歩いていくハヤテであった。


☆ ☆ ☆


 そして、紅蓮祭当日―――


 紅葉ヶ丘高校は色鮮やかな楓や紅葉に彩られている。

 今年は去年までと違い女子率が高いので模擬店の類が多く、ハヤテたちのクラスがやるメイド喫茶だけでなく、巫女喫茶、バニー喫茶、チャイナ喫茶、バレリーナ喫茶など、女性特有の服装を生かしたものが多い。しかも教師までもがやるというから驚きだ。実際は生徒たちのそれをグレードアップしたようなもので、胸の谷間が強調されたメイド服や、パンチラぎりぎりセーフの超ミニスカートを履いた婦警さん、中には際どい厚化粧をして髪を盛り固めたそれこそ風俗嬢のような格好の教師すらいる。もはや教師失格ものだが、その中に校長も混じっているのだから怒りようも無い。

 そんな中でハヤテたちのメイド喫茶は、「男子率一パーセント以下の共学校の共学クラス」だけあって他の模擬店に比べ、数十人もの列を作るほどの人気を誇る。それだけハヤテとスイレンは「希少価値のある存在」なのである。しかもその二人とも整えた燕尾服に身を包まれていて、かつイケメン(校内アンケート結果・情報部による)なので、

「きゃーっ! ハヤテ君、こっち向いてぇ!」

「わぁ、スイレン様、あなたのその白い歯はいつ見ても美しい…………」

 などと言ってはその場で卒倒する女性が後をたたない。

 もはや校門に届きそうなほどに延長していく行列は、二人を意気消沈させるには十分すぎた。

「…………なぁ、スイレン」

「どうしたんだ、ハヤテ」

「今一言、どうしても言いたいことがあるんだが言わせてくれないか」

「奇遇だね、僕もだ。どうせなら一緒に言わないか?」

「おっけぇ、わかった。じゃあ、せーの――――」


「早く終わってくれぇ~~‼‼」

「早く終わってくださ~~い‼‼」


 二人の絶望の叫びは、秋空に儚く消えていった。


 

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