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07 覗きじゃないです誤解です!


 さて、あれから更にひと月後。


(なんでこんなことに……)


 立ち尽くす私の前には、スッピンでも美しい妓女達が、列を成していた。

 その数、十人近く。おそらく、花酔楼のほとんどすべての妓女が顔を出している。


「ちょいと! 小鈴の才能に気付いたのはアタシなんだからね! さっさとそこどきなさいよ!」


 すぐ傍で、芙蓉が金切り声をあげている。

 それに対して現在私の施術を受けている妓女は、どこ吹く風だ。


「はあ~~、気持ちいいこと。これで五歳は若返るってんだから、聖母神皇様だってびっくりだよ」


 聖母神皇様というのは、今の政治を牛耳ってるという皇帝の義母のことだ。本当は皇太后と呼ぶのだそうだが、自ら聖母神皇なんてややこしい名前で呼ばせているらしい。偉い人の考えることはよく分からない。

 自分のことをそんな仰々しい名前で呼ばせるのもびっくりだが、平均寿命が五十かそこらのこの国で、それに近い年齢だというのにまだ権力を手放さない元気っぷりにもびっくりする。びっくりというかドン引きだ。

 現代日本だったら、八十歳の首相が任期十年以上でまだ辞めない。みたいなことか。

 入れ歯を忘れてくちゃくちゃ国会答弁なんてやられた日には、ユーチューブが大荒れになるに違いない。

 そんなことを考えつつ、もういいかと手を離した。


「ひと、いっぱい。かわいたら……洗って。それつける」


 そう言って指差したのは、お椀いっぱいに作った酒粕の絞汁だ。

 人数が多いので、マッサージ後のアフターケアはそれぞれ個人に任せている。完全セルフだ。

 すると妓女はしぶしぶ立ち上がり、予め用意しておいた椅子に座った。そこには既に、顔を白くした妓女が何人か横並びになっている。

 芙蓉にやった時から改良を重ねて、パックも絞汁の化粧水もそこそこの品質になってきた。

 というか、本来下働きの筈の私が、何でこんなことをしているのか。

 まあ、大量の洗濯物を任されたようなものかと思って、諦める。

 それに、本来の仕事から離れてこうしていられるのには、理由があった。


「ほんと、小鈴は拾い物だったね。あんたのおかげでうちの娘たちは大評判さ!」


 そう言って、一番端の椅子に座った老婆は、がははと笑った。それにつられて、乾いたパックがぽろぽろと落ちる。

 それは、朝一番に施術を受けにきたお養母さんだった。

 なんでも、あの日洗顔と化粧水を施した芙蓉は、リンパの老廃物も流したおかげでお客さんに大好評だったのだそうだ。芙蓉自身も、顔の疲れが取れたと大満足だった。

 それがいつの間にか噂として広まり、今ではこの有様だ。

 正直、私のしたことが皆に喜ばれたのは嬉しいが、お養母さんの掌返しっぷりにはびっくりする。ついこの間まで、オイとかオマエと呼ばれていたはずなのに。

 なにはともあれ、このマッサージのお陰で他の仕事が免除になったのは嬉しい限りだ。

 おかげで日の出前から起きだしたり、重い井戸水を運ばなくてもよくなった。全く、酒粕さまさまである。

 ちなみに、マッサージを強要してきた姉のお陰だとは全く思わない。全ては、今まで努力してきた自分のおかげである。あの頃の自分よくやったと、自分で自分を褒めてあげたい。



  ***



 そんなこんなで、花酔楼での待遇もよくなってきたある日のこと。

 夜、私は庭に隠れていた。季節は夏。汗だくだし蚊も寄ってくる。

 さて、私がなぜそんなことをしているのかというと、それは絵本を読むためだった。

 数日前、余暉が珍しい物が手に入ったと言って、子供用の絵本を持ってきてくれたのだ。絵本とはいっても絵と文字が書いた紙を紐で綴じただけの簡単な物だったが、私は狂喜乱舞した。

 単語を覚えるのに、これほど便利なものがあるだろうか?

 聞けば余暉のお得意様である妓女が、客からもらったものを処分するところを、余暉が貰い受けたのだという。

 私は心から彼にお礼を言った。

 余暉は優しく、私の頭をぽんぽんと叩いた。

 それは、褒めてくれる時の余暉の癖だ。

 ところが、早速その絵本で文字を勉強しようにも、昼間は妓女達へのマッサージや酒粕パック作りで、休む暇もなく忙しい。

 夜になれば妓女達は出払ってしまうが、今度は夜闇で文字が読めないのだ。

 明かりを灯す油は貴重らしく、そこはいくら待遇が良くなったとはいっても分け与えてもらえるはずもない。

 そこで私は仕方なく、客を接待している妓女の部屋から漏れる明かりで絵本を読むことにした。

 勿論、如何わしい行為に及びそうな時は、さっと別の部屋の前に移動する。

 これじゃあ中学生男子が覗き見でもしてるみたいだと自分が情けなくなりながら、私は薄明かりの中で必死に絵本の文字を追った。

 この夢の中の文字は、やはり漢字によく似ている。

 ただひらがながないので、文章は読めないし、日本では見たことがないような漢字も少なくない。やはり、中国語によく似ているようだ。

 かつて、世界史の教師が中国語は英語と同じで主語後に動詞が来ると言っていた。それを応用して読めば、初めて見る絵本でもいくらかは理解できる。文字も画数の少ない簡単な字が多く、私はその紙面を追うのが楽しくてしょうがなかった。

 その男と出会ったのは、そんなある日だった。


「そこで何をしている!」


 草むらに縮こまる私を見つけ出したのは、薄明かりでも分かる美しい顔の、一人の青年官吏だった。



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