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23 入宮は密やかに?

27日大幅改稿

「それで、実は女でした、と」

 深潭が呆れたように言った。

 場所は、広くはないが一級の調度が置かれた豪華な部屋だ。

 椅子には黒曜が座り、その横には深潭が立っている。私は膝立ちの状態で手を拱手の形にし、許しが出るのを待っていた。

 深潭によって人払いがなされた後なので、部屋の中は恐ろしいほどに静まり返っている。

「はい……」

「ずっと、我々を謀っていたと」

 深潭の平坦な物言いに、思わず顔を上げた。

「そんなつもりっ、ない。言う時、ない、だった……」

「だが―――」

 深潭が何事か言い返す前に、黒曜が茶々を入れる。

「そんなに怒るな、深潭。頭が薄くなるぞ」

「黒曜様! ふざけている場合ではありません」

「俺はふざけてなどいない。しかし……」

「しかし、なんですか?」

「鈴音が女では、後宮に入れて任務をというのは酷だ」

 黒曜の言葉に、はっとする。

 彼は私を心配して、頼んだ任務を取りやめにしようとしているのだ。

「なぜです。むしろ女の方が、都合がいいではありませんか」

「いや、死ぬかもしれない危険な任務だ。婦女子に任せるわけにはいかない」

(よかった……でも、それじゃあ黒曜の望みは……)

 危険を冒さずに済んで良かったはずなのに、私はなんだかすっきりしない気持ちになった。

 危ないことなんて、勿論したくない。私には無事に帰るという目標があるのだから。

 しかし、脳裏に熱く理想を語った黒曜の表情が蘇る。

 彼は男で、しかも官吏だ。

 皇太后を探ろうにも、後宮に入ることすらできない。きっと、歯痒い思いをしているはずだ。

 難しい顔をする黒曜を見ていたら、なぜか急に申し訳ない気持ちになった。

(そういえば、最初に頭を下げてくれたんだっけ)

 貴族である黒曜が、平民どころか得体のしれない私に頭を下げるのなんて、きっとひどい屈辱だったに違いない。

 それでも黒曜は精一杯の誠意を持って、私にこれからすることの説明をしてくれた。

 本当だったら、無理矢理後宮に放り込まれても、文句は言えないところなのに。

 今なんて、女だから危険だからやめようと、そう言ってくれている。

(本当にこのまま、断ってもいいの?)

 私の迷いに呼応するかのように、懐に入れた手紙とお金がずしりと重みを増した。

 取るに足らない妓楼の下働きのために、黒曜はわざわざ手紙を届けてくれた。言わなくても分からなかった身請けの費用を、わざわざ私にと手渡してくれた。。

 無理矢理ここにつれてこられたのには反感も感じたが、彼がただの強引な権力者ではないことぐらい、その態度を見れば私にだってわかる。

 本当は誠実な人なのだ。

その彼が、心から国の行く末を心配している

 そう思うと、じくじくと毒が回るように気持ちが動いた。

 気づけば許しもなく、私は立ち上がっていた。

「どうした? 小鈴」

 花酔楼で呼ばれていたあだ名を、黒曜は呼んだ。

 まるで詩を教わった、あの頃のように。

 深潭は訝しげな顔で、私を見下ろしている。

「……行く」

「は? なんて……」

「後宮、行く!」

 思いもよらない決断に、きっと私自身が一番驚いていた。



  ***



 冬至節も過ぎてすっかり冬になりかけた時分に、私の後宮入りは行われた。

 このふた月ほどで、私の言葉や立ち居振る舞いも大分ましなものになっている。

 花琳は最後まで私を心配していたが、絶対に無事に帰ると約束し、私は黒邸を後にした。

 深潭は最後まで仏頂面のままだったが、何かあったらすぐに連絡してこいと緊急の連絡先を教えられた。何かあった時は連絡どころではないのではないかとも思ったが、お嬢様教育の施された私は余計なことを言ったりはしなかった。

 黒曜はどんな手段を使ったのか、身体検査すら行われない後宮入りとなった。おかげでメイクボックスも、無事持ち込むことができた。

 役付きの内官ではなく正六品以下の宮官としての入宮だ。

 宮官にも色々な種類があって、総務に携わる尚宮、礼楽を司る尚儀などがそれにあたる。

 私は内官達の化粧や髪結いを受け持つ尚紅という部署に配属された。

 尚紅では化粧を施す他にも、美容品の製造や簪類の保全、保管が任務だという。

 私はこの国の化粧のバリエーションの少なさに辟易していたので、国の一流どころが集まるという尚紅への配属は少し楽しみでもあった。

 しかし実際に訪れてみると、そこには目を剥くような現実が待っていた。


「誰も、いない?」


 張り切って挨拶に向かった尚紅は、既に日が昇っているというのにがらんとしていた。

 私を案内してきた女官はさっさとどこかへ行ってしまうし、どうしたものやらと途方に暮れる。


(皆仕事で出払ってるの? それにしてはなんだか部屋全体が埃をかぶってるような……)


「ちょっと、そんなところに突っ立ってられたら邪魔だよ!」


 振り返ると、随分とお年を召した女官が立っていた。

 その手には雑巾とハタキ。どうやら居住空間を司る尚寝の女官らしい。

 私の横をすり抜けて去っていこうとする女官を、慌てて呼び止める。


「あの!」


「は? なんだい? 忙しいんだからさっさとしとくれ」


 どうやらかなり気の短いお人らしい。

 急かされると余計に焦りが増してしまう。


「あ、えっと……尚紅の女官たちはどこにいる、ですか?」


「なんだい、あんた異国の出身かい? 言葉が上手くないようだが」


 私が言葉が不自由なことに気が付くと、女官はしっかり足を止め話を聞く体勢になった。

 どうやら焦っていただけで悪い人ではないらしい。


「そう、です。今日から尚紅に配属されて、でも誰もいないでおかしいと」


「ありゃー、なにかの手違いかねえ。尚紅にもう女官はいないんだよ」


「いない!?」


 驚く私に、女官は同情するような顔をした。


「ほら、化粧ってのは無防備な顔を晒すことになるだろ? だから聖母神皇様が女官に任せるのを嫌がってね」


 聖母神皇とは皇太后のことだ。


「だから自分の化粧は全て専属の女官に任せるとお言いになって、尚紅の一番の腕利きを引き抜いちまったのさ。そしたら他のお妃様達もそれに倣ってね」


「それで今、至る?」


「そうだよ。高価な歩揺なんかは尚服の管轄になったし、尚紅には一人も女官が残らなかったんだ。だから少し前まで取り潰すなんて話も出てたんだが、なにか連絡に不備でもあったのかねえ」


 女官は不憫そうな顔で私を見ていた

 女官一日目にして随分と幸先の悪いスタートだが、遣り甲斐はある。


「だいじょうぶ。ありがと。雑巾とハタキ、借りたい。どこですか?」


「は? そんなもの借りてどうするの。あんたまずは尚宮に確認してきなよ。案内してあげるからさ」


「はい。確認、します。でもまずここ掃除、する。化粧道具、可哀相」


 かつて化粧に使われていただろう化粧台や筆が、部屋の中には見るも無残にうち捨てられていた。

 後宮で使われているのほどの品だ。おそらくは高価でいい品に違いないだろうに。


「そうかい。待ってな、今予備の掃除道具持ってきてあげるからね」


「悪い。教えてください。自分行く」


「いいんだよお。後宮も上の方は足の引っ張り合いだが、下の方は助け合いさね。あんたもどんな事情で後宮に入ったか知らないが、これにめげないでがんばんなよ!」


 女官に叱咤されて、力強く頷いた。

 そして口は悪いが情け深い女官に感謝する。

 今更誰もいない部署に配属されたからと言って、めげたりはしない。

 どうしようもない状況でも、自分でどうにかするしかないというのは分かっている。

 でなければ、皇太后相手に密偵などできるはずもない。


(それにしても―――随分と下調べが杜撰じゃないの、黒曜!)


 手引きをした黒曜に内心で悪態をつきつつ、私はまず掃除のために尚紅の建物に乗り込んだ。



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― 新着の感想 ―
[一言]  主人公が後宮に行く理由が全く無いと思う。
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