16 おたふく襲来
お風呂から上がってくると、綺麗な服とあるものが用意されていた。
私が着ていた服は処分されてしまったのか、どこにも見当たらない。
(でも、これって……)
そのあるものを持ち上げながら、一人呟く。
誰かに理由を尋ねたいが、湯殿はしんと静まり返っていた。
先ほどの女達は、気を使って外で待っているらしい。
扉の向こうに、ささやかな人の気配を感じる。
(これ、着るの……? どうしてこれを私に……)
不安に思いつつ、仕方なくそれらを身に着けた。
一度も袖を通したことのない上等な着物は、軽い筈なのにひどく重く感じられた。
湯殿の外で待っていた女達は、既に揃いの着物に身を包んでいた。おそらくは、それがこの家の使用人の制服なのだろう。そんな彼女達に連れられ、途中が橋になっている長い回廊を歩く。
お屋敷は外もすごかったが、中もちゃんと凄かった。
ちらりとのぞいた部屋にはセンスのいい調度品が並び、屋敷自体もすみずみまで手入れが行き届いているのか、辰砂の赤が眩しい。
女達の歩調に合わせゆっくりと歩き、そんな光景にも飽きてきた頃。ようやく辿り着いたのは、入り口に衝立の置かれた部屋だった。
(いよいよ、私を身請けした理由がわかる……っ)
震えそうになる足を叱咤して、視界を遮る衝立の向こうに歩き出す。
しかし私を出迎えたのは、華奢な女性の後ろ姿だった。
複雑に結い上げられた髪と沢山の花飾り。そして仕立てのよさそうな服が、彼女がただの使用人ではないと知らせている。
「奶奶」
使用人達が奶奶と呼びかけたということは、彼女はこの家の女主人なのだろう。
(彼女なら、私がここに連れてこられた理由を知っているのかも!)
どきどきしながら、彼女が振り向くのを待った。
そして現れたのは、まるでおたふくのお面のごとき顔をした少女だった。
「ぎゃあ!」
まるで踏んづけられた猫のような悲鳴が、喉から漏れる。
あげてしまってから、それが己の物であることに気が付いた。
(やばい! 出会い頭に悲鳴を上げるなんて、第一印象最悪だ!)
慌てて取り繕おうとするが、その前に少女は顔を押さえて泣き崩れてしまった。
悲鳴をあげられたのが、よほどのショックだったらしい。
「ご、ごめん!」
私を案内してきた女達と一緒に、慌てて少女に駆け寄る。
彼女がさめざめと泣くので、化粧を施していたらしい顔は更にひどい有様になった。
しかしその隙間から零れる素顔は、まだあどけなくも可愛らしいものだ。
(なんだ。化粧なんかしない方がよっぽど可愛いじゃん、この子)
そう思いつつ、そのほっそりとした背中を撫でて彼女を慰める。
「よいのです。どうせ私なんて、お化粧をしても悲鳴をあげられるような女ですもの。だから旦那様も、私を放っておかれるのだわ」
「そんなことはございませんよ奶奶」
「そうですわ。ただ少しやり過ぎてしまっただけですよ。まるでばけものかと思いましたわ」
慰めているのか貶しているのか、女達は少女に言い募る。
その言葉に更に傷ついたのか、少女はいつまでたっても泣き止まなかった。
可哀相だし、それにこれではあまりにも勿体ない。
「直す……化粧道具、貸して」
先ほどまでどうしてここに連れてこられたのかを尋ねる気でいたというのに、気づけば私の口からはそんな言葉が零れ落ちていた。




