41 剣と踊り子
篝火が燃えている。
まるで冬の寒さを蹴散らすかのように、その中にはどんどん薪が足されていた。
屋外に特別に設えられた台座の上には、皇太后と黒曜がまるで雛人形のように並んでいる。
皇太后の方が二十歳近く年上の筈だが、ちっともそうは見えなかった。
目を引くのは、彼女の禍々しいまでの美しさだ。
その微笑みには、義理の息子の暗殺を企てているなどとても思えないような余裕がある。
そしてそれと対を成すように、黒曜の研ぎ澄まされた美貌もまた、視線を集めていた。
左右から彼らを取り囲むのが、着飾った妃嬪と宦官達だ。
妃達は久しぶりに姿を見せた皇帝の歓心を得ようと、しきりに彼に酌を勧めていた。
彼らは舞台の前に陣取り、雑技団の演目を思い思いに楽しんでいる。
火を噴く男。宙返りなどの軽業。戴竿と呼ばれる演目では、大男が頭に乗せた棹の上で身軽な女性が曲芸を繰り出している。
何か技が決まるたび、観客たちはどよめいた。
流石に国一番の雑技団だけあって、彼らの演技はどれも完成度の高いものだった。
篝火に照らされるそれらを見ていると、神秘的にすら思えてくる。
しかしそれらの演技に熱中することはできず、緊張で手が震えていた。
(大丈夫、きっとうまくいく)
私はきらきらしい衣装を撫でて、消しきれない不安と緊張をどうにかやり過ごしていた。
厚塗りの白粉と、吊り目気味の派手な化粧。そして身に纏っているのは、演劇用の飾りが沢山ついた派手な衣装だ。
陽動―――観客の注目を集めて気を逸らせることこそが、私の役割だった。
余暉の提案というのは、凶手が襲い掛かってきてからそれを現行犯で捕まえるしかないという、ひどく乱暴なものだった。
しかし皇太后を罪に問うには、そうして証拠を直接突き付けるより他にないという。
そうすれば、たとえ凶手が誰の差し金だか白状しなかったとしても、暗殺事件を後宮を管轄する皇太后の責任として追求できるのだそうだ。
凶手が雑技団の中の誰なのか、余暉は知らないと言っていた。
だが、可能性としては唯一刀を使う挙力が怪しいという。
挙力というのは、怪力を誇る演目だ。大の大人が数人がかりでも持ち上げられないような大刀を、一人で持ち上げて振り回したりする技らしい。
雑技団には他にも刀を使う芸人はいるが、皇帝の臨席なのでもしもがあってはいけないと、跳剣などの演技は行われないのだそうだ。
なので挙力の芸人が襲い掛かってきた時には、舞台近くに待機した余暉がそれを取り押さえる。そして黒曜の合図で外に待機している深潭が、北衙禁軍と一緒になだれ込んでくる手筈だった。
すぐに作戦への協力を名乗り出た私だったが、黒曜と余暉は最後まで私の参加に反対していた。
しかし皆が危険に際しているのに、一人だけ安全な場所で待機などしていられない。
結局深潭の執り成しで、危険の少ない陽動の役割を仰せつかったのだった。
私の役目は、北衙禁軍が周りを包囲するまで皇太后の気を引くというもの。
皇太后を捕まえようというのに、彼女に逃げられてしまっては元も子もないからだ。
舞台裏で出番を待っていると、二人の男がやってきた。どちらも見上げるような偉丈夫だ。
彼らはなぜか警戒するように、辺りを用心深く見回していた。
何か変だと思っていると、闇に慣れた目があるものを捉えて驚いた。
それは、彼らの腰に下げられた装飾たっぷりの剣だ。
(どうしてっ、剣を使う演目は挙力だけじゃなかったの!?)
驚きで言葉を失う。
そんな私を見つけると、彼らはにやにやと笑いながらこちらを覗き込んできた。
「へへ、雑技団に交じって皇帝の歓心を買おうって女官様は、やっぱりえらい美人だな」
それは、雑技団に紛れる際に雑技団の団長に言った言い訳だ。
それを知っているということは、彼らはやはり雑技団の一員で間違いないのだろう。
「くっくっく、役目を果たせば、こんな女いくらでも抱けるぜ兄弟」
「違いない。なんせここにいる美女が明日には全員未亡人だものな!」
彼らは楽しげに笑った。
反して、私の顔からは血の気が引いて行く。
(彼らが凶手だ!)
凶手は挙力の芸人ではなかったのだ。
今すぐ余暉と黒曜にそう知らせなければと思ったが、この男達の前で迂闊な事は出来ない。
「……お哥さん達、何の芸人さんです?」
「なんだ、こいつ異人か?」
「言葉が拙いというのもそそるな」
嬲るような彼らの視線に辟易しつつ、私は芙蓉の真似をして流し目を送った。
力では敵わないが、彼らから情報を聞き出すことぐらいはできるはずだ。
凶手が二人いては、余暉一人でどうにかすることはできない。
せめて一人でも足止めできれば。
私は必死だった。
「俺達はな、大トリの剣舞に呼ばれたんだ。雨露様が特別にお命じになったんだぞ」
「そうさ。だからこのお役目が終わったら、報奨金がたっぷりもらえる。どうだいお嬢さん? 今夜一晩。聞けば、皇帝ってのは折角の後宮に通わない玉なしだそうじゃないか。男を見るのも久しぶりだろ?」
生臭い息を掛けられ、顔を顰めそうになるのを必死に我慢する。
私は腕を伸ばし、寄り近くにいた男の首を抱きしめた。
「今夜と言わず、今からなんてどうかしら?」
「おう。積極的な女官様だな。どうやらよほど飢えてるらしい」
「おい、役目を忘れたか? 遅れたら事だぞ」
「いいじゃないか少しぐらい。女からこう言ってきてるんだぜ?」
腰に回された手が気持ち悪い。
でも、耐えなければ。
(何か、何か方法はないの!?)
必死で頭を働かせようとするが、真っ白になってしまって何も思いつかない。
その時、遠くでまた歓声が聞こえた。
演目はどこまで進んだのだろうか。背中を冷たい汗が伝った。




