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38 正体を知る

 兵士たちを刺激しないように、両儀殿から距離を取った。

 深潭が出て来たら、兵士の隙をついて向こうに気付いてもらう他ない。

 それよりも今は、目の前の余暉だ。

 人目を引かないよう壁際に寄り、私は彼を見上げた。


「なんでここにいる? 余暉、髪結いどうした?」


 しかし、返ってきたのは答えではなく抱擁だった。

 ぎゅっと抱きしめられ、驚きと困惑で言葉が出ない。

 私はじっと体を固くして、息すらもまともにできなかった。


「無事でよかった……」


 余暉の言葉は、嘘偽りのない真実の声だった。

 それほどまでに私を心配してくれていたのだと、ありがたいと同時に申し訳なくなる。

 もっと早く、どうにかして無事を知らせておけばよかった。

 深潭に屋敷の外に出るのは禁じられていたが、それでも言付けぐらいはできたはずだ。

 腕が解かれ、二人の間に距離が生まれる。

 余暉は少し寂しそうな、心細いような顔をしていた。


「どうして……って、あ!」


 私は今更になって、自分が炭だらけの顔をしていることを思い出した。

 服も宦官のもののままだ。


「なぜ私、分かった? 今、こんなかっこう」


 見上げると、余暉が破顔した。


「俺が、お前をわからないはずがあるか。すぐにわかったよ」


 心底嬉しそうな顔で言われ、私は赤面した。


(勘違いするな。余暉は私を男だって思ってるんだから!)


「それより余暉、どうしてここ、いる? 雑技団って、どういうこと?」


 後宮に今夜、雑技団が招かれていることは知っている。

 だってその中に凶手が紛れいているのだから。

 しかし、どうして色町で髪結いをしていたはずの余暉が、その団員として後宮にくることになったのか。


「お前が連れ去られて、俺は黒邸に行ったんだ。そこの使用人にお前が後宮に入れられたと聞いた。男の俺が後宮に入るには、自宮する以外ないからな。困っていた所に、街一番の雑技団が後宮に招かれたと聞いて、手伝いに雇ってもらったんだ」


「そんな、どうしてそこまで……」


 まさか私のために、後宮にまで忍び込んできてくれたというのか。


(どうして余暉は、私にそこまでよくしてくれるんだろう?)


 彼にはきちんと髪結い師という仕事があって、本当なら私に構っている暇などないはずだ。

 再会できたのは勿論嬉しいが、余暉の行動には戸惑いを感じた。

 だって、こんなによくしてもらって、どうやって恩を返せばいいのだろう。

 余暉は見返りを求めない。けれど私には、それがつらい。

 彼は黙ってこちらを見るだけで、何も言わなかった。

 その目があまりにも優しすぎるから、余計に何も言えなくなってしまった。

 二人の間に沈黙が流れる。どうしようかと悩んでいると、余暉は突然両手で私の手を握りしめた。


「小鈴……いいや鈴音。雑技団に交じって、一緒に外へ出よう。外へ出てからのことは心配するな。俺が面倒見てやるから」


「え!?」


 まるでプロポーズのような言葉に、驚いてしまう。

 余暉にはそんなつもりがないと分かっているのに、勝手に顔が熱くなった。


「そんな、余暉に迷惑、かかる。それに……」


「それに、なんだ?」


 尋ねられ、戸惑う。

 任務は極秘だ。

 しかし、余暉は私を追ってここまで来てくれた。嘘なんてつけない。

 私は包み隠さず、真実を言おうと決めた。


「―――実は、皇太后が皇帝、狙ってる。雑技団に凶手、潜んでる。私それ、止めなきゃ」


「なんだって……」


 今度は余暉の方が、驚いたように言葉をなくした。

 冬の寒さの中、余暉につかまれた手が熱い。

 離してほしいとは言えなかった。


「そこで何をしている」


 話に熱中するあまり、背後に人がいるのに気付かなかった。

 振り返った私が見たのは、信じがたい光景だ。

 戸惑う両儀殿の兵士たち。そしていつも以上に厳しい顔をした深潭。その横に立っているのは、息を乱した黒曜だった。

 会えるとは、思っていなかった相手だ。

 しかし要件を言う前に、私は黒曜の格好を見て驚愕した。

 彼はきらきらしい黄色の袞服姿だった。その胸には、五本爪の龍が堂々と縫い付けられている。

 黄色も五本爪の龍も、そのどちらもが皇帝の証だ。

 ほかの人間がそれを着れば、すぐさま謀反を企てたとして処刑されるだろう。


(まさか、黒曜が皇帝陛下だってこと……?)


 そんなわけはないと思うのに、一方でそう考えると色々なことに納得がいった。

 宦官に化けていたとはいえ、あまりにも安易に後宮に忍び込んできた黒曜。

 それもそのはずだ。なんせ後宮は皇帝の持ち物なのだから。

 それに宰相である深潭が、黒曜にはいつも敬意を払っていた。

 当時は気付かなかったが、それも黒曜が皇帝ならばそれも当然のことだ。

 崩れ落ちるように、私は地面に膝をついた。

 叩頭しろ。叩き込まされた礼儀作法が、そう囁きかけてくる。


(黒曜にとっては、私はていのいい駒だったのかな?)


 そう思うと、あまりにも悲しかった。

 見返りを求めていたわけじゃない。

 でも密偵なんて危険な仕事を引き受けたのは、官吏でありながら私の身を案じてくれた黒曜のためだ。

 決して、皇帝に命令されたからじゃない。

 しかし、所詮は同じことだったのだろうか。

 黒曜にとって私は、使い捨ての駒に過ぎなかったのだろうか。


(だから、後宮に来なくなったの?)


 感情を殺して、頭を下げる刹那。見えたのは黒曜の悲しげな顔だった。



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