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24 順調に餌付けされています


 部屋の中のガラクタを外に出し、埃を落として掃き掃除。床の水拭きを終える頃には、日はとっぷりと暮れていた。

 汗をかくと蒸れるので、(かつら)は早々に外してしまっている。

 うち捨てられた尚紅の建物に、どうせ誰も来はしない。

 動きやすいように女官の制服をたくし上げ、袖が広がらないように縛った姿は、とてもじゃないが人に見せられるようなものではない。

 磨いたばかりの床に仰向けになると、ぐーとお腹が空腹を知らせた。

 そういえば、食事はどこに行けば食べられるのだろう?

 後宮の中は衣食住完備と聞いていたのに、今の所それらの厚遇にはちっとも浴していない。


「くっくっく」


 その時、部屋の外から低い笑い声がした。

 私は慌てて飛び起き、服の裾を直す。

 部屋に入ってきたのは、なんと黒曜だった。


「どうして……?」


 後宮は男性立ち入り禁止のはずだ。

 もうしばらく会うことはないと思っていた男の登場に、私は目を丸くした。


「そうしていると、まるで小鈴が戻ってきたかのようだな」


 質問に答えず、黒曜は床に胡坐をかいた。

 そしてその手には、笹の葉でくるまれた包みが握られている。

 私の目は、思わずその包みに吸い寄せられた。


「これを用意してきて正解だったようだ」


 そう言って差し出された包みの中には、想像通り(ちまき)が入っていた。

 もち米に色々な具材を混ぜて笹の葉に包んで蒸したあれだ。

 欲求に従って飛びつくと、口の中に至福の味が広がった。


「そう慌てるな。喉に詰まらせるぞ」


 そう言いながら、黒曜はどこか楽しそうにこちらを見ていた。

 粽を食べ終え、人心地つく。

 ようやく我に返った私は、黒曜の前で居住まいを正した。


「黒曜様、どうしてここにいらっしゃる? 後宮男入れないでは?」


 黒曜はなぜか笑いを堪えて言った。


「何事にも、抜け道はある。この服は宦官の物だ。これならば男でも後宮の中で自由に身動きが取れる」


 黒曜の服装は官吏の服装と変わらないように思えたが、恐らく私には分からない何がしかの違いがあるのだろう。

 しかし、黒曜が自由に後宮に入れる術があると知って、私は急に気が抜けてしまった。

 どうやら、これからは孤立無援なのだと知らず緊張していたらしい。


「そんな方法あるなら、先言ってほしかった」


「あまり接触すると皇太后に怪しまれるからな。そうそうは助けてやれないぞ」


 安堵する私に、黒曜が釘をさす。


「わかってる。それより、なぜ私尚紅担当した? ここ、誰もいないと聞いた」


「ああ、しかし誰もいない方が、お前も色々とやりやすいだろう? どうやら鬘もあまりお気に召していないようだしな」


 意地悪く微笑まれ、慌てて頭を押さえる。

 鬘が苦手で、隙があれば深潭の邸でも外していたことを、黒曜は伝え聞いているのかもしれない。

 しかし、確かに言われてみれば、誰もいない大部屋を貰えたのと一緒だ。化粧道具はこの部屋にうち捨てられていたものを磨けば使えそうだし、雑草化粧品なども気兼ねなく作ることができる。

 なにより、ここならば鬘をはずしておけるのがいい。

 女官の宿舎は相部屋が基本なので、鬘を付けたまま寝るしかないのかと憂鬱だったのだ。


「ありがとう、黒曜」


(そして下調べが足りないなんて思ってごめん)


 お礼を言いながら、心の中で詫びた。

 黒曜は私以上に、私の後宮での暮らしに気を配ってくれていたらしい。


「これくらい、当然のことだ。お前には面倒事を押し付けてしまったのだから……」


 そう言って、黒曜は憂鬱そうな顔をした。

 その顔には、『今も迷っている』と克明に書かれていた。

 はたして、関係のない私を危険な後宮に放り込んで、本当に良かったのか―――と。


(この人は、優しすぎる)


 花酔楼に来る官吏たちは、彼のように優しくはなかった。

 気に入らないことがあれば平気で暴力を振るったし、酔って物を壊しても平気な顔をしていた。お金があればなんでも解決できるのだと、平然と言い放つ人もいた。

 だから心配になる。

 そんな魑魅魍魎の中では、黒曜の理想が潰されてしまうのではないかと。


「私、平気アルヨ」


「アル……?」


 ああいけない。つい中国っぽい語尾になってしまった。


「後宮で化粧するの、楽しみ、です。ここ、美人いっぱい。遣り甲斐あるます。ついでに偶然聞いたこと、黒曜に教える、だけ」


 焦ると、言葉がカタコトなのがひどくなってしまう。

 言葉は結構上達したはずなのだが。


「だから、気にする、ない。黒曜は黒曜のやりたいことする。私は私でやりたいこと、する」


 言いたいことが上手く伝わっているのか、心配だった。

 黒曜は呆然とした顔で、私を見ている。

 しかしゆるゆると、その顔が笑みに代わる。

 厳しい表情をしていることの多い黒曜だが、それが笑顔に変わる瞬間はなんとなく好きだと思った。


「恩に着る」


 彼は少し、晴れ晴れしい顔になった。

 そうして後宮一日目の夜は、平和的に過ぎて行ったのだった。


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