表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/43

35 迫る危機

本日二度目の更新


 深潭に教えられていた連絡先は、後宮の塀に沿うように建てられた宦官の詰所だった。

 建物の外壁は色あせ、所々欠けている。

 人の気配がなく、辺りはひっそりと静まり返っていた。


(本当に、ここであってるの?)


 その頼りない様子に、思わず不安になってしまう。

 中に入るのを躊躇っていると、後ろから声を掛けられ驚いた。


「おや、道に迷いなすったか?」


 振り返ると、そこにいたのは一人の老人だった。

 薪を抱え、彼もやはり宦官の制服を身に纏っている。


「あの、黒深潭という人にここに来るように言われて……」


 そこまで言うと、老人の目の色が変わった。


「ほう。あなたが旦那様の仰っていたお人か」


「では、あなたが?」


「左様。外は冷える。詳しい話は中で」


 促されるまま、私は建物の中に入った。

 色あせた古い建物だが、中は綺麗に片付いていた。

 土のままの床に、木のテーブルがそのまま置かれている。

 部屋の隅には竈があり、その上には大きな鉄の鍋が置かれていた。


「とりあえず、そこに掛けなされ」


 言われるがまま、木でできた椅子に腰かける。

 少し足が欠けているのか、体重をかけると少しだけぐらついた。

 老人はその間に薪を下ろすと、奥から何かを抱えて戻ってきた。


「まずは、これに着替えを」


「これは?」


 差し出されたのは布の塊だった。

 広げてみると、老人と同じ宦官の制服が現れる。


「これに着替えて、外に出なされ。宦官なら外に出るのも咎められん」


「出るって言っても、一体どこに……」


「深潭様は今頃、両儀殿で朝議に出席なさっておるはずじゃ。急げ。それが終われば、太極殿の外にある中書省へお戻りになってしまわれる」


 両儀殿というのは、後宮と政治を行う外廷を隔てる建物のことだ。

 中書省に行くには、更にそこから太極殿という建物を通り、いくつもの門をくぐらなければならない。

 話を聞いて、私はすぐさま宦官の衣装に着替えた。

 しかし布を巻いて体のラインは隠せても、明らかに顔だけが浮いてしまう。

 何か使えるものはないか。

 部屋の中を見回し、私は竈に近づいた。


「何を……」


 驚く老人に構わず膝を付き、竈に残っていた燃えかすを掬い上げる。

 そして水を張った鍋を覗き込み、即席の化粧を始めた。

 灰で肌をくすませ、シミを作る。

 あとは隈、皺の影。

 少し荒いが、じっくりと見られなければ分からないだろう。

 私はでっぷりと太った宦官に化け、仕上げに腰を折り曲げた。

 宦官はこうして前屈みになり、小股でちょこちょこと歩く。


「大したものじゃ。ではゆくぞ」


 そう言うと、老人はひび割れた壁に手を伸ばした。

 何をするのかと見ていると、壁が外れ、ひびから外が見える。


「急げ。ここは何かの際に後宮から逃れるための緊急の出口じゃ。衛兵に見つけられるわけにはいかん」


 つめた布で太った体を、狭い隙間から無理矢理外にはい出る。

 隙間はすぐに閉じられてしまった。

 これで、もう後戻りはできない。


(宴は今夜……早く深潭に皇帝の危機を知らせなきゃ!)


 瑠璃瓦が続く内廷の道を、小股の早足でひょこひょこと歩く。

 太陽はすっかり地平から顔を出し、夜の祝宴の時が迫っていた。



  ***



「ああ余暉、ちょうどよかった。荷運びを手伝ってくれるか?」


 呼び止められて、長い髪の青年は足を止めた。

 都で一番の呼び声高い雑技団は、その公演の場所を後宮に移すための引っ越し作業に追われていた。


「いやあ。お前が裏方なんて本当に惜しいよ。後宮に行ったら、宮女からもお呼びがかかるんじゃないか」


 荷運びをしていた怪力の芸人が、面白がって言う。

 余暉はそれを気にせず、黙々と荷運びを続けた。


「男子禁制の後宮で特別に公演だなんて、聖母神皇様も思い切ったことをなさる。俺たちは金さえもらえりゃなんでもいいが」


「そんなことを言っていると、団長におひねりをとりあげられるぞ」


 余暉は呆れたように振り返った。

 挙力拉弓を専門とする芸人は、にやにやと嫌な笑いを浮かべている。

 本気になれば荷運びなどあっという間だろうに、彼はだらだらと作業を進めるのを嫌がった。


「はは、せいぜい気を付けるさ。この公演さえ終われば、俺は大金持ちだ」


 彼の言葉を、余暉は奇妙に思った。

 しかし興奮しているのだろうと、さして気にも留めなかった。

 興奮しているのは、余暉も同じだ。

 姿を消した少女(・・)を探して、彼は今夜後宮にまで乗り込むことになった。


「鈴音、待っていろ」


 遥かにそびえたつ紫微城を、余暉は鋭い眼差しで見つめた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ