26 すっきり一重にするメイク
まずは下地。
といっても、下地のクリームは流石に作れないので、化粧水を代わりにする。
あの日黒曜が届けてくれたヨモギの化粧水は、消炎作用に優れ肌荒れに効く。
白粉を塗る前に眉毛を整え、これで下準備が完了だ。
さて、次は通常ならベースメイクなのだが、その前にやることがある。
私は荷物の中から、強力なのりである膠を取り出した。
普通より長時間煮詰めた特別製だ。
膠の主成分はコラーゲンなので、肌に害はない。
これをアイプチの代わりに、睫毛の際に塗る。
「お妃様、目、つぶらないください」
慣れない感触に、お妃様はぱちぱちと目を瞬かせようとした。
しかしそれをするとあちこちに膠がついて大惨事になるので、まぶたを押さえながらの作業になる。
塗った膠に素早く二重の上側の皮膚を引っ張り、接着する。
こうすると二重瞼の上の部分が下の肉を隠し、一重のすっきりとした目になるのだ。
ただし、アイプチと違って膠に速乾性はないので、辛抱強く皮膚を固定しておくのは骨が折れた。
それを両目に施してから、ようやく地塗りに入る。
白粉に肌色の顔料と油を混ぜた、お手製のドーランだ。
白粉より落としにくいが、逆に言えば汗などで落ちにくい。
これを少しずつ額、両頬、鼻の頭、顎に点々と置いていき、それを人差し指と中指の二本で叩くようにして広げていく。生え際や首筋は自然になるようにぼかし、お妃様の肌の綺麗さを生かすためできるだけ薄塗りに。
次に、赤紫系の暗い色で影を付ける。
逆に鼻筋や頬骨にはハイライトを入れ、顔を立体的に見せる。
やりすぎると異国風になってしまうので、加減が必要だ。
仕上げに粉白粉を叩き、顔の脂分を押さえる。
アイメイクは、先ほど張り付けた一重が崩れないように慎重に行う。
目頭にはくの字の切開ラインを入れ、目尻は切れ長に見えるよう、赤紫色で本来の目より横に長く陰影を入れた。さらにその輪郭をアイラインでなぞり、切れ長の目を強調する。
今回は花琳の時と違って、多少化粧が濃くなっても大丈夫だろう。
あとは素早く、唇、眉と化粧を仕上げていく。最後に血色を良く見せるチークを叩いて完成だ。
それでも、すべてが完了した時、お妃様は少し疲れた様子だった。
しかし起き上がって鏡を覗き込むと、その様子は一変した。
「ほ、本当にこれが妾なの!?」
鏡を持つ侍女達も絶句している。
切れ長の目を持つ、アジアンビューティーがそこにいた。
自然な化粧と言うよりは少し舞台化粧のような仕上がりだが、この世界の女性はどちらかというと鮮やかな化粧を好むので、以前と比べて不自然と言うほどではない。
お妃様は侍女たちと集まって、キャーキャーと楽しげな声をあげている。
そうしていると、年相応の女の子に見えた。
「お気に召す、しましたか?」
ようやく落ち着いてきた頃、そっと声を掛ける。
お妃様は感極まった様子で、目が少しだけ潤んでいた。
「ええ、とても。ありがとう。なんてお礼を言っていいかわからないわ」
「ご満足、もらたならよかったです」
「ふふ、ええとても満足よ」
美しい満面の笑みを見て、私も達成感で胸がいっぱいになった。
やはり、化粧をして誰かに喜んでもらえるというのは嬉しいことだ。
私はお妃様の侍女たちにこの化粧の仕方を教え、特別に煮詰めて強力にした膠を少し分けてあげた。
上の瞼をひっぱって一重にするのはコツがいるので、彼女達は自分達の目で練習してみると力強く請け負ってくれた。
どうやらここの侍女たちは、お妃様が実家から連れてきたらしく特別忠誠心が強いようだ。
散々引き留められて晩餐を饗された後、部屋を出ると陽はとっぷりと暮れていた。
私はいっとき皇太后を探るという危険な任務を忘れ、尚紅に戻るとその日は晴れやかな気分で眠りについた。




