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第二話 荒れ狂う序曲~オーバチュア~

「おい、くそ猫‼」

 クラーケンウーマンを倒し、ガストレディから元の姿に戻ったハヤテは、開口一番猫に向かって怒鳴り散らした。

「……ちゃんと一から説明してくれるんだろうなぁ‼」

「……わかったわよ」

 人間ならため息をついたように猫は答えた。


 ☆ ☆ ☆


「そういえば、自己紹介がまだだったわね。あたしはブリズ。ブリーズ・ハリケーンよ。よろしくね」

「あぁ、よ・ろ・し・く・な‼」

 ハヤテはぶっきらぼうに答える。

「なによ、その態度! ブリズさんに失礼でしょ!……あたしはカミナ、雷神カミナよ。そしてこっちが……」

「風魔ハヤテだ‼」

 さっきからずっとこの調子である。

「ほらまたぁ。もう酷いのよ、ブリズさん。ハヤテったらぁ……」

「そうなのぉ? あたしったらてっきり……」

「こらそこぉ! なぁにぺちゃくちゃ喋ってんだよ! っていうかカミナは何でこんな喋る猫に馴染んでんだよ‼」

 ブリズを毛嫌いしているハヤテにしては、中々の正論である。

「ああもういい! 聞くだけ野暮だな……で、最初に言った通り、全部説明してもらおうか。まずお前は何者だ? あの怪物は一体なんだ? そしてさっきの格好は一体なんだったんだぁ⁉」

「ちょっと! 質問は一つずつ聞きなさいよ! 彼女が困っちゃうでしょ!」

 ハヤテからの質問の嵐に、カミナからも野次が飛ぶ。ブリズも思わず冷や汗をかく。

「そうねぇ……じゃあまずはあの敵の説明から始めましょうか。とりあえず座って」

 もう夜の帳に包まれたグラウンドでハヤテとカミナは黙ってブリズの話を聞いた。


 ◇


「まずあいつはクラーケンウーマン。今は女子高生の姿だけど、もうあいつはここには居ないわ」

「は⁉ じゃああそこにいるあいつは……」とハヤテ。

「彼女は多分、そのクラーケンウーマンに操られていたのよ。あいつらは人の弱みに付け込んで、身体を支配してくるの」

「あいつらって?」とカミナ。

「World Official Controler 通称『WOC(ウォック)』、それがあいつらの組織の名前よ。そしてクラーケンウーマンはその中で十人いる幹部の内の一人」

「あれで幹部だぁ⁉ なぁんだ、楽勝じゃんそんなの」

「こ、こら! 調子に乗らない! ……それでその、彼女は犠牲者になっちゃったんだね。可哀想」

「でも犠牲者はハヤテに恨みを持っている人間よ。心当たり無いの?」

「あ、そういや一昨日くらいの帰りに不良三人に絡まれたっけなぁ……! も、もしかしたらあいつらだったんじゃねぇのか? だってあの女たちもちょうど三人だし、名前を聞きゃあるいは……」

「仮にもしそうだとして、男三人をいきなりあんな清楚な女の子にするなんて……! なんて酷い奴らなのよ、あいつらはっ!」

 その割には一瞬嬉しそうな顔したな。ハヤテはそう思ったが、無粋だと悟り口にはしなかった。

「これは聞いた話だけど、ウォックにはとある壮大な計画があるそうなのよ。しかもそれを行えるだけの力をすでに持ってるの。先天的にね」

「その計画って?」

 カミナが尋ねる。ブリズは一切間をあけることもなく、淡々と、

「世界征服」

 言い放った。

「ぷうははははははっっ‼」

 ハヤテが下品にも腹を抱えて大げさに笑う。

「こら、やめなさいっ! ……ぷ……あ、あたしまで……わ、笑いそうになるんだから……」

 カミナも必死で笑いを堪えている。しかし、頬の筋肉はその所為でかプルプルと震えていた。

「もう、二人っ共ぉ」

 ブリズはすっかり呆れている。

「……で、それをする力を持っているとして、何で女の子に変える必要があるの?」

「おそらくその計画のためによ。自分たちに、誰も逆らえないようにするためだと思うわ」

「……なんか許せねぇな」

「そして、それを阻止するために遥か昔に神が創造したのが、使う魔法の種類が違う十人の魔法使い。そう、さっきの君のように戦った少女たちよ」

「ようやく話が見えてきたが、腑に落ちねぇことがたくさんある。神は何で魔法使いに世界の命運を預けた? 何で俺が選ばれたんだ? そして、何であんな格好をしなきゃいけないんだ?」

「それは、その…………神様がそういう趣味をお持ちになっているからで……ひいっ‼」

 ハヤテは悪魔のごとき形相でその顔を鷲づかむ。

「『くだらねぇ趣味持ってんじゃねぇぞ!』って伝えとけクソ野郎‼」

「は、はひ……すぴまぺんぺひは(すみませんでした)

 ブリズに飽きれ果てたハヤテは顔を離し、その場で手を開いて彼女(?)を落とした。ブリズは難なく着地する。

「よぅし、こうなったら仕方ねぇ。素手でぶっ倒してやる‼」

 腕をまくって交互に手の骨を鳴らし始めたハヤテを、ブリズは道を塞ぐようにして制止する。

「ま、待ちなさいよ! この際だからはっきり言うけど、奴らには魔法使いの力しか効かないのよ! それに、そのままの状態で戦ったら、あんたは一生女の子になって生活する羽目になるわよ! それでもいいの⁉」

「ぐっ!」

「それにもう一つ。『十人の』魔法使いでしょ?」

「あっ!」

「まだあなたの他に九人いるのよ。仲間が」

「おーーーい、ブーリズーー‼」

 と色々喋っていると、遠くからブリズを呼ぶ声がする。

 段々と近づくにつれ、姿がはっきりしてきた。それは柴犬だった。目は蒼く透き通っていて、毛は茶色く短いものが風になびいている。

「ちょっとブリズ! あなたねぇ、早く行きすぎなのよ! 途中まで一緒に行ってたのに、あなた急に能力使って高速道路を超速で走ってったじゃない! 私なんか普通に一般道を走ってきたのよ⁉ おかげでこんなに遅くなったし……なんとか言いなさいよ!」

「わ、わかったわよ……先に行ってしまって、本当に申し訳ございませんでした」

「それでよろしいっ」

「……あのぅ、どちらさまですか?」

 割って入るようにカミナが尋ねる。ハヤテも、相槌代わりに首を縦に振る。

「あ、私? ごめんなさいね、こんな子猫ちゃんで。あなたたちもやりづらかったでしょう、会話」

「い、いえいえとんでもないです」

「そう、ならよかったわ。私はレイン。レイニー・クラウディア。よろしくね」

「おい、カミナ」

 とレインが来てから黙っていたハヤテが、『お手』のポーズをとったレインに応対しようとしたカミナを止める。

「ん、何?」

「お前さぁ、あの犬が喋ってもなんとも思わないの?」

「いやだってさ、ブリズが喋ってる時点でもう信用するしかないでしょ? 違う?」

 質問に質問で返され、しかもすぐに空気に馴染んでいるカミナに、ハヤテは返す言葉もなかった。

「あなたたちの名前は?」

「あぁ、あたしは雷神カミナ。そしてこいつが――――」

「――――風魔ハヤテ君でしょ?」

「そうそう、俺が風魔ハヤテだ…………ってえぇ⁉ 何で俺の名前を? 俺まだ名乗ってねえのに」

「いや、最初から知っていた、と言ったほうが正確かな」

「おいちょっと待て! どういうことだよそれは!」

 思わず、それを示唆することを一言も言わなかったブリズの首元を掴みかかろうとして、後ろからカミナに拘束されたハヤテは、直後レインより放たれたその言葉に少なからずプレッシャーをかけられた。

「ハヤテ君、君たち十人は神に選ばれし戦士たちなのよ」


 ☆ ☆ ☆


 ―――少し時は流れ―――


 ☆ ☆ ☆


「……え~、ただいまより第五十二回紅葉ヶ丘高校生徒会総選挙を行います。全校生徒の皆さん、お手元の投票用紙をご覧ください」

 スピーカーから選挙管理委員会の役員のアナウンスが響く。この時期は後期の初めということもあり、色々と忙しいのであった。

「ねぇハヤテ君。あなたは誰に投票したの?」

 投票が終わり、廊下をほっつき歩いていると、見知らぬ女子がハヤテに話しかけてきた。

「……誰でもいいだろ、別に」

「ふぅん。分かった、ありがとう」

 そういって女の子が立ち去ると、また別の子が話しかけてくる。その繰り返し。

 ハヤテは過去の事件のことで色々あったが、最近は変な輩に絡まれることも少なくなり、元来モテやすかったので自然と女子から話しかけられることが多くなる。ただし、男子からはいろんな意味で嫌われやすくなっているが……。

「まったくハヤテったらぁ、あたしの前ではあんなに文句言うくせに、他の子には話しかけもしない」

「まぁいいんじゃないのカミナちゃん。あいつはちゃんと僕に投票してると思うから」

 そういってカミナに話しかけたのは、生徒会長候補の水野スイレンである。

「そうは言ってもねぇスイっち。あなただって、あの神乃木かみのぎ清邦きよくにに勝てるの?」

 キヨクニというのは、会長候補のもう一人の生徒である。

「大丈夫だって。僕は必ず勝ってみせるさ」

 スイレンはそういってガッツポーズをした。


 ◇


「あ、ハヤテくーん」

 先程までずっと女子がたむろしていたハヤテの周りは、いつもの学校の昼休みの景観になった。午後の結果発表まで待つ間、購買で買ったパンを片手に食事場所を探していると、知らない女の子三人に呼び止められた。

「ん? 誰だお前ら?」

「後で話すよ」

「とにかく一緒に食べようよ、お昼」

 ハヤテは彼女たちに腕をつかまれ、口々に言われては言い返す間もなく、されるがままにどこかに連れていかれる。

 途中で階段を最上階まで登り始めて、ハヤテはようやく目的地が屋上だと確信した。広く何もない屋上には、万が一の場合に備えた柵に覆われている程度で、普段は昼休みの学生たちにとっての憩いの場になっている。それと、授業をよくサボる生徒の寝床にもなっているらしい。

 女の子たちは屋上の、近くにほかの生徒がいないスペースを見つけ、ハヤテを連れておもむろに座り込む。

 パンの袋を開きつつ彼女たちの顔を見ないようにして、ハヤテは疑問をぶつけた。

「……で、誰なんだお前たちは?」

「……ほんとに覚えてないの? ハヤテ君」

「ああ。悪いが俺に、陸上バカを除いた女の知り合いはいねえよ」

 遠回しにカミナのことを皮肉りつつ、黙々とパンをほおばりながら冷静に答える。

 三人の内右側の子が言った。

「ひどいなぁ。私なんかお股蹴られたのに」

「ぶっ‼」

 さすがにこれには驚く。思わず食べかけのパンが喉の詰まりそうになるのを、ハヤテはギリギリで飲み込んで事なきを得た。いくらなんでもそりゃねーだろ、と口に出しそうになった。今度は左の子が言う。

「私は顔を足で地面に叩きつけられたんだよ。それなのに……」

 これにも驚く。こんな美少女の顔面を俺が、しかも地面に叩きつけたなんて…………ん⁉

 ここまで考えて、ハヤテの頭にある一つの仮定が思い浮かんだ。

 それを、思い切って真ん中の子に打ち明けた。

「待って、君たちもしかして……」

「あーよかった、やっと思い出してくれた。そうよ、私たちあのときあなたに喧嘩を売った不良なのよ」

 結論が出た。やはりこの子達はあのときの馬場、カズ、ヒデの三人だと。

「そうそう名前だけど、私は元々馬場ばば雅史まさふみって言うんだけど、戸籍を変更して馬場ばば雅美まさみって変えたの。可愛いでしょう?」

 戸籍なんてそんな簡単に変えられるもんか? とツッコみかけてハヤテはそれを躊躇う。マサミが四つん這いになって近寄って、猫のような手招きをしながら上目遣いで見上げてきたからだ。これには、たとえ目の前の美少女が元男だと告白してきたとしても、顔の照りを隠し通すことのできるものは少ないだろう。

「ちなみに私は元々城崎しろさき一馬かずまって言うんだけど、今は城崎しろさき和子かずこって言うんだよ」

 右にいる女の子――カズコが、着ていた制服の襟首を緩めながら言った。女の子座りの彼女が、ネクタイを緩めるようなしぐさでスカーフを緩めることで露見した、やや褐色の肌と鎖骨下の二つの半球の間にある部分を、視界の端でしかと捉えたハヤテは、真一文字に閉じていた唇を正弦波状に歪ませた。

「私は元々早乙女さおとめ秀雄ひでおって言うんだけど、今は早乙女さおとめつぐみって言うの」

 左の子――ツグミも、右手の指二本で眼鏡を整えて言う。三人の中でひときわ大きいそれが、ツグミが片手で髪を梳いたり正座を正すたびに揺れるものだから、ハヤテの視線が目で追いそうになって、

「あのハヤテ君、この際お願いがあるんだけど……」

 より一層乗り出してきたマサミの方へ強制的に誘導される。言いにくそうに視線を下に向けながらマサミがそう言った途端、三人とも黙りこくってしまった。しかし、カズコとツグミがゆっくりとマサミと同じようにして寄ってきたので、三人を往復するように見つめた後観念して言った。

「あの……俺は一体どうすれば――――」

「「「あなたのことをこれから先『ハヤテ様』って呼ばせてくれませんか⁉」」」

 急に溌剌とした声で、一字一句同じタイミングで、三人が目を輝かせながら告白した。

「え、ええええええっ⁉」

「「「よろしくお願いします、ハヤテ様‼」」」

 ただ驚くことしかできなかったハヤテが、うんともすんとも言う前に決定されてしまったために、重ねて絶叫することしかできなかった。

 この日の昼休み、屋上にはハヤテたち四人以外は誰もいなかったことだけが、結局これを許すことにしたハヤテの不幸中の幸いだったのかもしれない。


 ◇


「…………えー、ただいまより第五十二回紅葉ヶ丘高校生徒会総選挙、結果発表を行いたいと思います」

 五時間目、全校生徒が体育館に集められ、選挙管理委員会の司会のもと選挙の結果発表が続々と行われていた。ほとんどの生徒は誰が生徒会長になるかに期待し、ある生徒は雄弁に立候補者を語りだし、またある生徒は批評をして先生に強制退場させられる。

「ハヤテ、結果楽しみだね」

 カミナが笑って話しかける。が、ハヤテ本人は不服そうに両足を組み替える。

「まぁな、でもどうせスイっちの惨敗だろ」

「もう、同じ陸上部として応援してあげないの?」

「へっ、誰があんなやつを……」

 などとふてくされている間にも、どんどん役職が決まっていき、残すところは生徒会長が当該候補者二人のどちらかに決まるだけとなった。


「はぁ……俺なんかがスイっちに勝てんのかなぁ……うちの陸上部有名だから、いくら金賞経験のあるブラバンでも名前負けだろうなあ……」

 同じ頃、舞台裏ではスイレンと同じくキヨクニが、それぞれ舞台横の左右それぞれにある階段下に、互いに向かい合うようにして待機していた。これから司会の口より全校に知れ渡るであろう選挙の最終結果が、自分にとって絶対に勝ち目はないだろうと夢半ばに想像して溜息をつく。

「もし俺が勝てたら、副会長候補の勅使河原てしがわら萌美路もみじさんと……ふふふ…………いけないいけない、集中しないと」

 キヨクニは前々からモミジに気が合った。吹奏楽部ブラバンの後ろ盾はあくまで建前で、彼女にお近づきになりたいのが本音だ。ちなみに、彼女も担当パートは違うものの、同じく吹奏楽部に在籍している。

 不純な動機とはいえ後には引けないところまで来たキヨクニは、つい頬が緩まるほどの醜い妄想を振り払い、良かれ悪かれ舞台上で恥をかかないように気を引き締めた時、

 【お前の欲しいものはそれか】

 不意に、頭の中に女性の声が轟いた。突然のことに驚いたキヨクニは立ち上がり、周囲を見渡しながら叫んだ。

「だ、誰だ! どこにいる⁉」

 しかし周りを見ても、キヨクニを見て怪訝な表情を浮かべている選挙管理委員会の生徒たちや、選挙に携わっている先生たちだけである。

 【もう一度問う。お前の欲しいものは、その女子おなごと結ばれることか?】

 今度は明確に、キヨクニの思考を捉えてきた。自分の妄想を見透かされたキヨクニは、観念して周りに聞こえないように呟く。

「……そうだよ」

 【そうか。ならば……お前の身体、しばらく貸してもらおうか】

 するとキヨクニの体が一瞬ビクッと痙攣する。が、すぐに治まってガクッと前にうなだれた。その様子を見た周りの生徒たちは、心配そうに彼に近づいていった。だが、

「ふふふ……さて、まず手始めにこの学校を私の根城にでもしようか」

 キヨクニ……いや、彼を乗っ取った何者かは、見たことがないような不気味な笑いを浮かべていた。


 ◇


「……ではみなさん、異論はないですね? それでは、副会長は勅使河原モミジさんに決定致します。勅使河原さん、採用に当たって一言お願いします」

 順調に選挙は進み、全校生徒の挙手による選考が進められていた。そして副会長はキヨクニの思惑通り、勅使河原モミジに決定した。

「ただいまご紹介に挙がりました、勅使河原モミジです。これからもこの紅葉ヶ丘高校生徒会をどうぞよろしくお願いします」

 パチパチパチと体育館は拍手に包まれる。

 生徒たちは、次の発表を気にしすぎてあまり落ち着きがない。それもそのはず、いよいよ生徒会長を決めるのだから、最後くらいは盛大にやろうと嵐の前の静けさのように黙っていたが、それでも興奮は隠しきれていない様だ。

「それでは最後に、生徒会長の発表に移りたいと思います。会長候補の水野スイレン君と神乃木キヨクニ君、舞台上にお上がりください」

 候補の二人が舞台上に上がり、会場もさらにヒートアップする。

「この発表は、前もって全校生徒のみなさんに書いていただいた、投票用紙の集計結果を元に決定致します。……それでは、発表します!」

 選挙管理委員会の代表者がそう言うと、体育館内は暗くなり一本のスポットライトが壇上に降り注ぐ。その光は、スイレンとキヨクニの間を振り子のように右往左往していた。その間ティンパニのような音が、会場の興奮をさらに引き立てる。

「……では発表します。第五十二回生徒会総選挙、今年度の新生徒会長は……水野――――」

「――――この私だぁ‼」

 発表を遮るようにして、会場内に響き渡る女性特有の高い声。それを発したのは、司会進行の女生徒でも裏で控えていた別の女生徒でもない。壇上で胸に手を当てながら立っていたキヨクニその人だった。

 ざわ……ざわ……ざわ……。

 突然の咆哮に会場内が慌しくなる。

「何? キヨクニって女だったの?」

「いやまさかぁ。そんなことないってぇ」

「でも今怒鳴ったの絶対キヨクニだよ」

 などと様々な意見が飛び交う。

「ククク……そうか。そんなに私の姿が気になるか。ならば見せよう! 私の真の姿を‼」

 不敵な笑みを浮かべ、少し興奮気味のキヨクニの叫びは完全に女声へと変わっていた。そうして全身に力を籠めると、彼の体が変貌し始める。

 まず胸がYシャツを押し上げ、豊満な乳房を形成する。元々幅の狭い肩はなで肩になり、腕や手の平、指の一つ一つが細く白魚のような艶やかさを得る。あばらの骨が一対消滅し腰周りはくびれ、滑らかな曲線を描く。反対に骨盤は広くなり、お尻はふっくらとしたものになる。それを支える足は内股になり、細く滑らかな脚線美を見せる。髪の毛は細く長く伸び、顔の輪郭は角ばったものから丸くふっくらとした形になる。変化はまだ止まらない。

 上下の犬歯が伸び、小ぶりだが立派な牙になる。そして頭から二本の黒い触角のようなものが生え、同じようにお尻からも長くて先に棘がある尻尾が生える。するとだんだん肌が青黒く染まっていき、肩甲骨がうねうねと波打ち、そこからバサッと勢いよくこうもりのような翼が生える。身体の変化はここで終了し、次に着ていた衣服が変わった。

 翼が生えたことによって背中側が派手に破け散ったYシャツが、履いていたズボンと同化して黒一色に染まる。そして、締め付けるようにして身体に添って張り付いていった。完全にフィットすると股下から腰にかけて線が走り、そこを境にして色が分かれた。胴体部は光沢を放ちつつ袖と襟が無くなっていき、乳房の上半分が空気に晒された時には消失が止まっていた。また脚部はピンク色に変色していき、一部が青黒くなった。いや、その部分だけ透明になって素肌が映し出されただけかもしれない。

 最後に上履きが黒く染まって硬質化すると、踵がだんだんせりあがってハイヒールへと変化して全ての変身が終わった。

「ねぇハヤテ。あれってもしかして……」

 変身の一部始終を見て、ある程度の事態が飲み込めたカミナはハヤテに尋ねる。

「あぁ、間違いねぇ。あれはウォックの仕業だ。キヨクニのやつ、ウォックの怪人に乗っ取られてやがるんだ! くっ、こんなときにも来るのかよ奴らは!」

 吸血鬼と化したキヨクニ――――ヴァンパイアウーマンは、壇上から飛び降りて近くにいた男子生徒の首を掴むと、おもむろにその首に恍惚とした表情で噛みついた。

 するとその男子生徒はみるみるうちに体が変化していき、女の子になってしまった。ヴァンパイアウーマンは、首に噛みついたまま尻尾や頭の角を伸縮させて、周囲の男子生徒や男性教師を次々と刺していく。刺された人たちは皆同じように女性化していった。

「ブリズ!」

「何よハヤテ」

 振り返らずにハヤテが呼ぶと、後ろからブリズが現れた。

「……カミナを頼む」

「了解。そっちは任せたわ。カミナちゃん、こっちよ」

 本人に聞こえないほど小さな声の頼みを受け、ブリズはカミナを連れて生徒たちの雑踏の中に姿を消した。その後姿を追わずに、未だ貪るように暴れては女性化させていくヴァンパイアウーマンを見据え、両手で頬を二回叩いて活を入れる。

「よしっ、そんじゃあ今度はこっちの番だ!『サモン・ド・ウォンド』!」

 胸の前で柏手を打ちつつ呪文を唱えると、ハヤテの目の前の空間が渦巻き状に歪み、その中からそよ風と共に杖が現れる。この呪文は、クラーケンウーマンとの戦いの後ブリズに教わったもので、唱えると時間と場所を問わず杖を召喚できるという便利な呪文である。変身していないときに杖なしで唱えられる呪文はまだあるらしいが、ブリズ曰く、ハヤテの戦闘経験がまだまだ少ないから今はこれで十分だとか。

「いくぜ、『ソーサリー・エボリューション』」

 前と同じ呪文を唱えながら杖を横に振る。すると、どこからか小さな竜巻が現れハヤテの身体を覆い隠す。竜巻が治まるとハヤテ――――ガストレディは、唯一ヴァンパイアウーマンによる攻撃に巻き込まれずに残っている男子、スイレンの元に向かった。

「さぁ、後はお前だけだ水野スイレン! 覚悟‼」

 逃げきれずにその場に取り残された、ほとんどの男性を女にしたヴァンパイアウーマンは、壇上で悔しそうな顔をしているスイレンを視界に収め、一足飛びに噛み付こうとした。


 ガキイィィン


「ふう……危なかったわ。間一髪セーフね」

 だが噛み付こうとしたその牙は、かろうじて間に合ったガストレディの杖を噛んでいる。突然の妨害に多少の驚きを見せつつ、今自分が咀嚼したものを見てヴァンパイアウーマンは口を離すほど激しく狼狽えた。

「この杖は! ……いや、そんなはずはない! お前は一体何者なんだ⁉」

「あたし? そうね……あたしは!」

 軽い調子で言いながら右足でヴァンパイアウーマンを蹴り飛ばす。油断してとっさのガードも間に合わず壇上から蹴落とされたが、空中でバック転して体勢を立て直し、多少の衝撃を殺せず後ずさったものの余裕がありそうな顔で着地した。

「吹き荒れる一陣の風、ガストレディ!」

 (あぁ、この口上いつも思うけどすげぇ恥ずかしい)

 そんなことを考えていると、ヴァンパイアウーマンが言った。

「ガストレディ?……そうか、お前がそうなのか……」

「……何が言いたいの?」

「そうか……お前は何も知らないのか。フッ……まぁいい、どうせ死ぬのだからな」

 ヴァンパイアウーマンは飛び上がり、体育館の天井を突き破って外に出ると翻って叫んだ。

「幾千もの私の翼、受けてみろ! フェザー・ラッシュ!」

 すると翼を広げ、羽ばたきながらその羽根を雨のごとく次から次へと降らせ続ける。

「瞬風脚!」

 ガストレディはその羽根をかわし、そのまま空を翔る。そして

「ウィン!」

 呪文を唱える。杖の先から竜巻が現れ、羽根を弾き飛ばしながらヴァンパイアウーマンに向かっていく。もうすでに天井が全壊している体育館に遮蔽物は無い。

 だがすんでのところで竜巻は消え去り、ヴァンパイアウーマンには届かなかった。

「ふん、なかなかいい案だったが所詮この程度か。さっさと終わらせよう!」

 すると、ヴァンパイアウーマンは羽根を集め、巨大な羽根を作り上げる。

「喰らえ、ビッグ・フェザード‼」

 その羽根を落としてきた。いくら相手がどれだけ高いところにいようと、ウィンでは到底抑えきることはできない。

「大丈夫だよ、ハヤテ」

「えっ?」

 そこにはスイレンがいた。しかもその手には杖が握られている。ガストレディが手にしているものと寸分違わない杖が。

「ソーサリー・エボリューション」

 そう唱えながら杖を横に振る。するとスイレンの体が流動状に変化し、その形を変えていく。

 まず胸筋が目立っていた胸は膨らみ乳房になる。肩はなだらかになり、手は細くきれいになる。腰がくびれ、お尻が膨らみ、足は内股になる。股からは異物が消え、女性らしい股間になる。髪は背中を覆うほどまで伸び、濃い青に染まる。顔の輪郭は丸くなり、首から喉仏が消える。変化はまだ止まらない。

 制服の下に着ていたシャツは肩紐を細く残し、胸を覆うものに変化する。同じくブリーフもだんだん股にフィットしていく。そう、下着はそれぞれブラジャーとパンティーになった。ワイシャツは襟が丸くなっていき、ブラウスになる。紅葉ヶ丘高校特有の濃い緑色のブレザーは青くなっていく。グレーのズボンは青く染まると、穴が一つになる。そのまま短くなってタイトスカートに変化する。そのせいで見えた足を覆うように、履いていた白い靴下が黒く染まり、股のほうに薄く長く伸びて一つになって、ストッキングに変化する。上履きはゴムひもが消え、黒いエナメル質の素材になるとかかとを押し上げピンヒールになる。頭上には帽子が現れ、手には白い手袋が嵌められ、襟元に赤いネクタイが結ばれ、サファイアのついたネクタイピンがそれを留める。そう、スイレンは婦警さんになってしまった。

 そしてお約束の口上を言う。

「荒れ狂う天の海、マリンレディ!」

 目の前で変身したスイレン――――マリンレディに驚くガストレディ。

「ど……どうしてあなたが? だってあたしがハヤテだって分かるわけ……」

「それは私が教えたのよ」

 振り返ってみると、そこにはレインがいた。

「言ったでしょ、十人の魔法使いって」

「だから私もこんな風に変身できたのですよ」

 すっかり大人の女性になってしまったマリンレディが言う。

 まぁほぼバレリーナの格好のガストレディも十分大人だが……。

「まぁいいわ。そんなことより……」

 そう言って上空を見上げる。もう羽根がすんでの所まで迫ってきている。

「ガストレディ。私に任せて、アクア!」

 そう言うと、マリンレディは杖を横に振る。すると魔方陣が現れ、大きな水の玉を作り、羽根に掛かる。

「今よ、ガストレディ!」

「OK。ウィン!」

 ガストレディも唱える。魔方陣が浮き出て、現れた竜巻が羽根を横にそらす。

 おかげで一難去ったがまた一難、未だにヴァンパイアウーマンが空を飛んでいる。

「ふん、二人居ようと同じこと。私の敵ではない、死ね!」

 するとさっきまでとは違い、急降下してきた。おそらくその鋭利な爪で切り裂くためだろう。

「私の敵ではない?……それはこちらのセリフですわ、アクア!」

 魔方陣から水の玉が現れ、次々にヴァンパイアウーマンに飛び掛る。

 ヴァンパイアウーマンは徐々に濡れてきて翼が機能しなくなり、そのまま壇上に崩れ落ちる。

「羽根ってね、水分を吸収しやすいのよ。あなたが飛べなくなったのも、羽根が簡単に吹き飛んだのもその所為よ」

 ヴァンパイアウーマンは反応しない。もうすでに魂が抜けているからだ。後にはすっかり女の子の身体になった、キヨクニが居座っている。その刹那、どこからか声が聞こえる。

 【ふん、これで幹部も後八人か。まぁいいわ。こちらにはまだとっておきのアイツがいるからねぇ】

「だ、誰!出てきなさい‼」

 ガストレディの叫びもむなしく、その声が反応することは無かった。


 ◇


「…………で、ハヤテ。結局コレどうするの?」

 戦いが終わって恐る恐る壇上に上がってきたカミナが言った。

 それはそうだろう。翡翠のバレリーナ、紺碧の婦警さん、崩落した天井、それの下敷きにはならなかったが数多の羽根におびえている女子、首元に傷跡のある男子の制服を着た気絶している女子、その場で気絶している女性教師、スーツやジャージが男性サイズでぶかぶかな女性教師、そして、見た目に似合わない古ぼけた男物のスーツを着た若い女性教師(元校長先生)。これほどまでにシュールな状況になっている学校は世界中どこを探しても無いだろう。

 しかも、羽根でぼろぼろになった服を着ている人がほとんどで、辺りの壁や床に血が飛び散っているので、まるで女子高の体育館が無差別殺人の現場になったような感じである。

 元の姿に戻ってハヤテが一言。

「もう分からねぇ‼‼」

 ハヤテの叫び声が、閑静な秋の夕焼け空にはかなく散っていった。

 遠くではカラスが鳴いていた。

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